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小田城跡

つくば市小田に戦国期まであった城跡。国指定史跡。
前々から気になってはいたものの、国史跡とはいえ江戸時代には廃城になった城跡で平城だと何もなくて記念碑くらいなもんかな、、とか思ってついついいつも通過してた。

ファイル 2196-1.jpgけど、来てみたらちゃんと発掘してその後に整備されているらしく、旧筑波鉄道の小田駅跡に駐車場と案内所があった。へー。

筑波鉄道は廃線になったのが87年だから30年以上前になるんだけど、線路跡はサイクリングコースになっているので、駅のホーム跡もこうして残ってる箇所が多い。

車停めて、まずはその案内所に入ってみた。

「小田城跡 歴史ひろば案内所」というその建物は、公民館みたいな入口だったけど、入ったら中は広い部屋にパネルや出土品などの展示物が配された資料館になってて、まず、大きなジオラマ模型で戦国時代の小田城本丸が再現されていた。(随分とスカスカな城に見えた。。)

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そして、壁の穴を覗くかたちの顔ハメは、カメラの穴もあって壁の裏の鏡に映った姿を撮れるという恥ずかしくない顔ハメ!これはいいね!(いかめつい顔をしてみたけど只の不機嫌そうな顔になってしまった、、)

そしてパネルで順番に城の歴史を見て回わり、終わって最後に床の航空写真を見た。往時の水堀領域が青く塗られていて、わりと大きな平城だったんだーと思えた。

さて、実物の城跡を見に行こうかな!と思ってるとこで、高齢のボランティアガイドのような館の人が配るパンフレットを貰い、気さくに案内話を始めていただけた。

これがこれが、なかなか話がうまく面白いお爺さんで、聞いているうちに話は脱線しまくりw
茨城の話から栃木や縁のある熊本秋田の話、歴史は律令から源平から戦国から幕末に加えて戦争の話まで。戦後は筑波鉄道の話とか「あーそれとあとひとつだけ!」とどんどん話が続いて一時間近く話を聞いてしまった。。いやぁ面白かった。

ってわけで3時半に来たのに城跡に歩き始めたのが4時45分。すっかり夕方。
線路跡を少し歩くと城跡の土塁が見えた。おーちゃんと整備されてたんだ。(調査を終えて2年前に整備された城跡公園になったそうだ)
っていうか、筑波鉄道の線路は見事に城のど真ん中を横断してたんだね。。(まるで城の歴史を無かった事にでもしたかったかの如く、、)廃線になって残念だなーとずっと思ってたけど、こうして発掘調査できて「歴史ひろば」として整備されるのならば、良かったのかなと思えた。

まずは北西隅の土塁に開けられた穴(中にトイレがあった)をくぐって本丸に進んだ。

これはまた随分と広く平らな本丸。
そのまま府庁が入りそうな広さ。溝で区画が分かれていて、この北側は「建物域」だそうだけど、何がどう建っていたのかは不明だそうだ。
そして周りをずっと高い土塁で囲まれていた。時代ごとに少しづつ高くして最後の戦国時代には4mくらいあったそうで、それを復元してるらしい。

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まずは北の虎口まで進んで土塁に上がり北東隅の台の上に歩いた。
振り返ると西日まぶしく、広い本丸を照らしていた。北には筑波山もよく見えた。

土塁上を歩き、一旦切れる東虎口で下って中央の案内板を見た。
また戻って土塁に上り、南東隅に進むと、東に外の東曲輪が見えた。ちゃんと堀に囲まれて曲輪らしい姿だった。

この一番高く盛り上がった南東隅は、城跡が埋もれていた時もそのまま残ってたそうで、昔からずっと立ってたらしい「小田城跡」の石碑があった。

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再現された東池跡(水があまり溜まってなくて残念な池だった)を見ながら下って、屋敷と庭園だったらしい南側の「園地域」を歩いて、もう一つある西池跡に進んだ。こっちの西池跡は掘り下げておらず玉砂利で表していた。

そして南西虎口から外に出てみると、その先に馬出しという出丸のような真四角で大きめの曲輪への橋が架かっていた。

渡ってみると、この馬出の周りに他の曲輪も見え、いくつもの堀と曲輪が重なって広がっているのがよく見えた。
すごいすごい。本丸の周りの部分だけ整備したのではなく、外周の堀と曲輪もいくつも形が見えて大きな城域が感じられて感激。田畑の郊外だからこそ再現できた城郭だね。こういう城跡が見たかった。

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夕方も5時頃になると、犬の散歩の人がちらほらと見えた。
満足して、本丸に戻り、西側の土塁上を歩いて一周し、また北西隅のトンネル抜けて戻ろう!と思ってたら、トイレの穴は閉鎖されてた。。5時までか。
北虎口まで廻って外に出て堀を見ながら駅跡の駐車場に戻った。

タグ:観:城 観:池 観:館 観:模 景:山 楽:験 楽:話

山田ランチ

ファイル 2195-1.jpg八千代町菅谷の125号沿いのパチンコ屋脇にある食堂。

「食べて納得ホルモン定食」という看板が前から気になってはいたんだけど、「激辛うどん&ラーメン」という看板もあり、ってことはやっぱりホルモン焼きも辛いんだろうな、、と通過してた店。
でも気になってネットでググってみたら、ホルモン焼きは辛くないと出てたので、じゃあ行ってみようと思ってた。

とはいえ、他人の「辛くない」は自分レベルでどの程度なのか信用できないし、店もキレイじゃなくて入りづらい雰囲気もあったけど、ここは挑戦。ままよと入店。

ファイル 2195-2.jpg古びた店内は意外と広く、妙な島型カウンター席をまわってテーブル席がある、松屋のレイアウト昭和版。
すいてたからテーブル席に座って、たのむのは迷わずに「ホルモン焼き定食」
店内の張り紙もホルモン焼きが多く、「おすすめ」とか「八千代名物」とか「一度食べたらやみつき}とか書かれてて怪しかったw(そういえば外の壁に書かれてたランチ550円については張り紙もメニューにも見かけなかったな、、)

横の壁にはずらっと激辛うどん&ラーメンの成功者が張り出されてて、ぱーっと見ると3辛達成から30辛達成までランダムにびっしり貼られ、九州から来た人や四川省からなんてお客さんもいた。(仕事できてたついでかな?)
うわーやっぱ辛い店なんだよ、、、

で、「ホルモン焼き定食」でてきた。

ファイル 2195-3.jpg

うん!おーけーおーけー!辛くない。
そしておいしい。
むしろやや甘めで薄味の醤油ダレ焼き。ホルモンていうと味噌焼きとか焼肉たれとかが多いかな。ちょっと珍しく独特。
モツの味や野菜の味が生きてておいしかった。(甘めなのはタマネギの甘さなのかも)
逆に上に乗った生ネギが辛かったりしたw(そっち系はまだいくらか平気)

ってわけで、おいしくぺろりと食べて、いい昼食。
こっち方向の食事の選択肢が増えたな。

タグ:食:定 餐:肉 楽:証

横浜家系ラーメン 印西家

ファイル 2194-1.jpg印西市大森の356号沿いにあるラーメン店。

木下の印西市役所近くでよく通る道に去年できたばかりの店で、一度は寄ろうと思いつつ、この帰りの方向の車線はすぐ先で一車線減って合流になるから右側を走ることが多くて毎回通過していた。
今日は左を進んでて合流しようと思った時にそういえばと思い出せたので寄れた。

半端な時間だけに駐車場も店もすいてて悠々と入店。
広い店内はファミレス風なボックス席が並んでてけどカウンター席もあった。

ファイル 2194-2.jpgカウンター席についてとりあえず基本の「豚骨醤油ラーメン」をたのんだ。

店の中を見ると「豚骨ラーメンの楽しみ方!」という張り紙があり、項目の其の一は「そのまま」二は「好きに調味して」で、三は「ごはんと海苔で楽しむ」とあった。
そのライスは「終日食べ放題」だそうで、店の真ん中に大きなジャーが置かれてて好きなだけよそえる状態だった。へー。
米は地元千葉産の「ふさおとめ」を使用とあった。(そんな銘柄あったんだ、、、)

そして「豚骨醤油ラーメン」登場。

ファイル 2194-3.jpg

んー。味の濃い豚骨醤油でまあ悪くはないけど良くもなく、正直ラーショ以上の魅力は感じず、次に来ることはしばらくないかも、、とか思いながら食べた。
最後に海苔を残してて(項目通り)これでご飯食べようと席を立った。

このご飯もよそった感じ堅そうだなぁ、、と期待薄で、碗に半分だけよそって席に戻って食べた。

ら、
このご飯が意外とおいしく(もちろん堅くなく)汁を漬した海苔で巻いて食べたらバッチリだった!!
おお、こっれはいい!凄い意外過ぎてうれしくなり、ご飯お替り。
二膳目は残そうと思ってた汁を啜りながらでおいしく食べられた。

まさかラーメン屋でご飯がおいしいとは超意外。しかも食べ放題サービスのご飯がねぇ。
これは次回は塩ラーメンで細麺とか頼んで、ご飯を楽しみに来てもいいかも!とか思った。

ファイル 2194-4.jpgで、食べ終わって外に出たら、店の前に恵比寿さまの像があった。
気が付くと沢山の賽銭が周りに乗ってて驚いた。。
しかも1円5円だけじゃなく100円とか古銭の寛永通宝まで乗ってて分けわからなかった。。

なんでこんなラーメン屋の前の新しい像に、、、まぁ人それぞれだからいいけど、、

タグ:餐:ら 餐:飯

佐倉武家屋敷

ファイル 2193-1.jpg佐倉市宮小路町にある旧佐倉藩の武家屋敷が残る区域。
以前一度、佐倉城跡を歩いた後に来たことがあって、いづれまたゆっくり来ようと思っててすっかり忘れていた。
その時は「児玉源太郎旧宅跡」の立て札だけ見て満足して帰っただけだった。

まぁ、今日もたまたま入り込んだとはいえ、駐車場次第で通過が濃厚な気分で来てみた。 ら、しっかり無料の駐車場があり、すんなり止められたのでナイスだった。

さて、
まず駐車場からは少し歩いて戻り三軒目の屋敷で受付だそうだ。
その受付は「旧河原家住宅」にあり、門をくぐると工事中だった。
入館料の210円を払って貰った券は何回でも使用可能な招待券になっていて、いつ来てもこの名刺大の券があれば次回からは無料でみれるそうだ。へー。いいね。気軽にまた散歩に来れるね。

ファイル 2193-2.jpg

さて、その修繕工事中の「旧河原家住宅」は、縁側と周りだけは見れるので少し見てみると、その縁側に兜が置かれてて「Try it」と書かれてた。ので、かぶってみた。思ったより軽かった。

前の道に戻ると、となりの屋敷との間にある横道は「くらやみ坂」という日陰の急坂。ああ、この道は前回来たときに斜面の樹の根を見ながら歩いたわ!城の後に歩いてここまで来たんだっけ。。なんて思ったけど記憶違いだった。(日誌で振り返ると武家屋敷には車で来て、車から下りずにこの坂に折れて徐行して下ったようだった。屋根あけて徐行してたから歩いたように思ってたのか、、、)

くらやみ坂を横目に進んだ。通りの高めの盛土の上の生垣は馬上から覗かないようにという配慮だそうだ。そんな風景を見つつ、隣の屋敷「旧但馬家住宅」の門をくぐった。

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大きな屋敷でL字型(ではなくT字だったらしい)に折れた形で、手前が土間の勝手口なのかな?折れた内側正面に玄関があった。
靴を脱いで上がってみると二十畳の広間には鎧兜が飾られていた。そういえば今日は桃の節句のひな祭りなのに勇ましい端午の節句を先取りしちゃったなw
奥の居間には座敷童のようなマスコットキャラ「カムロちゃん」のパネルが置かれてた。やっぱり雛って感じではなかったw

そして隣の三軒目「旧武居家住宅」
こちらは四角くまとまった形で手前から玄関だった。横の土間には釜戸があり、その奥は風呂かなぁ?広間をまわって奥には厠も覗けて一番生活感があった。

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そして駐車場への横道をすぎると隣は「侍の杜」という無料の屋敷。でも建物は普通の古い家って感じで解放されてなかった(一応以前の武家屋敷と同じ造りの明治築の家だそうだ)
ここは庭の様子を見て回るとこらしく、案内板も多く当時の屋敷の庭の植物などが解説されていた。

興味を持ったのは順路の最後の方の「貝塚武男家 借家庭跡」という区画。
借家の庭跡と言われてもなぁ、、とか思ったけど解説を読むと、この貝塚武男氏はレイテ海戦時の空母瑞鶴の艦長で、沈む艦と共に戦死した人だった。

あとは見学できる武家屋敷はないのだけれど、実は今日寄った目的はその他で、通りを奥まで歩いた。
 
 
ファイル 2193-5.jpgさっき車で来たときに「この先階段につき車両の通行は出来ません」という案内のある袋小路の奥の細い階段の歩道、これが「ひよどり坂」という坂道で、ここの竹林の雰囲気が良いというのをつい最近知って興味あった。

その「ひよどり坂」は下った先に何があるわけでもなく、前の通りから少し細道の間があって坂を覗けるわけでもなく、知らなければ進んで下ってみようとは思わない坂。
でも古地図ではちゃんと江戸時代の往時からあった坂道のようで、なんだろ?ひょっとしたら二の丸とばして裏から本丸城内に行ける近道だったのかも、、とか勝手な想像しながら進んでみた。

そしてら、うんこれはなかなかの竹林!竹は太く青く密度も濃くて濃い雰囲気。
高く伸びた上を見上げつつ林の奥に連なる竹を見つつゆっくり下った。

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坂の途中にベンチがあって「侍」とか文字が作られてたのはちょっと余計かなって気もしたけど、少しは飾った部分を見ることで大事にされてるっ道って感じが伝わるので、まぁいいかな。

下まで下りきって林を抜けると宅地に出た。
ぐるっと回れば「くらやみ坂」の方に戻れるかも、とか思ったけど、宅地で迷ってもつまらないので折り返し。また「ひよどり坂」を登った。

あー登りはまた少し雰囲気代わって竹も高く見えていい感じ。戻ってよかった。(「くらやみ坂」に戻る道は真直ぐではなかったようで道的にも戻ってよかった)

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竹の青さが浅葱のような淡い青で綺麗に見え、太い竹はかぐや姫でも仕込んでありそうなくらい立派なのもあった。
古い竹で何年くらいなんだろう?そういえば竹って何年くらい生えてるんだろね。
雰囲気いい竹林を歩けて楽しめた。

坂を登りきると、これから下ろうかヤメようか迷う人を見かけた。

タグ:観:屋 観:街 観:具 観:庭 観:道 景:森 楽:歩 楽:登 楽:験 植:樹

くらま

ファイル 2192-1.jpg柏市豊四季の県道沿いにあるラーメン店。
(え?ここの住所も豊四季なんだ、、野田線の豊四季駅の方ではなく常磐線の南柏近くの旧水戸街道沿いです)

比較的近所の塩ラーメンのおいしい店で、気に入って何度か来てるけど、ここんとこしばらく来てなくてちょっと久しぶり。(前の点景記事は8年前だった。。多分その間に2回は来てると思うけど、、)
店前の道もそんなによく通る道ではないしね。

で、毎回不思議でならないんだけど、店はあまり混んでなく、となりの駐車場もいっぱいだったことがない。
なぜだー?おいしいのに。

で、食べたのは「鳥そば」 蒸し鶏の乗った塩ラーメン。
あ、しばらく来てなかったら別の店のとろみのある塩ラーメンと勘違いしちゃってた。。
ここの塩ラーメンはすっきり透けた素直な塩だった。

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食べると、んんんんー やっぱり んまい!
すっきりした汁は塩のおいしさをまろやかに醸しつつ真直ぐな感じ、よく絡む麺も優しくいい弾力。これだよこれ。
蒸し鶏もおいしく嬉しくなる一杯。
やっぱ塩ラーメンがいいわぁ~。

変な勘違いする前にまた来ようw

タグ:餐:ら

ほたるの里 梵天の湯

ファイル 2191-1.jpg宇都宮市(旧上河内町)今里町にある日帰り温泉施設。

寄ったのはこれで三度目。
よく来る北方向の定番コースの折返し地点の上河内にある温泉だから、もっと頻繁に寄っててもいいような気もするけど、、
なんだろう、いつも混んでて印象悪かった気がする。そういえば駐車場いっぱいで諦めたこともあったかも。。

日誌を振り返ってみるとその二回とも「混んでたけどいい湯だった」みたいに書いてて悪い印象はなかったみたいだった、、混んでる印象だけが残ってしまってたのは不幸だ、、

今日もやっぱり駐車場から混んでて手前の方は満車。また諦めかーとか思ったけど、奥の方まで進んだら未舗装の所に空きがあったので停めて寄ってみた。(他にも通り向かいの「保険センター」の駐車場に停めてもいいらしいけど、そこまで行くくらい混んでるなら入りたくない、、)

人は多かったけど殆ど休憩で浴室はそんなに混んでなかった。
入浴料は510円と安め。風呂は露店も内湯も浴槽は程よく大きく無色のさらっとした湯、洗い場もちゃんとしててなんの不満もなく気持ちよく入れた。(おかしいなぁw)

ファイル 2191-2.jpgで、風呂上がりにソフトクリーム。
今は特選いちごソフトだそうだ。
シャーベット風でスッキリ甘酸っぱくておいしかった。

前に来たときにもソフトか何か食べた気がする。。
(なんで点景にしてないんだろう?)

ファイル 2191-4.jpg 
 
 
 
前の写真見てみたら
やっぱりソフト食べてたw
 
ゆずソフトだって
いちごの季節が終わるとゆずになるんだね
 
写真、となりの窓からの光で思いきり逆行で見づらいから点景にしなかったのかも。

ファイル 2191-3.jpgそして食べ終わってから軽く売店を見てたら、その奥に何やら木が立ってた。
説明文を読むと『この木は梵天祭りの羽黒山神社から寄贈されたもの~』だそうで、ああ、それで「梵天の湯」なのね。
樹齢230年の杉だったそうで、露天風呂のあずまや風屋根の柱にも使われたそうだ。おおーあれかぁ、ちょうど風呂で見上げてて立派な柱だなぁーと思ってたトコだった。

その横には「年輪板」が置かれてて、年輪ごとに江戸後期あたりから始まる歴史の出来事が並んで示されていた。長い時を刻んだのが実感できていい展示だと思った。

なんであまりいい印象を持ってなかったのか不思議でならないけど、また気軽に来ようと思った。(こういうふうに書いておかないと、また忘れて混んでる印象だけが残っちゃいそうだからねw)

タグ:楽:湯 餐:冷 植:樹

食事処 京平

ファイル 2190-1.jpg結城市武井の県道沿いにある食堂。

前々から「ランチ\500円より」という看板(¥と円が重複してるのは別にして)が気にはなっていたけど、安い分チープなセットなんだろうな、、と通過してた。

で、
今日は前車のトラックの排ガスから逃れるように寄ってみた次第。
んーでもやっぱ、、と躊躇しつつ入ってみた。

ファイル 2190-2.jpgテーブル席についてメニューを見てたら「ランチは入口に貼りだしてます」と言われ席を立った。
したらなんと、本日の500円のランチメニューは五種類。

無難に「カツ丼」かなー、、と思ったけど、冒険して一番気になった「はまちづけ丼」にしてみた。
ら、「ドリンクは何にしますか?」とか聞かれて焦った。え、ランチって更にドリンクも付くの??マジ?

これはますますどんな丼が出てくるかわからないぞwと(ネタ的に)期待しつつ、店内にあった漫画を読んで待っていた。

ら、
なんと、これはこれはまともすぎるづけ丼で驚いた。
ハマチとはいえこんなビッシリ乗った立派な丼、ホントに500円でいいんだっけ?と狐につままれた気分で食べてみた。

ファイル 2190-3.jpg

うわ、うまい。
これ、1000円でも安いんじゃない?プリプリのおいしいハマチがたっぷりのって、飯も酢飯でちゃんとし過ぎ。
どこぞの海鮮弁当の店に見せたいくらいの内容で大満足。

ファイル 2190-4.jpgそして食後にコーヒー。
さっき読んでた漫画が思いのほか面白かったので続きを読みながらコーヒー飲んで一呼吸。

ゆっくりできていい食事だった。これで500円なんて、、申し訳ない気した。

そして店を出て外の(電気つく方の)看板をふと見たら「寿司」と大きく書かれてた。
どうやら、寿司がメインで定食も出す店っていう感じのようだった。
何気に「はまちづけ丼」とかたのんだけど大正解だったようだ。ナイス。

タグ:食:丼 餐:魚 餐:飲

竹岡らーめん 清見台店

ファイル 2189-1.jpg木更津市清見台にあるラーメンの店。
前の道を通ってて見かけて「お、竹岡式が食べられる!」と咄嗟に寄ってみた。
店前の駐車場に停めて車を降りるときに「あ、そういえばさっきもラーメン食べたばっかじゃん、、」と気が付いた。
でもまぁ、昼に食べた優しい九州ラーメンと竹岡式では全然違うから印象も混ざることないのでいいか、、と店に入った。

竹岡式(「式」がなんで付くのかいまだに疑問。なくてもいいのかな?)は、焼豚の煮汁を使った荒削りで濃い醤油まんまの汁で乾麺を煮るという千葉らしいぶっきらぼうなラーメン。
しょっぱすぎな味と乾麺ということで嫌いな人も多いけど、僕は大好き。
っていうか、昔は都内でも乾麺のラーメン屋って割とあったしね。(前の会社の隣の店がそうだった)

店は新しく店内はきれいだけど、店員はおばちゃん二人なのが竹岡式っぽくてよかった。

で、普通に「らーめん」をたのんだ。
メニューには生玉子とかあって、あー垂らしたらおいしいだろうなーと思えたけど、まずは普通に味わってみたかったのでヤメといた。

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うんうん、醤油の効いた竹岡式らしい味。おいしい。
玉葱とマッチしていい醤油味。

けど、どうやら乾麺ではないし、味は普通め。
一気に血圧上がりそうな「竹岡式」ではないけど、それっぽい味をしっかり作って、食べやすくした竹岡風ラーメンって感じ。
なるほどね、これなら宅地にあっても気軽にお客来そうだし、実際ウマイ。(だから「式」が付かない店名なのかな)
こういう店が増えるのはいいと思う。そしてたまには本物の竹岡式も食べに行きたいなぁ。(でも並びたくないなぁ、、)
 
最近では珍しい二食続けてのラーメン。どっちもおいしかった。
前はもっとラーメンたべまくてったからなぁ。なんか少し若返った気分ww

タグ:餐:ら

富津海岸・下州海岸

ファイル 2188-1.jpg富津市富津にある砂州の岬。
その穂先の北側の海岸でちょっと休憩。(海岸名が解らないのだけれど、公園入口の潮干狩り場からずっと先まで岬の北側の浜は富津海岸ということらしい)

駐車場に入ってみたら風が強いせいで波が強く、縁にあたった波が駐車場まで飛んできてた。。
一昨年前に高波をかぶってから、強い波には少々恐怖心があり、車から降りるのをためらいつつ少し眺めていた。

けど、よくみると波が飛んできてるのは端の方だけなので、少し中の方に移動すればなんでもなかった。ので、降りて潮風を浴びてみた。

浜に出ると、砂浜が切れているその先の端が波が立ってるだけだった。湖のような内海の東京湾だけど、冬はだいたいこういう感じなんだよね。

ファイル 2188-2.jpg

海にはウインドウサーフィンの人が多かった。
弾ける波の先の第一海堡を眺めつつ、グルッと見渡して、カメラのズームで大型タンカーを見たりアクアラインの橋(アクアブリッジ)を見たりしてた。
けど、風が冷たくすぐに冷えて寒くなって車に戻った。
 
 
 
ファイル 2188-3.jpgで、
移動して、富津公園から出た南側の海岸でも休憩。
こっちは富津海水浴場と呼ばれるけど海岸としては下州海岸(下洲海岸)というらしい。
たしか、、少年の頃に海水浴に来たのがココだったと思う。浜辺は砂だけど海に入ると底が貝殻だらけで足裏が痛くてあまり楽しめなかった覚えがある。

北側に比べると風もさほど強くはなく、黒い雲の横の西日に照らされた浜辺がイイ感じだったので少し散歩。
波打ち際まで歩いた。

ファイル 2188-4.jpg

東の房総側には東京湾観音が見えていた。ズームで見たら背中だった。あれ?内陸に向いてたんだっけ?
西の岬突端側には展望塔と第一海堡が見えた。
第一海堡は防衛のために明治期に造られた人工の要塞島だけど、こうしてみるとシルエットはコンモリと起伏があって天然の島みたいに見えるね。

そしてなにより、黒い雲からのぞいた西日が照らした海面と波が輝いてキレイだった。
波打ち際の泡のような白い波(スープ)や弾けて上がる飛沫がキラキラ煌いてたんだけど、写真ではうまく写せないねー。
ちゃんとカメラ光学を勉強して一眼レフできちんと撮れば写せるのだろうか?目で見た美しさを写真で残せるのは凄いよなぁ、次の趣味はカメラかな。。(って考えてる人は沢山いるんだろうね。みんないいカメラ持ち歩いてるよね)

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特に大きな波の立った先の透けた薄い部分が綺麗で、ズーム引いたり押したりしながら何枚も撮ってみたんだけど、思ったようには撮れなかった。
この写真、半年後くらいに見返したら何をこんなに撮ってたんだろう??って思うかもしれないから、こうして点景に載せとけば少しはその時の記憶を思い出すきっかけになるかな?と思った。
 
 
ちなみに前に行った東京湾観音
もっと前に上った富津岬の展望塔

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人見神社

君津市人見の丘(人見山)の上にある神社。
木更津から続いてた埋立地沿い(旧海岸線沿い)の丘の西端の突端の部分で、そういえば前に富津から帰るときに展望できそうなのが見えて眺め良さそうだなと気になってはいた場所。
今日はたまたま見かけた「千葉眺望100景」の案内に誘われて来てみた。

ファイル 2187-1.jpg急坂の上の広い駐車場の先にも車道の坂道は続いてて「ご祈祷・お詣りの方は神社わきの駐車場までおあがりください」とあって、上まで車で行こうか少し迷ったけど、眺望が目的だし他にも歩いてる人がいたので自分も歩いて上った。

少し進むと、石段の参道があった。
けど、車道の方が緩やかなのでゆっくり車道をまわって登った。

そして五分くらいで登り切って裏から神社に到着。
表の鳥居の前は段の山道になってて梺からちゃんと登ってくるのが本来のお詣りなのかな。
まぁ、汗をかきながら登った先で実は車でも来れた、、という事もあったので(つい先月)今回はこれでいいでしょ。

少し呼吸をととのえてお参りした。

ファイル 2187-2.jpg

境内には神社の由縁などの案内板はなかった。(祭神は天之御中主命だそうだ)
裏の本殿は繋がった建物で外からは見えないタイプだった。

拝殿の額の「人見神社」の字の横には「防衛財務次官衆議院委員 浜田幸一謹書」とあった。おおハマコーの地元だもんね。良くも悪くも千葉の議員っていったらこの人だよね。もう亡くなってひさしいけど。

さてさて、拝んだ後に目的の眺望。
まずは社殿から見て左前の、若い神木が立つ突端に出てみた。
三角点があったのでここが人見山の頂上(標高67.5m)って事かな?
此処からは南側の市街とマザー牧場方面の山が見渡せた。

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少し厚い雲が迫り出してきてて日が陰りがちで、景色もモヤーッとしてたけど、斜面に水仙も咲いていて、ポカポカな感じでゆっくり眺められた。

そして次は、社殿右横の社務所の裏に進んでみた。
こっちには「人見浦開発記念碑」とかあったりトイレもあって公園のようになっていた。
斜面手前には「人見神社からの眺望 千葉眺望100景」の解説板もあってこっちの北西側の東京湾方向が100景ってことだった。

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眺望は足元のくねった小糸川の先に富津市青堀の町並みと埋め立ての工業地帯。海は少し距離があるけど、ズームで覗けば霞んだ横浜のビルも見え、富津岬の先端の展望塔も小さな三角に見えた。

富津岬の左(南)側で厚い雲が割れてこぼれた陽光が海を照らしてるのが見えた。けど少し角度がなくて海も遠いいのは残念。
何が見えるかよりも小高いところに立ってる気持ちよさが良く、しばらく眺めた。

少し奥の南側に移動すると、末社の浅間大神の盛った石や小さな祠があってその奥に「菱形基線測点」というのがあった。ん?これは三角点とどっちが重要なのかな?大きいからこっちかな?(三角点はその位置の測定、基線測点は大地の移動の測定だそうだ)

そして梅の木も花を咲かせていて綺麗だった。とくに紅梅が沢山咲いていてあざやかで、桃色梅もあった。
そっかもう二月も後半かぁ。春が近づいているんだなぁ。

ファイル 2187-5.jpg

梅を見ながら歩くと「宮城遥拝標」という石柱があった。
日本が帝国の時代にここで皇居に向かって拝んでたんだね。

ってことで、その先では北の東京方面が眺められた。
足元の小糸川は河口に流れ、新日鐵の工場が海を隠してた。もちろん戦前には工場はなく、広い海から東京方面が良く見えたんだろうね。

そのまま進んで北側の車道の道に戻って駐車場に下った。
下る道は森の感じがよくて、木々の間からやや橙の木洩れ日が良かった。
やっぱ少しでも歩いた方が気持ちいいね。

タグ:楽:眺 観:宮 観:石 観:選 景:町 景:海 景:陽 植:花