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道の駅 明恵ふるさと館

ファイル 3451-1.jpg有田川町金屋の480号沿いにある道の駅。

初めての立寄り。マイナーな番号の国道だけど意外と道の駅も多い道だった。(とは思えないような細い区間がこの先続くけどねw)

さっき食事したばかりなのでトイレと地図見だけの休憩のつもりで寄ったけど、まぁ来たら一応店は覗くよね。
土産売り場が充実してたので、たまには職場で菓子でも配ろうかなと物色。今回は繁忙期に差し掛かってたトコで取った有休だったからね。

それと「はるみ」。手でむけて甘くておいしい柑橘実。以前やっぱり和歌山をドライブした時に買って妹のトコに土産に持ってって好評だったやつ。帰るまでに妹から連絡入らずにこのドライブがバレなければたまには全部自分で食べようと思った。(食べれた)

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それと今飲み用に「みかんジュース」。
裏のラベル見たらちゃんとこの有田川町の製造者だった。おいしかった。

という橙色一色の軽い休憩。あとはトイレ行ってさあ出掛けようと発車したけど、ちょいちょいちょい。地図見るの忘れてた。よくやるんだよね。
また停車してネタ帳見つつ道を探った。


この日の日誌

タグ:餐:飲 楽:買 道の駅

岩倉神社

ファイル 3450-1.jpg有田川町粟生にある神社。

国道にあった木の案内柱を見て気まぐれで来てみた。
っていうか神社より巨岩「粟生の巌」という方に惹かれてそっちに向ってたんだけど、更に支流の川の口の細い橋を渡って近くに行ってみたものの車停められそうなトコも案内も無かったので戻って来てこの神社で車を停めた。 ので、一応ってわけでもないけどちゃんとお参りしようと思った。

っていうか、境内は石段の上。ちょこっと怯んだ。
上る前に由緒案内を読んでみた。
創始は神亀4年(727)に聖武天皇大明神と称して奉祀したのが始まりという奈良時代からの神社。弘仁7年(816)には空海(弘法大師)が彫った大日如来を草堂に安置してたそうで、神宮寺をともなう大きな神社だったのが、火災や洪水で建物が失われたそうだ。まぁ、こんな川沿いじゃあ仕方ないよね。

ああそれでこの石段の上なのね。と少し納得して登った。

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一気に登り切った上の社殿は杉の林の木陰で、斜面に残った奥宮のような雰囲気。
社殿は木材も石も割と新しく再建したような感じだけど、賽銭箱などは古いもののままで歴史を感じた。
そういえば、下にあった手水も新しく、さっき読んでた案内は令和3年とあった。立寄りやすく整備してくれててありがたい。

呼吸をととのえて拝んだ。

ファイル 3450-3.jpg振り返ると正面に「粟生の巌」。同じくらいの高さかな。
巨岩信仰からの神社ならそれが御神体なわけで、見下ろさない高さって事かな。汗が引いてからゆっくり段を下った。

下りで川も見下ろせたし、停めた車も見えて日の光反射して輝いてた。

下り切って車の横を過ぎて、前の道からじっくりと「粟生の巌」を眺めた。
注連縄を巻きつつ聳えてるという感じの大岩でかっこよかった。

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来た時に車で渡った橋をもう一度歩いて渡ってみたけど、やっぱり岩だけの案内とかは無かったし、裏側からもよく見えず(岩に上る道なんかもなかった)これはやっぱり神社から眺めるもんなんだろうなと思った。

気まぐれな立寄りだったけど、とてもよかった。


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タグ:景:岩 景:川 観:宮 観:橋

あらぎ島展望所

ファイル 3449-1.jpg有田川町三田にある景勝地「あらぎ島」を見下す展望所。

ここはもう随分と前からその眺めの写真を見て気になって行ってみたいとネタ帳にのせてた場所。やっとこれた。

駐車場はその300m手前の道の裏の更地の広場。平日だからかガラガラだった。
車を停めてさっそく歩いて、前の道に戻ってみるともう「展望所100m↑」とか出てた。。えーまだ200mも歩いてないけどなぁw

ってわけで、その先も少し歩くとすぐに視界が開けて「朝日夕陽百選」という碑のある所に出て、あらぎ島を横から見下ろせた。

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展望所はもう少し先のようで、周りの民家の庭の花を見上げながらゆっくり進んだ。
なんか、追い越していく車が何台もいて、ん?空いてる時はそのまま車で行って見るくらいでいいのかな?とか思ったけど、歩いてて気持ちいい陽気と雰囲気の道だったので駐車場からでよかった。

そして展望所。
道脇に張り出した歩道がその展望台。ゆっくりと良く眺められた。

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んーいい眺め。パッと見た感じ「ああ見知ってたのと同じ景色だわ」とか思っちゃったけど、やっぱり自際に眺めると周りを円を描いて流れる川の流れが優雅で綺麗で驚くほどのんびり和んだ不思議な景色。棚田だけじゃなくて山間に存在する島のような造形全体が素敵だと感じられた。

それにポスターや画像で見るのはここの案内板にもある通り、水張った田圃や緑や金色の稲の季節や冬の雪化粧とか、点々と灯りをともした夜景とか、もしくは朝日か夕陽といった特別感ある状態だったりして、むしろ今のような春寸前の地味な眺めは取り上げられることがないから、実際に見るしかない自然な景色という風にも思えて有難味あった。

そして案内も並んでて周辺図の案内板の上には水にビー玉と花が沈んだオブジェ?がのってた。

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あらぎ島は「蘭島」と書き、明暦元年(1655)に開発された棚田だそうだ。
天気よく人も少ないからのんびり眺められた。でもたまに一台分だけある障害者用マークの駐車場にパーッと来て停めて写真撮って騒いでサーっと逃げていく若い一行とかもあって眉を顰めた。

そして少ししたら、幼稚園の遠足のような散歩のような一行も来たのでそれと入れ違いに来た道を戻った。

さて、駐車場へ折れる所に民家を改造して洒落た茶屋にしたような店があって「山椒ソフトクリーム」というのが気になってたので寄ってみた。
正直いえば山椒とか得意ではないんだけど(辛い事もあるし)まぁダメならダメでネタとしてってな気分で購入した。

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で、店先の椅子に座って、まず食べる前に写真を、、とかしてたら、ワイワイがやがやと、さっき展望所にいた幼児達のご一行が戻ってきてしまってた。。いけねー、、気まずい。
幼児に「あーアイス」とか言われつつ保母さんに「こんにちわ」とか挨拶されつつ、見送ってから食べた。
味は思ってたような山椒の感じではなくていい風味のおいしいソフトだった。けど、なんか食べるの急いじゃってあまり味わえなかったかも。。

ファイル 3449-6.jpg更に、食べ終わって駐車場に戻ったら、自分の車の手前で幼児達ご一行が集まってた。。
帰りのバスが来るのを待ってるのかな。
また「あーアイスの人」とか言われつつ「こんにちわ」とか挨拶されつつ、そそくさと車に戻ってでかけた。

すいてる平日はこういう事もあるわけね。


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タグ:楽:眺 景:川 景:岬 観:農 餐:冷 楽<困

道の駅 あらぎの里

ファイル 3448-1.jpg有田川町三田の480号沿いに道の駅。

ここはノーチェックでここに道の駅があるとは思ってなかった。
この付近にある「あらぎ島」に向ってたので、細かい場所と道を検索するのに丁度いいと迷わずに休憩。
道の駅の入口脇はオブジェ的に白い丸い球がぱらぱらと置かれてて、これって夜は光るのかな?なんかおしゃれだなぁと好印象だった。

で、ついでに食事もできたらラッキーと思って車を降りてみると「本日の日替わり定食」とかボードに出てた。いいねいいね。ナイス。

店の前の「山椒ブラザース」という緑の頭の人形はちょっと怖かったw 山椒が名産なのかな。あまり得意じゃないけど、、

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中に入ると「あらぎ島展望所までの行き方」というのが貼り出してあった。おお、ナイス。っていうか、ホントにこの近くだったんだ。

そして、食堂のメニュー見たら日替わり定食より「照り焼き地鶏丼」というのが気になった。有田川産紀州地鶏を使用だそうだ。ん?日替わりのチキン南蛮も地鶏?ってことはないよね。。

ってわけで「照り焼き地鶏丼」にしてみた。奥の窓に向いた席に着いたら網の垂れた窓から駐車場に並んだ自分の車が見えた。

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出てきたときは鶏がちょこっとで「え、、」っと思ったけど、歯ごたえよく味わいある鶏肉で充分楽しめたしご飯もおいしかった。
寧ろ少ない事でプレミア感つよく、ゆっくり味わって食べれたかも。いい食事になった。

さて、あらぎ島展望所には駐車場は無いそうで、ここからは800mだそうだけど、300m手前にも駐車場があるとあったので、そこまでの500mは車で進む事にした。


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タグ:食:丼 餐:肉 観:像 道の駅

くすのき公園

ファイル 3447-1.jpg紀美野町下佐々にある町中の公園。

370号を通ってて、フト町中に静態保存されたような鉄道車両を見かけて気になった先で「くすのき公園」という案内があって、鉄より樹だなーとか思って来てみたら、その公園にその鉄道車両があったという都合のいい気まぐれな寄道。
そして町中の公園だけどちゃんと三台分の駐車場があったので有り難く停めて休憩した。

で、まずはそのクスノキ。カッコイイね。
案内板には「学術推せん樹」とあって名前は無かった。推定樹齢500年、幹囲は掠れて消えてて、樹高が23mとあった。

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ぐるっとまわると石碑があって「田渕家樟陰荘跡」とあった。なんか説明も欲しいところである。
まぁ、歴史とかそういうのはともかく、見上げて大きく葉も青く繫って元気を感じた。

そしてトイレの手前の鉄道車両。昭和9年(1934)製のモハ30形で、阪神鉄道で30年間活躍し、昭和38年(1963)に野上電鉄へ譲渡され31年間平成6年(1994)の廃線まで活躍してた車両だそうだ。へええ。

紀美野町のこのあたりは平成の大合併の前は野上町だったそうだから野上電鉄というのは文字通りこの地域の中心的交通手段だったんだろうね。

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ちなみに、先ほど国道から見えてた車両はここのとは別で町内の医院の前に静態保存されたものだったらしい。まさか同じ町内の近くに別々に二両あるとは思わなかった。なんか見た位置とは違うなぁとは思ってたけど気にしてなかった。

それと、この公園が駅の跡なのかなぁ、、とか何気なく思ってたけど、そうでは無くこの付近の駅(下佐々駅)はもう少し西にあったようで、今通ってきた370号のバイパスが実は線路跡を拡張整備した道筋だったらしい。へええ。

今まで何度かこの370号は通過してるけど、この紀美野町も野上もとくに印象はなく通過するだけだったので、今回県道で来た時も見覚えのない町名だったけど、そんな所でこうして寄り道できてよかった。しっかり印象に残った。


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タグ:植:樹 観:園 観:鉄 観:石

水ときらめき紀の川館

ファイル 3446-1.jpg和歌山市有本の紀ノ川沿いにある紀の川大堰の資料館。

ここはずいぶん前に「魚道」とか「川の中が見れる」とかそういうワードで検索して見つけてネタ帳にのせてたスポット。
他にも何カ所かあって未消化なんだけど、近場ならともかくやっぱり遠出の先となると時間も合わず余裕も無かったりでなかなか寄れないもんだよね。
で、
ここは昨夜前の道を通った時に気付いて「あーやっぱり夜だよなぁ」と惜しんでたけど、まさか朝からゆっくり和歌山市内をまわることになるとは思わなんだ。9時半からの開館に丁度いい時間に来れた。

ガラガラの駐車場に車停めて館に歩くと、入り口の貼紙に「入館は事前予約制」とあった。。えーー!予約は三日前までにだそうだ。あらあら、、と思ったけど「魚道観測室は予約の必要は無」いとあったので一安心。目的はそっちなので助かった。むしろ、余計なトコ廻らずに都合よく済んだ。
で、ダムカード配布してるのでインターホンで職員を呼んでカードを頂いた。

で、川に進んで紀の川大堰の橋と水門を眺めつつ、ダムカードをかざしつつ、案内に沿って土手を下って魚道観測室に進んだ。

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橋の下に何本か続く水路を渡って進むと、その水路が魚道だった。「人工河川式魚道」とか出てて、「え??ここの魚道観測ってこうして上から覗くだけなの?」とか一瞬思ったけど、その先にはちゃんと下る階段があって魚道を横から見れる観測所になってた。よかった。こっちは「階段式魚道」「デニバチ魚道」とかあった。

早速下って魚道観測室に入ってみた。ら、思ってたより広く明るい室内だった。
残念ながら覗ける魚道は片側の「階段式魚道」だけだったけど、反対側には大きなパネルが並んで資料館になってた。

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さて、魚はいるかな?と覗くと、待つ間もなく小さなアユの群れが見えた。
ガラス面は少し奥まっているにも関わらず、ここのアユは敏感なのかなかなか際でゆっくりする魚はおらず、なかなかちょっとハッキリ見えなくて写真のチャンスを伺った。なので、じっくり見てた時間にしては写真は少ない方だった。

窓は四ヵ所あってガラガラで他に人もいなかったのでそれぞれを行ったり来たりしながらゆっくり眺めた。

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窓はそれぞれ真ん中に段があって上る魚の姿を見れるんだけど、なかなか上る所を写真に撮れなくて粘った。
っていうか、そのアユの稚魚以外の魚は見ることなかったのがちょっと残念。浅めの魚道だけど大きな魚も通るのかな?ココ。
いや、うちの方の魚道でもアユの時季は他の魚は見かけないもんな。こんなもんかな。

ってわけで、てっとり早く魚が見れたのはいいけどあまり変化はなく、15分ほど眺めてもう満足して反対側の階段から外に出た。

上に出ると「調査中」という幟が立ってて、観察員がパイプ椅子に座って魚道を見おろしてカチカチとカウントしてた。
これ、目視で数えてるの?ちょっと離れて覗いてみたけど、シロートにはとても数えられるような感じではなかった。すげーな。

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その先に歩いたら魚道はターンして「人工河川式魚道」と出てる方につながってた。ああ、何本もの魚道があるわけじゃなくてクネクネとつながった一本の魚道だったのね。
なるほどねーと見下ろしながら進んでみたら、こっちには大きな魚が沢山いるのが見えた。みんなさっきの階段式を通ってこっちにいるんだよねぇ、、えーそういうの見たかったんだけどなぁ。。

魚を少し眺めてたら、さっき上でダムカードくれた職員さんが自転車で通りかかったので「すみませんあの大きな魚は何ですか」と聞いてみた。ら、「鯉ですね」と即答。あーコイかぁ。。いやいやいや「クロダイみたいなのもいるんですけど」ときくと「ここらは汽水だから海の魚も混ざって」るそうでスズキとかも上がってきてたるするそうだ。いわれてみるとスズキっぽい形のもいたけど、、いかんせん上からでは波もあるしはっきり見分けはつかずよくわからなかった。でもクロダイは間違えなかった。和歌山はクロダイだらけだなぁ。
「もう少しするとアユの子だらけになる」と言われ、さっき観測所で見たというと、そんなもんじゃなくて「魚道が真っ黒になるくらい上がってくる」んだそうだ。。へぇぇ。

ファイル 3446-6.jpg魚道の先の河川敷は消防車の演習場になってた。何気なく眺めてて気合入った演習だなぁとか思ってたら、サイレンも鳴らしてそのまま本番だったようで、そのまま出発して上の橋を渡って行った。

ほかの魚も見えないかなぁ、、とか思いながらしばらく魚道を辿って歩いてみたけど、よく見えたのはさっきの所と川の口の流れの弱い所のボラだけだった。
ともあれ色々見れてよかった。
行く予定だった琵琶湖水族館の代わりにはならないくらいにしても、天然の魚をしっかり見れて満足。和歌山は魚多いねぇ。特にクロダイは濃いねぇ。


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タグ:動:魚 観:館 観:堰 観:橋 観:車 楽:証 景:川

不老橋

ファイル 3445-1.jpg和歌山市和歌浦南にある石橋。

奠供山と松を眺めた後に上から見えてたこの橋もちょっと見ていこうかなと少し歩いた。

県道の車道を横断して、川を見ながら歩いてみたら、何やら魚が泳ぐのが見えた。
まぁどうせボラだろうと思ったけど、よく見ると全然形が違ってて、あれ?クロダイじゃない?
え?クロダイって磯釣りとかでも人気で防波堤なら大当たりくらいの魚じゃないの?こんな川でこんな普通に見えてていいの?と驚いた。
(ってことで写真増えたので点景は神社とは別項目にした)

なんか別の魚かも?と思ってじっくり見たけど、形も模様の感じもクロダイにしか見えなかった。

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まぁ川とは言っても陸地化した海の名残の水路のような場所(地図には市町川とあった)、汽水よりも海水に近い感じだろうから海水魚がいてもおかしくはないけど、都市部の観光地前のこんなところに、おいしく料理されるような魚で刺身にもよさそうな大きさのが泳いでるのが普通に見えててちょっと驚いた。

のんびり川底の貝をつつきまわってたり、色の濃いの薄いのいろいろいたり、ちょっとケンカしてたり、見飽きずに暫く眺めた。

で、思い出したように橋にも歩いてみた。

キレイに整ってたけど嘉永4年(1851)に架けられた橋で、紀州10代藩主の徳川治宝が東照宮の大祭の時に御成道として造られたそうだ。
古い石橋と言えば九州でよく見るけど、やっぱりこの橋も肥後熊本の石工を呼んで造ったそうだ。

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渡ってみてもしっかりしてて九州のもののような古さは感じなかった。しっかり整備されてるのか石の素材が違うのか、まさか再現物?と思えるくらいだった。

橋の上からは隣りの県道の橋で海はあまりよく見えなかったけど、川の方はよく見えた。やっぱり水面が鏡のように静かで、青空をよく映していた。
この川の先にある御手洗池の隣が東照宮。あれ?この橋必要?(片男波に御旅所があったそうだ)

橋を横から見ようと脇から覗いてみたら、ここらの水面には小魚の群れが行ったり来たり。魚影濃いなぁ。

そしてまたクロダイも近くまで来てて、目が合った。。
これって餌付けされてるのかな?とか思ったけど、こっちから近寄ったらササっと逃げた。。

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ずっと眺めていられそうだったけど、キリがないので橋を渡って戻った。
正面には鹽竈神社の鏡山、海の方には唯一島のまま残ってる妹尾山が見えた。全部見て行こうかな、、とも思ったけど、玉津島神社と奠供山ほどではないだろうからヤメといた。もうすでに十二分満足。少し残しておくくらいがいいのよね。
ゆっくり車に戻った。


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タグ:観:橋 景:川 動:魚

玉津島神社

ファイル 3444-1.jpg和歌山市和歌浦中にある神社。

Uターンするためのつもりで入った駐車場だったけど、なんか雰囲気良かったのと、立ってる幟には「聖武天皇行幸千三百年」とあり、石柱には「和歌三神」とあって歴史ある特別な場所って感じしたので興味持って車を停めて降りて歩いてみた。

鳥居の横の由来には神代以前の創立とあった。御祭神は天照の妹の稚日女尊と神功皇后、後に衣通姫を合祀したそうだ。

赤い鳥居の裏の赤い塀は「小野小町 袖掛の塀」とあった。この塀が平安時代のもの?まさかね。

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お堂のような大きな拝殿にお参り。その前の干支のウサギの置物がかわいらしかった。

そしていつものように本殿を拝見しようかと横にまわると、少し小高くなってて、すぐ横に天然記念物「根上り松(鶴松)」というのがあった。大正時代に移転保存したものだそうだけど、こういう状態でも天然記念物なの?

その先に歌碑のある広場があったけど、本殿はもっと奥の様で拝見できなかった。
岩の上に段が続いてて展望台になってた。

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上って見えたのは裏にあった庭園らしき工事現場。取り壊してるのか修復しているのか分からないけどせっかくある展望台なのでいい眺めであってほしかった。
工事現場の先にはさっき通ってきた道と川が見え、右手にはカッコいい松の木が立っていた。これはさっき通って来た時にもカッコいいと感じてたので、ここで見下せて良かった。その松の木の上の手前の木にカッコいい鳥が停まってた。トンビだろうけどね。かっこいいんだよね。

拝殿前に戻って、んじゃ左側からならどうかと逆側の裏にまわってみた。
こっちは社務所とかの裏で狭めで日陰で赤い塀でやっぱち本殿は見えなかったけど、こんなとこに「絶景の宝庫 和歌の浦」の案内があり「奠供山(てんぐやま)」という裏の山が解説されていた。
奈良時代の神亀元年(724)に聖武天皇が訪れた景勝地だそうで、その先にその奠供山への登り口があるようなので進んでみた。

なんか庭の裏口へのような地味な道をまわると登山口があった。パッと見急勾配でちょっと怯んだけど、頂上まで距離はない筈だし極端な標高でもないだろうと思って登ってみた。

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ずっと続く勾配にうへぇと思ったけど、一回折り返すだけのほぼまっすぐな登りだったので焦らずゆっくり登った。石の段もしっかりしてて登りやすかった。

そして頂上は広めで平らで、爽やかな松林の先に和歌浦の海が見えた。
これはなるほどいい眺め。登ってきて良かった。

その展望台に「望海楼遺址碑」という石碑と案内があった。
望海楼は、天平神護元年(765)に称徳天皇の展望の為に造営された建物だそうで、石碑は文化10年(1813)に紀州10代藩主の命で麓の浜に建立し、明治33年(1900)に明治天皇が連合艦隊を率いて来泊した際にお召艦から見えるようにとこの頂上に移したんだそうだ。1900年の連合艦隊かぁ、、日露戦争前でまだ三笠が加わる寸前かなぁ。大正時代の不老橋の眺めの古写真というのがあったけど、その来泊した連合艦隊の想像図とか描いてほしいなぁ。

歴史はともあれいい眺め。その大正の石橋の不労橋もよく見えたし、行こうと思ってた片男波の砂嘴もよく見えた。
この海に長く横たわった砂嘴こそが天の橋立のような景勝地「和歌の浦」だとばかり思ってたけど、そうではなくて(雑賀崎まで含めて)ここら辺一帯全体が和歌の浦だったのね。
昔はここらは干潟の海でこの奠供山は島だったらしい。六つの岩の小島の並ぶ景勝地、天橋立というより松島って感じかな。

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そして雑賀崎の方も見えたし、海にはポッカリ形よく見えたのは沖ノ島かな。
っていうか、上から見てるからか波が全然なくて静かすぎる海面に船が浮いてて、写真にしたら加工したようなわざとらしさを感じるくらいいい感じ。
ゆっくり眺めた。

下りは石段の方ではなくてぐるっと回る森の道で下ってみた。こっちの方が勾配はやや緩めかな。
その道の途中の元の石段の道に交差するちょこっと手前で、裏から本殿が窺えた。ああ、拝殿より高い所にあるのね。屋根しか見えなかったけど、立派な千木と鰹木に萱葺の屋根で立派だった。

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石段を下りきって、奠供山登山口のトコの読んでなかった案内板を見てみると、称徳天皇行幸の望海楼は南麓にあり、頂上に拝所を作ったのは江戸時代の10代藩主だったようだ。準繰りに登っていったのね。
面白かったのは明治43年(1910)に当時東洋一と称された30mの昇降機が設置されてたという写真。逆にこれ景観を邪魔してそうだけどエレベーターで登れるなら楽でいいよなぁ。(昔のエレベーターなんて怖そうだけどw)

ってわけで、神社境内を出て駐車場に戻る前に、エレベーターなんてどこら辺にあったんだろうかとちょっと裏に歩いてみた。
来る時に通った裏の県道に出て奠供山の岩山に歩いてみた。
さっき境内裏の展望台から見えたカッコいい松を見つつ、その背の岩山を見上げて、ここら辺に一気に登るエレベーターねぇ。。と想像しつつ眺めた。
ちなみにかっこいい松は名前とか付いてなかった。

なんか、図らずも和歌の浦の中心的な所をたっぷりと楽しめて歩けて大満足だった。


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タグ:観:宮 観:然 観:史 観:石 楽:登 楽:眺 景:海 景:島 景:崖 動:鳥 植:樹

長野家

ファイル 3443-1.jpg和歌山市友田町にある居酒屋。

最近は暑かったり寒かったり天気悪かったりするとすーぐ宿とるようになっちゃったけど、滅多に泊まらなかった以前の方が特別感あったせいか宿近くの飲み屋とか行ってみたりしてた気がする。いや単にケチになったのかな。ついつい調子のって高くついちゃう事が多かったからね。
それと普段全然酒飲まなくなったのもあるかな。

今日も、もうラーメン食べたばかりで満足してたから大人しく寝るつもりだったんだけど、全国旅行支援で宿の割引に加えて地域クーポン券2000円分がついた!今回のこのクーポンは以前のGoToとは違って、泊った県でしか使えないから、明日はすぐに琵琶湖の方へ向かうつもりだったので、こりゃ今夜使っちゃわなくちゃ勿体ないと、すぐに町に出てみた。

さいわいこの宿は繁華街の近くだったし、スマホでクーポン使える店を調べたら、すぐ近くのこの居酒屋が見つかったので来店。

で、カウンター席でひとり飲み。
まず飲物はとメニュー見たらチューハイで「和歌山シロップ」というのがあったのでどんなのか聞いたら「和歌山県内の柑橘系のミックス」だそうでそれをたのんだ。

料理はオススメを聞いたら「刺身造り盛り二人前だけどよければハーフで一人前に出来ますよ」というので、じゃあそれでとたのんだ。

和歌山シロップハイは普通においしかったけど、おいしい豆腐のお通しには合わないね、、とか思ってたら、出てきた刺し盛がまた派手で豪華で、魚もおいしかった。けどやっぱこれは日本酒だなー、と思いまだ和歌山残ってたけど日本酒に切り替えた。

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「いい日本酒ある?」とか聞いたら「和歌山といえば紀土」がいいと言われそれをひとつ。
あーやっぱうまいね、甘めだけどサラッとしていい感じ。魚にもこっちだね。
魚は、メニューに太刀魚が多かっただけあってまず太刀魚がうまかった。造りになってるホウボウもおいしく、タイは黒鯛?どれもおいしく楽しめた。

で、残ってた和歌山シロップハイは「とんぺい焼き」をたのんでそれつまんで飲んだ。お好み風玉子焼き。

軽くこんな感じで終了。まぁ見るからにいちげんさんで、クーポンつかえるか聞いて、オススメとか聞いて、そりゃいいカモだよね。クーポン余裕でオーバー。でも満足。

店でたら宿近いし、すぐ裏にコンビニもあるし楽々。
そしてなんか夜だけで和歌山を味わえたと、御満悦だった。

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タグ:楽:宴 餐:飲 餐:魚 餐:焼

中華そば まるみ

ファイル 3442-1.jpg和歌山市中之島の県道沿いにあるラーメン店。

今日の宿は繁華街から近そうだから、到着したらラーメン屋探して歩いてみようかな?なんて考えてたら、通ってた道沿いにラーメン店を見かけて、しかも和歌山ラーメンぽい「まる」が付く店名だったので、一旦通過したけど戻ってきて寄った。

店は街角中華の小さな店舗で、店内は家族客で小上がりはいっぱいだった。僕はカウンター席について普通に中華そばをたのんだ。そういえばこの店は早寿司みたいなのはなかった。

待つ間メニューを見てたけど、ホルモンラーメンというのが気になった。
お酒やつまみのメニューもままあって近隣市民のちょい飲み的な店って感じ。関西だけにとん平焼きとかもあって気になった。

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で、ラーメン。お、うまい。
和歌山のラーメンは正直いうと車庫前系は好きだけど井出系では苦手な店もあったので若干賭けではあるんだけど、ここのは醤油豚骨の優しい味で、素直にうまいと思った。和歌山ラーメンってこういう感じだったっけ。和歌山に来ていきなり満足のいい食事になった。ナイスナイス。

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タグ:餐:ら

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