記事一覧

道の駅 番屋

ファイル 2232-1.jpg南会津町番屋の352号沿いにある道の駅。
多分、初めての立ち寄り。(ここできたの2010年だそうだから間違いない)

もう入口から大きくソフトクリームが出てたので、とりあえずそれは食べるとして、他には何かあるかなーと思って店内を覗いてみた。

まず店内は食堂がメインで、メニューをチラッと見ると蕎麦や行者ニンニク餃子がおいしそう。でもそこまで腹減ってないんだよね、、

ファイル 2232-2.jpg奥の売店コーナーも見てみた。
ら、とにかく真っ先に気になったのが「山椒魚」
しっぽの長いサンショウウオの燻製だそうで、そのまま食べられるとか書かれてた。
これはもう自分用に購入決定。(みやげに持ってったらどこでも嫌がられそうだよなw)

ソフトクリームは「そば」と「えごま」とあって、蕎麦の方が特産っぽいけど、蕎麦ソフトは他でもあるしなぁ、、と迷って店の人にどっちが人気か聞いてみた、ら、
「エゴマは去年から始めたばかりだけど、珍しいからよく売れている」そうなのでエゴマにしてみた。

ファイル 2232-3.jpg

うん。これは香ばしくておいしいソフト。
エゴマって何だっけ?ゴマ?
クリームとあっててとてもおいしかった。
ソフトは今日二本目だけど暑いからいいよね。

ここはまた来て次回は蕎麦づくしで楽しみたいな。
でもなかなか来なさそうな場所だよね、、
 
 
ちなみに「山椒魚」はもちろんすぐには食べずに持って帰って翌日たべた。

食感は魚の干物で、味はなくおいしくもまずくもなかった。
昔たべたイモリみたいな嫌な感じもなく素直に食べられた。
 
 
けど、
後味苦かった。。口の中辛苦感が残って些不快。
でもなんかそれが薬のように思えて体に良さそうだった。
(その翌日思いきり腹下してたのは関係あるのだろうか?)

タグ:餐:冷 楽:買 道の駅

旧長谷部家住宅(叶津番所)

ファイル 2231-1.jpg只見町叶津居平にある古民家。

長谷部家は叶津村の名主で、八十里越の関所の「叶津番所」だったそうだ。
今ある「長谷部家住宅」は江戸後期築のもので県重文。

そして「五十嵐家住宅」は移築復元したものだけど、福島県で一番古い享保3年(1718)築の国重文。

まず手前にある大きい屋敷が「長谷部家住宅」
横の目が書かれた蔵を見つつ、建物を横から見まわしながら、入ってみた。
入館料は500円。なんか人がおらず、どうやら先に来た人たちを案内してるみたいだった
んー、じゃあいいか。じつは古民家とか雰囲気は好きだけど建築的なことも歴史的なことも民族的なことも詳しくなく、いつも気まぐれで立ち寄ってるだけなので、周りを見回すだけでもいいのだ。

ファイル 2231-2.jpg

ってわけで静かに外に出て、周りを歩いて見て回った。
大きい屋敷で右側から以外は正方形かと思わせるどっりしした家だった。

裏には洗濯物が干してあった。そういえば個人所有って出てたっけ。現役で住んで暮らす家なのか。。

その裏の先に小さめながらきれいな茅葺の家があった。あれが「五十嵐家住宅」かな。
歩いて向かってみたけど間の道はぬかるんでいてグチャグチャだったので途中でやめて引き返した。

ファイル 2231-3.jpg

横の道から行けたみたいだけどまぁいいか。
周りだけ見てお金ととられたらやなので、すぱっと車に戻って出発した。

タグ:観:屋

大塩炭酸場

ファイル 2230-1.jpg金山町大塩上ノ山にある天然の炭酸水の湧水汲場。
252号沿いに新しそうな駐車場と案内が出てたので咄嗟に寄ってみた。

この駐車場は前に来た時には無かったので(あったら絶対に寄ってる)ありがたい。
っていうか、ここの炭酸水は九年前(09/11/08)に金山の「こぶし館」(現在は道の駅)で買って飲んだ事があって、その時にはこの炭酸水の井戸の存在を知ってたんだけど、たしかネットにはあまり多くは湧いていないとか出てたような気がして、それでも行ってはみたかったけど、場所がよくわからなかったので買って飲んでみたって記憶してる。
なので、大きい駐車場はありがたいけど、正直大丈夫なのかな?と不安もあった。

さて、駐車場から村落の道を歩くとその先の角で警備員、、ではなく警官が立って誘導してた。ナニユエ?
「端の方を歩いてください」と言われて角を曲がると、道路に横向いて側溝に後輪を落とした車が立ち往生して現場検証してた。。ああ、そういうことか。

ファイル 2230-2.jpg

ってわけで端を歩いてすぐ先の「炭酸場」に到着。
っていうか、この炭酸場の前にも駐車スペースあるんだね、、(事故車で閉鎖されてるけど)

その炭酸場は公園くらいの広さがあって、奥の中央に木組みの屋根の水汲み場があった。
水汲み場は長方形の水槽のような井戸になってて、覗くと水が滾々と湧き出していた。あれ?全然問題ないくらい湧いてるじゃん。記憶違いかな。増えたのかな。

水汲みは井にひも付きのヤカンを投げて汲むか柄杓で汲むかで、(余り衛生的に思えないんだけど大丈夫なのか?)僕はおとなしく柄杓を使い、持ってきた550㎖の空きPETに汲んで飲んでみた。

パッと見泡は立ってないけど口に含むと確かに炭酸水の味。超微炭酸って感じかな。確かに前に買って飲んだのもこんな感じだったと思う。
ウマイってほどではないけど、ドライブの共に悪くなく、また注ぎ足してありがたく蓋を閉めた。

ファイル 2230-3.jpg

この炭酸場の広場は、周りが杉林で脇の日陰には残雪も何か所か残っていた。
それと案内板が二つ。
ひとつは「大塩天然炭酸水の由来」
明治期から旧会津藩士がこの天然水を瓶に入れて販売したという所からの話。

もうひとつは「大塩中山城跡」の解説だった。
対岸の中丸城が会津山内氏の居城で、ここから上る裏の山はその砦的な出城だったらしい。伊達政宗に中丸城を攻略された後はここに籠って上杉の援軍を待ったそうだ。へー。

ファイル 2230-4.jpg来た道を歩いて車に戻った。
車であらためてじっくり見ても泡立たない炭酸水。。少し置くと少々の泡が見えたけど、これは普通の湧水でも出る酸素の泡くらいのもので、そういうもんだと知らない人はちょっとガッカリかもしれない。
なので、駐車場には自販機もあってコーラやカナダドライのザ・タンサンも売っていた。来たときは、売れるのかなぁ?と思ったけど汲んで戻ってみると強めの炭酸が恋しくなる気持ちも分からないでもないw

タグ:景:泉 観:水 観:城 楽:汲 餐:飲

道の駅 尾瀬街道みしま宿

ファイル 2229-1.jpg三島町川井天屋原の252号沿いにある道の駅。

前に一度は寄ったことあったから点景にしてたかも、、とか思ったけど、見返したらしてなかった。(点景始める前のCR-Xに乗ってる頃だった)

GWだしもうすぐ昼だし、、駐車場混んでて停められなさそうだから寄らずにすぐに出ちゃおうと思ってたけど、いいタイミングで出る車がいて停められたので小休止。
まだ午前中はトイレだけの車が多いみたいで出入りが多かったようだ。

トイレの後に店内を覗くと、まぁまぁ混んでたけど、奥の食堂は全然すいていた。なんだろう?あと20分くらいで昼だけど、みんな12時過ぎないと食事しないのかな。

そういう僕も朝飯はしっかり食べて来たからそんなに空腹ではないんだけど、食べられそうなトコで食べちゃわないと連休はタイミング逃しがちなので、ここで食事することにした。

ファイル 2229-2.jpg食券を買って奥の窓際のカウンター席で外を見ながら待った。
目の前のくねっと曲がった只見川の深い谷が見えるいい景色な筈なのに、補修工事かなんかの骨組み鉄骨が邪魔して些と残念な眺めだった。。

たのんだのは「会津地鶏 親子丼」。
軽く蕎麦でいいかと思ってたけど、やっぱ会津地鶏は惹かれますわ。(以前、別のトコで会津地鶏の焼き鳥たべておいしかったので)

けど、出てきた親子丼は意外と緩い感じで、レトルトを乗せたような見た目で失敗したかと思った、、

ファイル 2229-3.jpg

だがしかし、アニハカランヤ。
やっぱり皮も肉もプリプリのおいしい鶏肉でまずホッコリ。
そして、丼ぶりの中はひたひたのつゆだくで、もうこれはオジヤ(雑炊)並み。むしろ緩いくらいの見た目でちょうどよく雑炊のように混ぜつつ掻き込めた!
うまかった!ナイス。ここで食事してよかった。

ファイル 2229-4.jpgそして食後にはやっぱり気になってたソフトクリーム。
「桐炭チョコソフト」
そっか炭のソフトだと灰色になるけどチョコなら黒くなるね。

これは外に出て裏の展望台で只見川の深い谷を覗きながら食べてみた。
んん!炭の真黒な香ばしさとチョコがマッチしててイイ!
なるほど考えたね。これはいいね。
チョコの感じも炭の感じも共によくおいしく食べられた。

谷の眺めはやっぱりそんなでもなく、もう少し曲がった峡谷がよく見えてたらなぁ、、っていうのと、列車が通る音が聞こえたけど線路は見えてなくて、近くにいた人も残念がってた。(鉄橋を見下ろす展望ポイントも遊歩道を登れば近くにあるらしいけど)

ファイル 2229-5.jpg

それより、手前の斜面の黄緑の草は全部シダの新芽でゼンマイのような魔法の杖のような芽が並んでてキレイだった。
ここって日当たり良さそうだけどなぁ、、シダがこれだけ生えまくるってことは潤いバッチリなんだね。

タグ:食:丼 餐:肉 餐:冷 楽:眺 景:川 景:谷 植:草 道の駅

道の駅 南相馬

ファイル 2098-1.jpg南相馬市原町区高見町の6号沿いにある道の駅。

ここはおそらく8年前に来て以来の二度目の寄り道。なんかいつも相馬の道の駅の方に寄っちゃうんだよね。
今日はそれを思ってこっちに来てみた、、というわけではなく、チェックしてるネット配信の開始時間に丁度よかったから寄ってみた。(やっぱり枷では?)

でもまぁ、そういえば昼も食べてないので食事にも丁度よく、何があるかなーと食堂を覗いた。

メニューで気になったのは「なみえ焼きそば」
南隣りの浪江の御当地B級グルメ。場所は違うけど浪江は現在帰宅困難区域なので、ここで食べれるのは有り難いしなつかしい。ホントはご飯物をしっかり食べたかったけど、まあいいかせっかくだしとこれにした。

ファイル 2098-2.jpg

うん、やきそば。普通においしい。
そっか浪江の焼きそばってやや太めの麺ってだけで、そんなに個性ある特別な焼きそばじゃなかったっけ。
10年位前にネットで知って興味を持って、浪江の町に行ったときに焼きそば食べたのは懐かしいけど、その時を思い出すような特別な個性があるわけではなく、感慨もなくぺろりと食べちゃった。

もう一品おかわり的に食べておこうかな、、とも思ったけど、それは食べ過ぎかなって気もしてヤメて、物産店の総菜コーナーを見てみた。

ら、相馬名物「ほっき飯おにぎり」があったので、それを買って出発。(そういえば相馬も北隣りの市。。まぁ細かいことはイイさ)
走りながら食べた。

ファイル 2098-3.jpg

うん、おにぎり。普通においしい。
ホッキは粒で入ってたけどあんまり風味分からないね。
そういえば前に相馬の道の駅に行ったときに、ホッキ飯はないのか聞いたら、震災以降獲れなくなったと言ってたのを覚えてるので、いろいろと気の毒だ。。

あまりいい感想が書けなかったけど、失いそうな近隣の名物を食べられてよかった。

そういえば8年前に来たときに食べた「しみ天」はあったっけ?忘れてて気にしてなくて気が付かなかった。。
その前回の点景

タグ:餐:焼 餐:飯 道の駅

食堂かど屋

ファイル 2023-1.jpg喜多方市経壇の459号沿いにある喜多方ラーメンの店。
「老麺会」加盟店で、場所柄よく見かけてた店。

あれ?ひょっとしたら入ったことあったかも?(99/8/29とか)
まぁ、ハッキリ憶えていなければ初めての店。
市街をまわったところ、この時間でやってる店はここだけだった。

そして店に入ると「夜ラーメンはじめました」って貼り紙があった。
ってことは以前はやってなかったのか。。
やっぱり喜多方で夜に営業するラーメン店は特殊なんだな。探せば他にもあるのかな?
地域性っておもしろい。

で、中華そば登場。

ファイル 2023-2.jpg

あーいいねー素直な喜多方ラーメン
そういえば喜多方ラーメン食べたの久しぶりかも?
やや中太めの手打ち麺は、思ってたより縮れ加減が流麗でしっかりしてて啜りやすく、あっさりしつつうまみ満点の汁は円やかでおいしい。焼豚もぷるるんと柔らかくておいしかった。
そうそう喜多方ってこうだった。

なんでしばらくぶりだったんだろ?

ああ、朝に喜多方を通ることがないからだ、、昼だと混んでどこも並ぶからね。
若い頃少し前まではドライブは2時3時の出発だったから朝に喜多方ってわりとあったんだよね。

っていうか、店選ぶからダメなんだよね。多分並ぶような有名店じゃなくてもおいしいと思うんだ。昼近くでもまた来てみよう。

とか思って満足してて、ついつい会計の時に聞こうと思ってた夜ラーの事を聞けずにスルッと店出ちゃった。。

タグ:餐:ら

強滝遊歩道

ファイル 1957-1.jpg鮫川村赤坂東野の349号沿いに流れる鮫川沿いの遊歩道。

国道に沿そて流れているのでドライブ中に普通に覗けてたので寄ろうと思ったことはなかったけど、時間に余裕があるといいね。たまには休憩がてら歩いてみた。

案内板を見ると、ここには大きな滝があるわけではなく、「強滝」というのは渓流の細かな滝が連なった区間がそう呼ばれてるってことのようだ。

まず、駐車帯から強滝橋という橋を渡ると、橋の上から川の上流と下流のその細かな滝を滑る川の水が爽やかな渓谷が見えた。

ファイル 1957-2.jpg

遊歩道が勾配大きそうだったら歩かずにこの橋からの眺めだけでもいいかな、、なんて思ってたけど、そんな遠慮したくなるような勾配の道ではなさそうだったので、下流に向けて歩いてみた。

道は歩きやすかったけど、よく人が歩くっていう雰囲気ではなく少々すたれたゆるい感じ。そのぶん誰もおらずに渓谷を覗きながら悠々と歩けた。

ファイル 1957-3.jpg

渓谷には渓流釣りの釣り人がいて、少し立ち止まって見てたら、小さい魚だけどすぐに釣って放してた。車の通りが多くはないとはいえこんな国道脇で釣れるもんだねぇ。

鳥も鳴きながら渓谷の石を伝って飛んでたけど、素早くて写真には撮れなかった。

川と道はすこーし曲がって日陰がちになった。
けど、風もほどよく涼しく、影になった渓谷もいい感じ。そして日陰なのに足元には白い花の群れが咲いていたりした。(二輪草というらしい)

ファイル 1957-4.jpg

道はもう少しでその先の橋まで行けるかな?ってくらいの所で立入禁止になっててロープで閉鎖されていた。。
まあ橋まで進んでも、渡って国道を歩いて戻る気はせずこの道を引き返すだろうから、もうここでいいかな。と、引き返した。

その引き返す辺りが一番滝の高低差あったように見えた区間。
ちょこっと吹き割れっぽくなってた部分もあったけど写真には撮れなかった。

絶景というほどのスポットではないけど、ちょこっとドライブの合間に歩くにはいい場所で、気軽に清々しく渓谷を堪能して気分よかった。

タグ:楽:歩 景:川 景:滝 観:橋 観:道 植:花

道の駅 ふるどの

ファイル 1956-1.jpg古殿町田口平舘の349号沿いにある道の駅。
349号の長い田舎道の中間地点にあるので、何度か寄ってはいるけど、いつもトイレだけだったりで点景には初掲載。

今日は早朝から何も食べてなく腹ぺこで、食べる気まんまんの寄り道。
でももちろんまだ食堂の蕎麦屋がやってる時間じゃなかった。

ファイル 1956-2.jpgけどもちろん売場には惣菜が並んでて、それ狙い。
おこわとかおにぎりとかを買おうと思ってたんだけど、地元ならではの餅菓子が気になったのでそっちを買ってみた。
けっこうこういうのって腹持ちいいんだよね。

買ったのは、古殿郷土おやつと書かれてた「ごぼっ葉もち」と「じゅうねん餅」
外のテーブルで広げて食べた。

ファイル 1956-3.jpg

ごぼっ葉はヤマゴボウの葉だそうで、ゴボウの味かと思いきや全然違って草の香りの餅が甘めに芳ばしく揚げてあっておいしかった。(ヤマゴボウというのはゴボウではなくて蕎麦のつなぎ等に使う山菜だそうだ)

じゅうねんというのはエゴマのことで、これはどこかで食べた気がする。
ほどよい甘さのみたらし風で軟らかい餅もボリュームありつつ一口で食べれて丁度いい。

満腹ではないけど、郷土おやつの食事でおいしく満足した。

タグ:餐:餅 道の駅

合戦場のしだれ桜

ファイル 1955-1.jpg二本松市東新殿大林の459号沿いにあるベニシダレザクラの樹。
「三春の滝桜」の孫だそうで、樹齢は150年と若いけど、そのぶん毎年30cmずつ延びてるそうだ。

少し時季過ぎて散り始めてたけど、まだまだ全然咲き残ってて元気よく枝垂れていた。
それに見てる人もチラホラしかおらず、ほぼ独占のような状態で悠々と見れて良かった。(まだ朝早かったからかも)

ファイル 1955-2.jpg

うーーん!いいねぇーいいねぇー。
喜多方で見てきたトンネルのように並ぶ低いしだれ桜もいいけど、やっぱデカくダイナミックに枝垂れる桜は、降り注ぐような迫力があっていいよねぇ。行き帰りで両方味わえて至福ですなぁ。

この樹は実は並んで伸びた二本の樹で樹高はともに18m。仲いいねぇ双子デュオだね。

ぐるっと回って奥の方から見ると、半分以上散って緑が目立っていた。
周りには低いしだれ桜が並ぶ小道とかもあったけど、そっちは完全に散ってしまっていた。よく本体はこれだけ咲残ってたもんだとありがたくなった。

ファイル 1955-3.jpg

それと菜の花の黄色も勢いあって凄かった。
まるで、垂れ落ちた桜の花がパチパチ弾けて輝いて、黄色い光になって国道まで流れて広がっているように見えた。
 
さて、この合戦場というのは何の合戦だろう?
樹齢150年だったら戊辰戦争かな?なんて思ったけど、そうではなく平安時代の源氏と豪族の戦いだそうだ。
あー、戊辰の役で踏み荒らされたら桜なんか残らないか。。

タグ:植:花 植:樹

二本松城跡

ファイル 1954-1.jpg二本松市郭内にある国の史跡の山城跡。
公園としては「霞ケ城公園」という。
幕末の戊申の役で激しい攻防のあった城。やっぱ象徴だけでなく実戦の舞台となった城は感慨深いよね。
ちょうど朝焼けが朱色に照らしてて炎に包まれたような雰囲気だった。

まずは二本松少年隊の戦う姿の像を見て入城。
二本松少年隊はその戦いで散った12歳から17歳の少年兵達、會津の白虎隊の方が知名度が高いけど、それより年少が多く自刀より負傷で散ったので尊く思える。

さて、まずは復元された箕輪門をくぐって入城。この門と櫓がこの城唯一の復元建造物だったかな。
通り抜けるとその先は石垣の上から何本もの松が枝垂れていた。「箕輪門のアカマツ」と案内板が立っていて、樹齢350年の藩政時代からある松だそうだ。おーおーすごいな。二本松どころじゃなくて沢山松じゃないか。

ファイル 1954-2.jpg

箕輪門の上が三ノ丸の広場になっている。
ここは桜祭りとかするみたいで提灯とか残っていたけど、桜は完全に散ってて一輪も残ってなかった。

さて、本丸はどっちだ?と案内図をみると階段の上に建物が見えた。あれ?御殿も復元してるんだっけ?と登ってみた。
「本坂御殿(姫御殿)」とあったけど、建物はとくに関係ない公園管理用の物っぽかった。
振り返ると朝日が眩しくイイ眺めだった。

ファイル 1954-3.jpg

そんな本坂御殿跡で半分くらい登ったかな、、なんて気になってたけど、とんでもなかった。それは序の口で、しっかり山登りの城だった。。

紫のかわいい花が咲くのを見ながら、えっちらおっちら登り「硝煙藏」――「藩士自刀の碑」――「日陰の井戸」――「大石垣」――「蔵屋敷」――「乙森」と休み休み登って、やっと大きく見えた本丸の石垣は立派で感激した。
これはキレイに復元された石垣。しっかり山の頂上に聳えててカッコイイ!
そして登ると奥に天守台が見え、その天守台の先にまだ頭を白くした安達太良山がきれいに見えた。

ファイル 1954-4.jpg

これはいい眺め!しかも山の頂点で気持ちイイ。
いやー運動不足でキツかったけど、これは登ってきてよかった。(っていうか腰が痛かったのはもうすっかり忘却)
風も緩やかで朝日が心地よく清々しすぎて嬉しくなった。

そして表の南東側には二本松市街が広く見渡せて、朝日が降り注いでいた。
城郭は北に天守台があって、西櫓台、東櫓台と続いていた。
しばらく眺めてのんびりしてて、ゴミを拾いながら登ってきたボランティアの人と挨拶。「ここには天守があったんですか?」と質問してみたら、天守はなく屋敷のような物が建ってたらしいとのこと、「いやあ、この眺めなら屋敷で充分ですよね」と話はずんで、城の話や二本松の話、道の駅の話とか旅行の話とかまで聞けてゆっくりできた。朝から丁寧にありがとうございました。

ファイル 1954-5.jpg

25分ものんびりして本丸城郭からおりた。
そしてその石垣の周りをひとまわり。グルッと回って、今度は裏の北側から下ってみた。
築城初期の旧時代のままの石垣とか、整備する以前から露出した状態のままの二段石垣とかいろいろ見どころをぬって下り、「とっくり井戸」から「搦手門跡」の石垣もかっこよかった。

「新城館」という城代屋敷跡からは顕彰碑や歌碑が順に置かれ、飽きさせない城跡だった。

ファイル 1954-6.jpg

中間まで下りて、二合田用水という350年前に安達太良山から水を引いた用水路が道脇を流れると、そこから下は様相変わって水と緑の庭園の雰囲気になった。
水路は分岐して幾つもの滝となり池にそそいでいた。
小さな丹羽神社はさりげなかったけど、何気に力士像が並んでてかわいかった。

池を見下ろしながら緑の中を下ると「霞ヶ城の傘松」という天然記念樹があった。
見事なほどにきれいな傘の形の松で、推定樹齢300年、樹高4.5mで傘は14mの広がりだそうだ。へー、なんか本当に松の城だなぁぁ。
その近くには推定樹齢400年のイロハカエデとかもあって小さな花の蕾をつけていた。秋に来ても良さそうだ。

ファイル 1954-7.jpg

そして茅葺屋根の茶室小屋「洗心亭」というのがあった。
見た目新しいから公園整備で造ったものかな、、なんて思ってたけど、実は移築改修された現存物だそうだ!おお!
なんでも庭園内で崖崩れがあって城外に移築していたために戊辰の戦火から逃れたそうだ。へええ。

と、見所多くゆっくり歩いて下って楽しかった。(庭園だけでも別項目にしようか迷った)
何より中腹からの用水路を生かした滝や池の瑞々しさが気持ち良く、朝日と緑に包まれていい散歩になった。

駐車場に戻ったのは7時。二時間も歩き回ってた。
福島県内だと会津ばかりが注目されるけど、二本松城はそれ以上の好印象ですごくよかった。来てよかった。

タグ:観:城 観:像 観:門 観:池 観:庭 観:建 楽:登 楽:話 楽:眺 景:山 景:町 植:樹

ページ移動