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利根川河口堰

ファイル 1626-1.jpg東庄町新宿の利根川に架かる堰。

渡った先に「管理所 展示ホールP」とかあったので「ひょっとしたらダムカードとか貰えるかな?」とか思って寄ってみた。

ら、
思った通りダムカード配布してた。
展示ホールにあるのかな?とおもいきや、「休日はインターホンで警備員をお呼びください」だそうで、巡回中は即座に対応できないそうだけど、すぐに出てきてくれて助かった。(警備員さんもたいへんだ)

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で、展示ホールというのは資料パネルと本棚の小さな一室だけで、水門の遠隔操作パネルというのが置かれてて「ボタンを押してみよう」と書かれてたので適当に押してみた。 ら、ブザーが鳴って驚いた。。(まさか本当に動いてないよな)

ファイル 1626-3.jpg外に出てちょっと散歩。
いつものようにダムをバックにカードを撮影、、と思ってたけど、水門まで遠く、行っても何もなさそうだから遠景で写して終了。
ここも利根大堰みたいに魚道の観測室でも造ってくれればなぁ、、もっと頻繁に来るのになぁ。(水濁ってて何も見えないかも)

ファイル 1626-4.jpgここのダムカードは千葉県内の第一号だそうだ。(ダムじゃないけど)
千葉県内には他に8ヶ所あるそうで、そんなにダムあったっけ、、と思ったら印旛沼なんてのも入ってた(北と南の二種も)ダムじゃないじゃん。。ダムより希少な天然の湖沼なのに、、むしろ天然湖沼カードとかあるならそっちの方が欲しいよ。

手前の黒部川の水門だけのんびり渡って歩いて車に戻った。

タグ:観:堰 観:装 景:川 楽:証

赤岩の渡し

ファイル 1625-1.jpg千代田町赤岩の利根川の渡船。
江戸時代からの歴史ある渡し船で、往時にはこの赤岩は江戸からの大型船の寄港で賑わってたそうだ。
そして現在では県道として群馬県営で運行。無料だそうだ。県道だから。「往復するだけでも無料だから」と食事した店で聞いて来てみた。

ら、「遊覧船ではありません」という注意書きに躊躇。。
んー渡ってみたいという目的ではダメかな。
でも折角だからと思いきって渡船小屋を覗いて、休憩してた人に声をかけ(四人くらいでだべっててどの人が船頭さんか分からなかった)船を出して貰った。

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船員2名の乗客1名で出発。
あーいいね気持ちイイね。
川も少し下流の利根大堰で広くなった部分で静かな水面。やっぱ小さくても船はいいね。
(とかいいつつ、地元の松戸の渡船「矢切の渡し」は未だ一度も乗ったことがないし多分一生乗らなそう)

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船員のにいさんに「向こうで降りる?」と聞かれた、船はすぐに引き返すそうだ。
戻るときはどうするのか聞くと、対岸の小屋にある旗を揚げれば来てくれるんだそうだ。チョロッと散歩して戻ろうかと思ったけど「んーまた来て貰うのも悪いなぁ、、」と言ったら、「別にどっちでもいいよ」とゆるーい答え。ヒマなお仕事のようだ。
「昼間はお客さん多いんですか?」と聞くと「いやぁこんなもんだよ」だそうで。

対岸には3分くらいだったけど、また船が来るのを待つのも面倒かなと思ってそのまま降りずに戻って貰った。
遊覧目的になってしまった。。(いやそれが目的なんだが、、)

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対岸にはグライダーの飛行場があって、川の上をグライダーが飛んでまわってた。やや曇りがちで夕陽は見れなかったけどのんびりしていい船散歩だった。

で、赤岩に戻ると、家族連れが待ってた。おお、お客さんいるじゃん。親しげに挨拶してたから近隣の人のようだ。(子供にはライフジャケット必須なんだ)
のんびりと渡る船を眺めてもうひと休憩。

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、、したら、この便も対岸で乗客下ろさずに乗ったまま戻ってきた。
あーやっぱみんなそうなんだ。のんびり散歩みたいな感じで乗るんだね。よかった。
(っていうか、ぶっちゃけ対岸の埼玉側も此方側も特別何があるってわけじゃないからね、、駅も遠いいし)

タグ:楽:乗 楽:話 景:川 観:船 観:機 観:道

千代田饂飩 あぜみち

ファイル 1624-1.jpg千代田町赤岩の県道沿いにあるうどんの店。
県道を通る度に「千代田饂飩」の幟が気になってて一度寄ってみようと思ってた店。

裏の駐車場に車を停めて店に入ると、居酒屋風な店内で貼られた手書きメニューがどれも気になって迷った。。
店の人にお薦めを聞くと「すだち醤油饂飩」を薦められたのでそれにした。  けど、やっぱり最初だからヤメてシンプルな「あぜ醤油饂飩」に変更してみた。

ファイル 1624-2.jpg「饂飩は手打ちでこれから湯がきますので少々お待ち下さい」と丁寧にお通しの胡瓜を出された。
このキュウリが瑞々しく味も良くて、パクパクとすぐ食べちゃった。

でも店内見まわしつつスマホいじりながら待ってたら、思いのほか時間かからずにすぐに出てきた。

で、「あぜ醤油饂飩」醤油をぶっかけて食べる饂飩。

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!これは んまい!
しなやかなコシとさわやかなみずみずしさで、館林と水沢のいいトコ取りみたいな上質の上州うどんって感じかな。
館林に行く必要なくなったわ。
そして醤油も香りよくて味が引き立って、あーやっぱ醤油っていいなぁと感じ、ああなるほど、これは「すだち醤油饂飩」とか「さび醤油饂飩」とか絶対うまいわ。と、リピート速決だった。

ファイル 1624-4.jpg実は今日は「あぜ醤油バターライス」を一緒にたのんだら、「ごめんなさい昼の御飯は終わっちゃったんですよ」と言われてうどんだけににしてたんだけど、その代わりと言うわけじゃないけど気になったメニュー「あぜプリン」を食後に追加してみた。

このプリンがおいしかった。
匙を入れると意外と手応えある固形で、持ち上げた姿はウニのよう(例えが悪いか?)濃厚でおいしかった。
毎週10個テイクアウトするお客さんもいるとか、、


ところで気になってた「あぜ醤油の『あぜ』って地名ですか?」と聞くと「店の名前です」だそうだ。(てっきり地名の『赤岩』を『あぜ』と読むのかな?とか思った)
そして店の話から饂飩の話やスダチの話などを気さくに話して戴けてとても感じのイイ店だった。空いてる時間に来て良かった。
そして近くの「赤岩渡船」も紹介されて行ってみようと思った。

いやいやいや
正直、もっと早く来てればよかった。
そして先週集まった時の食事は此処にすれば良かったかも。
気になるメニュー沢山なのでまた来よう!(うどん以外もおいしそう)

タグ:餐:麺 餐:菜 餐:卵 餐:菓 楽:話

さきたま古墳公園

ファイル 1623-1.jpg行田市埼玉にある古墳群の県営公園。

昨年秋に館林で集まったときに「この後ドコ行く?」って話で名前が挙がってた公園。
その時は向かって出発したけど途中で変更して茂林寺(分福茶釜の寺)に行き「古墳はまた今度ね」って事になってたので、ポカポカの春先の散歩にいいかなと誘って来てみた次第。
天気予報では雨の酷い予報だったけど、取り敢えず雨はなく雲も割れてたりしたので傘持たずにみんなで歩いた。

駐車場から「愛宕山古墳」そして一番大きい「二子山古墳」と進んだ。
この幾つもの並ぶ古墳が埼玉県の名の由来になってる「埼玉古墳」
誰の墓?、埼玉を代表するような豪族の王の墓なのかな?(はっきりしてないらしい)

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途中、軽トラが沢山あつまってて竪穴式住居を造ってた。(調べたら、GWの「火祭り」で燃やすために毎年造ってるそうだ)
その先の「稲荷山古墳」は国宝の鉄剣が出てきた古墳。工事中で立入禁止。普段は登れるらしい。

「古墳って土盛ってるだけじゃん、ピラミッドみたいな建造物なら見てオオ!って思うけど」と、「横から見たら只の丘だよね」と、「世界遺産にしようとしてるらしいけどさ、、」と、歩いて廻ってて実はみんな(僕を含み)古墳には興味ないことが分かった。
あれ?去年は誰がここに行こうって言ったんだっけ?(僕ではないと思う)

歩いている内に晴れてきた。
眩しく暑いくらいの日差しだけど風は強くて高い樹は物凄く揺れていた。

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「んじゃあ最後にココだけ登って戻ろうか」と「丸墓山古墳」に登ってみた。
ちょっと急な勾配を登ると眺めのいい頂上。
桜の樹があって花見出来そうな広場になっていた。下の八重桜は咲き始めてたくらいだけど、ここの桜はもう終わってて静かに展望できた。
「花見に良さそうだけど荷物上げたりトイレ大変そうだね」「酔っぱらったら転げ落ちそうだよね」「高いトコ登ると立ちションしたくなるよね」

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この「丸墓山古墳」頂上は戦国時代の豊臣の関東攻めで石田三成が陣を張った場所だそうで、眺めると水攻めにしたという忍城も見えた(攻略時にあんな天守風な櫓はなかったけど)
っていうか意外と忍城まで遠く、この一面を水浸しって凄いなぁ、、と思って想像しながら見渡せた。
攻略には失敗したけど、後世に凄いなぁと思わす事業を短期間で築けたってだけでも長い目でみれば成功だよね。(水攻め自体できてなかったという説もあるけど)簡単に落としてたら文章一行にもならないもんね。

そしてここから下って駐車場への道が水攻めにした時に築いた石田堤だそうだ。
往時はもっと盛ってたのかな。
古墳よりはグッと身近な戦国時代の方が興味深く、天気も良かったので取り敢えず楽しかった。

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他にも古墳は幾つもあって、中に入れるのとか、模型が飾られてるのとか、博物館もあったけど、みんな古墳には興味なく、それより腹減ったと、すぐ近くのフライの店に歩いた。

このフライがまた不評だった。
自分一人で来たときは空いてて店の人とのんびり話せて好印象だったけど、、(その時の→)

で、駐車場に戻って「博物館はどうする?」「有料だしいいよ」「それよりホームセンターに行こう」「100均も行きたい」「腹が物足りない」と言う感じで出発。
別のスポットにすれば良かったかな?まぁのんびりぐだぐだと楽しかったからいいかな。

タグ:観:遺 観:園 観:城 景:町 楽:眺 楽:歩

飯縄寺

いすみ市岬町和泉にある寺院。
あまり寺とかって興味ない方だけど、ここはかの房総が生んだ関東随一の彫刻家「波の伊八」の作品があるというので、前々から太東岬へ行ったら寄ってみようと思ってた所。
「波の伊八」は波を掘らせたら右に出るものはないと言われた江戸時代中期の名彫刻家「武志伊八郎信由」で、その作品は葛飾北斎にも多大な影響を与えてあの波の絵のモチーフとなったそうな。
(スク水金髪眼鏡の潜水艦ではないですアシカラズ)

ってわけで来てみたお寺は、変な細い道の村落の中にある割に、入口の仁王門からして立派な茅葺きで、中の仁王像も堂々としていた。

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門をくぐると結構沢山の人が歩いていた。
で、拝観料300円払ったら冊子と瓦煎餅をいただいた。
なんか瓦煎餅が付いてきたのが嬉しかった。

文化財の水屋や鐘楼が並んでたけど、まずは一番奥の本堂に歩く。
ここに「波の伊八」の最高傑作「天狗と牛若丸」がある。

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本堂は寛政九年(1797)完成の県文化財。(国でもいいのに)
その内部は撮影禁止だった。まあ芸術作品だしね。アシカラズ。

その堂内中央上部欄間にケヤキ一枚板で掘られた「天狗と牛若丸」は確かに凄かった。立体的で細かくて生き生きとしてた。
その両脇には「波と飛龍」も並んでいい眺め。
角度変えて見上げて感動。やっぱり実物でこその迫力だね。

で、外側のその他の彫刻と、天狗のお面は写真いいんだよね?
天狗はともかく、正面に龍と両脇に一角の麒麟の彫刻も波に乗っていた。なかなかだけど、これは伊八じゃないよね内部の物とはスケールが違いすぎる。

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あと縁の下にもちょこっと波の彫刻。こってるね。
でも凝ってるのは正面だけで、脇や裏は飾りなく質素だった。

本堂を堪能した後は戻りながら手前の鐘楼を見た。
弘化三年(1846)建立の鐘楼で、まわりに彫刻が施されていた。こちらは「大木茂八」の作だそうだ。

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ところでここ、さっきの観光客がみんな鐘突いてた。。ので、いいのかな、と中に入って突いてみた。(いいらしい)

ごーーーん

気持ちよかった。

タグ:観:寺 観:飾 観:楼 餐:菓 楽:音

太東埼岬

ファイル 1621-1.jpgいすみ市岬町和泉の灯台がある岬。
以前はよく来てたんだけど、そういうえばご無沙汰で久々に来た。
何時以来だろう?あ、でも点景にしてた。(前の→)
あれ?電探(レーダー)基地跡や機銃座跡の事とかも書いてたような気がするけど、、それはもっと以前のCR-Xの頃の日誌かな?

その機銃座跡の所は柵で仕切られて閉鎖されて入り込めなくなっちゃってた。
亀裂発生だとかで柵も頑丈になって以前よりさがった気がする。地震の影響かな。

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なので少し以前より崖先から離れた気がする。。
前はもう少し覗き込めて海がよく見えたような気がする。(気がするだけかもしれないけど)

でもいい景色だよね。
車で上まで登ってこれるのがなにより嬉しいね。
崩落での浸食が続いてる岬らしいけど、いつまでも崩れないで残って欲しいね。

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とりあえず、旧海軍一号二型電波探信儀台座跡はまだ前に来た時のまま残っていた。
ここには戦時中、電波研究所と見張所が建てられて電探の開発研究と対空監視をしてたそうだ。(説明には礎石とあるけど、これは台座の上の口だそうで、台座本体の礎石は下の崖沿いにあって崩れて落ちたそうだ)
もし本土決戦なんてあったら艦砲射撃で岬はまるまる跡形もなかっただろうね、、

ファイル 1621-4.jpg南側の夷隅川河口の町を見下ろしながら、ぐるっと回って裏の下のトイレの休憩所におりたら「波の伊八」の観光案内板があった。
あ、そうだ、次にここに来たらこのお寺にも行こうと思ってたんだっけ。
と、思い出し、そこに出てた岬の下の寺に行ってみることにした。

で、最後に一応灯台も見て車に戻った。

タグ:楽:眺 景:海 景:岬 景:町 観:灯 観:軍

中里海岸

ファイル 1620-1.jpg白子町中里の太平洋に面した九十九里浜の海岸。
九十九里は片貝から南はレジャー的印象でサーフショップや飲食店も多くあまり普段のドライブでは通らないけど、白子海岸とかその辺りの海岸では何度か休憩してた。

海岸はドコも同じような広い浜で、波打ち際まで距離もあって、、という印象で日誌に書くこともなかったんだけど、この中里海岸は来てみたら少し雰囲気違って、波打ち際まで近く一段高い駐車場だった。

ので、
駐車場の端を進むと海がよく見え、先まで進むと未舗装になって浜を橋ってるような感じで進めた。

あまり調子に乗って先まで進んで砂にはまったらバカなので(四駆だから試してもみたいけど)適当なトコで停めて降りてみた。

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海は相変わらず広く見えたけど、白子は九十九里の南端に近く、南側には太東崎の岬がのびているのが見えた。
あそこから房総(外房)だな。
雲は多かったけどゆるーい日差しで暖かく、のんびりできた。

そして駐車場の端に歩くと、草の生えた丘にはロープが張られてた。
けど、なんか立て札あるな、、何が書いてあるんだろう?とズームで写してみてみたら、動植物の絶滅保護を呼びかけていた。
んー、何が書いてあるかという興味で立ち入りそうになっちゃった、、

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まだ浜に花は咲いてない季節だけど、タワシみたいな草(コウボウムギの穂)は沢山立ち並んで風に揺れていた。

タグ:楽:眺 景:海 景:浜 植:草

そうさチューリップ祭り

ファイル 1619-1.jpg匝瑳市今泉の匝瑳市野栄支所の駐車場前にある「のさか花の広場」で開催されてた花の祭典。
看板を見て来てみた。

祭りといっても一面のチューリップ畑があるだけで売店もイベントも何もなかったけど(先週日曜のイベント日にはショーやライブや店が出てたらしい)ちょっと寄り道で花を見るにはこの方が気楽でいいね。無料だし。駐車場もほどよくすいてて停めやすく堂々と真ん中に停めちゃった。

で、一面に咲き揃った花畑も、特別広ーーいってほどでもないけど、けっして狭ーーくはない程よい広さで、色とりどりのチューリップが咲いていた。

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っていうかチューリップって色んな種類あるんだね。まさに「さいたさいた」のチューリップの歌の通り。
どの花見てもキレイだな。
ちょっと雲が多い空だけどこれだけ鮮やかだとちょうどいいくらい。あんまり眩しいと目が疲れそう。
春だねぇ。

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タグ:植:花 楽:催

道の駅 そうま

ファイル 1618-1.jpg相馬市日下石金谷の6号沿いにある道の駅。
何度も来てる道の駅ではあるけど地震以来久々に来た。
あ、点景になってないからデルソルでは寄ってなかったのかも?(恐山の帰りにマフラー外れながら停めて寝てた)
特別そんなになつかしーーって程でもなく変わりなく自然に駐車。

で、
もう午後遅いからここでラストの食事。
食堂へ行った。

ファイル 1618-2.jpg昔、気になってたメニューの「ほっき丼」はなくなってた。「ほっき丼てなくなっちゃったんですか?」と聞いてみたら「もう前の海でほっき貝獲れなくなったからねぇ」といわれた。あ、そうか、、、(でもホッキコロッケはあった)

あと、面白目のメニューは、、と見て「相馬磯そば」というのにしてみた。
それと「青のりコロッケ」と「ほっきコロッケ」もプラス。

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「相馬磯そば」は、さつま揚げが乗った蕎麦って聞いてたけど、海苔の混ざったトロロ昆布も乗ってて磯っぽく揚げもイカ入りでおいしかった。

コロッケはそれぞれ風味ある面白い物で、特に「青のりコロッケ」は海苔の味が良くて美味しかった。「ほっきコロッケ」は北海道で食べた時の記憶から期待度上がっちゃってたのでイマイチだった。(もし頑張ってホッキ丼とか出しててもかえって残念な感想だったかも)

さて、食後に見て歩くと「震災伝承コーナー」というのがあったので入ってみた。
中には幾つもの資料と、震災時に壊れた学校の机や、へしゃげた標識や、橋の継ぎ目が展示されてた。

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中央のモニターにビデオが流れてて、震災時に小学生が避難するときに載せてくれたトラックのおじさんに感謝してるVTRが流れてて、聞いてて涙出て来ちゃった。子供の話はきちゃうよね。
んだけど、
その後に市長だかが出てきて「震災の起こる寸前に道路を開通させたのでみんな助けられた」みたいな行政にも感謝しろって感じの話になって、はぁ?と白けてしまった。

タグ:餐:麺 餐:揚 観:具 道の駅

金山城址

ファイル 1617-1.jpg丸森町金山にある城跡。
もう午後になって後は真っ直ぐ帰ろうと思ってた時間帯だけに、ちょっとここで山登りのような城歩きは時間的にどうかなーとは思いつつ、石垣があるという案内板と「本丸跡まで13分470m」で少し迷った後に登り始めた。

というのも、登り口からその頂点が見えていて、13分とか書かれてるけどそんなにかかるとは思えなかったし、眺め良さそうだった。
少し登ると桜が咲いていた。
山形では咲き始めたばかりだったので咲いてる樹は気になってたけど、当たり前に咲いてる地区に来ると別に何とも思わなくなっちゃうね。

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最初からなかなかいい勾配を登った。
「不動の泉」「米蔵跡」「三ノ丸大手埋門跡」「土塁跡」「硝煙蔵跡」「八風吹不動堂」と歩く先に色々あって、手書きの案内ながら丁寧な城跡。
少し曇った空だけど小さい花も咲いてて華やいでいた。

そして、もう頂上本丸じゃん、、
とか思った下から見えてたピークは実は「出丸」で本丸はその先だった。わぁ。しまった。
で、もちろんまず先にその「出丸」に登った。ここの登り口は急で足元土で緩く、鎖に掴まりながら登頂。

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んーこれは思った通りいい眺め。きもちいー
歩いて良かったと気分満たされた。ちょっと休憩。

そしてまた鎖に掴まって降りた。下りの方が怖いわ。

本丸は出丸のすぐ先なのでここから真っ直ぐ登れば早いけど、左側(東側)の「石垣」「大手門跡」の方にまわって進んだ。

少し登りつつ進むとすぐに「馬屋跡」という郭に出て(ここが二の丸らしい)高い石垣が見えた。

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これはなかなか壮観な高石垣。桜の花とも相まって凛々しく聳えて格好良かった。
その石垣を手前から登ると大手門。
石垣は上から見下ろしてもなかなかの高さで城感充実。

そして本丸。本当にぴったり13分で到着。
意外と広く平らな頂上で、出丸方向の正面側に展望が開けてて、丁寧な城の案内板も立っていた。

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やっぱりこの金山城を攻める戦いが伊達政宗の初陣だそうだ。
、、あれ?伊達政宗の初陣って、、どこかの桜の伝説でも見たような、、

正面以外は木々に覆われて、合間に見える眺めは山の景色だった。
何で石垣は正面ではなくて横脇なんだろう?昔は正面にもあったのかな?
ゆっくりしてたけど、後から登ってきてる家族連れの声が近づいて来たので、少し足元緩い西側からまわって下った。

この西側には出丸みたいな「兵具蔵」という郭があるけど、そこは行かずに真っ直ぐ下った。

ファイル 1617-6.jpg下りはしばらく眺めのいいままに歩けて悠々下る。

駐車場に戻ると残った車は自分のだけ。後ろの家族は梺から歩いて登ってたのかな。
そして3時前に出発。30分ほどの寄り道。そんなもんか。登ってよかった。
途中のトコに往時の城の絵図があった。これ、登り口か駐車場にあればもっとゆっくり見れたのに、、、(と、写真撮って後でゆっくり見た)

タグ:観:城 観:石 景:山 楽:登 楽:眺 植:花