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うま煮ラーメン醤 四街道店

ファイル 3047-1.jpg四街道市栗山の県道沿いにあるラーメン店。

東関道四街道ICの手前で渋滞で、信号一回に二台分位進むくらいの詰まりかたで、丁度そんなとこにラーメン屋があったので、腹も減ってきてたから丁度いいかと寄ってみた。

よく通る道なので前からこの店は見かけてて、一度は入ってもいいかなとも思ってたけど、そういえばわざわざ暑い夏のこんな日に「うま煮ラーメン」はちょっと考えなさ過ぎたかな、、とか車を停めてから思った。
けど、車を降りたら意外と外はそんな暑くなくて、日暮れ時で気温下がってたようで、まあいいか、と思いつつ、それでも汗だくにはなりそうだなと覚悟しつつ店に入った。

店は空いてて「お好きな席にどうぞ」ということでカウンターではなく停めた車が見える窓のテーブル席に座った。
店内は冷房ガンガンについてるかと思いきや逆についてないようで、まぁそれでもとくに嫌な気もせず、メニュー見て、(「旨辛ラーメン」というメニューもあるからそうじゃない方は大丈夫だろうと思いつつ)「うま煮ラーメンは辛くないですか」と質問し、花山椒のシビレというのを入れなければ辛くないというのを確かめて、そのシビレ無しの「うま煮ラーメン」をたのんでみた。

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そのメインメニューの「うま煮ラーメン」はトロっとしたあんかけのラーメン。都内の職場近くのあんかけラーメンほど物凄いとろみでは無く程よく食べやすいくらいで味は甘く細く切られた白菜がイイ感じでおいしかった。
暑いから思い切りゆっくり麺も少量ずつ食べたので、思ったほど汗だくにもならずに不快感はなかったし、二つ付いてきたレンゲの穴あきの方が麺も餡も野菜も掬って食べやすくてよかった。

ファイル 3047-3.jpg会計済ませて店を出るときに入り口のガラスの「エアコン故障」の貼紙に気づいた。。
入るとき気付かなかったのはマヌケだと思ったけど、まぁそれでも車を停めてからはサウナに来たくらいの気合を入れて臨んでたので気にせず入ったと思うし、実際不快に思うほど暑くなかったのでОK。
まぁ、なるべくなら寒い時季の方がいいやね。
また渋滞したら寄ろうかと思った。

タグ:餐:ら

道の駅 きょなん

ファイル 3046-1.jpg鋸南町吉浜の127号沿いにある道の駅。

まぁまぁわりと寄ってる道の駅だけど、毎度食事するわけでもなく併設されてる美術館に入るわけでもなく、とくにネタもなくトイレだけの休憩で点景には一度もしたことなかった。

で、今日も実はトイレだけのつもりで来たんだけど、あー海眺めるならここでいいか!と裏の海に歩いてみた。

ほんとはどこかの砂浜の海岸に寄るつもりだったんだけど、そういえばまだサンダルでも短パンでもないから足ポチャするわけでもないし、靴で歩くだけなら砂浜より港っぽいとこの方が歩きやすいし、今日は天気よくて富士山まで見えてるからどこで見ても海はキレイそうと思って歩いてみたんだけど。。

やっぱり思った通り、海は青く輝いて十分だった。

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もちろん海の先に富士山も見えていた。夏の昼間でも見える日あるんだねぇ。
北に見える岬のような山は裏から見た鋸山。高さの揃い具合が丁度いい。

内房とはいえ保田あたりまで来るともう外海に向いてるのかな。少し波があって水中は覗けなかった。
炎天下の下で釣りをする人たちの後ろを通り過ぎてまっすぐ進むと北の先は保田の漁港の湾内で、対岸に人気の漁港直営食堂「ばんや」が見えた。こっちは波の揺れも緩く水中が覗き込めた。底まで見えるきれいな海だった。(それだけにゴミも見えてしまうのは難点)

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こっちでも釣りをしてる人がチラホラいて、自分なんか今来たばかりでもう暑さにやられて怠くなりかけてるというのに、よく一日中釣りしてられるなぁと感心した。

水中をじっと見ると小魚の群れが水面を泳いでいたり、水中にはもう少し大きな魚も見えて楽しめた。砂浜の海岸じゃこういう風には見えないからここで正解だな。
サングラスで偏光効いてたからか写真で見るよりももっと魚を捉えてたつもりだったけどまぁこんなもんか。

そして来た道を戻った。
うー冷房がコイシイーと急ぎ道の駅に戻って来て、あー!美術館とか冷房効いて落ち着くかも!とか思って、(有料なので)いつも敬遠してた「菱川師宣記念館」になんとなくのノリで入ってみた。JAF割りで\400。館内写真禁止なのであしからず。

ここは浮世絵の美術館。鋸南町保田の出身の菱川師宣は切手で有名な「見返り美人」の作者。浮世絵版画を芸術作品にした立役者だとか。

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主に美人画で素敵だとは思うけど、いかんせん学が無くて見てまわってもピンとこなかった。。
面白かったのは「表四十八手」いわゆる交接体位の四十八手ではなく可愛らしい部類のいちゃつき方アラカルト。この四十八手というのもこの菱川師宣からだそうだ。へええ。

それと企画展の「錦絵新聞の世界」というのは面白かった。
明治に入って下火になりはじめた浮世絵版画で各地の珍事件を描く1コママンガのような連作。えぐい事件が多く探偵小説のようなドロドロ感もあって夢野久作の「いなかのじけん」を版画で見てるようなそんな感じだった。

そして最後にソフトでも食べちゃおうかと並ぶ店を見てみた。
意外と食事処はサンガ焼きやクジラの立田揚げなどの房総料理がリーズナブルに食べれそうで、ここで食事って何で今までなかったんだろう?と不思議に思った。
で、ソフトソフト。ソフトはびわソフト。あーそーか。枇杷っていうと富浦の道の駅って印象で面白く感じなかったからここで食べた事なかったのかな。今日は食べた。JAF割りもきいた。

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甘くておいしい枇杷のソフト。普段なら外で幟をバックに写真でも撮るトコだけど、もう暑くて外でなんか食べる気はせず店内で食べた。水もいただけてありがたい。
これだけ暑いんだから多少甘いもの食べてもバチあたらないよね。

タグ:景:海 景:山 動:魚 観:館 観:藝 餐:冷 道の駅

太田山公園

ファイル 3045-1.jpg木更津市太田にある町中の小山の公園。

16号バイパスの高架上から展望台っぽいのも見えて気になって調べてた小山。
こういう町を見下ろせそうな公園は好きだし、展望台があるなら尚の事で、木更津に来たら行ってみようと思ってた所。(っていうか、本当は弁当もここで食べようかと思ってた)

駐車場は何ヶ所かあるようで、登り坂の途中の道沿いの駐車場に停めたら、ちょうどタワーの下で、階段上ってすぐだった。ナイス。

頂上の広場は意外と広くて平らな公園でラジコンカーを走らせてる人がいたたけど邪魔でもないくらいのスペース。

で、「きみさらづタワー」
案内を読むと竹下内閣のふるさと創生政策の一億で建てられたものだそうで、東征で房総に渡ってきた日本武尊と荒れる海に贄となって身を投じた妃の弟橘媛の別れのシーンを表してるそうだ。
日本武尊はこの山に登って弟橘媛を飲み込んだ海を眺め、なかなか立ち去れずにいた事から「君去らず」という地名になり木更津になったとか。へー。

さてさてさっそく登ってみた。
今日は気温高く真夏の日差しだったけど、雲も多く、来た時は少し雲で陰ってたお陰で登るのも少し楽だった。
波のように階段が外側に伸びたデザインだったので、登ってる途中でも眺めはよく、アクアラインとかもよく見えていた。

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下の駐車場の自分の車なんかも見下ろしつつ上まで登ると、船の形の展望台は意外と広く、風も良く、ゆったりと展望できた。

メインは西の木更津市街。海はちょっと遠いいけどアクアラインから君津の工業地帯まで全体を眺められるイイ展望。
裏の東は山頂の公園を見下ろす感じ。南側は房総の山。船の穂先の網になってるトコには勝手に取り付けたような南京錠がいくつかあった。はいはい。

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タワーの二本の柱はここの胸の高さから上がステンレスの鏡面になっていて空と雲を映していた。
その上には片側にヤマトタケル、片側にオトタチバナの像が乗っていて、たまたまだけど日本武尊側は青空が広がり、弟橘媛の方は雲で陰った空になってて、別れのシーンを演出している様だった。

あとは遠くスカイツリーなんかも見えてたし、横浜のビル街もよく見えてた。カメラのズームはちょっと場所を捉えずらくてスカイツリーが頭まで収まらず無念。(でも新しいカメラでちゃんとズーム効いてくれて嬉しいわぁ)
そういえば木更津港の「中の島大橋」はどこだ?と探したけど、ビルに隠れちゃってて間に赤い橋が覗けるだけだった。これだけはちょっと残念。

ゆっくり眺めて涼んで階段を下った。下る途中も眺めよくて、イイ展望塔だった。

さてさて公園にはタワーの横に「橘神社」という小さな神社があった。
海神を宥めるために海に身を投げた弟橘媛を祀った神社。説明には「二人の強い愛情と悲しい運命を伝える伝説から―」縁結びのごりやくがあると書かれている。けど、、なかなか立ち去れなかった日本武尊の悲しみの地と思うと、、縁結びというより、未練を断ち切る別れの神社って感じがするけどねぇ。。

そして「郷土博物館 金のすず」というのがあった。入館無料なようなので入ってみた。

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館内はフラッシュ焚かなければ写真OK。最近の千葉のハコモノは大らかでうれしい。
ロビーはやや昭和感ある感じだったけど、展示はキレイでふるくささなく早速ジオラマ模型もあって楽しめた。

遺跡からはじまる古代の資料は先日千葉の貝塚で見たのと近いので流して見てたけど「金鈴塚古墳」から出土した金の鈴は国重要文化財。展示されてる小さな鈴がキレイ過ぎて複製かと思いきや実物だそうで驚いた。あーそれでここ「金のすず」なのね。
他にも飾大刀や金の馬具などもあり古代の千葉すげーと思った。(また小学生みたいな感想でモウシワケナイ)

山の谷間に立つ頂上までの建物って感じで、階段でフロアを下りながらの順路になっていた。
歴史の展示では戦国乱世は真里谷武田の存亡、幕末戊辰の役では請西藩の攻防が説明され、藩主自ら脱藩して仙台まで転戦したため唯一改易された藩というのが興味深かった。

太平洋戦争では市内の様子と終戦後に降伏調停の為に木更津基地から飛んだ「緑十字」の白い一式陸攻の模型とか興味深かった。
そして戦後は初代東京湾フェリーきさらづ丸の模型。平成はさっき登ったきみさらづタワーの模型もあった。

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平成まで来て終わりかと思いきや、「海辺のくらし」という民族的な資料展示になって、こっちのコーナーの方がジオラマ模型が多く個人的には楽しめた。
「簀立」という引き潮の干潟に網を張って手掴みで魚を捕まえる漁なんか面白そうだなぁ、、と思ったけど、現在でもやってるそうで驚いた。

他にも上総掘りや揚水機の大掛かりな模型も面白くたっぷり楽しめる博物館だった。けど、最後は下りてきた分階段上って戻るのが少々億劫。エレベーターないのか。。

ファイル 3045-6.jpgそして外に出るともうすっかり雲がなくなってカンカン照りの真夏の昼。タワーの上の日本武尊と弟橘媛のご両人も悲劇なんかなかったかのように青空に照らされていた。

もう十分楽しんだけど、一応公園の図をもう一度見てみた。「房州石の広場」とか「旧安西家住宅」とかあったけど、なんか歩きまわる気力も削がれる暑さで、もう充分だと思い車に戻った。

はからずも木更津のルーツとも言える地を歩けて、そんな木更津をよく知ることができる博物館も見れてガッツリ木更津三昧の午前中だった。

タグ:観:園 観:楼 観:橋 観:像 観:塔 観:伝 観:宮 観:館 観:模 観:具 楽:眺 景:町 景:海

吟米亭浜屋 朝日店

ファイル 3044-1.jpg木更津市朝日のイオンタウン木更津朝日内にある弁当販売店。

「浜屋」のバーベキュー弁当(通称:バー弁)は木更津市民のソウルフードだそうで、「としまやのチャー弁」と共に市民の定番だという事をテレビでよく目にするうになる前からWebで知って興味持ってネタ帳にも書いていた。
でも、木更津で食事とかってなかなかなくて(だいたい富津まで行っちゃったりして)来る機会なかったもんで、やーっと今回来れた。

街道沿いのコンビニ風弁当屋の「としまや」に対してこの「浜屋」は町中弁当店っぽく、本店は木更津駅の西口店なのかな?本当はそっちに行きたかったけど、駅前じゃ車も停めづらいよなぁ、、と思って別店舗を検索してこっちへ来てみた。
っていうかナビで示したトコが来てみたらイオンで、外に「浜屋」の表示は無く若干不安だったけど、店内に入って見たらすぐ先にあって安心した。

で、さっそく「バーベキュー弁当」を購入。
特製と普通のとどう違うのか聞いてみたら、肉の枚数が違うだけだそうなので「特製」にしてみた。

ファイル 3044-2.jpgコロナ時期なので店にあるイートインは閉鎖されてて椅子もテーブルも片づけられちゃってたんだけど、その向かいにはイオンのフードコートがあって「そっちで食べてもいいんですか」と聞いたら「店内飲食の場合は消費税が10%になります」とのこと。この店で食べるんじゃなくて、買った商品を勝手にフードコートで食べるだけだけど、まぁそれも店内飲食になるのか。。っていうか、店のイートイン閉める意味なくね?とか若干腑に落ちない気もしたけど、食べていけるならいいやと払って、そっちで食べた。

かわいいタヌキのイラストは木更津の證誠寺のタヌキ。タヌキが豚肉焼いてるのはシュールといえばシュールだけど、地元に根差した感あって木更津名物って感じいいね。

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さてチャー弁はチャーシューだけど、バー弁はロース肉。食べやすいし肉食べたって気になる満足弁当。甘いタレもいい味でおいしくパクパク。一気にぺろりと食べちゃった。

ファイル 3044-4.jpgそしてフタの裏にはバー弁の歴史とこだわりが書かれていた。
「浜屋のバー弁」は、昭和37年(1962)に木更津駅の駅弁として誕生したそうだ。
そして秘伝のタレは当時から注ぎ足し守り続けたものだとか。なるほどー。
この浜屋は木更津市内に三店舗あるだけだしまさに元祖の木更津の弁当なんだね。
(因みにとしまやは昭和50年代からだそうで、千葉県内に19店舗。ドライブ中に気軽に寄るなら断然こっちで、木更津に来たならば浜屋ってとこかな)

さて余談。
食べ終わった後は軽くイオン店内を見てまわった。スーパーで飲み物安く買えるかなとか思ったけど、レジ並んでたからヤメた。
それはそうとこのイオン二階がなんと木更津市役所。え?そうなの?
イオンに入ってる市役所ってどんな感じだろうか、、と興味持ってあがってみようかと思ったけど、用もないのにフラフラしてても怪しいだけだし、完全に冷やかしなので失礼だろうし、、と思ってやめた。
(帰って調べたら、本庁舎が老朽化と耐震性の問題で解体。で、仮庁舎として移転してきたそうだ。でも、建築費の問題から新庁舎を建てるかどうか決定せず「このままイオンでいいんじゃね」って感じらしい。。こういうトコって他にもあるのかな?イオンに市役所の窓口的なコーナーがある所は他にもあるだろうけど、本庁が入ってるのはここだけなんじゃない? 変に金かけて立派な庁舎を建てるのもどうかと思うので、これはある意味先見性あるケースなのかもしれない)

タグ:食:弁 餐:肉

みつはし家

ファイル 3043-1.jpg大網白里市南今泉の県道沿いにある食事処。

「いわし天丼500円」の看板が前々から気になってて寄ろうと思ってた店。
天丼にするイワシなら保存ききそうだしそんなには値はあがらないだろうとも思えるけど、500円はさすがに破格な気がして逆にあやしく思えるくらいだった。
そしてやっぱり海辺まで来て食べるイワシはやっぱり新鮮な刺身で食べたいと思いがちというのもあり、寄ったことはなかった。

で、今日も別に寄るつもりで進んでいたわけではなくすっかり忘れてて、前を通って見かけて思い出した。
暖簾がかかってるのも見えててこんな午後遅い時間に開いてるんだ!と思わず通過した先でUターンして戻った。でももう5時頃だったから普通に夕方の営業時間だったみたい。

店の中に入ると外観に違わずテーブル席ふたつに小上がりの小さな店。でも奥には座敷があるようだった。

ファイル 3043-2.jpgメニューは一応見たけど、迷わずに「いわし天丼」をたのんだ。
「今、イワシ獲れてなくて小さなイワシになるけどよろしいですか」と言われたけど、全然OK。っていうかちゃんと獲れたばかりの新鮮なイワシを使ってると分かって嬉しかった。(ん?銚子では入梅イワシとか旬だけど九十九里ではそんなに獲れてない時季なの?)

待つ間、横の曇った水槽が気になったので手で拭いてみたら、イシダイが泳いでた。おお。っていうかイシダイのメニューなんてないけど、、観賞用?特別メニュー?

そして「いわし天丼」登場。ちゃんと味噌汁ついててありがたい。

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たしかにキビナゴくらいの小さなイワシで、掻き揚げっぽかったけどむしろこれくらいの方が食べやすく、ご飯と一緒に掻っ込みやすいから丼物としてはアリ。
しっかりイワシの味も楽しめてよかったし、味噌汁に入った玉葱は隣町の白子たまねぎかな?おいしかった。

食べ終わって会計の時に「イワシの大きさって時季によってですか?」と聞いてみたら、時季ではなくて潮によってまちまちだとフワッとした答え。明言は避けていた。まぁ小さくても全然イイんだけどね。冬は大きいとか言われたら次は冬に来てみようとか思ったけど、ならまた気が向いた時に来てみようかと思った。

タグ:食:丼 餐:魚

鴨川松島

ファイル 3042-1.jpg鴨川市貝渚の鴨川漁港前に浮かぶ幾つかの小島や岩の景勝地。

名前のついた島は7つ(荒島・弁天島・鵜島・雀島・波涛根島・猪貝島・海獺島)で、そのうち荒島と弁天島は防波堤から橋で歩いて渡れるそうなので来てみた。
ちなみに「鴨川松島」の表示と案内板は八岡海岸側の県道沿いにあるけどそっちには駐車場は無いので車だと通過して見るだけだね。

車で防波堤の先まで行けそうだと思ってたけど、鴨川漁港の先は「関係者以外車輛進入禁止」になってた。。んー、、クソ暑くて少々躊躇したものの漁港で車を停めて歩いてみた。

なーんか車で入ってきちゃってる人もいたけど、きっと関係者だろうと思うことにしてゆっくり夏の日差しに焦がされながら港の防波堤へと歩き、堤に出たら水辺を覗き込んだりしてゆっくり進んだ。

湾内だけに水は少し濁ってたけど、小魚の群れが元気に凄い速度で泳ぎ回ってるのが見えた。
そして、なんか針金みたいなハンガーみたいな青いのが漂ってるなぁ、、とか見えたのが、泳ぎ出してびっくり!ん?クラゲか?と思ってよく見ると魚だった。こんな魚はじめて見たわ。珍しくない魚なのかな?(やや熱帯系の魚で「イトヒキアジ」の幼魚だそうだ。大きくなると旨いらしい)

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こんな自分的には珍しい魚を見れたので歩いて来てて良かった。とか勝手に納得しながら、まず防波堤の先の奥の方まで歩いた。
漁港の海も輝いてキレイだったし、湾の向かいには魚見塚の展望台の山が見えていた。ちょっと熱中症にならないかというくらいの猛暑でなるべく海側を歩いたけど差して変わらなかった。。

で、防波堤の先の方に見えるのが「荒島」これが一番興味もった島。ワイルドでスリリングで大雑把な橋で渡れる灯台のある島。

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でも、、
その橋はロープで閉鎖されて「橋の使用禁止」としっかり表示されていた。。んー残念。

渡った先も密林の藪漕ぎっぽかったし灯台までしか道はない筈なのでまぁいいか。
取り敢えず防波堤の上をもう少し先の行けるトコまで歩いたらちょこっと灯台も見えた。
まぁ海の眺めよかったし、島の崖にオレンジのユリ(ハマカンゾウ?)も咲いてていい感じだった。

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ゆっくり眺めて、後からきた女性二人と入れ替えで引き返した。
堤の上を戻り、荒島の先も上を歩けそうだったので下に降りずにそのまま進んでみた。ら、次の「弁天島」への橋はここからは立ち入れず、下をくぐって進んでみたけど下りる段はなかった。で、少し先の緑の岩のトコでこの上の段途切れてた。。落ちないように岩肌を進めそうだったけど、まぁ危ないことはやめてケースを積んでたトコで少し飛び降りて下に降りた。臆病なくらいがちょうどいいのよね。

で、弁天島への橋まで戻ってのぼってみた。
こっちの橋は堂々とした立派な橋でスリルのスの字もない安定感。(10年くらい前に架け替えた物だそうだ)島との中間の海の上が風が涼しくて気持ちよく、少し立ち止まって海を眺めた。南の太海方面は仁右衛門島の前にかぶるように「鵜島」が見えた。
振りかえって北にはさっきの「荒島」が見えた。

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渡った先の島には赤い鳥居があって島の中央に神社があった。
その神社は門が閉じられてて境内には入れなかったけど、手前に新しい案内板があった。この「厳島神社」は平安時代から弁財天の像を祀って伝統的な祭祀行事が伝承されている歴史ある神社。昔は鴨川の岸から船橋を並べて渡って祭祀を行ってたそうだ。
鳥居の前から振り返るとちょっと埠頭がじゃまで窮屈で可哀想に思えた。そしてこの島が鴨川松島では一番大きい島なんだけどこの神社入口しか歩ける所が無くてちょっと残念。険しい島なんだなぁ。(以前は有名な釣り場だったようで岩場に立ち入った釣り人が落ちたりして毎年死亡事故が起きてるから釣り禁止になったそうだ。。)

またゆっくり橋を渡って埠頭に戻った。

そして少し戻って、さっき上の段から下りたとこの緑の岩の横の段を上ってみた。
ここには名のついた島はないけど海側に出られて、脱腸のように少し飛び出した不当に足場のような橋で渡れた。荒島の橋のオマケみたいな感じで少し楽しく思えたけど高さもないからスリルはまるでなく渡れた。

で、ここは島がない分広く海が見れた。
南の八岡海岸の雀島は陸に近くてよく見えなかったけど、そこからの手前はキラキラ海が眩しくイイ感じだった。そして仁右衛門島もよく見えた。

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このこぼれ出たような埠頭の先に「58年度消波起点」とあった。ん?どういうこと?昭和58年に作られた初期の消波堤防の先っぽってこと?(そうではないようだネットで見かけた昭和58年の写真には奥島まで堤防がつながってた)

北側の目の前に大きな岩が立ってて、堤防との間からさっきの弁天島が見えた。この角度で見ると荒島より大きいようには見えないなぁ。
ちなみに7つの島の残り3つ(波涛根島・猪貝島・海獺島)はちょうどこの大岩の後ろ方向で、そもそも1000mくらいの沖合なので岩がなくても見えてたかどうか、、そんなのよりこの岩とかに名前つければいいのにね。
振り返って、階段の前の緑の岩の裏には錆びた棒が残っていた。何が立ってたんだろうか。
そして湾の向かいの魚見塚展望台の山も、ズームしてみた展望台の女性像も立ってた。

荒島には渡れなかったけど、たっぷり海と島と岩を眺められて満足。
でもせっかくの新日本百景の島々なんだからもう少し観光地化されててもいいのになぁ、、と思った。

こっちの島だけでなく「鴨川松島」の表示ある八岡海岸側の県道沿いにもね、駐車場くらいほしいよね。

八岡海岸側の県道で車からの眺め
 
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海岸前に「雀島」。
その右上の小さいのが「鵜島」
左上で雀島にちょこッと隠れてるのが「弁天島」
堤で続きの左に「荒島」

タグ:楽:歩 楽:眺 景:海 景:島 景:岩 観:橋 観:灯 観:宮 動:魚

志保沢商店

ファイル 3041-1.jpg君津市平山の410号沿いにある焼きそば店。

交差点に来るまで忘れてて徐行して覗き込んだらやってたので咄嗟に曲がってJR久留里線の平山駅に駐車した。
いやー久々の来店。(CR-Xの頃以来かと思ってたらその後も来てて点景にしてた)通るたびに閉まってたのでひょっとしたらもう営業してないのかも、、とか思ってた。

そのもその筈、営業時間は昼1時半までで午前中で麺が切れて閉めることも多いそうだ。(昔からそうなんだったっけ?)

ファイル 3041-2.jpg店はハキハキしたおばちゃん一人でやってて普段は九割以上持ち帰りのお客ばかりなんだそうだ。まぁこんな時世だしね。「店内狭いから外でもいいよ」と言われたけど、店内で食べるというと「暑くてごめんね」と扇風機を2台もむけてくれた。

値段はさすがに上がってて、一番下が480。そこから100ずつ上がってメニューでの上は1180まで。(上がったというよりその下の少ないメニューを無くしただけかも)トッピングはソーセージが+100で肉が+120。男性の普通が580だということでそれのソーセージにした。

しばしまって「ソーセージ680」登場。
っていうかなんか盛り付けが山のように隆起しつつ、丸い揚げ玉をポップに纏ってて可愛くなってる!やっぱ11年も来ないと変わるもんだw

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ウエットな焼きそばで平たい麵は啜りやすく、ウスターな感じのさっぱり味。そしてソーセージは魚肉!この魚肉がなんかイワシっぽい風味(悪い言い方すれば生臭い)で魚介っぽくて良かった。前からこうだったっけ?これは苦手な人は無理かもってくらい風味あった。

ファイル 3041-4.jpgそして意外と量多く、朝から何も食べてなかったのに多く感じて後半戦ペースにぶったので、扇風機消して青海苔かけて味変。これだけで随分とまた風味変わって最後まで楽しく食べれた。
でもこれ以上の量は無理だな。。歳とって食細くなってるよな。っていうか1180ってどんな量だよ。。あ、いや、持ち帰りならみんなで食ればいいのかな。

「10年ぶりくらいで来れてよかったです」といって店を出た。

あー車、日陰に停めればよかったなー、、とか思いつつ、少しなにもない無人駅を覗いてみた。

ホームには並んだ鉢の真っ赤なサルビアが咲いてるくらいで他には何もない静かな駅。駅前は田圃。ホントなにもない。何もない感じが何となく良くて、くそ暑かったけど落ち着いた。

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ちなみに前回の点景
それと最初に来た時(07/09/02)のコワク

タグ:餐:焼 観:鉄

丼屋 七兵衛

ファイル 3040-1.jpg銚子市飯沼町にある青魚漬丼専門店。

この時季の銚子といえば一番脂ののった名物の「入梅イワシ」。いわし好きとしては是非とも食べてみたいものだけど、調べたら予約しないと食べられなさそうに書かれてて腰が引けてた。
けど、それはイワシの漁獲量が極端に激減してた数年の事だったのかもしれず、取り敢えず今日みたいな昼から出かけたような日じゃなくて午前中に着くくらいに来れる日に来てみようと思ってた。
だのについつい銚子に来てしまい、まぁダメ元でうろ覚えの店に向かってみた。

ら、この店がすんなり見つかった。ちゃんと暖簾出てるし、「銚子港水揚げの青魚漬丼専門店」と看板出てるし、入口に「入梅いわし あります」とも書かれてた!
っていうか、ちょっと想像と違って洒落た感じなので若干腰が引けつつも怯まずに店に入った。

以外と店は空いてて二人掛けの席に着いた。
メニューには入梅イワシという記載はなかったので店の人に聞いてみると「今時季のマイワシは全部入梅イワシです」だそうだ。そかそか、別種でもなく特別型がイイとかでもなくこのイイ期間に獲れるマイワシが入梅イワシなのね。
ってわけで「青魚漬け丼」の「真いわし」の「定食」をたのんだ。

ファイル 3040-2.jpg店内は壁に特別メニューや案内の貼紙や「観音界隈の図」とか書かれてたりしてて、壁側の席がよかったなぁ、、とか思ったけど、待ってる間に食べ終わった他のお客が帰っていったのでゆっくり眺められた。
特別メニューでは「サバの白子」とか興味を引いて、追加で頼もうか迷ったけど、メインがブレるのも面白くないのでヤメといた。

そして「真いわし漬け丼定食」登場。
思いのほかイワシは小ぶりで、パッと見ネギに隠れそうなくらいなのは意外だった。

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けど、たべてみたら
とーろーけーるーーー!
スルっと消えるようにとろけながらもしっかり脂の味わいが口に広がって、一気にニコニコ。これはなるほどスゴイや。さすが。来てよかった。入梅イワシ食べれてよかった。
とちゅう漬け物や和え物で舌を休ませつつ最後まで充分味わえた。そしてつみれ汁のつみれもおいしく満足の食事になった。

真いわし握り寿司とか追加で食べちゃおうかなーとか思ったけど、贅沢すぎな気もしてヤメといた。

ファイル 3040-4.jpg最後は気をよくしてついつい会計の横にあったTシャツとか購入しちゃった。「七月末まで銚子で待つ」という入梅イワシ祭りのシャツ。イワシのカップルが浮かれててなんかいいねぇ、、とか思ったけど、後から冷静になると、これ着て外歩くのはちょっとなぁ、、と思えた。
Tシャツじゃなくて握り寿司にするべきだったww

もう一度くらい7月中に食べに来たいなぁ。この店は今日くらいの時間なら空いてるのかなぁ。雨だったからたまたまって気もするなぁ。洒落た雰囲気でカップル客多い感じだったので空いてる時じゃないと来づらいなぁ。

タグ:食:定 食:丼 餐:魚 楽:買

加曽利貝塚 縄文遺跡公園

ファイル 3039-1.jpg千葉市若葉区桜木町にある遺跡公園。

加曽利貝塚は国の特別史跡。縄文時代の環状集落遺跡で日本最大級の貝塚だそうな。
だけど関東の他の国特別史跡と比べて知名度低い気がするのはアピール度の差なのかな。

個人的には、亡き伯父が考古学が趣味で千葉市に住んでいた頃にこの貝塚についての対談が雑誌に載ったことがあり、嬉しそうに見せてくれたので知って記憶に残っていた。(今の自分で元気だった頃の伯父と話せたならとても面白かっただろうなと思うけど、当時はガキで考古学に対する興味など薄くあまり話を聞けなかったのがなんとも残念だ)なので、ドライブで千葉を通るときに「加曽利貝塚」の案内を見かけるたびに「いつか行きたいな」とは思いつつも、毎度通過してて今回やーっと寄れた。

さて、その貝塚遺跡は広い自然公園みたいなていで、そんなに広くはない駐車場もすいてて悠々停められた。
他で遺跡とか言うと、まず記念館とか資料館がドンとあってそれを見てから歩くという形だけど、ここは大きな公園の中に博物館があるという形、なのでまずは予備知識なく公園を歩く。

で、園内に進むとまずすぐ横に「貝層断面観覧施設」というのがあって、早速貝塚を見れた。

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これは直径130mのドーナツ状になった北貝塚の一部の断面を横切って覗ける施設。貝の層が見やすく、そして多種ある貝殻や層の案内もついてた。この北貝塚は4000年から5000年前くらいの縄文中期のものだそうだ。
毎度貝塚を見ると思うけど、縄文人って貝ばかり食べてたのかね。まあ一番獲りやすく食べやすい生物ではあると思うけど。。なーんて思ってたけど、大きな村単位で千年も暮らしてれば層になってあたり前だよね。自分自身一生で食べる貝の貝殻ってどのくらいの容積なんだろうか。

なんて考えながら抜けたけど、その先の「竪穴居住群観察施設」というのは現在閉鎖中とあったし雑草も伸びてたので、もう一回断面施設を抜けて公園の道に戻った。
そして円状になったその公園の道をぐるっとまわって「加曽利貝塚博物館」に来てみた。

少々昭和チックな建物だけど、入り口前の顔ハメや入ってすぐのゆるキャラのプレートは平成っぽく感じた。
受け付けは無く入場無料。撮影禁止とも何とも書かれてなかった。

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館内も昭和チックな造りながら、解説のパネル等は新しく見やすかった。
まず周りの回廊は主に千葉県内の貝塚の案内。
実は貝塚は関東地方が一番多く全国2443の内の1376と半数以上。その中でも千葉県は断トツで多く648、更に千葉市が一番で124もの貝塚があるという貝天国だったようだ。
ってことは縄文時代って千葉が一番人口多かったって事?(そうらしい)文明が無ければ一番住みやすいのは千葉って事?(そうらしい)すげーな千葉。知らなかったわ。

ジオラマ模型とかはひとつもなかったんだけど、中心のフロアには掘り起こされた状態の人骨の複製とかあった。
発掘品は皿や壺だけでなく土偶や装飾品なども並んでおり、縄文!って感じ。

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食べ物の展示も興味深く、ハマグリと同じくらい大量に出てきたのがイボキサゴという聞きなれない巻貝。千葉で一般的に巻貝というとナガラミかと思ったけど、それより全然小さい別の貝だそうだ。そして幼貝の小さいものほど好まれて食べられてたとか。。謎だ。

興味深かったのは犬の骨で、縄文時代には犬を飼い狩猟に連れ立っていたそうで、人の骨と一緒出てきてたりするくらい大切にされてたようだ。
この犬のルーツは日本オオカミではなく大陸から渡ってきたものらしい。そして犬も進化してて縄文の犬より弥生の犬の方が大型なんだそうだ。食べ物の差なのか?
展示で最後に興味もったのが縄文時代のトイレ事情。パネルだけの解説だったけど面白かった。

30分程でひとまわり見て外に出た。
そして引き続き園内散歩。円形の北貝塚の周りの道は博物館からすでに下り坂で、白い花を見ながら坂を下った。(昔から咲いてたのかな、、なんて思ってたけど多分外来種のハルジオン)
そして坂の下で外側の森への道に折れた。舗装はなくちょっとぬかるんでるとこあったりする細道だけど、黒いカワトンボが沢山飛んでて涼しげだった。

その森の先に「旧大須賀家住宅」があった。裏からだけど戸は開かれてて中にも入れた。

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江戸中期の寛保-寛永年間(1741~1750)の建築だそうで、元は幕張町にあり代官所として使われてたものを民俗資料として昭和中期に移築したそうだ。
中は若干変なトコに縄文ぽい土偶っぽいものが置かれてヤレヤレな感もあるけど、縄文時代の遺跡に江戸時代の屋敷を移築したことの方がヤレヤレなのかもしれない。。
座敷は広くしっとり落ち着いて威厳ある古民家だった。屋根は茅葺をトタンで覆っってたけど、(田舎の昔の家がそうだったので)逆にそれがリアルで懐かしく思えた。

さて、古民家の前を少し進むと川に出る。谷間の川で園内地図には船着場跡とあったけど、現在では船など通れそうにない細い川で雑草で水面は見えなかった。
けど足元にカエルちゃん。アマガエルかと思ったけどアカガエルっぽく見えた。
川の先にはモノレールの高架が見えた。モノレール通らないかなーと見てたけど通らなかった。

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川からは真っ直ぐ森の中を丘に登る道があったのでその道を進んだ。
この道は園内地図には点線でしかなかった道みたいだけど、ウッドチップで整備された歩きやすい道でちゃんとしてた。

で、丘を上ると「復元集落」の野原に出た。ここには三基の縄文式竪穴住居が復元されているんだけど、一基つぶれてしまっていた。なんか潰れ方が自然でリアルに感じた。
なので割りと管理不足のほったらかし住居かと思いきや、他の二基は扉も開いてて中に入れた。まず手前の小型の100号竪穴住居跡の住居に入ってみた。
ちゃんと遺跡の場所に復元してるんだね。って、そりゃそうか。火を熾す薪とかあってそういう体験プログラムもできるようだった。

もうひとつは少し大きい111号竪穴住居跡。入口に猫がいて中の様子を窺ってた。
どちらとも縄文時代中期の住居跡で、6~7mの半径の円の同じ敷地らしく、大きく見えたのは藁葺がしっかりしててカッコよかったからだけなのかもしれない。。
100号も111号も発掘された時は敷地内に貝層があり、人が住まなくなってから貝塚にしてたそうだ。

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復元集落の野原からは駐車場方向にまっすぐ進むと、林を抜けた先に南貝塚の野原に出た。
こっちは発掘作業中のようで、所々ブルーシートかぶされてたり雑草に埋もれかけてたりして整ってない感じだったけど、こっちにもある「貝層断面観覧施設」は先に入った北貝塚の物よりも新しいデザインでカッコ良く、入り口のガラス戸も中も整っていた。

ちょっと中もガラス張りだったのと、層の深さが浅めだったけど、見やすさは変わらずゆっくり歩いて見れた。やっぱ博物館の後だけに「ああ、これがイボキサゴね」などと軽く復習するような感じで見れた。
この南貝塚は170mの馬蹄形の貝塚で北よりも新しく、3000年前くらいまでの縄文後期の1000年間積まれてたものだそうだ。
反対側から出ると出た先で塀の上に乗ってた猫と目があったw 猫が多いのは公園としては悲しいことだけど、ここのネコは毛並みキレイで草叢を元気に走りまわっていたので近所の飼い猫なのかもしれないとか思えた。(ちなみに鳥はカラスだらけだった)

とまぁ、歩いてまわるだけでもいろいろあって楽しめる遺跡公園。博物館メインで後はちょろっとのつもりだったけど結局ひとまわり歩きまわってしまった。雨降らなくてよかった。

タグ:観:遺 観:園 観:館 観:地 観:キ 観:具 観:屋 観:蛙 植:花 動:虫 動:獣 楽:歩

としまや弁当 おゆみ店

ファイル 3038-1.jpg千葉市中央区生実町の県道沿いにある弁当屋チェーン店。

前回の記事で竹岡式ラーメンの醤油と脂の濃い旨みを「としまやのチャー弁にも通ずる」とか表現してしまって、自分で「そうか??」と思って気になってたりして、、そんなわけで「としまや」に行こうと木更津(本社は袖ヶ浦だそうだ)方面に行こうかと思ってたんだけど、雨がヤバそうなのでヤメてずっと手前のこの「おゆみ店」に来てみた。
道的にはおゆみ野のニュータウンを過ぎちゃって、あれ?違ったか?とか思ったけど生実町は「生実」でおゆみと読むので違ってなかった。ああ生実城のトコね。

ファイル 3038-2.jpgさて、店前で車を停めて、やや廃れた古いコンビニみたいな印象の店に入った。
そういえばガラスに貼紙で「感染防止の為、当面の間店内での飲食は御遠慮いただきます」とあった。まぁさもありなん。っていうか実は病院の後いつも通り薬局隣りのパン屋で買ったサンドイッチ食べながらドライブしてきててそんなに腹減ってなかったし、チャー弁は時間たってからの方が味が滲みててウマイという話も聞いた事あって、むしろ今回は持ち帰って食べてみたかったので丁度よかった。

ってわけで入店。
もうレジ前に弁当が積んであって、チャーシュー弁当いがいにもゴージャス弁当とかバーベキュー弁当とかあったけど、まあここは迷わず素直にチャーシュー弁当を買った。
レジのおばちゃんが明るくて感じよかったので店の印象は古くてもいい雰囲気だった。

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食べたのは帰宅してからの宵の6時。なるほどたれの甘味がしっかり滲みてていいねぇ。
そしてチャーシューも大きく食べ応えあるし、それ一色で思いきり食べられるのも嬉しい。
けど、竹岡に通じる醤油感では無く、思い付きで勝手に納得して書いてしまった事に深く反省した。(そういう流れでこれを食べようと思ったので、間違いに気づいたところで前回の記事をこっそり書き直すわけにもいかなくなってしまった。。あしからず)っていうか実はチャー弁食べるのまだこれで2回目なんだよね。

さて、話は午後2時半前の店に戻って、出発する前にナビ地図で「生実城跡」とか探してみたんだけど見つからず、、スマホで検索したら、自転車か徒歩で行った方がイイ細道の奥の奥だそうで行くのヤメタ。
なんでも「おゆみ」は元々、里見方についてた小弓公方の「おゆみ」で、ここらはその本拠地。後北条や千葉に敗れてこの地を去った後に生実という字があてがわれたようだ。(っていうか千葉氏の目と鼻の先じゃん。と、思ったけどその頃は千葉の本家は滅亡して本佐倉城が本拠地になってた頃だったのかな)
城跡とか行かずともちょこっと勉強になった気がした。

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