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道の駅 せせらぎの里こうら

ファイル 2125-1.jpg甲良町金屋の307号沿いにある道の駅。
ここは前に一度来てて食事したことある所。またコンニャク串と野菜のうどんを食べよう!と思って寄ってみた。

んだけど、来てみたら少し変わってて、増築された食堂と車両店のピザ屋と屋寝付きベンチ休憩所が出来ていた。
まぁ、前に来たのは開駅したばかりの四年前。そりゃ変わるわな。

以前食事コーナーが入ってたメインの物産店を覗くと、レイアウト変わって物産店のみになっていた。むべなるかな。

ファイル 2125-2.jpg食堂の方に行ってみるともう営業していた。この「幸楽食堂」は直売所より早い朝八時からやってるんだそうだ。へー。
だけど、以前の食事コーナーにあったような独創的なメニューは見当たらず、地域的な惹くメニューも特になくて残念。。
とりあえず、普通に「和牛ぶっかけうどん」にしてみた。

近江牛とか書かずに国産和牛と書くところは素直だなと思ったけど、どちらにしても写真より肉少なめで良いのか悪いのかわからないくらいの気分的な量なんだろうな、、とか予想しつつ席で待った。

ら、

あにはからんや。

え、なにこれ?
と一瞬戸惑う大きさの皿に盛られたぶっかけうどん。
しかも肉たっぷり!
これ、ふつうに牛丼とかより肉多いよね。
全然違う方向で写真と違う物が出てきて驚いた。

ファイル 2125-3.jpg

そしてなんと、この肉がまたうまーい。
ホントに和牛っぽい。(いやいや、ホントに和牛でしょうよ)
うどんもうまく、量多めでも最後までおいしく、そしてバランス考えないと肉があまりそうな内容でウハウハ。

いやはや予想外のおいしい食事で大満足。
手前の道の駅で(肉ほどほどの)「近江牛焼き肉弁当」とか買って食べなくてよかったー


ちなみに前回の点景

タグ:餐:麺 餐:肉 道の駅

道の駅 あいとうマーガレットステーション

ファイル 2124-1.jpg東近江市妹町の307号沿いにある道の駅。

以前寄って何もない小さな駐車場の道の駅って思ってたけど、どうやらそれは記憶違いの別の場所のようで、洋風でメルヘンチックな建物が集まった洒落た道の駅だった。

まず、メインっぽく堂々とした「田園生活館」という建物に入ってみた。
思った通りだけど残念ながらレストランはまだ開いてなく、ハーブやフラワーアレンジメントや洒落た雑貨が並んだ雰囲気の店内は、見てまわるのが少々気恥ずかしかった。
けど、エレベーターで「田園ビューデッキ」という屋上に出れるようなので上がってみた。

ら、塔っぽい部分に上がれて周りを眺められた。ナイス。
景色は文字どおりの田園風景だけど、道の駅の前のコスモス畑や芋掘りする畑も見下ろせてのんびりできた。

ファイル 2124-2.jpg

裏側には東の山がキレイに見えた。
塔の中心には鐘が吊られてて、ああ、ここも恋人のなんとかスポットなのか、、と思ったけど、鐘はカウベルのような形だしハートっぽいのもなかったので、あくまで田園の雰囲気に徹してくれてたようで好印象。その下の半球型パノラマ地図模型も洒落ていた。(でも鐘は鳴らさなかった)

少しのんびりして下りた。
一応洒落た店内を見てまわり、表に出て隣の「愛東まるごと食館」に入ってみた。
ここには惣菜も弁当もあって買って朝食にしようかと思ったけど、そういえばこの道の駅、テーブルある休憩室とかがなさそうなので躊躇。取り敢えず一回り回ってみようと外に出た。

直売所も覗きつつ、地元野菜のジェラート屋というのも気になったけど洒落た建物のその店はまだ閉まってた。

ファイル 2124-3.jpg

やっぱりテーブルある休憩室とかはなかった。
あー食べ物的には空振りかなぁ、、と思いながら表に出て、上から見えていたコスモス畑を眺めた。

ファイル 2124-4.jpgまぁ、天気いいから花と展望でいい休憩にはなったかな。。と納得して駐車場に戻った。

けど、やっぱ空腹なので、何か摘んで食べれるくらいの物でいいからともう一回物産店に入って、おはぎを買った。
やっぱ滋賀県はおもち関係の甘い物ってイメージ。これならベンチで食べてもいいくらいなので、日なたのベンチで座って食べた。

朝から人が多くみんなにじろじろ見られてたけど、まけじと「え、なにこれ、うまーい」と過剰にうまそうに食べてやった。
実際うまかったけど特筆するほどではなく、量もすくなくかえって空腹感が増した。。

タグ:楽:眺 景:山 観:農 観:具 餐:餅 植:花 道の駅

紫香楽宮跡

ファイル 2123-1.jpg甲賀市信楽町黄瀬にある離宮跡。国史跡。
後の天平17年(745)に都を移しここを新京としたものの、山火事に地震などの災害が続いて、半年も経たずに奈良の平城京に戻ったそうだ。
なんとなーく日本史で習ったような気がしたけど、別のトコの事だったのかもしれない。大昔は何かというと遷都してたみたいだしね。

ああ、それで地名が「信楽」なのね。
滋賀県の「シガ」もそこから来てんのかな?

ファイル 2123-2.jpgさて、まずは登り坂。
あー疲れてるしやっぱやめようかなー と思ったけど、どうしてこう朝は坂を上るのが好きなんだろうね、、誰もいない森の丘をスタスタと登った。

その上は開けてるかと思いきや、割とそのままの森の中で、礎石の並ぶ中門跡に出た。

その先の石垣の上の一番高い所が金堂跡。紫香楽宮の社があった。
中心となるところで、ここに大仏をたてる予定だったのかな?

ファイル 2123-3.jpg

歴史に弱いけどちょっと整理すると、
藤原の乱でびびって奈良から逃げてた聖武天皇が、離宮として造園してたこの紫香楽宮に遷都してきた。
遷都決定後にここは大仏殿として都自体はここの少し北の宮町遺跡に造ってたようだけど、今度は災害にビビって完成することなく奈良に戻った。
残った此処はその後甲賀寺となって甲賀宮国分寺となった。ということだそうだ。
現在残る礎石はその寺のもので、後に全国に造られることとなった国分寺のひな型ってことかな。宮でも都でもないので少し興味が薄れた。

先に進むと講堂跡があって、その先の僧房跡あたりはよく行く国府跡とかよりも狭く見えて、えらく小ぢんまりして見えた。森の中だからそう感じたのかも?(まぁお寺だし)

ファイル 2123-4.jpg

周りにはやたらとキノコがはえてて、栄養豊富な森って感じだった。
知らないから手は出さないけどおいしそうだったw

そこで引き返して少し横に逸れつつ戻ると鐘楼跡の先に塔院跡があった。ここに五重の塔がたっていたらしい。

とはいえ、それは甲賀寺になってからのものだよね。寺の前の離宮の時の跡はわからないのかな?

ファイル 2123-5.jpg

ちょっといまいちピンと来ない史跡だったけど、朝の森の雰囲気は良く、カエルっぽい鳴き声がしてて、どこにいる?と探してみたけど見つからなかった。
っていうかそのカエルの声は木の上から聞こえてきてたけど、、モリアオ?

足元にはさっきと違ったキノコが生えてた。
こっちは肉厚。食べ応えありそう。もちろん手は出さない。さわるだけでヤバいキノコなんていうのもあるからね。

結局、森中の散歩みたいな感じになって30分ほど歩いて車に戻った。城跡よりは楽でいいけどその分印象も感慨も薄かった。

タグ:観:宮 観:史 観:石 植:茸

大津SA

ファイル 1988-1.jpg大津市朝日が丘の名神高速上にあるサービスエリア兼インターチェンジ。

ここは記憶ではむかーし妹連れてた鳥取の帰りに一度(91/9/16)、それと風邪引きながら行った小豆島の帰りに具合悪くて寝るために一度(03/4/21)寄った事があり、名神高速に乗った数少ない回数の内の大半で寄っている珍しい場所。(名神高速はその他に日誌に記載されているのが一回01/4/29と記載してないのが一回92/1/3、他に記載も記憶もないけど走ってそうな一回93/10/9を足しても計六回しか乗ったことがない)
だけど、まぁ14年ぶりでは憶えてないのが当たり前というか、リニューアルくらいしてるだろうし、初めて寄るような印象だった。

お腹はすいてないけどどんなのがあるのか食堂メニューを見ると、近江牛メニューは思った通りって感じだったけど、ブラックバス天丼があったのは意外だった。別のトコに食べに行ったら販売中止になってたメニューなので、ちょっとまた来たくなったw

さてさて、表に出ると大津市街から琵琶湖を見下ろす展望台になってた。
あれ?昔からそうだったのかな?見た憶えないなぁ、、

ファイル 1988-2.jpg

あーでたよ「恋人の聖地」。ひとりもんの聖地も作ってくれよ。

ファイル 1988-3.jpg朝の大津は少しモヤーッとしつつ、やんわりと朝日で明るく、琵琶湖の湖面は反射して眩しかった。
上の写真じゃ飛んじゃってるので、湖面にバランス合わせた写真も一枚上げよう。

正面に城の天守みたいなのが見えて、あれ?大津って城あったんだっけ?とか思ったけど、それは県立琵琶湖文化館だそうだ。(県立なのに不人気で何年も休館状態だとか、、)
あーあーあー、某お城サイトのトップ画になってるアレね。
高速はもうここで下りるつもりだから、ちょっと近くに行って見てみよう!(と、思ってたのに、そういえば道間違えてそれてすっかり忘れてちゃってた、、)

タグ:楽:眺 景:湖 景:町 観:P

陶園

ファイル 1838-1.jpg甲賀市信楽町長野にある軽食喫茶店。
以前ウェブで知ってネタ帳に書いておいたお店。
少し前の情報だから営業時間やメニューの変更とか不安もありつつ、スンナリ来れて停められて良かった。

信楽町は陶磁器の町で、信楽焼というのは関東出身の僕でも耳にしたことあったんだけど、ドライブで初めて通ったときはタヌキの焼き物だらけの街道沿線に驚いて楽しくて、それで大阪に抜けるコースとしてこの307号は気に入って何度も通ってたりしてた。
(と、そんなこと書きながら、タヌキ料理とかではないのでアシカラズ)

ファイル 1838-2.jpg店の前にも悪ガキっぽいタヌキがいらっしゃった。
これは町の「窯元散策道」の案内で置かれてる物かな。
「窯元散策道」というのは車でも廻れるのかな?と周りを見回したりしてから店に入った。

店内は外見通りの洒落て静かな喫茶店。
でもこの店は近江牛がおいしくリーズナブルに食べれるお店ということで、メニューを見るとちゃんと近江牛の焼肉定食と肉丼があってホッとした。
よりリーズナブルなのは肉丼で、肉の量でB・A・Sとあったので中間のAにしてみた。

で、その近江牛の肉丼A

ファイル 1838-3.jpg

いやいやいや、もっと肉小さく少なめで野菜とか混じってるのかと思いきや、どどーんと肉メインだった。
ので、おいしい牛肉をしっかり味わいながらおいしいタレと共に御飯を掻っこめる満足な丼。

!おいしかった!

近江牛さすがだね。そして気軽に食べれて嬉しい。

タグ:食:丼 餐:肉 観:像

道の駅 妹子の郷

ファイル 1831-1.jpg大津市和邇中の161号湖西道路の和邇ICにあるPA的な道の駅。
新しいのかな?初めて寄った道の駅。
地図と道の確認検索の軽い休憩のつもりだったけど、やっぱ始めてのトコなのでちょこっと店内も見てみた。

ら、
なんかやたらとでかい団子が気になって、近江米100%使用という文句にも惹かれてついつい購入。
さっきの道の駅で食べておなか空いてなかったのに、、

それと、店前の車両販売の手づくり近江牛コロッケも購入。だめだね、興味のままについつい食べちゃう。
で、両方持って休憩室で食べた。

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まず「近江牛コロッケ」甘くておいしくて牛肉の味もしておいしかった。
近江牛じゃなかったらどのくらい味が落ちるのかも知りたいトコだけどね。

そして「米飴みたらし団子」
これと並んでもう一回り大きい一本入りのも売っててそっちが気になったんだけど、腹減ってないから二本なら一本残せると思ってこっちにした。

ファイル 1831-3.jpg

けど、結局おいしくて二本ペロリ。
ついさっきは醤油アイスで「みたらし」を小馬鹿にしてたけど、おいしいよねみたらしw
惜しむらくは付いてたきな粉をついつい二本ともにふり掛けちゃったこと、一本はみたらしのまま食べればよかった。。

そしてこの休憩所には観光案内カウンターがあったので、ちょっとそこのお姉さん(観光コンシェルジュ?)に「気軽に琵琶湖の魚が見れるトコありませんか?」と質問。
けど、対岸の水族館(琵琶湖博物館)以外にはないそうだ。。
「京都に行こうかと思ってるので(ホントは八割方奈良へ向かうつもりだったけど)対岸に渡りたくないんだよな」というと、京都への道を丁寧に教えてくれた。
ああ、そうか!と気づかせられたルートだったので素直にそっちに行ってみることにした。
満腹で出発。

今回は珍しく案内所で導かれたドライブになった。(ここに寄らなきゃ京都に行かずに奈良だった)

タグ:食:串 餐:菓 餐:揚 道の駅

白鬚神社

ファイル 1830-1.jpg高島市鵜川の161号沿い、琵琶湖の西岸にある神社。
全国にある白鬚神社の総本社。

161号を走ってて湖上の赤い鳥居が前々から気になってて寄ってみたいと思ってた神社。
でもこの区間て夜に通ることが多い気がする。やっと寄れた。

まずはお参り、垂仁天皇25年の紀元前神話の時代からある近江で一番古い神社で、御祭神は猿田彦命。

本殿は慶長8年(1603)に豊臣秀頼が建てたもので国重文。
お参りの後は石段を登って上の宮にも参った。(というか、見晴らし良さそうなので登ってみた)

ファイル 1830-2.jpg

この裏山は古墳が多数並んでいるそうで、表の末社から奥には入らなかったんだけど、少し先に巨石の磐座とかもあってパワースポットだったそうだ。
まぁ、現地では進もうと思わなかったわけだからいいや。眺めは良かったので満足。

ファイル 1830-3.jpgそして石段をくだって、一番気になってる湖上の赤い鳥居を見ながら161号を渡ると湖岸に下る石段があったので下りてみた。

鳥居の先に沖の島が見え、穏やかで広い琵琶湖を見渡せていい気分。
岸は狭いけど砂浜になってて、水はとても綺麗だった。そっか、琵琶湖の水ってきれいだったのか。勝手なイメージで少し濁ってそうに思ってたけど(霞ヶ浦みたいに)、完全な思い違いで結構な透明度と青さ。これは暖かい時期に来てたら迷わず足ポチャしたい水だった。

ファイル 1830-4.jpg

鳥居と神社の雰囲気と共に琵琶湖も好印象で、雲が多いくらいの空が逆に神々しく神秘的に見えた。
湖面に小魚は覗けなかったけど魚は先月たんまり見てるからいいでしょ。
気分イイ寄り道だった。

タグ:観:宮 景:湖 景:島 楽:眺

道の駅 藤樹の里あどがわ

ファイル 1829-1.jpg高島市安曇川町青柳の161号沿いにある道の駅。
ここは四年前に一回寄ったことあったけど早朝でトイレだけだった。

今日はどうかな?と来てみたのが9時チョイ前で、店は9時からだったので丁度よかった。

ファイル 1829-2.jpg少し「藤樹先生孝養像」とか見たりしてフラフラして待った。
その像は江戸初期の儒学者で近江聖人と呼ばれた中江藤樹が、十五の時に病身の母親の身を案じて四国から故郷に戻って薬を渡す場面。
十五で大洲藩の郡奉行って凄いなぁ。昔は数え年だから今でいう十四才-中二かぁ。

そして開店を待っていたお客さんに混じって中に入って物色、フードコーナーはまだ喫茶のみなので通過して惣菜コーナーを見てまわった。
沢山並んでたのが「焼き鯖寿司」、いろんなお店のが並んでて迷いつつひとつ購入。
それと気になったのがやっぱり琵琶湖の魚「小鮎」、甘露煮だけじゃなくて醤油煮もあって小さいのひとつ買おうかなと見てたら、そのまま食べれる丸干しなんてのもあったので、それを買ってみた。

で、フードコーナーで食べた。

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うん、しっかり肉厚の鯖に醤油の照りも香ばしく美味しい押し寿司。
おいしく一気に平らげた。

ファイル 1829-4.jpg小鮎丸干しも食べてみた。
小鮎は琵琶湖にしかいない大きくならない鮎の事で、つまり香りのいいワカサギみたいなもんでしょ?とか思って食べてみたら、アニハカランヤ。結構つよい塩気とワタの苦味で思いきり魚らしい(悪く言えば生ぐさい)味わいで、強烈ながら美味しく後引く感じ。これで酒のみたいわ。
ひとつだけ食べて後は車で食べた。(この日は一日中これ食べて走ってたので、車の中も魚のニオイで一杯だったと思う)

それとちょっと気になってオマケのデザートで買ってみたのが、ここ地元の安曇川町にある老舗醤油蔵の「醤油もなかアイス」
昔ながらの桶仕込み熟成期間二年以上というマルイの醤油を使用だそうだ。そそるでしょ。
まぁ、いうてもアイスだからみたらし風な感じだろうけどね、とか思って食べてみた。

ファイル 1829-5.jpg

ら、

んまかった!

これはこれは、しっかりと醤油の風味が生きていて、みたらしのような甘えた味ではなくてキリッとしたシャーベット風でさっぱりしてた。後味もスッキリいい風味。
今まで、何ヶ所かで醤油ソフトとか食べたことあるけど、醤油系氷菓子ではダントツで一番美味しい品だった。

走りながらペロリと食べて、その醤油蔵に行ってみようかな?とか思ったけど、もう安曇川町は過ぎちゃってたので、それはまた今度でもイイかと楽しみを残しつつ、余韻とともに小鮎を食べたりしながらドライブした。

タグ:餐:鮨 餐:魚 餐:冷 観:像 道の駅

小峠の冷水

ファイル 1734-1.jpg長浜市余呉町中河内の365号沿いにある水汲み場。
切り通しのような谷間で駐車場もなく、駐車できそうな手前の路肩には車が停まってたので通過した。
けど、やっぱちょうど水が切れてたトコだったのですぐ先で転回して戻って路駐でささっと水汲み。早朝の車通りのない時間だからいいかな。普段ならやっぱりパスだな。


水は冷たくておいしかった。ナイス。

以上。


ファイル 1734-2.jpg

「点景」は場面の記録だから文章短い方がいい(手間もなく楽)と思うけど、ちょっと物足りなくもあり、、
写真もブレてるから割愛しようかとも思ったけど、今回唯一の滋賀ネタとして、そして記事簡略化の先魁として掲載。

タグ:楽:汲 観:水

甲賀流忍者屋敷

ファイル 1583-1.jpg甲賀市甲南町竜法師にある甲賀忍者筆頭格の望月氏本家旧邸。

観光スポットで入館料650円でいつもなら考える事なくパス!なトコだけど、見た目古民家だったせいか何故か乗り気で一箇所くらいは恥の掻捨てでもいいかなとか思って入ってみた。

外は静かだったけど中は結構お客さん入ってて賑やかで、ちゃんとガイドで分かりやすい説明が聞けた。

屋敷は江戸中期の元禄に建てられた物で、進入した者から逃げる仕掛けや捕らえる仕掛けなどが施されていて、実に忍者屋敷らしいからくりのある造りでキャッチーで面白い。

近代では昭和の30年代まで普通に屋敷としてとくに気にせずに使用してたそうだ。
っていうか、戦国時代ならたくさん暗躍しそうな忍者だけど、平和そうな江戸時代でも進入されたりしてたのかねぇ?一応忍者の頭領だからってことで趣向として造ったからくりなんじゃないの?とかひねくれて最初は疑って聞いてた。

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落とし穴、どんでん返しの抜け穴、紙で開く窓、内側からは開けられない板襖、二階三階への階段は無く、登ったら外せる梯子や縄梯子を使ってたそうだ。

ガイド説明を聞いた後にその梯子で二階に上がってみた。
二階はやたら低い屋根裏のような空間。中二階だね。動きづらいので忍んできた敵を誘い込んで三階と一階から挟み撃ちにしたそうだ。(実際にしたのかな?)屈んで移動。

ファイル 1583-3.jpg

三階は広く高い悠々した屋根裏空間(結局屋根裏か)暗い中での会議でも使われてという忍者っぽい話。

ファイル 1583-4.jpgあとは一階に戻って展示品とかを見た。
クナイや手裏剣や撒きビシ、仕込み刀に仕込み銃、水蜘蛛の足に填めるような輪は実は浮き輪のように腰の高さで使ってたそうだ。

っていうか、、、
ホントに忍者らしい忍者っていたんだねぇ。

実は僕は忍者って信じてなかったんだよね。
忍者って今でいう産業スパイみたいなもんで、騙したり眩ましたり裏をかくってトコを平和な江戸時代に噺家や演劇の誇張と創作で広げて忍術だのの奇術使う漫画的イメージが一般化しちゃっただけだとばかり思ってた。
けど、ちゃんと黒装束着て、修行して、飛んだり跳ねたり手裏剣投げたり、煙出して隠れたりしてたんだ。。
ちなみに甲賀忍者と伊賀忍者の違いを質問してみたら、使う物や技に違いはなかったそうで、大きな違いは、甲賀は一族の結びつきが強く伊賀は個別活動だそうだ。

へー、そうなんだ。と、意外と素直に面白く楽しめて入ってよかったと思った。


んー、、
でもやっぱ帰ってきてから改めて冷静に考えるとホントか?と疑わしい。
この屋敷も江戸中期のものだしね。(観光用に改修してるだろうし)
江戸時代には既に流行っていた「忍者っていうのはこういうものだよ」っていう漫画的イメージに沿って造られたというような気がしてならない。。

タグ:観:屋 観:装 観:具

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