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道の駅 くじ

ファイル 1948-1.jpg久慈市中町の281号の一本裏の道の町中にある道の駅。

丁度昼どきで混んでたけど、意外と待たずに停められた。
っていうかここ、中に入ると土産屋も充実してるけどその隣の物産店が普通にスーパーみたいに賑わってて地元の人の買い物で混んでるんじゃないのかって雰囲気だった。

さて、おなかすいてないと食品に対する興味は減るね、物産や土産は軽く見て過ぎて、二階に上がってみた。
この二階は「レトロ館」という昭和コレクション品展示館になっていた。

おおそういえば今日は昭和の日!ちょうどいいじゃん、見ていこう!と思ったものの入館無料じゃなかったので躊躇。久慈らしさとは違うし渋沢のと比べちゃいそうだし、、とか思って入らなかった。(ケチだねー)

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館内にはほかにも久慈秋まつりの「山車展示ロビー」があったり、大きな琥珀などの「郷土資料展示コーナー」もあって充実していた。

外に出て気になってたのは道の駅の向かいにある商店街。
「歴通路(レトロ)広場」と言う名で、露店や簡易店舗の並んだ通りだった。(広場って感じではなかった)
見て歩くだけだったけど、途中にあった「海ごはん 浜や」の前に並んだ「うにめし」と「ほやめし」がどうにも気になった。

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どうしようかな、、おなかいっぱいだしなぁ、、と迷ってると店のおばちゃんが声かけてくれて、「少量でウニが食べたいならお寿司やさんがいいですよ」と近くのオススメ寿司店を教えてくれた。
けど、「この「うにめし丼」があまちゃんのドラマで見たような感じで気になるんですよねー」と話すと。
「あまちゃん!みてましたか!」と一気に饒舌に。
ドラマの話から最近久慈に来てくれたキャストの話、特に能年ちゃん(のん)の話は大ファンのように熱く語ってくれて、「その世界の片隅に」の上映会の話まで聞けた。「表通りに出た所の岩手銀行でもCMポスターやってるんですよ」と完全に町のヒロイン。
「あまちゃん」のポスターやイラストがいまだに町のあちこちで見かけるのはただの飾りじゃなくて本当に愛されてるんだ!と思えた。
で、もちろん寿司屋には行かずにここで「うにめし丼」を購入。あとで腹減ってからどこかで食べればいいんだよね。(すぐにでも食べたくて仕方ないけど、、)


表通りに抜けて岩手銀行のポスターを確認。
表からまわって道の駅に戻る途中のコンビニの裏の広場では「久慈春まつり」というのが開催されていたので、それもちょっと覗いた。

ファイル 1948-4.jpg露店の店がコの字に並んでて、メインは大型トレイラーのステージになっていた。
露店もいろいろ気になって「まめぶ汁」とか飲んでみたかった。。少し休憩したら汁くらい飲めるかな?とか思って、座ってステージを見たら、AKBの山根涼羽に似た感じの子がギター弾き語りで歌ってた。
可愛かったのでついつい最後まで聴いちゃった。。でも腹は減らなかった。「こしまわり」って名乗ってたけど、、それって苗字??

そして道の駅に戻る。おもいのほかゆっくり楽しめて満足。

タグ:観:飾 観:街 楽:買 楽:話 楽:催 楽:音 道の駅

あまちゃんハウス

ファイル 1947-1.jpg久慈駅前の県道沿いにある、2013年に放送されたNHKの朝ドラ「あまちゃん」の記念館。

実はネタ帳に載せてた「まちなか水族館」という無料の水族館を探してたんだけど、、見当たらず、ここに「観光案内はこちらへ」と書かれてたので入ってみた。
ら、
聞くと、ここが以前あった「まちなか水族館」その場所だそうで、今は「もぐらんぴあ」という立派な水族館が出来たので移ったんだそうだ。そっかー。(無料が有料に、、)

それはさておき
「あまちゃん」は好きで見てて、ドラマやってる時にも久慈に来たことあったくらいだったので、少々懐かしさ半分中をじっくり見てみた。

スタジオセット風な壁絵コーナーが並んでて、場面を思い出して懐かしい空間。いくつもの小物は撮影で使われたものなのかな?
アメ横女学院の衣装なんかも展示されていた。GMTじゃなくてアメ女なのね。。出席番号36,37,28って誰だ?(37番は現在大人気の声優さん水瀬いのりがやってた役の子だ。これ着てたのかな)

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一番気になったのが鉄道模型のジオラマ。
これって、ドラマで吹越満がのらりくらりと作ってたやつを完成させた物かなぁ、、面白くじっくり見れた。

ファイル 1947-3.jpgここは資料を見るとかお土産を買うとかいうよりも、ファンの人達が気持ちを通わせる空間みたいな優しい雰囲気だった。
あまちゃん好きなイラストレターさん達が集まって描いた壁紙大のイラストも見たことあるようなタッチとすぐ浮かぶようなシーンで見て楽しめた。

これねー岩手じゃなくて大洗くらいの距離にあったらもっと頻繁に通う人が絶えずに大盛況だったのかもしれないよね。
いや岩手という滅多に来れないところがまたいいのかもしれないけど。

久慈の町はドラマ時期にテレビで見て興味持った飲食店とかもあるんだけど、残念ながらおなかいっぱい。
水族館は空振りだったけどもう少しゆっくりしたい気もしてたので、町中にある道の駅に行ってみた。

タグ:観:館 観:具 観:模 観:ロ

道の駅 おりつめ

ファイル 1946-1.jpg九戸村山屋の九戸IC近くの県道沿いにある道の駅。
初めての立ち寄り。九戸はさすがに滅多に来ないしね。
いや、まてよ、、340号を北上して雪降った日の夕方に寄って南部煎餅買ったような気がする、、たしか知らずに汁鍋用のを買ってしまって美味しくなかった憶えが、、ちょっと曖昧な記憶。(02/11/2日誌には書いてない。。おいしくなかったからかな? あ、いや青森の南郷の道の駅だったかも。。)

ファイル 1946-2.jpgさてさて
この道の駅、混んだ駐車場の合間の前になにやら小屋付きの祠のように「オトデ様」というフクロウみたいな像が祀られていた。
この「オトデ様」というのはこの地域の伝わる昔話に出てくる予言者ということだそうだ。けど、こんな新しいゆるキャラみたいな像に賽銭がおかれたりしてるのはちょっと違和感があって面白かった。

それよりも店前のいいにおいがするスナックコーナーが気になった。
売られてたのは炭で焼かれた「田楽とうふ」と「串もち」
んー満腹なのがくやしーーー
とか言いつつ誘惑に負けて「串もち」だけ購入。

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これがうまかった。
もちもちで芳ばしく、味噌の風味もいいし餅にも味ついるようなおいしさだった。(バターっぽい感じがした)

ファイル 1946-4.jpgそして店内も見てまわって、これも外せないよね「南部煎餅」。大谷煎餅店という九戸の店のを購入。
これはさすがに出発してもたべるのおあずけ。一枚食べたら止まらなくなっちゃうからね。

食べたのは夕方4時をまわってからのドライブ中。
思った通り止まらずに次々と、、、
耳が大きくて立派なのがうれしいね。耳がいいんだよね。

岩手のドライブには欠かせないね。

タグ:食:串 餐:餅 餐:菓 観:像 道の駅

エイトビートバーガー

ファイル 1945-1.jpg二戸市石切所枋ノ木の二戸駅前県道沿いにあるバーガーショップ。

この店はずいぶんと前々からネタ帳に載せてて、前にも一度来たことあったんだけど、その時は休みで閉まってた。

で、今日は9時半過ぎに来たらちょうどシャッターを上げるトコだった。(あれ?開店9時からとのせてたけど、、)
「もう食事できますか?」と聞くと「10時からですが店内で休んでても構いませんよ」だそうだ。。

30分は勿体ないので、先に「九戸城跡」に行ってみた。

ファイル 1945-2.jpgそして10時過ぎにまた来た。
メニューは意外と多く、ちょっと迷った。
「ビートバーガー」というのが気になって何か訊いてみたら、ツナとハムとマヨのさっぱりメニューだそうで、それにハンバーガーを入れた「ハンバーグビートバーガー」というのもあるというのでそれにした。もうひとつ、、と考えてたら新メニューの「ビッグたつたバーガー」をすすめられたのでそれにした。(+ポテトとコーラ)

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これ、コーラは飲みかけじゃなくて、Sでたのんだらこの量だった。器じゃくて量で分けるのが斬新。

「ハンバーグビートバーガー」も「ビッグたつたバーガー」も今風な気取ったグルメではなく普通の馴染みある感じのバーガーながら野菜多くてボリュームあって、だのに価格安めで感じよくておいしかった。

んーと、ここをネタ帳に載せたのは珍しいメニューとか特別な食材とかではなく、多分、昔から残ったバーガーショップで調べてて気になった店だと思う。(茨城のロッキーバーガーの流れだね)
30年間変わらぬ値段と注文してからの手作り感。おばちゃんも感じよく素敵なお店。
まあ、わざわざ関東から食べに来る物好きはいないでしょうけどね。

何げにハンバーグがおいしかったから、普通のメニューも食べてみたくなり、チーズバーガーを追加でテイクアウト。

ファイル 1945-4.jpgなんかさぁ、
昔はハンバーガー2個なんて余裕でぜんぜん腹足りないくらいのつもりだったけど、少し胃の許容が減ったのか消化が鈍くなったのか、けっこうお腹いっぱいで、ゆっくりドライブしながら食べようと思ってた。
思ってたんだけど、興味と欲だけは廃れずに旺盛でついつい気になってすぐに食べ出しちゃった。。

シンプルなつもりのチーズバーガーだったけど、それでもレタスふんだんに入った豪華な仕上がり。そしてやっぱりハンバーグおいしく、これがベストに思えた。

なんか満足だけど、、満腹。こまったw

タグ:餐:ば

九戸城跡

ファイル 1944-1.jpg二戸市福岡城ノ内にある城跡。
二戸市にあるのに九戸城とはコワイカニ、、って感じだけど、この九戸は戦国時代の城主の名で、二戸は群の名前から市の名前になっただけで中心が二戸という町ってわけではないようだ。

この九戸城。町の裏にあってちょっと分かりづらく、案内を見落とさずに細い道から進んで、自然の崖のような要害が続く堀跡を抜けて大手門前に来たけど、駐車場が見当たらず(観光バス用のしかなかった)案内もなく仕方なく寺の前に停めて歩いた。(「九戸城エントランス広場」というガイドハウスのある駐車場が裁判所の裏の方にあったらしいけど、表通りにもどこにもまるで案内が無かった)

横に咲いた水芭蕉をみながら広い堀跡を歩いて、正面の大手門跡から入城。
路駐してる車を避けてすこし上ると広いニノ丸跡に出た。
っていうか、その広いニノ丸の脇は駐車場っぽくなってんじゃん、、なんで入れて停めさせてくれないんだろうか、、

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先にトイレ。このトイレにも解説があって、発掘調査で見つかった掘立柱建築物に合わせて作ったんだそうだ。変なトコで凝ってるんだなぁ。

さてこの九戸氏(九戸政実)は南部氏の一族で、相続争いで三戸氏が豊臣秀吉に従う形で強引に南部党首になったのに反発。
敵対し兵を挙げたためにこの九戸城で豊臣の軍勢六万五千に囲まれわずか五千の兵で攻防、善戦してすぐには城は落ちなかったそうだ。やっぱ戦のあった城跡は猛々しい印象でいいよね。

助命の和睦の応じて落城。だのに九戸政実ほか全員処刑。籠城してた女子供も全員斬殺。その一斉に斬殺された場所がこのニノ丸だそうだ。くわばらくわばら。
勝った三戸南部氏はその後、盛岡城を作るまでの五年間はここを居城としたそうだけど、、平気なもんなんだね。

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ニノ丸を大きく歩いて堀切に架かる橋から追手門跡の本丸に渡るところでガイド付きの一行2グループとすれ違った。
武装のコスプレしてる人もいた。

本丸もこれまた広ーくて平らで、天気良ければ走り回りたいような広場だったけれど、雨が降り出してきた。。

眺めは今一つ。北側の二戸市役所方向は木々に隠れてた。

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西側はいくらかよく見えた。目の前の市街は三ノ丸跡だそうだ。(市街の手前に「九戸城エントランス広場」が見えた。ここで初めて駐車場の存在を知った)
三ノ丸跡(市街)の先には馬淵川が流れていて城としては裏側だそうで、敵が布陣してたのは東の大手門側と北の市役所側だったらしい。そっか地形的には攻めづらい城なんだ。

そして本丸は南側の枡形虎口から出た。
こお虎口の辺りが石垣も残ってたり、隅櫓跡の土塁の上に桜が咲いてたりと城っぽくていい感じだったけど、雨ふってきてたのでのんびりせずに通過。

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その先には地形図模型があったりして、観光的にもこっちが正面かぁ、、今日はなんかトコトン裏側からまわっちゃってる感じ。。

最後はニノ丸の裏の搦手門跡側から搦め手を三ノ丸に下って戻ろう、、と思ってたけど、さっきのガイド付きの一行がトロトロとそっちに進んでいったのでヤメ。
ていうか雨足が強くなって来ちゃったので、むしろわざわざ廻らなくて正解。まっすぐ大手門から引き返した。

ドライブ先の寄り道で、歩いてる途中で雨に降られて急ぎ足で車に戻ったのははじめてかも。ちょっとぬれちゃった。

タグ:観:城 観:模 植:花 楽<困

櫻山神社

ファイル 1943-1.jpg盛岡市内丸にある神社。
枝垂れ桜がキレイだったのでちょこっとお参り。

城内三ノ丸への入り口にあって現在の城址公園の正面入口になっている。盛岡藩の南部氏を祭神とする神社で、藩政時には本丸のすぐ横の淡路丸という曲輪にあって淡路大明神とも呼ばれてたそうだ。
維新の廃城後にこちらに移された形だけど、実は築城以前には八幡社があった場所だそうだ。

さっそくシブい門をくぐってお参り。
拝殿とか桜とかじっくり見てたけど何故か珍しくちゃんとした写真を撮ってなくてごめんなさい。。

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お参りの後にいつものように本殿を拝見しようと横にまわると、裏は斜面で石段になってて、その上に登ると「烏帽子岩(兜岩)」という大きな岩が祀られていた。
この岩は築城時にこの場所に頭が飛び出してた天然の岩で、均すために削って割っても取り払えず、掘りおこしたらこんな巨大な岩だったという物。立派なので城のお守り岩「宝大石」として崇めたそうだ。(ってことはホントはもっと大きかったのか)
さすが岩手だけあって岩の話が多いね。

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どっしりしててデカイ岩だよね。
烏帽子の形ではあるけど、烏帽子というよりはジャバ・ザ・ハットというかガマガエルに見える。(カエル好きだからか?)まぁカエルと言うよりは烏帽子と言った方が格好は付くのかな。

さて、
「お守り岩」とか見ちゃったし、気分も天気もよく歩きたい気分なので、やっぱこのまま盛岡城を歩きたいなぁ。。
もう今日はこの盛岡メインで折り返すくらいのドライブでもいいかも(じゃじゃ麺食べれる時間までいれないにしても盛岡で折り返せば昼は遠野でジンギスカンもありかも、、)。。
なーんて思ったけど、
それじゃぁドライブ的には物足りないかな。。盛岡城は次回にとっといて引き続き岩手県をもっと廻ろう!と思いなおして車に戻った。

タグ:観:宮 観:城 観:石 植:花

石割桜

ファイル 1942-1.jpg盛岡市内丸の裁判所前にある桜の古樹。

石を割って咲く桜ということで誇らしく、盛岡を代表する象徴のような自慢の桜だそうで、浅田次郎の「壬生義士伝」の小説(と、ドラマと映画)で知って、前にも一度来ててこれで二度目。前は花咲いてない時季だったけどね。

で、今日は半分散ってたけど咲いてる部分も多く、いい感じで朝日と青空に照らされていた。

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場所は裁判所の構内にあるけど、ちゃんと入口は開いてオープンな感じになってて、朝から見に来てる人はたえることなくチラホラいた。
元は盛岡藩の家老屋敷の庭だったそうだ。

樹齢350~400年のエドヒガン(シロヒガンともいうそうな)。樹高11m、目通り4.6m、枝張り17mと立派な大きさで国の天然記念物。

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元々割れていた庭の岩の合間から芽を出した桜の樹ではあったそうだけど、成長と共に岩を左右(南北)に押し出して広がっているそうで間違いなく文字どおりの石割桜。見事だね。

ゆっくり周りまわって眺めて写真撮った。


満足して駐車場に戻ってきたけど、駐車場前の内堀(亀ヶ池)の桜もよかったので少し散歩。
内堀の前は内丸緑地という名前の公園になっていた。

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右側の内堀(鶴ヶ池)は日陰で桜はなかったけど「時鐘」が吊られていた。
これは盛岡藩の時代に外堀にあったもので、延宝7年(1679)に造られたものだそうだ。

そして、その堀の内側の下曲輪跡は飲食店街になってて、盛岡じゃじゃ麺の有名店「白龍」もここにある。
ちょっとそっちにも歩いてみたけど、朝からやってる店など一軒もなく、分かってはいるけどちょっと残念。(みちプロの新崎人生の徳島ラーメンの店も表にあった)

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ここで戻るつもりだったけど、その先にしだれ桜がキレイな神社が見えたので、ついつい更に寄り道。

タグ:植:花 植:樹 観:石 観:池 観:具 観:城

伊豆の権現桜

ファイル 1941-1.jpg朝日町宮宿にある桜の古樹。287号が折れる角の少し先。
もう今日は何ヶ所かの桜を見てきて充分満足してたけど、道から近いなら、、と寄ってみた。ら、すぐ先の道路沿いだった。

長井から白鷹の「置賜さくら回廊」は去年咲き始めくらいに来て、殆ど咲いてない状態を見て帰ったので、リベンジで回っても散っちゃってたら余計に印象寂しくなっちゃうからと敬遠した後で、の気まぐれな寄り道。ここの桜は見てないからいいよね。

したらこの樹は半分弱くらいは咲き残ってて悪くない感じだった。

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ファイル 1941-3.jpg樹齢は700年と「置賜さくら回廊」の1000年級の面々に比べたら全然若いけど、なによりちゃんと咲いてる姿が見れるのはやっぱいいね。

照明が設置されてたからライトアップするみたいだけど、半分散ってるからもう無いかな、、
まぁ、古樹の桜も見れて満足。

タグ:植:花 植:樹

道の駅 川のみなと長井

ファイル 1940-1.jpg長井市屋城町の287号沿いにある道の駅。
初めて立ち寄る道の駅。あれ?去年長井に来たときはこんなんあったっけ?

なんか新しい感じの洒落た建物で、入口前の説明版に「川のみなと」が解説されていた。
昔、米沢藩の物資の輸送や陸揚げの港がこの最上川沿いにあって商人の町として栄えたんだそうだ。
最上川は米沢の町を抜けて山奥に続いているけど、荷を積めるくらいの船はここまでが限度だったのかな。

さて中のインフォメーションで聞いてみたら、ここは今月オープンしたばかりで、まだ一週間しかたってないそうだ。ほやほやじゃん
。平日じゃなかったら混み合いそう。。

食堂を覗いてみると、新しい店だけに面白そうな地域食材の料理が幾つもあったけど、ラーメンが多く、昼がラーメンだったから敬遠。
外には「米沢牛極みステーキ丼」なんてそそるメニューがあったけど、、4000円でパス。

ファイル 1940-2.jpgで、「馬のかみしめソフト」というのだけ食べてみた。
「馬のかみしめっ何ですか?」と聞くと「枝豆です。ずんだですね」だそうだ。いろんな言い方があるもんだ。

ソフトは青大豆のつぶつぶが入っててあっさりいい甘さでおいしかった。

ソフトを舐めながら外に出て、道の駅の横にある最上川の土手に上がってみた。
けど、河川敷の水際は間に畑があって遠く、あまりイイ眺めでもなかった、、んーそういえば最上川沿いってこういう場所多いよな。

いやいや見どころは川よりも上流側の土手沿いの「千本桜」
これは去年も車で通った道。咲く前だったけどね。で、今回は随分散ってて少々残念。(写真で見るとそんなでもないかな)

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これは大正初期に植えられた樹齢100年以上の桜並木。
また今年も桜は福島で存分に楽しんで山形では惜しい感じになってしまった。。でも少しでも咲き残ってて嬉しい。
少し歩こうかと思ったけど、足の指に水脹れができちゃったみたいで痛いので(長く歩くとよくできる、、)ヤメといた。

さて、店に戻って物産点コーナーを見て、気になった惣菜系の物を購入。走りながら食べることにした。

まず、ひとつは「かみしめ豆入り馬旨メンチ」
枝豆の入った馬肉メンチで、これは美味かった!
豆と肉が見事にマッチ。ソースくれなかったけど充分いい味で気に入った。

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そして「みそあげ」
食べるまでどういうものかピンと来てなかったけど、味噌味の揚げた餅菓子だね。
あまい味付けで味噌の感じも良く、ナゲット大で食べやすかった。

今日はこういうチョイ食いも正解でいい一日だわ。
腰痛も気にならず、やっと調子を取り戻してドライブの神に許された感じで嬉しい。

タグ:餐:冷 餐:揚 餐:餅 植:花 道の駅

道の駅 田沢

ファイル 1939-1.jpg米沢市入田沢の121号沿いにある道の駅。
121号はよく通る道だけど走りやすい道だから滅多に寄ることのない道の駅。何度かは寄ったけど、閉まってることが多く閉店時間早い印象だった。
ので、今日もトイレだけ、、のつもりで寄ってみたら、意外とまだ店が開いていたので覗いてみた。営業時間少し延びたのかな?

もちろん食堂はしまってたけど、メニュー見ると米沢牛牛丼とかリーズナブルなメニューであった。。うわぁ食べてみたい。でもここで昼って滅多にないよな、、(米沢か喜多方でラーメン食べちゃいそうだし)

ファイル 1939-2.jpgソフトは出来るみたいだったけど、ちょっと冷えそうだったから敬遠。
温かそうな玉蒟蒻を買った。

辛子は?と聞かれ、お願いしますと言うとけっこう塗りたくられたw
「ちょっと多かったかも、、」と言われ、いいですよーと受け取った。
辛いのは鼻ツーン系なら平気なので、和辛子は大丈夫。
元々コンニャク自体に辛子で隠れちゃうような味があるわけでもないから損な気もしない。(納豆は大豆の味が好きだから辛子いれない)

山形県に入ってそうそうの名物玉コンニャク。うん、おいしかった。

そしてトイレがてらちょっと周りを見てみた。
道の駅の裏には鬼面川の渓谷が流れているんだけど、木々に覆われてチラッと位しか見えなかった。
トイレの横にある展望台みたいなのも閉鎖されてたし、福島方向に見える白い雪山も木々の間で、残念というか勿体ない。

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構内には「草木塔」という石碑が立っていた。
これは草木の成仏と成長を願う物らしく、この地区には多くあって、この石碑は新しい物だけど、地区内には日本最古の草木塔もあるそうだ。(草も仏になるのか。。)

タグ:食:串 餐:煮 観:石 道の駅