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竹崎城址展望台

ファイル 2539-1.jpg太良町竹崎の竹崎島の丘の上にある展望台。

竹崎島は陸繋島で一応県道の短い橋で渡る島。島の途中の道はやや細めだったけど、上にはちゃんと広い駐車場があって安心したし、展望台は天守型だったので、模擬天守に寛容になってきた今になってから来れてよかったと思った。

もう独占状態だったのでその模擬天守をバックに写真撮れるように正面に駐車して、さっそく展望台に歩いた。

展望台は二層三階の櫓大であっさり目の建物。展望台としてはいいくらいの大きさだね。(それでも洲本城より立派)
ちょっと眺めてから上って展望した。

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したら東の有明海正面のぼやーっとした雲間から朝日が顔を出したところって感じだった。ゆるーい感じで光強くなかったのでゆっくり眺められた。少しぼやけた柔らかい朝って感じ。

そして北には島の向かいの道越の港と町が見えた。
すぐ手前の展望台の塀の中ではシジュウカラがあっち留ったりこっち留ったり飛び移りながら元気に鳴きまくってて少しうるさかった。

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海には小さな漁船が走ってて、港からも何隻も出発してたトコだった。明るくなってから漁に出発って遅めな気がするけど潮が満ちてからの出船って感じだったのかな。
そして日はしっかり姿を出したものの、まだ光弱くゆるい感じで海を照らしていた。

しばーらく眺めて満足して戻るかと思ったトコで、まだ上に登る階段があったのに気がついた。先にきづけよ~w
いまさらだけど三階に登ってまた展望。そんなには変わらないけど、少し高い分手前の森を越えて広く眺められた。

駐車場の自分の車は、脇の「月の引力が見える町」と書かれた柱に挟まれてるように見えて、引力というより万力って感じだなぁとか思った。

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道越の町も良く見えてたし、裏側の北西の方向の山も見えた。とはいってもモヤッてて手前だけだったけどね。
太陽も少し高くなって海面に光の筋を落としてた。ん?これが引力が見えるってことか?いやいや月じゃないしw太陽っぽくないけどw
ゆっくり眺めて展望台を下った。

ファイル 2539-5.jpg展望台の周りはサニーレタスの畑や花畑になってて、良く見るともう咲いてるコスモスとかがあった。まだ5月なのにコスモスって、、気が早過ぎ。
そして柱の「月の引力が見える町」というのを見たけどここには説明がなかった。まさか海面が盛り上がるのが見えるって事はないよねぇ、、

ちょっとおまけになるけど、
ゆっくり出発して来た道を戻ると少し手前に石垣跡があって「竹崎城址」とあった。
こっちが城跡。展望台のある場所は竹崎観世音寺の「拝み堂」というのがあった場所だそうだ。城より寺の建物の方が眺めいい場所にあったのか。。
とはいっても観世音寺は和銅2年(709)の開基、竹崎城は南北朝時代(1378年頃)の築城、だそうだから寺の方が上なのかね。
戦国時代にも有馬と竜造寺の勢力境で攻防が繰り返され、江戸時代は島原の乱の跡に取り壊されたそうだ。
意外と規模の大きい城だったそうだけど、出城であり支城なので攻防以上の歴史はなさそうだ。むしろ展望台が立ってる現代が一番立派だったりして。

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道の駅 鹿島

鹿島市音成甲の207号沿いにある道の駅。
何度か寄ってる道の駅で、初めて有明海の干潟をゆっくり眺めてムツゴロウを見たり、ムツゴロウの甘露煮を食べたりした事のあるお気に入りの道の駅。

今回は夜間の睡眠休憩の為の立ち寄りだったんだけど、やっぱり干潟は眺めたいから明るくなるまでゆっくり寝よう!と思ってた。ものの、まだ真っ暗の4時半前に目が醒めちゃった。。
寝たのが10時前なので六時間は充分な睡眠。二度寝もできずに起きちゃった。

で、
地図見たりして道を考えたり窓拭きして準備してて、5時になったら少し夜白んできたので道の駅の裏の海岸を歩いてみた。

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黎明のモヤーっとした干潟の海というのもこれはこれでいい感じ。細い切った爪のような月も正面に見えていた。
海辺への段を下ってたら、足元は暗かったので一回思いきり前方にコケてしまった。。ヒザ打って痛かった。

で、下まで降りて干潟を見たけど、そりゃまみんな寝てる時間だよね。動いてる生き物は見当たらなかった。

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っていうか、気がつくとゆっくりと潮が満ちてきて干潟が狭まってた。

モヤーっとした薄桃色の水面が波を立てずにゆーっくり押し迫って、とうとうこの道の駅の前の干潟は海水に没してしまった。あーあ。

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すっかり海になってしまった。いやまぁ元々海は海なんだけどね。
けどこんな景色もこれはこれでいい感じ。
対岸の岸(福岡県柳井市あたり?)も薄くボヤーっと見えてて幻想的な薄桃色の世界が広がっていた。

しばらく眺めて体冷えたので車に戻った。
(戻るときも軽く躓いて転んだ。前方受け身とって肘が痛かった。。)

ちなみに前回の昼間の点景

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道の駅 鷹ら島

ファイル 2537-1.jpg松浦市鷹島町神崎免の県道沿いにある道の駅。

鷹島は伊万里湾の口に浮かぶ島。このあたりの橋で渡れる島には時間ある時に行けたらいいなと思っていたので、道の駅があるこの島に来てみた次第。
予備知識とかなくても取り敢えず道の駅があればという安心感があるよね。

とはいえ辺鄙な場所の道の駅だから午後も遅くではもう店も閉まっちゃってるかな、、とは思ってきたもののアニハカランヤ、停まってる車も多く店も普通に開いていた。ナイス。

先に並んだフグのかわいらしい灯篭?を見ながら奥に進んでみると、今渡ってきた「鷹島肥前大橋」と日比水道の海が見える展望台になっていた。これはいい眺め。

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鷹島肥前大橋は平成21年(2009)に開通した新しい橋。立派。
そっか、じゃあ前に東松浦半島をドライブした時(2007)には無かったので、「時間ある時に行けたら、、」と通過した島はここじゃなくて別の島(福島)の方だったわけだ。

そして食堂も普通にやってた。ナイス。
正直、もう残り物の惣菜でチョイ食いくらいでも仕方ないとは思ってたところだったので、ちゃんとした食事は嬉しかった。

ファイル 2537-3.jpgで、その食堂「食事処まつばら」は入口のガラス戸に貼り出されたメニューが多彩で入る前から迷った。
最初に目についた御当地海鮮丼がまず気になるし、道の駅あちこちで宣伝されてた本マグロメニュー(鷹島で養殖してるそうだ)も気になった。
そして「長崎本来のとはまた違った味~」とあった名物鷹島ちゃんぽんもまた気になって迷った。(前々日にフェリーで食べたチャンポンのマズイ記憶を上書きしたかったしw)

で、取り敢えず店に入ってテーブル席に着いてまた迷った。
けど、取り敢えず最初に気になった御当地海鮮丼の「魚島来飯(おとこめし)」にしてみた。

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んん、やっぱうまい。島産の新鮮な魚の乗った丼。
アジもブリもタイもスズキ(多分)もタコもおいしく、甘醤油ベースのタレも面白くてイイ味。
写真はテーブルクロスが派手すぎてそっちが気になっちゃうけど、思いきり食べられて満足の食事になった。

ファイル 2537-5.jpgで、ちょっと店も見て行こうかな、、と歩くと、チョイ食いのスナックスタンドも充実してた。
んー、、マグロバーガー気になるし、アジフライの聖地というのも気になるし、スイートスプリング(温州みかんと八朔を掛けた果実)のソフトも気になる。色々ありすぎる道の駅で迷わされ過ぎ。今しっかり食べたばかりだからなぁ、、、

とりあえず物産店を見てまわり、生簀でまわって泳ぐブリを眺めて少し考えた。
昼間は此処で「マグロまつり」でマグロ解体即売会をやってたそうだ。

で、バーガーは無理だろうけどアジフライくらいなら食べられるだろうと「松浦アジフライ」を買ってみた。

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これはすぐに揚げてくれての熱々アジフライ。
左右の身で二枚入ってたので一つはソースで一つはタルタルで食べてみた。
うん、身が厚くておいしいアジフライ。っていうか食べ応えあって満腹。
ホントはその後にソフトもいけるか、、と思ってたけどもういいやとヤメといた。

橋を眺めるだけでも道の駅としては満足なのに、迷うくらい色々料理のあるすごい所。すぐ食べることばかり考えてたけど、後から思えば「マグロバーガー」か「アジフライバーガー」をテイクアウトで後で腹が落ち着いてからゆっくり食べればよかったのでは?と思った。

さて出発する前に島の案内板を見てみた。
ああ、鷹島って元寇で蒙古軍が上陸した島なんだっけ。朝鮮出兵の名護屋城からは逆の、朝鮮から侵略されつつあったトコに来てしまったw  (「元寇ロマンの島」とあったけど、、上陸した元(蒙古)軍に島民は虐殺され、台風(神風)で撤退して取り残された多くの蒙古兵は日本軍に、、という殺戮の歴史もロマンかぁ)

色々興味はあったもののイマイチ認識不足で、歴史を抜きにしてドライブするにも行って戻るだけの道しかなさそうで躊躇してここで引き返すことにした。 (後から思えば先まで行ってフェリーで渡るっていう手もあったので取り敢えず走ってみればよかったのに、、)
うまいもの食べて満足しちゃってた分、勿体ない事したかもしれない。

タグ:食:丼 餐:魚 餐:揚 景:海 観:橋 観:石 道の駅

名護屋城跡

唐津市鎮西町名護屋の204号沿いにある城跡。国特別史跡。

今までも何度か通過してたけど、ここはたっぷり時間あってゆっくり歩けるようなときじゃないと寄れないよなぁ、、来るのは難しいかなぁ、、と思ってたので今回みたいな長い連休でこそ来たい場所だった。

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この名護屋城は秀吉の大陸進出の大本営として築城され使われた城。
そして秀吉の死後に廃城になり徳川に破壊棄却されつつ利用されないように閉ざされてたそうだ。なので当然現存の建築物は無い戦国時代最末期の城跡。
更にやっぱり朝鮮出兵という大失敗と思われる歴史の為かあまり目を向けられにくい国特別史跡。歴史好き城好きでなきゃ面白くはない所だよね。

で、取り敢えず適当に歩き回るつもりだったけど、20分後の1時から参加費200円でガイドツアーがあるというので参加することにした。
取り敢えず受付して観光案内所前の大手門口広場で案内板読んだりして待った。

で、1時から開始。参加者は8人ほど(数えたわけではない雰囲気的な人数だけど、、)
ガイドのおじさんの話を聞きながら歩いてまわった。

大まかなとことしてこの城の見所は石垣であり、徳川時代に破壊されたままの跡だそうだ。なるほど角という角はことごとく崩されていた。

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そして石垣の石は普請した大名に寄って積み方も石も違って個性があり石垣ファンにはたまらない遺跡だそうだけど、僕は石垣についてはシロートなのでそそられはしなかった。

登城坂を上り東出丸で呼子湾と呼子大橋方向を眺め、三の丸へ進んだ。
この三の丸は林の中の広い曲輪。真ん中に井戸がポツーンとあるけどガイドは時間の関係で本丸に進む。
ここの城は本丸大手口は三の丸にあって、裏側にある二の丸からは本丸には直接行けないという不思議な構造になっている。こっちが三の丸と二の丸が逆なんじゃないかと思うけど間違っていないらしい。

そして本丸。かなり広い。そしていい眺め。
真ん中にある名護屋城址の石碑は東郷平八郎の字だそうだ。
天守台も広く、当然の事ながら往時は立派な天守閣があったそうだ。
この天守台でガイドツアーは終了。45分間の分かりやすい話で楽しいガイドでした。

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眺めは正面に呼子湾と呼子大橋、加部島から加唐島などの島々が見え、手前の町はどこも陣屋跡。
そして北側には足元に四角い遊撃丸跡の曲輪があり、その先が波戸岬で森だけどほとんど陣屋跡。陣屋ってどんな感じだったんだろうか。

あとは自由にフラフラ。多門櫓跡に隅櫓跡、旧石垣などを辿りながら本丸の隅を歩き、裏の二の丸から通路のような馬場を見下ろした。
そして大手口は通過して本丸北門跡に進んで水手口に下ってみた。
細めの下り口の下は二重の石垣が見えて立派だったけど、どうやらここから水手曲輪には行けないようなので一旦三の丸に折り返した。

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そして南側の二段の石垣の中間の廊下のような馬場跡を通って二の丸跡へ進んで遊撃丸跡へ歩いた。
なるほどこの遊撃丸というのは明国の講和使節が滞在した所。天守台の真下で城を立派に見せ威厳を知らしめるための場所って感じがした。ああ、それでその隣が二の丸って事か。
ここはしばらく石垣の上を歩けて胴の短いトンボ(ハラヒロトンボ)や白いキノコ(ハラタケ?)を見ながら一回りした。

その裏にまわると水手曲輪への段があった。けど、この曲輪は袋小路でやっぱりどっちにも進めず仕方なく来た道を戻った。

二の丸跡は合坂という上る石垣(崩されてて登れないけど)をずっと見ながら外側から通過して弾正丸からの南の森の陣屋跡方向を眺めて、搦手口から下った。

この搦手口は意外と広い口で、シジミチョウにまとわられながらゆっくり下ってみたら下の道はマイナーな暗い道だった。

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馬場の下の石垣を見ながら溜池に進んで大手口広場に戻った。
こんな城内だけのひとまわりだったけど(天守台から)一時間ほど歩いて、天気も回復してて暑くて汗だくになった。
元気な人は此処から陣屋跡とかも歩くのかなぁ。。

僕はそこまで興味ないので冷房効いてそうな名護屋城博物館 だけちょこっと見て終わりにしようと思った。(無料だし)

けど、中に入ったら大きなジオラマ模型で名護屋城と城下の湾口まで細かく再現されてて見入ってしまった。
とくに城内は歩いてきただけにその大きさを把握しつつじっくり見れた。

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なるほど水手曲輪は出丸でやっぱり袋小路なんだ。水手口とは段が違うんだ。
二の丸は三の丸より広く城下からすると正面なんだ。
搦手口は本当に裏口なんだ。とかとか。

ジオラマをじっくり見たぶん他の展示はサーっと流して見て歩いた。
その中で足が止まったのはやっぱり模型。
朝鮮出兵の日本軍の船「安宅船」の10分の1模型。
櫓が乗ってる変な軍艦。なんとなく知ってはいたけどこうして立体物を見ると珍妙で面白い。艦橋は城だとは思うけどホントに城ってww
対する朝鮮軍の船は「亀甲船」
これはこれでアンギラス。強かったそうだけど戦闘時以外は鬱屈しそう。

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それと、陣屋のジオラマもあった。お屋敷みたいな感じなのか。もっと砦っぽい感じかと思ったけど、そっか長期滞在するわけだもんね。
いきなり作った城でいきなり作った城下町。10万人以上が集まってたって当時にしてはものすごいことだよね。
そして秀吉の死で一気に廃れたさまは哀愁なんてもんじゃないよね。きっと。

という風景まで想像しつつ博物館を出て車に戻った。

タグ:観:城 観:石 観:史 観:橋 観:館 観:模 景:海 景:島 楽:話 楽:眺 楽:歩 植:茸 動:虫

七ツ釜

ファイル 2535-1.jpg唐津市屋形石にある海食洞の景勝地。

予備知識なく案内見て何となく来てみたけど、まぁ名前から7つの洞窟があるようなスポットだろうと想像していた。
けどまぁ駐車場から見下ろした海岸にはそういうものは見えず、案内図を見てみると、この岬の先の方だそうで公園の歩道で少し歩くようだった。
んーどうしようかな、、せっかく来たから歩こうかな。と思ったけど、それよか舟はどうだろう。もし遊覧船が料金安くて空いてて時間が合ったならば、たまには乗ってみてもいいかなー。なんて考えて船着き場への坂を下ってみた。

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いやいや連休だし観光地だし遊覧船が安くて空いてるなんて都合いい事ないよなーとは思いつつ、船着き場に来てみたら丁度船が出たばかりだった。
けど15分ほどで戻るそうだし、料金も1000円と安かった!そして人も少なく(来た時は釣りしてる人くらいしかいなかった)空いてそうなので迷うことなく乗船料払って乗ることにした。

で、船が戻るまでの待つ間は景色眺めたり船着き場周りの海をのぞき込んだりして休憩した。
曇りがちな感じではあったけど空はあかるくゆるい日も差してて照り返しで水中は覗き込みづらく、最初は大きなアメフラシくらいしか見つけられなかったけど、目が慣れてくると魚が泳いでるのも見えた。

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船は15分強で戻ってきて10分休憩入ってたので30分くらい待ってたけど、魚見てたから飽きなかった。

その間に来たお客さんは家族連れ一組だけで、小型の漁船くらいの船ながら貸し切りのような余裕で乗船。(前の回は降りてたお客さんが四,五組あったからタイミングもよかったと思う)
屋根付きの後ろの客席ではなく船の正面の席に座って気分よく出発した。

港から少し膨らみつつ岬の岸に近づくとさっそく節理の岩肌がスゴイ岸壁が見えた。

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なるほどー節理かぁーこれは船から見上げてこその迫力で、その縞々模様の岩を眺めた。
最初の眼鏡岩の案内を聞きながら岬の先へ進む。岬の先は長く緩やかながら節理の玄武岩が続いていた。
そしてその裏側もまた見事な節理の入り江が入り組んでいて、その間に遊歩道の展望台もあって陸路でもけっこう海の間際まで出て見られる様だった。(けどやっぱ船にはかなわないよね)

そして引き返していく遊覧船が見えた。
あれは呼子から出てる遊覧船の「イカ丸」だそうでこっちよりも高くて混んでるんだそうだ。(ああそうだよな。他の車はみんな真っ直ぐ呼子に向かってたもんな)商売敵の船の話も面白く案内してくれた。

そしていよいよ七ツ釜。
思った通り7つの洞窟のスポットだけど、こんなに並んでるとは思わなかったし、やっぱり棒状節理の玄武岩が畝って凄い造形、穴だけでなく横の岩もすごかった。

そしてまず真ん中の大きな穴に突入。入口の節理も見上げる岩の節理も不思議な眺め。そして穴の中に延びる線の流れと塞がった奥を見て思った「なるほど釜とはよくいったものだ」まるで尻のようだったw
呼子からの船「イカ丸」は大きいからここまで奥には入れないそうだw

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バックで戻ってさらに左側の穴にも突入。「イカ丸」はこっちの穴には入れないそうだw
こっちは節理が縦で大きめで尻っぽくなかったけど、穴の先が貫通してた。穴の先の光を見るとプチ青の洞窟。そして洞窟っぽい岩壁も水面は赤く少し上は緑に色が別れてて綺麗だった。ここ、カヤックかなんかで通ってみたいよね。

そして七ツ釜から出て、もうひとつ裏までまわった。
こっちは「吉田おとし」という断崖と上の丘の「乙姫大明神」が見える所。「おとし」というのはもう名前だけで察しつくけどそういう所だった。「乙姫大明神」は拝むと良縁に恵まれるそうで「海からどうぞ」という洒落た寄道。

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これで折り返し。
復路は少し沖に膨らみつつ周りの島の案内を聞きながら戻った。

小さい船ではあるけどその分一番前に座れたり狭目の穴にも入れたりして楽しめたし、案内の話も面白かった。
是非とも七ツ釜に来たならこの地元の漁協青年部がやってる方の遊覧船がおススメです!と、まわりに宣伝して下さいと云われたw「がばいよかたい!」と佐賀弁も添えて、、だそうで。

船着き場に戻るとお客様は何組か多数待ってた。空いてるこの回で良かった~。
坂を上って岬の公園の方も歩こうかな、、とも思ったけどもう充分満足だったので車に戻った。

タグ:景:洞 景:海 景:岬 景:岩 景:島 景:崖 観:船 観:像 楽:乗 動:魚

道の駅 厳木

ファイル 2534-1.jpg唐津市厳木町牧瀬の203号沿いにある道の駅。

203号って前にいつ通ったっけ。。多分初めて寄った。
笹原峠を少し過ぎたところにある道の駅で、少々混んでたけど連休だけあって警備員の誘導もあっていい位置にすんなり停められた。

まず道の駅の広場としては奥に「佐用姫像」という大きめの像が立っていた。厳木の長者の美人な娘で、宣化天皇2年(537)任那・百済救援の遠征出兵(いわゆる白村江の戦い)で朝廷から朝鮮へ向かう途中の大伴狭手彦がこの地で休息中に見初めて娶った姫だそうだ。へー。(実はこの像、台座でゆっくり回転していたそうだ、、気付かなかったw)

ファイル 2534-2.jpgそしてちょっと掠れてたけど中島潔の「うめ吉」の絵も大きめに掲げられていた。以前の職場でこの「うめ吉」のイラストの商品に携わっていて個人的に馴染みのある絵なので目にとまった。
中島潔はこの地の出身だったのか。(3歳から18歳まで暮らしたそうな)懐かしい感じのイラストだけど、その仕事から離れて久しいのでそういう意味でも懐かしく感じた。

眺めは前の国道を挟んで山間の小さな盆地を見下ろす形。逆車線に作ればよかったのにね。。

トイレに入るとこの季節らしくツバメの巣ができていた。雛は結構大きかった。

さて、腹は減ってたけど食堂は11時からでまだだった。
総菜コーナーのものを何か買おうかと思ってみてたけど、気になったのは「佐用姫だんご」という餅菓子。団子と云うには平べったいなぁ、、とか思いつつ、佐用姫像を眺めたあとだし(名前だけだろうけど)御当地ものっぽい物なので買ってみた。

で、出発。走りながら「佐用姫だんご」を食べた。

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つぶした大福と云ったトコかな、、とか思ってたけど、白玉粉を使っててしっかり団子っぽいモチモチ感がいい感じでおいしく意外と漉し餡の甘さも控えめで丁度よく、ゆっくり食べるつもりだったけど続けてパクパク食べちゃって、唐津までどころか坂を下った相知町でもう食べ尽くしてた。
これは買ってよかった。おいしかった。

タグ:観:像 観:伝 観:絵 動:鳥 餐:菓 道の駅

おべんとうのヒライ 田浦店

ファイル 2533-1.jpg芦北町田浦字四反田の3号沿いにある弁当惣菜チェーン店。

ヒライはこの地域でしか見かけないチェーン店だけど、この先では至る所で見かけて熊本県内にはくまなく(くまだけにw)あった熊本の顔のような店。
こうした弁当総菜イートインの店は地域地域でいろいろあって(点景にしてるのは、、静岡の「天神屋」新潟の「たわら屋」千葉の「としまや」兵庫の「たいこ弁当」など)夜遅く朝早くやってるからドライブ的には有難くたまに寄ってるけど、ここまで店舗数が多く見かけたのは他にないと思う。

さてこの田浦店は24時間営業。コンビニがあったら寄ろうと思ってたトコで見かけてで咄嗟に寄ってみた。

イートインも広く食事メニュ-もある店なので早速朝食をとメニューや総菜コーナーを見てまわった。
惜しむらくは熊本ならではという御当地っぽい品目が見当たらなかったことかな。
それと惹かれたメニューの「鉄板豚生姜焼き定食」は10時からと出てて残念だった。。

ファイル 2533-2.jpgん?
まてよ、「豚生姜焼き弁当」は何時でも作れるのか?と思い店の人に聞いてみたら出来るとのこと。じゃあそれをイートインで食べれば同じ事じゃね?ってことで「豚生姜焼き弁当」にしてみた。

それと店内みてて気になったのがポテトチップス「ちくわサラダ味」。これはヒライの人気メニューのコラボ商品だそうだ。「熊本の味」とか書かれてて思わず買っちゃった。

そして「豚生姜焼き弁当」をイートインで食べた。

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辛くなきゃいいなぁ、、とは思いつつ食べてみたら、味は濃いけど辛くは無かった。OKOK
そして意外と肉も野菜もケチった感じはなくていい量で、とくに野菜が濃いタレと合っておいしかった。
そっか弁当だと味噌汁がつかないのか。不満はそれくらいで、しっかり朝食とれてよかった。

ファイル 2533-4.jpgちなみにポテチは明るくなってから車で食べた。
これまた味濃く、ちくわサラダなのかよくわからなかった。
先に実物のちくわサラダを買って食べるべきだったな、、と思った。

タグ:食:弁 餐:肉 餐:菓

天然温泉ぬくもりの湯

ファイル 2532-1.jpg出水市明神町の3号沿いにある日帰り温泉施設。

平成最後の日の夜はこちらで入浴。
料金安く広い風呂で、お湯も無色ながら少しヌメっとするアルカリ泉でゆっくり浸かれた。

そして連休中だけどマナーわるい客もおらず(体を拭かずにびしょ濡れで脱衣所に上がるやつとか)気分よく入れた。

そして風呂上り。
もうこの時間じゃ食堂はやって無いだろう、、と思いつつ覗いてみたらアニハカランヤ。やってた!
のでここで食事。(9時ラストオーダーだそうでギリだったらしい)

メニューを見ると、コレといって変わった鹿児島にしかなさそうなメニューはなかった。宮崎じゃないけど普通にチキン南蛮定食でいいかな、、と思いつつよく見るとマグロ南蛮定食というのもあったのでそっちにしてみた。
一応ここは串木野港直送のマグロを使用とあったのでマグロ料理はウリなのかな。マグロステーキ定食というのも惹かれた。

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で、マグロ南蛮定食。
おいなりさんのようなゴロっと厚みのあるマグロフライとタルタルソース。タルタルは魚系に合うものだからこれはうまくて当然だよね。

そういえば今日は餅とラーメンくらいしか食べてなくて、夜ギリでちゃんとした食事が出来て良かった。

そしてこれが平成時代の最後のお食事。令和になっても美味しいもの食べられますように。

タグ:食:定 餐:揚 楽:湯

火之神公園

ファイル 2531-1.jpg枕崎市火之神岬町の岬にある公園。

町に下る県道の丘の上からずっと正面に見えてて気になってた海に突き立った岩「立神岩」。それに惹かれて来てみた。
岬全体が公園になってるらしく散策路がありキャンプもできるようだけど、その割には小さめの駐車場で、キャンプ用具を下ろす人をよけて駐車した。

公園の入り口の案内板を見ると、奥の岬の裏側に展望台があってそっちにも駐車場があり車で廻って来れるようだ。
でもまずは東側正面の海岸に出てみて海を眺めた。

海は広く見えた。
ここは日本神話の「山幸彦と海幸彦」の伝説で山幸彦が上陸したとされる地だそうだ。
中央やや左側に雲をかぶってるのがたぶん開聞岳。天気が良ければ種子島や屋久島も見えるそうだけど、まあこんな雨の日なので推して知るべし。
右の先の「立神岩」も良く見えた。

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眺めよくて岩もゴツゴツのいい所で遊歩道も歩きやすいんだけど、道の赤いのがちょっと邪魔。。歩いてても気になったけど写真にすると煩く感じる。。

海上ではカラスとトンビが闘ってた。トンビが追いかけてカラスが逃げる形。なかわるいねぇ。
海面には案内板にあった「ハートストーン」らしき岩が見えていた。見れれば良縁が巡る、、とか書かれてたけどハートの形にはならなかったのでダメかなww
小雨降ってるし時間も遅いので立神岩まで歩こうかな、、という気は起きず暫し海を眺めて車に戻った。
 
 
そしてちょこっと車で移動。
公園奥の「平和祈念展望台」へ行ってみた。
ここは戦艦大和が沈んだ地点から一番近く、その坊ノ岬沖海戦の海域を眺望できる所だそうだ。
なので駐車場から展望台への坂道には両側に灯篭が並んでて、「~の英霊に捧ぐ」と彫られた献灯になっていた。

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展望台の下には沖縄水上特攻作戦に参加した第二艦隊と前路掃蕩(討?)部隊の艦影がパネルになっていた。戦艦・巡洋艦・駆逐艦だけでなく海防艦や水雷艦などの小型艦も出ててよかった。

そして展望台を上ると「殉難鎮魂之碑」があり、 献花はまだ新しく鮮やかに咲いていた。
その横には燈火を掲げた少女の像があった。

ちょっと別枠で、、
 
この少女の像がとてもいい造形で気に入って、ついつい不謹慎乍らじろじろ見てしまった。
 
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個人的な三大がっかりスポットのひとつ十和田湖の乙女の像もこのくらい溌剌としたものならば文句ないのに。。

確かにここから海が見えるけど、景色の眺望はこの展望台を下りた先の柵の前からの方が眺めよかった。
っていうか坊ノ岬沖海戦はここから見える海域での戦闘だったのか、、沖縄特攻といいつつ九州を出てすぐの海で散ったんだね。(フィリピンで引き返してきたどなたかと違って立派すぎるけど無念だよね)

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幾つかの石碑が並び、何の艦のものか分からないけど碇もあった。(碇の形しただけの碑かな)

いやいや、知覧特攻平和会館で陸軍さんを見てきた後なので、海軍さんに「こっちもみなさい」と呼ばれたような気がした。
戦艦大和は評価され過ぎな感じがちょっとおもしろくないけど、やっぱり帝国海軍の象徴かな。その象徴をしても九州の目前から出られないような敵と戦ってたんだから無謀だよな。
あ、でもこの先に戦艦大和が沈んでるって事は、、イスカンダルへ行った宇宙戦艦もこの先から飛び立ったってことだよね。出鼻で沈められることなく目的地にたどり着くチートな話も史実と対比すると滑稽で微笑ましい。

車に戻って公園の中の道を進んだ。
少し先に映画「男たちの大和」のロケ地というのがあったので、ちょこっと車を停めて歩いてみた。ら、
最初に海を眺めたトコロのすぐ先だった。。
ここには籠の船に乗ってやってきた山幸彦の像があった。えらく細身の像で女子受けはよさそうだった。その山幸彦は兄の海幸彦の釣り針をなくしてここに探しに来たんだそうだ。


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そして海岸の岩場がロケ地だそうだ。映画「男たちの大和」は劇場に見に行ったけど、いかんせん14年も前の2005年の作品。細部まで覚えてなくて、海辺と言えば蒼井優と松山ケンイチのシーンかな?とか思ったけど、鈴木京香と仲代達矢のシーンだそうで、、記憶にないわぁ。

ってわけで残念ながらピンと来ず海だけ眺めて車に戻った。
(「俺は、君のためにこそ死ににいく」も見てみたいけど「男たちの大和」ももう一度見返したいなぁ、、でも見たらどちらとも凹みそうだなぁ、、、)

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隼ラーメン

ファイル 2530-1.jpg南九州市知覧町郡の知覧平和公園の裏にあるラーメン店。

一式戦「隼」(の実寸大模型)を見てきた後で見かけた店がこれ、思わず入っちゃった。
日の丸に隼とある幕で、これはぜったい隼が好きな人の店だ!と思ったけど、店内は普通で隼の写真とか模型とかイラストとかそういうものは一切なかった。(車のイラストとかは飾ってたかな)
もちろん鳥の隼でもなかった(そうだったら面白いなという期待もしたけど)

まぁいいや、そういえば鹿児島でラーメンって食べたことなかったからいい機会かも。と思いカウンター席に着いて普通にラーメンを頼んだ。(むしろ隼に詳しすぎて延々と語られちゃうような店でもなくてよかった)

出てきたラーメンはネギとキクラゲが盛られてて、その緑と焦茶と汁の茶色が迷彩色のように見えた。(丼が丸くてテーブルが赤だから機体の日の丸が逆転した感じだな)こういう色の隼が見たかったなぁ、、なんて思いつつ食べた。

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パッと見コッテリかと思ったけど味は優しくやや甘めの汁で麺も普通に食べやすかった。
これは醤油とんこつ?鹿児島のラーメンはこういう感じ?そういうわけではないだろうけど、おいしく汁まで完食。

店の人に隼の店名について聞いてみようかとずっと思ってたけど、結局聞かずに店を出ちゃった。
間違いなくその店名で立ち寄るお客さんは多いと思う。だからそれを見込んで付けただけの名前で戦闘機には興味ないとかだったらつまらないし、多分そうだと思うけど、聞かなければ勝手な想像できるからその方がいいかな。
濃い話をどっぷり聞かされなくて良かったw

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