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町の駅武川町農産物直売センター

ファイル 2202-1.jpg北杜市武川町牧原の20号沿いにある農産物直売所。
「町の駅」という名前からして、ちょっと面白いちょい食い的なものか何かないかなーと前々から気になってた。

けど、寄ってみたら普通の直売所。
ちょい食いコーナーみたいなのはなかったし、惣菜も商品も興味をもつような面白いものは目にとまらなかった。。

ファイル 2202-2.jpgまぁ、そんなもんだよね、、
と店を出ようと思ったら、レジ脇に並んだ「武川米」のおにぎりが全部標示の半額になってて気になった。
っていうかもう昼も大きく回ってるというのに随分残ってるなぁ。。(みんな半額になるの待ってるとかじゃないよな、、)

気になったので1つ購入した。

食べながら出発。ケースの見た目では俵型の小さめなおにぎりかと思ってたけど、取り出してみると意外とちゃんとした大きさのおにぎりだった。

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で、これ、冷たいままでもとてもおいしいお米のおにぎり!
嬉しくなった。半額なのが申し訳ない。

具は梅干しと佃煮昆布。
最近、なぜかこの昆布が好きで、コンビニでもいくつかおにぎり買う時には必ず買ってる具なので嬉しかった。(子供のころは大嫌いだったのにね。。不思議だよね)

タグ:餐:飯 楽:買

矢立の杉

ファイル 2201-1.jpg大月市笹子町黒野田の県道の笹子峠近くにある巨樹。
以前より案内板が増えてより気になって寄ってみた。

県道からの入口の大きな案内板前に車を停めて歩くと、ゆるい下り坂の少し先に、新しめの地蔵や杉良太郎の歌の歌碑やステアリングを回す音声ガイドとかがあった。
あー杉良太郎の歌で脚光浴びた木なのね、、昔は好きだったけどいろんな評判聞いてて、いい印象のない人なのでちょっと面白くないとこ来ちゃったかな、、とか思ったけど、気にしないようにして音声ガイドを回した。

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樹はその前の杉林の先にあり、展望台みたいになってて木々に隠れがちだけど、太い木だというのはすぐにわかった。
出陣する武士が矢を射たててたそうだ。
そういえば、榛名神社にあった「矢立杉」も長野で見た「矢立木」も武田の武士が矢を立てた木ということだったような。。

そしてその杉に向かう下り坂の山道は「甲州街道」と標示されていた。
え、まじ?旧街道とはいえ五街道のひとつのメジャーな幹線道がこんな細い山道だったの?
士気の低い斜陽の新選組(甲陽鎮撫隊)が大名行列よろしく大砲担いで超えた道??
と、そっちが気になった。

で、矢立の杉

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うん、樹は太くて立派。
幹周9m、樹齢千年以上という古木。幹は21.5mで折れて中はもう空洞になっているようで、根元の穴はその先が覗き見えるほどだけど、枝は元気に青い葉を伸ばしていた。
こういう樹でも飛ばした花粉はキツイのかな、、

樹は完全に坂の途中に立っていて、裏は谷で沢が流れていた。
んんん、、浮世絵に描かれた「矢立の杉」はもっと平坦な道の途中って感じだけど、、
昔とは周りの地形が変わったとか?だとしたらこの杉もいつかは崩れて谷に落ちちゃいそうな気がして怖い。。

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少し眺めて来た道を戻った。
(戻る途中で小鳥の声を聴き、姿を探したりしてそっちの方がゆっくりしてたかも。鳥の写真は撮れなかったけど。)

タグ:植:樹 観:道 楽:験

吉野宿ふじや

ファイル 2200-1.jpg相模原市緑区吉野の20号沿いにある郷土資料館。
旧甲州街道の宿場町吉野宿の旅籠屋敷で見学無料と駐車場もあったので寄ってみた。

以前この手前の小原宿の本陣屋敷に行ったときに「ほかにも中を見学できる所がある」と聞いてて気にはなっていたんだけど、やっぱり先を急ぎたい場所柄いつも通過してた。
今日は緩い出発でちょうど気侭な寄道モードになり出したのでスンナリ寄れた。

さて、中に入ると、古い神輿やジオラマ模型などがあって楽しめ、館の人に挨拶すると、軽く説明して歩いてくれた。
この吉野宿は甲府と江戸(東京)のちょうど中間にある宿場で、明治期には明治天皇も立ち寄られ、それ用に本陣には五層楼が建てられその二階にお泊りあそばれたそうだ。

でもそんな吉野宿は大火事でほとんどの建物が焼失したそうで、この「ふじや」はその後に再建された明治後期の建物だそうだ。

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屋敷内は「藤野のおひさ様展」になっていた。上がってゆっくり(解説付きで)見て回った。
とくに江戸中期の享保雛という人形は大きく立派で見ごたえあった。

そして脇には五層楼と土蔵とこの「ふじや」の火事前の復元模型もあって、五層楼はそのまま残ってたらいい観光地になっただろうにと思えた。

「二階にも上がれます」というので上がってみた。
その二階はいわゆる郷土資料館らしい古くから残った地域の小道具などが並んでいて、ぱーっと見て回るだけだったけど、外も見下ろせてよかった。

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まず正面側は目の前の20号とその対向の旧本陣跡。火事の後に唯一残ったという土蔵が見えた。ここに五層楼があったのかー。

そして裏には桂川に続く相模湖の奥の湖水が見えた。
バス釣りのらしいモーターボートが何艘か横切って割と賑やかだった。
(昔、相模湖も何度か釣りに来たけど、ここでは一匹も釣れたことなかったなぁ、、なんて思い出しながら眺めた)

奥には更に上にあがる梯子があったけど、これは途中で「整理中につきご遠慮ください」とあった。
少し覗いてみたけどたしかにゴチャっとした屋根裏。でも屋根の感じが覗けてよかった。

まぁ、小原宿の本陣屋敷に比べれば、明治の建物だし軽くパーッと見て終わりくらいのものだけど、あまり時間もとらない分、こうした気侭な寄り道には丁度いいくらいのところだった。

タグ:観:屋 観:館 観:飾 観:模 楽:眺 景:湖

ラーメンセンター 相模湖店

ファイル 2199-1.jpg相模原市緑区与瀬の20号沿いにあるラーメン店。

昔からある店で、相模湖の終わりまでびっしり渋滞してた頃には何度も見かけてた店。
そういえば誰かに「あの20号のラーメン屋は入ったことある?」と聞かれて、そういえばなかったな、、と思ったのを、何故か今日通りかかって思い出したので何となく寄ってみた。

たしか隣にもう一軒「日本一マズい」と書かれたラーメン屋があって、そっちは寄った憶えがある(って言うほどマズくもウマくもなく印象薄かった)けど、もうそっちの店は跡形もなく失くなってた。

いざ寄ってみると「ラーセン餃子」というのが気になりつつも、「ラーメンセンター」とういうチェーンぽい店名に萎えて、躊躇しつつも入った。(でもチェーンではないらしい)

「餃子年間6万個」と書かれてるので、餃子セットみたいなのがあればいいんだけど、カウンター席についてメニュー見ると、セット物はないようで、普通に醤油ラーメンと餃子をたのんだ。(ネットで見るメニューには餃子定食ってあるなぁ、、平日は無いのかなぁ、、)

先にラーメン登場。

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んー普通の醤油ラーメン。特徴はないけどちゃんとしてて、昭和の近い頃だったら十二分においしいラーメンだったと思う。

ラーメン食べ進んでて、餃子到着。
僕はネコ舌な方なので、出来立ての餃子は食べられないからラーメンより前に出て、麺を食べ終わるくらいに丁度さめてくれるとありがたいんだけどな。

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この餃子はパッと見ミドリ色かな?と思うくらい青い野菜がしっかり入った餃子で、いい味でおいしかった。
ラーメンの汁の味がしなくなるくらいの味がしっかりしてて、どういう順番に食べれば正解だったのだろう。
ラーメンとよりも定食で食べたかったな。

さて、店を出て、その脇の「日本一マズい」と書かれたラーメン屋があった場所を見ると、こんな狭いトコに店があったのかぁと驚く。実際狭い店だった気もする。

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そして目の前のカーブの20号を眺めて出発。
いまでもここまでびっしり渋滞になるなんてこともあるのかな?昔は渋滞ひどかったよなぁ、、

タグ:餐:ら 餐:餃

美和ささの湯

ファイル 2198-1.jpg常陸大宮市(旧美和町)氷之沢にある日帰り温泉施設。

ちょっと谷の奥の辺鄙な場所ながら、割と気に入ってて何度も来てる温泉。
でも来たのは随分ご無沙汰で久々。前に来たのいつだろう?(日誌を振り返ってみたら2015/07/26が最後で三年ぶりのようだ)

温泉は浴室の写真撮れないからどんな風呂だったか忘れちゃうことが多いけど、ここは半円形の浴室が印象的で憶えている。
そして500円の入浴料は夕方4時以降は300円という嬉しい料金。これは来るまですっかり忘れてて喜んだ。

で、早速入った風呂だけど、ここの一番のお気に入りの、「流水浴」の高圧水流が、なくなってた!!がーん。。
流れが強すぎたから事故でもあったかな?(似た感じの荘川の温泉のは無くなってないだろうか、、)
代わりに五角形のジャグジー風の高圧ではない変な流れの浴槽になってた。。試してみたけどなんか浮いちゃって落ち着かずイマイチだった、、残念。

露天風呂は前のままで小さいんだけど、目の前にS字に折れる渓谷があって、正面から渓流の水が流れてくる景色はなかなかのもの。
そういえば今までは高圧水流ばかり楽しんでて、露天は小さいし別にいいやなんて思ってたけど、景色の良さに気づけて良かった。
すいてる時間に入って露天風呂で渓谷を眺めながらの入浴だけでも300円じゃ安すぎるいい温泉。お気に入り度は変わらないね。(五角形のなくして露天を広げてくれたらもっといいんだけど、、)

ファイル 2198-2.jpgさて、そして風呂上り。
ここで食事したことはなかったけどどんなメニューがあるのかな?と、大広間にある食堂を覗いてみると、気になるメニューもいくつかあった。
この地域は柚子が特産のようで「ゆず風味のペペロンチーノ」が一番気になったけど、、ペペロンチーノはからいよね、、唐辛子だもんね
ってわけで他に気になった「常陸牛丼」にしてみた。
そういえばビーフラインとかよく通るけど「常陸牛」って食べたことなかったなぁ。
食券を出すと、受け渡し口の周りには「常陸秋そば」の幟やポスターがあって、ああ蕎麦たべたかったんだっけ、、とか思い出したけどまぁいいや。

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うんうん、牛肉らしいおいしさの牛丼。
まぁ、そんなにウマイってほどの肉ではないけど多めに入ってたし玉葱もおいしく悪くはなかった。
ちゃんとしたトコで「常陸牛」食べてみたいけど、そういう機会はなさそうだから、よその名物牛ほどのプレミア感はない印象になっちゃいそうだ。

そのあと「ゆずソフトクリーム」も食べようかなーと思ったけどなんとなくパス。

ファイル 2198-4.jpgでもそのあと覗いた売店で「さわやかゆずサイダー」を買って飲んだ。
ゆずはサイダーのほうがおいしい印象。そんなことないか。
おいしくごくごくと一気に飲んじゃった。

外に出ると脇にカエルやツルの手作り感満載の像があった。
カエルは妙にヌペーっとした感じが牛蛙みたいでおもしろく、目玉がゴルフボールなのも変だった。

タグ:楽:湯 楽<残 食:丼 餐:肉 餐:飲 観:蛙

中華団欒食堂りんりん

ファイル 2197-1.jpg牛久市神谷にある中華料理店。

前の道を通った時に「最高の塩ラーメン」という看板が気になってた店で、「りんりん」という店名も気に入って来店。(応援してるグループのリーダーの名前と同じだったので)
来てみたら丁度昼前ぎりぎりの時間で混んでそうで、店横の八台分の駐車場はぎりぎり停められて店に入れた。

店内はカウンター席が三席しかなく、二席埋まってて間に座った。両隣ともに小柄なおばさんだったのでよかった。

さて、メニューはセット物や特製餃子も気になったけど、シンプルに「塩ラーメン」をたのんだ。はじめてだからね。

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うん、すっきりおいしい塩ラーメン。
やっぱシンプルな塩ラーメンが好きだわー。いい味わいで中華っぽい風味もあっておいしい。
麺は縮れのないスルッとした中華麺タイプ。
つるつるごくごく平らげた。

タグ:餐:ら

小田城跡

つくば市小田に戦国期まであった城跡。国指定史跡。
前々から気になってはいたものの、国史跡とはいえ江戸時代には廃城になった城跡で平城だと何もなくて記念碑くらいなもんかな、、とか思ってついついいつも通過してた。

ファイル 2196-1.jpgけど、来てみたらちゃんと発掘してその後に整備されているらしく、旧筑波鉄道の小田駅跡に駐車場と案内所があった。へー。

筑波鉄道は廃線になったのが87年だから30年以上前になるんだけど、線路跡はサイクリングコースになっているので、駅のホーム跡もこうして残ってる箇所が多い。

車停めて、まずはその案内所に入ってみた。

「小田城跡 歴史ひろば案内所」というその建物は、公民館みたいな入口だったけど、入ったら中は広い部屋にパネルや出土品などの展示物が配された資料館になってて、まず、大きなジオラマ模型で戦国時代の小田城本丸が再現されていた。(随分とスカスカな城に見えた。。)

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そして、壁の穴を覗くかたちの顔ハメは、カメラの穴もあって壁の裏の鏡に映った姿を撮れるという恥ずかしくない顔ハメ!これはいいね!(いかめつい顔をしてみたけど只の不機嫌そうな顔になってしまった、、)

そしてパネルで順番に城の歴史を見て回わり、終わって最後に床の航空写真を見た。往時の水堀領域が青く塗られていて、わりと大きな平城だったんだーと思えた。

さて、実物の城跡を見に行こうかな!と思ってるとこで、高齢のボランティアガイドのような館の人が配るパンフレットを貰い、気さくに案内話を始めていただけた。

これがこれが、なかなか話がうまく面白いお爺さんで、聞いているうちに話は脱線しまくりw
茨城の話から栃木や縁のある熊本秋田の話、歴史は律令から源平から戦国から幕末に加えて戦争の話まで。戦後は筑波鉄道の話とか「あーそれとあとひとつだけ!」とどんどん話が続いて一時間近く話を聞いてしまった。。いやぁ面白かった。

ってわけで3時半に来たのに城跡に歩き始めたのが4時45分。すっかり夕方。
線路跡を少し歩くと城跡の土塁が見えた。おーちゃんと整備されてたんだ。(調査を終えて2年前に整備された城跡公園になったそうだ)
っていうか、筑波鉄道の線路は見事に城のど真ん中を横断してたんだね。。(まるで城の歴史を無かった事にでもしたかったかの如く、、)廃線になって残念だなーとずっと思ってたけど、こうして発掘調査できて「歴史ひろば」として整備されるのならば、良かったのかなと思えた。

まずは北西隅の土塁に開けられた穴(中にトイレがあった)をくぐって本丸に進んだ。

これはまた随分と広く平らな本丸。
そのまま府庁が入りそうな広さ。溝で区画が分かれていて、この北側は「建物域」だそうだけど、何がどう建っていたのかは不明だそうだ。
そして周りをずっと高い土塁で囲まれていた。時代ごとに少しづつ高くして最後の戦国時代には4mくらいあったそうで、それを復元してるらしい。

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まずは北の虎口まで進んで土塁に上がり北東隅の台の上に歩いた。
振り返ると西日まぶしく、広い本丸を照らしていた。北には筑波山もよく見えた。

土塁上を歩き、一旦切れる東虎口で下って中央の案内板を見た。
また戻って土塁に上り、南東隅に進むと、東に外の東曲輪が見えた。ちゃんと堀に囲まれて曲輪らしい姿だった。

この一番高く盛り上がった南東隅は、城跡が埋もれていた時もそのまま残ってたそうで、昔からずっと立ってたらしい「小田城跡」の石碑があった。

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再現された東池跡(水があまり溜まってなくて残念な池だった)を見ながら下って、屋敷と庭園だったらしい南側の「園地域」を歩いて、もう一つある西池跡に進んだ。こっちの西池跡は掘り下げておらず玉砂利で表していた。

そして南西虎口から外に出てみると、その先に馬出しという出丸のような真四角で大きめの曲輪への橋が架かっていた。

渡ってみると、この馬出の周りに他の曲輪も見え、いくつもの堀と曲輪が重なって広がっているのがよく見えた。
すごいすごい。本丸の周りの部分だけ整備したのではなく、外周の堀と曲輪もいくつも形が見えて大きな城域が感じられて感激。田畑の郊外だからこそ再現できた城郭だね。こういう城跡が見たかった。

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夕方も5時頃になると、犬の散歩の人がちらほらと見えた。
満足して、本丸に戻り、西側の土塁上を歩いて一周し、また北西隅のトンネル抜けて戻ろう!と思ってたら、トイレの穴は閉鎖されてた。。5時までか。
北虎口まで廻って外に出て堀を見ながら駅跡の駐車場に戻った。

タグ:観:城 観:池 観:館 観:模 景:山 楽:験 楽:話

山田ランチ

ファイル 2195-1.jpg八千代町菅谷の125号沿いのパチンコ屋脇にある食堂。

「食べて納得ホルモン定食」という看板が前から気になってはいたんだけど、「激辛うどん&ラーメン」という看板もあり、ってことはやっぱりホルモン焼きも辛いんだろうな、、と通過してた店。
でも気になってネットでググってみたら、ホルモン焼きは辛くないと出てたので、じゃあ行ってみようと思ってた。

とはいえ、他人の「辛くない」は自分レベルでどの程度なのか信用できないし、店もキレイじゃなくて入りづらい雰囲気もあったけど、ここは挑戦。ままよと入店。

ファイル 2195-2.jpg古びた店内は意外と広く、妙な島型カウンター席をまわってテーブル席がある、松屋のレイアウト昭和版。
すいてたからテーブル席に座って、たのむのは迷わずに「ホルモン焼き定食」
店内の張り紙もホルモン焼きが多く、「おすすめ」とか「八千代名物」とか「一度食べたらやみつき}とか書かれてて怪しかったw(そういえば外の壁に書かれてたランチ550円については張り紙もメニューにも見かけなかったな、、)

横の壁にはずらっと激辛うどん&ラーメンの成功者が張り出されてて、ぱーっと見ると3辛達成から30辛達成までランダムにびっしり貼られ、九州から来た人や四川省からなんてお客さんもいた。(仕事できてたついでかな?)
うわーやっぱ辛い店なんだよ、、、

で、「ホルモン焼き定食」でてきた。

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うん!おーけーおーけー!辛くない。
そしておいしい。
むしろやや甘めで薄味の醤油ダレ焼き。ホルモンていうと味噌焼きとか焼肉たれとかが多いかな。ちょっと珍しく独特。
モツの味や野菜の味が生きてておいしかった。(甘めなのはタマネギの甘さなのかも)
逆に上に乗った生ネギが辛かったりしたw(そっち系はまだいくらか平気)

ってわけで、おいしくぺろりと食べて、いい昼食。
こっち方向の食事の選択肢が増えたな。

タグ:食:定 餐:肉 楽:証

横浜家系ラーメン 印西家

ファイル 2194-1.jpg印西市大森の356号沿いにあるラーメン店。

木下の印西市役所近くでよく通る道に去年できたばかりの店で、一度は寄ろうと思いつつ、この帰りの方向の車線はすぐ先で一車線減って合流になるから右側を走ることが多くて毎回通過していた。
今日は左を進んでて合流しようと思った時にそういえばと思い出せたので寄れた。

半端な時間だけに駐車場も店もすいてて悠々と入店。
広い店内はファミレス風なボックス席が並んでてけどカウンター席もあった。

ファイル 2194-2.jpgカウンター席についてとりあえず基本の「豚骨醤油ラーメン」をたのんだ。

店の中を見ると「豚骨ラーメンの楽しみ方!」という張り紙があり、項目の其の一は「そのまま」二は「好きに調味して」で、三は「ごはんと海苔で楽しむ」とあった。
そのライスは「終日食べ放題」だそうで、店の真ん中に大きなジャーが置かれてて好きなだけよそえる状態だった。へー。
米は地元千葉産の「ふさおとめ」を使用とあった。(そんな銘柄あったんだ、、、)

そして「豚骨醤油ラーメン」登場。

ファイル 2194-3.jpg

んー。味の濃い豚骨醤油でまあ悪くはないけど良くもなく、正直ラーショ以上の魅力は感じず、次に来ることはしばらくないかも、、とか思いながら食べた。
最後に海苔を残してて(項目通り)これでご飯食べようと席を立った。

このご飯もよそった感じ堅そうだなぁ、、と期待薄で、碗に半分だけよそって席に戻って食べた。

ら、
このご飯が意外とおいしく(もちろん堅くなく)汁を漬した海苔で巻いて食べたらバッチリだった!!
おお、こっれはいい!凄い意外過ぎてうれしくなり、ご飯お替り。
二膳目は残そうと思ってた汁を啜りながらでおいしく食べられた。

まさかラーメン屋でご飯がおいしいとは超意外。しかも食べ放題サービスのご飯がねぇ。
これは次回は塩ラーメンで細麺とか頼んで、ご飯を楽しみに来てもいいかも!とか思った。

ファイル 2194-4.jpgで、食べ終わって外に出たら、店の前に恵比寿さまの像があった。
気が付くと沢山の賽銭が周りに乗ってて驚いた。。
しかも1円5円だけじゃなく100円とか古銭の寛永通宝まで乗ってて分けわからなかった。。

なんでこんなラーメン屋の前の新しい像に、、、まぁ人それぞれだからいいけど、、

タグ:餐:ら 餐:飯

佐倉武家屋敷

ファイル 2193-1.jpg佐倉市宮小路町にある旧佐倉藩の武家屋敷が残る区域。
以前一度、佐倉城跡を歩いた後に来たことがあって、いづれまたゆっくり来ようと思っててすっかり忘れていた。
その時は「児玉源太郎旧宅跡」の立て札だけ見て満足して帰っただけだった。

まぁ、今日もたまたま入り込んだとはいえ、駐車場次第で通過が濃厚な気分で来てみた。 ら、しっかり無料の駐車場があり、すんなり止められたのでナイスだった。

さて、
まず駐車場からは少し歩いて戻り三軒目の屋敷で受付だそうだ。
その受付は「旧河原家住宅」にあり、門をくぐると工事中だった。
入館料の210円を払って貰った券は何回でも使用可能な招待券になっていて、いつ来てもこの名刺大の券があれば次回からは無料でみれるそうだ。へー。いいね。気軽にまた散歩に来れるね。

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さて、その修繕工事中の「旧河原家住宅」は、縁側と周りだけは見れるので少し見てみると、その縁側に兜が置かれてて「Try it」と書かれてた。ので、かぶってみた。思ったより軽かった。

前の道に戻ると、となりの屋敷との間にある横道は「くらやみ坂」という日陰の急坂。ああ、この道は前回来たときに斜面の樹の根を見ながら歩いたわ!城の後に歩いてここまで来たんだっけ。。なんて思ったけど記憶違いだった。(日誌で振り返ると武家屋敷には車で来て、車から下りずにこの坂に折れて徐行して下ったようだった。屋根あけて徐行してたから歩いたように思ってたのか、、、)

くらやみ坂を横目に進んだ。通りの高めの盛土の上の生垣は馬上から覗かないようにという配慮だそうだ。そんな風景を見つつ、隣の屋敷「旧但馬家住宅」の門をくぐった。

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大きな屋敷でL字型(ではなくT字だったらしい)に折れた形で、手前が土間の勝手口なのかな?折れた内側正面に玄関があった。
靴を脱いで上がってみると二十畳の広間には鎧兜が飾られていた。そういえば今日は桃の節句のひな祭りなのに勇ましい端午の節句を先取りしちゃったなw
奥の居間には座敷童のようなマスコットキャラ「カムロちゃん」のパネルが置かれてた。やっぱり雛って感じではなかったw

そして隣の三軒目「旧武居家住宅」
こちらは四角くまとまった形で手前から玄関だった。横の土間には釜戸があり、その奥は風呂かなぁ?広間をまわって奥には厠も覗けて一番生活感があった。

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そして駐車場への横道をすぎると隣は「侍の杜」という無料の屋敷。でも建物は普通の古い家って感じで解放されてなかった(一応以前の武家屋敷と同じ造りの明治築の家だそうだ)
ここは庭の様子を見て回るとこらしく、案内板も多く当時の屋敷の庭の植物などが解説されていた。

興味を持ったのは順路の最後の方の「貝塚武男家 借家庭跡」という区画。
借家の庭跡と言われてもなぁ、、とか思ったけど解説を読むと、この貝塚武男氏はレイテ海戦時の空母瑞鶴の艦長で、沈む艦と共に戦死した人だった。

あとは見学できる武家屋敷はないのだけれど、実は今日寄った目的はその他で、通りを奥まで歩いた。
 
 
ファイル 2193-5.jpgさっき車で来たときに「この先階段につき車両の通行は出来ません」という案内のある袋小路の奥の細い階段の歩道、これが「ひよどり坂」という坂道で、ここの竹林の雰囲気が良いというのをつい最近知って興味あった。

その「ひよどり坂」は下った先に何があるわけでもなく、前の通りから少し細道の間があって坂を覗けるわけでもなく、知らなければ進んで下ってみようとは思わない坂。
でも古地図ではちゃんと江戸時代の往時からあった坂道のようで、なんだろ?ひょっとしたら二の丸とばして裏から本丸城内に行ける近道だったのかも、、とか勝手な想像しながら進んでみた。

そしてら、うんこれはなかなかの竹林!竹は太く青く密度も濃くて濃い雰囲気。
高く伸びた上を見上げつつ林の奥に連なる竹を見つつゆっくり下った。

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坂の途中にベンチがあって「侍」とか文字が作られてたのはちょっと余計かなって気もしたけど、少しは飾った部分を見ることで大事にされてるっ道って感じが伝わるので、まぁいいかな。

下まで下りきって林を抜けると宅地に出た。
ぐるっと回れば「くらやみ坂」の方に戻れるかも、とか思ったけど、宅地で迷ってもつまらないので折り返し。また「ひよどり坂」を登った。

あー登りはまた少し雰囲気代わって竹も高く見えていい感じ。戻ってよかった。(「くらやみ坂」に戻る道は真直ぐではなかったようで道的にも戻ってよかった)

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竹の青さが浅葱のような淡い青で綺麗に見え、太い竹はかぐや姫でも仕込んでありそうなくらい立派なのもあった。
古い竹で何年くらいなんだろう?そういえば竹って何年くらい生えてるんだろね。
雰囲気いい竹林を歩けて楽しめた。

坂を登りきると、これから下ろうかヤメようか迷う人を見かけた。

タグ:観:屋 観:街 観:具 観:庭 観:道 景:森 楽:歩 楽:登 楽:験 植:樹