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中華そば 恵華

ファイル 2986-1.jpg龍ケ崎市米町の県道沿いにあるラーメン食堂。

龍ケ崎の市街をまわって、あーやっぱりどこの店にも寄れずに通過しちゃったなぁーと思ってたトコにあった街かど中華。
the普通、the懐かし、、といった風貌の店ながら、店前に駐車スペースもある(店の隣りの駐車場もこの店のなのかな?)というありがたいお店。
普通にひと回りして地味になごもうというこの日曜のコンセプトに丁度いい店で、一旦通過しながらも廻って戻って店に入った。

店の中は厨房前のカウンター席とテーブル席4つの普通の街角中華だけどやや広めでキレイで明るかった。
カウンター席にと思ったけど他には二人の客がいて一人テーブル、一人カウンターだったので、わざわざカウンターでなくてもいいかなと奥のテレビ前のテーブル席に座った。

ファイル 2986-2.jpgメニューもthe普通。
っていうかラーメン500円って安くていいなと思うけど、それ以外のメニューがメンマラーメンとかコーンラーメンとかもやしとか味噌とか一斉に700円という値段設定が大雑把で、普通にラーメンをと思ったけど、よく見たらワンタンメンまで700円だったのでそっちにした。
(麺類メニューで一番高い「しいたけそば」850円というのも気になった。次回があれば食べてみたい)

テレビでやってた「笑点」の大喜利を久々に視つつ待って「ワンタンメン」登場。
おお!普通な感じの茶色いラーメンで嬉しかった。

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んーんーこれこれ。これが普通のラーメン。the普通。(「the」を連発するとカボチャワインみたいで恥ずかしい。。)
昭和の育ちの自分としてはたまに食べたくなる望郷の味。惜しむらくは蒲鉾じゃなくてナルト、ワカメじゃなくて法蓮草であってほしいところ。チャーシューがハムだったのはコスト的努力と思えるから納得。そういえばチャーシューメンというメニューはなかったね。
ワンタンも普通。ぺらっとしたワンタン。
こういうのが普通だったから、最近のおいしいヒラヒラなワンタン食べると雲を呑むように感じられたんだよね。でもこういう基本もアリ。
そして昭和のスタイルとしてはレンゲがない事の方が多かったけど、これだけは当たり前に出される現代の方がありがたい。とくにワンタンはレンゲで食べたい。

うん普通においしかった。龍ケ崎はよく通るのでまた普通に寄ろうと思う。

タグ:餐:ら

島崎城跡

ファイル 2946-1.jpg潮来市島須にある城跡。

全然知らずナビ地図にもなかった城跡。目立つ案内板に誘われて来てみた。
したらちゃんと駐車場もあって、案内図や登城口もわかりやすく立ってて整備されてそうな雰囲気。
目の前の丘が城跡らしく少し上り下りありそうでちょっと怯んだけど、折角だからと意気込んで歩いてみた。

まず「城跡中心部への順路は170m先を右へ」という案内に沿って丘の下を進、、、もうと思ったら工事しててショベルカーが道を塞いでいた。。
これは無理だな諦めようか、、と思ってたら「ちょっと前に出すから待って」と、ちょこっと動かしてくれた。170m先へは行けないけど折り返して手前の神社に登る道には出れたので順路とは違うけどこっちから登ってみた。
坂道を廻って丘の端の裏側からも登れそうだったけどまどろっこしいから神社の急な石段を一気に登って上に出ると「島崎城跡」の解説板がまずあってホッとした。

この城は行方氏の一族から別れた島崎氏の居城で、室町時代の中期から桃山時代に佐竹に滅ぼされるまであった城だそうだ。

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神社はトタンで覆われてて閉まってるのかと思った。
木々で閉ざされて展望はなく、合間から池のようなのが見えて、あれ?北浦なんか近くないよな?とか思ったけど、よく見るとソーラー発電だった。。

そして神社を含む平らな林までの一帯が「一の曲輪」本丸ということだ。なかなか広い。

奥に進んで虎口を出ると「虎口」という案内は外側にあった。ああ、完全に順路と逆から歩いてきちゃった形だね。

溝を超えると次は「馬出し曲輪」枯葉でいっぱいの広場。周りの土塁に木が生えててあちこちからコツコツと音がしてた。キツツキだな。音の方を見てみるとコゲラが簡単に見つけられた。
賑やかな森の散歩気分の城歩き、ザクザクと枯葉を踏んで歩き、休み休み鳥を探したりして進んだ。

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鳥は素早くてなかなか写真撮れないけど、もう一種撮れた鳥はシジュウカラかと思ってたけどエナガだったらしい。確かにツンとした尾がかわいかった。

馬出し曲輪を出ると細ーい土橋が堀と深い谷の合間に立ってて、なかなかワイルドなコース。ずっと辿って行きたかったけど、途中でよじ登るような段差と、その先は塀のように更に細い土橋で木の間が狭そうでデブで抜けられるか不安だったから、登らずに堀に下って進んだ。

ら、ちゃんとその先で楽な登り口があった。
その上は「二の曲輪(東)」ここも広く奥に長い広場。枯葉と伐採した木が置かれてた。城としての形がわかりやすいくらいに整備されててありがたい。
この二の曲輪の一番奥は「八幡台」とあった。昔はここに神社があったのかな?曲輪の端の突き出た岬のような箇所で、ここから覗く裏の堀はかなり深く急峻だった。(写真じゃわからないなー)
もちろんその先に降りる道などはなくドン詰まりなので引き返して曲輪の口に戻った。

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虎口を出ると道らしい道に出て、左に進むと「水の手曲輪」。なんかそっちに進んだら方向的に駐車場に戻る方向かなと思ってパッと見ただけで引き返した。(実はこの奥には井戸。先にはもう一つの二の曲輪(西)があったらしい。進むだけ進めば良かった。。)

虎口から右に進むと「帯曲輪」。ここには珍しくベンチがあった。小休止。
別に眺めがいいわけではなく、下の「腰曲輪」が覗けるだけだった。

この帯曲輪を奥に進むとその先は崖に張り付けたような細いワイルドな道が続いてた。ワクワクしながら進むと、その先でさっきの八幡台の裏の物見台との間の深い堀が下から覗けた。

更に土の階段を下ると「坊主屋敷」というなだらかなトコに出た。ここは曲輪じゃないのかな。
さっきの八幡台の向かいの「物見台」は行く道が無いらしく、崖の下に案内が立ってた。

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その奥に進むと「大堀」との分岐の先で「三の曲輪」に登れた。この三の曲輪の立て札は送り仮名が「さん」じゃなくて「に」になってた。。
三の曲輪は鉄塔がある広場。でもホントはもっと広くて一二の曲輪に馬出し水の手まで合わせたくらいの面積がある筈だけど、鉄塔の裏は雑木林で埋もれていた。
端の土塁の脇は進めそうなので歩いてみたけど、どう考えても道じゃないような感じになってきたので引き返した。。

その土塁の途中から裏の大堀に下る階段があるんだけど、これは「高圧鉄塔管理階段」とあるので城歩きルートとは違ってそうだ。んーでも来た道戻るのはつまらないなと、その階段を下ってみた。

おーここもなかなか深くてカッコいい堀。この堀を歩いて進めないかな、、っと歩いてみた。けどすこし先で竹藪でもう道っぽくなくなってた。。仕方なく戻ってきて管理階段の対岸側に登った。

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ら、その上は畑だった。もう作物作ってなさそうな感じだったけどこんなとこ歩いていいのかな? いや、鉄塔管理の人は歩いてるんだろうからいいんだろう、、っと畑の脇を歩いた。

たしか、ここらも「外曲輪」ってあったと思ったけど、もう城の案内はまるでない長閑な田舎。
前の道に出て坂を下ると、途中で横の大堀が覗けそうな箇所もあったので見てみたけど「私有地立入禁止」とあった。無理して進まなくてよかった。

それはそうとこの切り通しの坂道が雰囲気良かった。正面から西日が差して眩しく、脇の崖の苔もイイ感じ。城と関係はないけどね。やっぱ道は歩きやすいしw

そして車で通ってきた前の道に出た。もうすっかり夕焼けだった。
そのまま駐車場に歩こうと思ったけど、途中で城内入り口の案内と島崎城址の石碑、「水堀」とか「御札神社の古面」という文化財の石柱もあった。ここが城の表門があった場所らしい。
水堀は普通に民家裏のドブという感じで、見てたら奥にいた猫に睨まれたw

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いちおう城内に進んでみたら、その先は「腰曲輪」。ああ、帯曲輪に続く道だね。
納得したのでそれ以上進む気もなく、少し戻って駐車場から170mの道を折れてみた。もうショベルカーもいないだろう、、と思ってたけど、まだいた。 っていうか、道ふさいだまま工事終わってた。。
見えた時点で引き返して表の道に戻った。。

で、素直に表の道を駐車場に進んでたら、その駐車場の手前の家の人に呼び止められた。。
えーなんだろ、、コロナのこの時季にフラフラ歩いてんじゃねーとか言われるのかなぁ、、なんて思ってたけどサニアラズ。城案内のパンフレットを暮れて丁寧に解説してくれて、近隣の城とか佐竹の事とかいろんな話を聞けた。「島崎城跡を守る会」の人だそうで、ボランティアで整備しているんだそうだ。ありがたい。ホントに案内多くて歩きやすく存分に楽しめたのもこうした地元の人が大切に守ってくれてるからだよね。感謝感謝。
ついつい長話になりそうなところだったけど、日が沈みそうなのでそろそろと切り上げて車に戻った。

戦国時代に廃城になった城だけど、しっかり城の形を残して素晴らしい所だった。
気紛れでの寄り道だけどこんなに楽しく歩き回れるとは思ってなかった。寄ってよかった。

タグ:観:城 観:宮 景:崖 楽:歩 楽:話 動:獣 動:鳥

水門やきそば あきた

ファイル 2915-1.jpgつくばみらい市福岡にある焼きそば店。

バイパスがのびて降格した旧354号沿いで小貝川の土手を走る区間の東端あたりにある店。
前からチラッと見て知ってたけど毎度通過して思い出すこともなかったけど、今日は何かいまいちパッとしない天気でたまたまこっちに進んでて岩井辺りで何気に思い出して、まだやってるかなー(店自体)と不安半分進んでみたけど、やってた。

駐車場は店の中庭。停めていいのか若干迷うけどとくに何も言われなかったのでこれでいいんだろう。

ファイル 2915-2.jpg店の中は外見のとおり広くはないけど窮屈ではなく、昭和な雰囲気の落ち着ける店内。他にお客はいなくて店のおばあちゃんだけだったので悠々くつろげた。

メニューは焼きそばの「普通」と「大」の二つだけ。
「大」の多さを確認して(極端な量では困るから)「大」にした。

焼き始めるとソースとニンニクの匂いがして空腹に沁みたw

で、焼きそば「大」登場。もっとニンニクの粒が見えるかと思ったけど下ろしたものだったのかにおいはしてたけど姿はなかった。

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うん、おいしい。にんにくバッチリ。ソースも麺もいいしほどよい盛加減。おもいきり食べられた。

おばあちゃんが「さむいねぇ」と話しかけてきて軽くお喋りしてなごんだ。
パッとしない天気の夕暮れ前だったけどいい感じの食事で気分よかった。

店は裏から入ったので、ちょっと出発する前に表に出てみた。
この道は降格して県道にもならず普通の市道になっちゃったんだけど、やっぱ交通量はなくなったわけではなくて、ちょこっと向かいの用水路と水門を覗いて来ようかな、、と思ったけど渡るの面倒でヤメタ。

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タグ:餐:焼 観:道

山方淡水魚館

ファイル 2913-1.jpg常陸大宮市山方にある水族館。

那珂川と118号の間にある水族館。存在は知ってたけど118号を通るときに案内板とかが目についたこともなく通過してた。(いつもそれより「船納豆」という店の方が気になってた)
で、今日は意識してたのでちゃんと案内が目について寄って見れた。

150円の入館料を払って入館。
日本一小さい水族館というふれ込みだけど、入ったらいきなり巨大なオオサンショウウオだったのでちょっと驚いた。

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オオサンショウウオの水槽は三つあって一番最初の122.1㎝の子は後ろ剥いてたので尻尾と肌しか見えなかったけど、他の102.8㎝と114.5㎝のはよく見えた。餌っぽい金魚も入ってて少し動いたから食べるかな、、と見てたけど食べなかった。
っていうか、オオサンショウウオは東日本にいないんだけどね。
その隣のナマズは小さかった。

奥に進むと円形の部屋で半分は段になった大き目の深い水槽。半分は家庭用くらいの小さな水槽が並んでいて一般的な淡水魚が泳いでいた。
とくに珍しい魚はおらず、水槽内も普通の水草がちょろっと立ってるレイアウトでシンプルだった。

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中心の柱に「タッチ水槽」と書かれてて、その袂の水槽にはイワナがいた。 え?イワナに触るの?
今まではコイとかのんびりしてそうな魚だったからちょっと意外で面白く思い、手を入れてみた。ら、イワナなのにのんびりしてて撫でれて驚いた。けど、やっぱ途中で機敏に泳ぎだして後は逃げ回った。ニセモノじゃなかったw

これでおわり。次は―と思ったら外だった。
たしかに小さい水族館。霞ケ浦水族館より少し小さいいくらいかと想像してたけど全然小さかった。

外に出ると二筋の水路のような池があって、中を覗くと水がキレイで底に苔が繁って緑も綺麗だった。
大概こういう外の池はコイが泳いでいるもんだけど、ここの大きな魚はニジマスかな?勢いよく泳ぎまわってた。
覗いてると他にも小魚が群れて泳いでたりと混合の槽でなんか雰囲気良かった。(コイもちゃんといた)

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軽く見て軽く楽しむくらいの水族館。シンプルで悪くないけど、ひとひねりなんかほしかったかな。
江差の道の駅が日本一小さい道の駅を名乗って「小さいものミュージアム」とか工夫しているように、小ささにこだわって、少し大きめの水槽で稚魚の群れの展示とかあったら面白いかな、、とか思った。

タグ:動:魚 動:虫 観:館 観:池 観:一 楽:触

ラーメンあすなろ

ファイル 2912-1.jpg古河市仁連の県道沿いにあるラーメン店。

北方向のドライブの定番コースにある店でいつも見かけてたけど、いつも混んでるし味噌ラーメンの店らしいから寄った事なかった。
つまり味噌ラーメンは辛いおそれがあるからと敬遠してたわけだけど、最近チョコチョコよってみると、そんなに辛い味噌ラーメンの店はなく、おいしい店が多いので考えも変わってきた。

で、午後遅い半端な時間だから少しは空いてるだろうと思って寄ってみた次第。けど、車もけっこう停まってて店内も賑わっていた。こんな時間にもたくさん客ついてるんだから人気の店なんだなぁと思えた。

ファイル 2912-2.jpgでも賑わってるのはボックス席で、カウンター席はそんなに長くないけど一人もお客いなくて悠々座れ、、、るかと思いきや、椅子が固定の丸椅子で、まん丸ならいいんだけど若干の背が出てるタイプで、テーブルとの距離がデブにはきつい間隔。
腹が入らないので店を出ようかと思った。。けど、椅子を横にむけたら半尻で座れたのでこれでいいかと落ち着いた。

メニューはいろいろあったけど、最初に目についた店長おすすめメニューの「特製満足味噌ラーメン」にしてみた。

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うん、これはおいしい味噌ラーメン。人気なのもわかる味。
まろやかな味噌にもちもち麺で。特製というトロトロな角煮の甘いのが味噌と差がハッキリしてておいしかった。
汁最後まで飲んで楽しめた。

けどやっぱ、このカンター席はダメだわ。また来たいトコだけど痩せない限り来れないね。トホホ。

タグ:餐:ら 楽<残

あたりや食堂

ファイル 2882-1.jpg美浦村大谷の125号沿いにある食堂。

よくある事だけど、空腹なのに店も食べるものも決まらず、もう選ばずに見かけた店で食事しよう!とか思いながらこの125号を通ってて、見かけたのに躊躇して通過しちゃった店。
後からあそこの店寄ってたら何食べれたんだろうかとネットで調べたら、ナマズ天丼とかあって、あー寄ってればアタリだったのかも、、とか思った店。

うろ覚えで稲敷市の大杉神社よりも南のイメージだったけど、全然違って美浦村に入ったトコだった。

で、今日もまたいざ来ると引っ込み思案で「もう飲み客の時間なんじゃないか」とか怯んだものの、まぁ昨日もそんな店で食事してたので(飲んでたおっちゃんおばちゃんたちが「鬼滅の刃」の話してたのが聞こえてて、ブームってスゴイな!と思えて面白かったので)、まぁいいかと怯まず入ると、広めの店内に飲んでる客は一組であとはソロだったので、落ち着いて席につけた。

メニュー見ると、ナマズ天丼は「かすみ天丼」と名が付けられてて、なんとも正直に「キャットフィッシュ使用」と書かれていた。
まぁそうだよね霞ヶ浦産アメリカナマズだよね。
最近テレビの影響で特定外来生物とか嫌われがちだからか行方市の方では「ナマズ」としか言わないのに対して素直にきっぱりと標示してて好感持てた。食べておいしきゃいいし霞ヶ浦のアメリカナマズも確認されてからもう四十年くらいいるそうだから立派な地場産。(僕が千葉県民になったのと同時期くらいらしいw)

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ってわけで「かすみ天丼」
肉厚のコロっとした米ナマズ天と蓮根天などがのった丼。
米ナマズは意外としっかりしててクセのないおいしい白身魚だった。日本のナマズってフワッとしてトロッとしてる印象だったからちょっと別でこれはこれで美味しくアリだった。
そして茨城特産のレンコンも意外としっかりしててシャクって歯応えあっておいしかった。
で、お吸い物に入ってたツミレは白魚だったけど、これまで米ナマズって事ないよなぁ、、(たぶんアジ)と思って会計の時に聞いてみようと思ってて忘れてた。。

素直においしかった。また来たいと思った。

店の入り口には小さな水槽が二つあって、片方はネオンテトラ。もう片方は、、黄色いティラピア?
水槽の魚は好きだけど、熱帯魚は興味ないんだよね。。
米ナマズも飼っててほしかったけど特定外来生物じゃ無理かな。。

タグ:食:丼 餐:魚

麻生藩家老屋敷記念館

ファイル 2879-1.jpg行方市麻生にある県指定文化財の武家屋敷。

この夏にちょっと麻生藩に興味を持ち来てみたんだけど、手前で逆に曲がっちゃって(そっち方向にも別の(三好家)家老屋敷があって駐車場がなかったのであきらめてた)ここには気がつかず、後から(日誌書いてて調べて)知って悔しく思ってたスポット。
麻生藩家老の畑家の上級武家屋敷。

小学校前にあって前の道の角が駐車スペースになっていた。

入口の門にある案内を読むと、安政3年(1856)に藩士屋敷から出た火災の類焼で失い、その翌年に再建された主屋と門だそうだ。

で、門をくぐって広い邸内を進むと立派な茅葺屋根の屋敷が見えた。
おおこれはカッコいい!此の外見は藩主の屋敷とよく似ていたんだそうだ。

そして玄関わきにメダカの鉢があった。覗くと白いメダカで今風だったけど、動きが機敏でカメラを向けると葵の下に隠れたりして一匹しか写せなかった。

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屋敷は玄関から広く開かれていたけど「あがっての見学はご遠慮ください」とあった。まぁこれだけよく見えてれば充分だよね。
そして次の間には麻生藩の年表や解説、家老の畑と明治からこの屋敷を買い受けて病院を開業し現代まで残した福田家などのパネルが並べてあってさーっと読めた。

麻生藩は関ケ原で西軍に属して改易されてた近江の大名新庄氏が、家康から赦免され3万石でこの地に来て立てた藩。
一時嫡嗣がなく断絶しつつも一族の者が一万石で取り立てられ、その後明治の廃藩まで続いた外様の小藩。幕末の天狗党の騒乱の事も少し書かれてた。そうそう、夏はその天狗党の話で麻生藩に興味持ったんだっけ。

次の間に続く取次の間や内玄関の間には吊るし飾りや地蔵のぬいぐるみなどが飾られてて華やかだった。

そしてぐるっと回ると釜戸のある土間からは高い天井が覗けた。ううん立派。
茅の吹き替えの様子もパネルになって展示していたし、ここにも布団生地で作ったというセミが飾られてて暗めの土間を華やかにしていた。

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裏にもまわれて奥の間から納戸も覗けて、横にまわって上座敷の屏風が覗けた。
上がれないにしてもしっかり全室見れたし無料だし、整ってて雰囲気いいので満足だった。

表に戻ってその奥にある管理棟も見てみたら、休憩室とちょことの資料室になってた。
ので、入って麻生藩についての資料ファイルなど拝見。
なんでも麻生藩は殆どの藩士が江戸屋敷に詰めてて、この麻生には陣屋だけで城もなく町もつくらずのどかな里だったらしい。天狗党の討伐で兵を出してたから勇ましい武士の荒ぶる藩かという印章で来たけど、そんな感じではなく、むしろ一揆の農民の要求を聞いたり目安箱で意見を聞いたりする温厚な藩だったようだ。

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陣屋の見取り図なんかを眺めつつ、その陣屋ってどこにあったんだ?と調べると、個々の目の前の小学校がほぼそのまま陣屋跡の敷地だったようだ。

まぁ小学校をフラフラ歩く気はないし遺構もないそうだからいいけど、表に出てみると小学校には壁も高い柵もなく校庭丸見え。なるほど城なら二の丸くらいはありそうな広い敷地だったんだなと見通せて有り難かった。
小学校を写真撮るのも気が引けるので停めた自分の車の写真撮って出発した。

タグ:観:屋 観:史 観:門 観:飾 観:館 動:魚

真浄寺

ファイル 2850-1.jpg笠間市笠間にある日蓮宗の寺院。

ここに来た目的は、境内に移築された笠間城の「八幡台櫓」を見に。正面の写真にも写ってるのがそれ。
でもお寺ってあまり来ないから勝手に入っていいものなのか、ことわるべきなのか分からず躊躇しちゃう。
人んちだもんなぁ。

なんて思ってたら、その櫓の所でウロウロしてる人が他にもいたので、よし、大丈夫だろうとまっすぐ歩いた。

石段の下から見上げると櫓だ!って感じだったけど、登って近くで見るとお堂だ!って感じだった。これって城内に合った姿のままなのかな?すこしアレンジされたのかな?

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「七面堂」と下がる額と正面両脇の格子窓の形が寺院風に見えたし、しゃちほこも妙に立派過ぎた。

横の石碑の案内によれば明治13年に原形のまま八幡台(本丸の西端)から移築されたそうだ。(「太平洋戦争によって城郭建造物としては県内唯一のものとなってしまった」とも書かれているけど、土浦城の門櫓は数えないのかな?)
それと天保2年に赤穂に国替えになった浅野氏は、移る前に修繕してから播州に移ったというちょっとイイ話も添えられてるのがお寺っぽいなぁと思った。

入口も障子だしなあ、、と手を掛けてみたら、なんと開いた。。「七面大天女」という提灯が吊られててお堂そのものだった。慌てて閉じた。

横から見てもカッコいい櫓。物見櫓っていえば簡素な形のものが多いけどこれは立派過ぎてやっぱり疑わしく思えた。

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裏にまわってみると池があった。
妙に水の少ない池だったけど、覗くと真っ赤なアメリカザリガニが沢山いて、ふちに近づくと逃げ回ってた。(こんな小さい池でどこに逃げるというのだww)
中にはカエルの姿も見えて水中を逃げて潜ってたけど、浅いから見えていた。浮いてこなかったので種類は不明。ヒキガエルかなツチガエルかな。

あとは正面に戻ってすこし見下ろす街を眺めて石段を下った。

ちなみにこの笠間城は三基の同型の二階櫓があったそうだ。
ああそっか、天守台にあった「殿主櫓」(殿主=天守)も同型なのか。なら立派でカッコよく見えても不思議じゃないわけだ。
どうせならその殿主櫓を移築してほしかった気もするけど、同型なので本丸の隅にあったこの「八幡台櫓」の方が管理修繕もしやすく状態が良さそうだし、近くで見るから少し立派だったのかもしれない。。などと邪推するとむしろ天守よりこっちの方がシンボルに思えて勝手に満足。
欲を言えばやっぱり元の場所にそのままあって欲しかったけど、山の上だから保存大変すぎるよね。(心霊スポットだし)
なにはともあれ貴重な城の現存建築物。見れて良かった。
 
 
ちなみに笠間城跡を歩いた時の点景
もう八年も前だったんだっけ。。

タグ:観:寺 観:城 観:櫓 観:池 観:蛙 動:虫

道の駅 さかい

ファイル 2845-1.jpg境町の県道沿いにある道の駅。
定番コースのいつもの道にある道の駅で点景ももう五回目。でもここんとこ暫く寄ってなくてちょっと久々。

というのも、奥の隣に新しく「茶蔵」という洒落た飲食店の建物がオープンしてしまって、ラフな散歩では近寄りがたかった。。(へりくだる必要はないと思うけど「気軽な感じが削がれてた」くらいなら違ってないと思う)

で、今日は平日の半端な空いてそうな時間なので、ちょっと思いきって洒落た食事にアタックしてみようかと思って寄ってみた。

駐車場前の建物は前のままの蔵っぽい道の駅。奥の新しいのとは雰囲気ちぐはぐだよなぁ、、とか思いつつ中に入って進むと、以前食堂があった奥のコーナーは沖縄の物産展にリニューアルされていた。。これまたちぐはぐw

建物はつながっておらず一旦外に出て「茶蔵」という方に行ってみた。ら、もう一階も二階ももう閉まってた。。閉店早っ。

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まぁいいや、そんなに乗り気でもなかったし、、と、引き返して沖縄の物産展を見てみた。
ここは「沖縄県国頭村公設市場」とあり、アンテナショップ?ってくらい揃ってて濃かった。(国頭村の道の駅のアンテナショップだそうだ)

で、その店の奥にスナックコーナーがあるのかと思ってたけど、見てみたら「沖縄そば」とかある軽食コーナーだった!
のでここで食事。
メニューには「猪豚丼」とかあって迷ったけど「ソーキそば」にしてみた。

んー沖縄以外で沖縄そばを食べることは殆どなく、妹家族が市内に住んでた頃は近くの沖縄料理屋とかよく行ってたけど、沖縄に行ってからはやっぱ本場のとは違うコレジャナイ感が強くて、とくに飲みに行ったときの新宿で食べた沖縄そばは全然ラーメンじゃん、、ってくらいのガッカリだったので、本場に行かなきゃダメだよな期待してなかった。

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けど、出てきた「ソーキそば」はにおいも味もしっかり沖縄そば(すば)で、麺もあの変な沖縄そば(すば)だった。おお、これこれ。
汁は少し甘めのさっぱり味で、だしの味がちゃんとしてラーメンじゃなくてそばなんだよね。
もっとも、正直に言えばもう沖縄に行って来てから軽く10年以上たってるので、多少こっち向きにアレンジされてても判らなかったかもしれないけど、おいしく懐かしくペロリと食べられた。ごちそうさま。

正直、茨城で沖縄ってどうよ?という気で食べるまで点景にするつもりも無かったんだけど、おいしかったし満足したのでアップ。また来ようとまで思った。

ファイル 2845-4.jpg食後に物産店を見て、Tシャツ買おうかな、とか思いつつ、飲みものだけ買て出た。

買ったのはバヤリースのシークワーサ―。
これは沖縄に行ったときには見かけなかったけどね。。
なんか一時期シークワーサ―が流行った時期あったよね。その時にできたのかな?
最近は四国や九州の柑橘系がお気に入りで(居酒屋や缶チューハイでもそっちの方が見かける気がする)ちょっとしばらくぶりのシークワーサ―。甘いけどおいしかった。

あーなんか沖縄行きたくなっちゃうさー。 それが困るw

 
 
ちなみに前回の点景

タグ:餐:麺 餐:飲 道の駅

清水屋

ファイル 2824-1.jpg潮来市(旧牛堀町)永山の51号沿いにある川魚料理店。

ちょっと変わった川魚料理の第三弾
今回はワカサギ
ワカサギと言えばフライが唐揚げが一般的。でも主な原産地の霞ヶ浦周辺の家庭では白焼きで食べるのが一般的というのをテレビで見たことがあって、そういうのを食べれる店は無いのかと調べたりしていた。
けど、意外と少なく「ワカサギの塩焼き」で見つかった店が二店。そのうちの一店がこの清水屋。51号沿いでわかりやすく行きやすくいつか行こうと思ってた。

で、淡水魚料理が続いてたので今日はこれだと来てみた次第。
51号から店に入ると、表の道からは見えなかったから知らなかったけど何か思ってた以上に立派なちゃんとした店で驚いた。
短パンサンダルに「洲崎西」のTシャツという格好で入るのは気が退ける印象で怯んだ。

けど、半端な時間で停まってる車も他一台だけだったので、まぁいいかと、おもいきって入店。
中もやっぱりちゃんとしてたんだけど、店の人は感じ良く席へ案内された。

ファイル 2824-2.jpgメニューを見ると「ワカサギの塩焼き」は一品料理だけ。天ぷらやフライは定食セットであるけど一品料理でも塩焼きの倍近い値段。そんなに違うのか。。
店の人に聞くと定食にもできるとのことで「ワカサギの塩焼き」の定食でたのんだ。

メニューの他に雑誌の切り抜きのような店の記事と、「天狗党の乱銃撃事件」という記事があって、軽く読むとなんとこの店、創業245年以上の老舗(安永3年(1774)の創業)の名店だそうで、利根川の天然ウナギに創業以来の秘伝のタレなーんて記事を見て、これはウナギも食べてみたい!と思ってメニュー変更。「やっぱり鰻重をおねがいします」と、うな重(梅)にワカサギの塩焼き単品に変更した。

そして記事を読んで待った。
何やらこの店、天狗党が幕軍に追われた時に訪れてて、麻生藩と佐倉藩で取り囲んだんだけど、佐倉藩がやる気がなくて攻撃せずにうだうだしてる内に天狗党は転進して去って行き、やっと攻撃を始めて発砲したころにはもぬけの殻でその弾痕が柱に残ってるそうだ。
佐倉藩のへっぴり腰という笑い種の跡だけに佐倉からのお客は面白くないかもね。
っていうかまさか魚を食べに来てそんな歴史にふれられるとは思わなかった。
更にこの店は清朝ラストエンペラー愛新覚羅溥儀の実弟「溥傑」が来店し宿泊滞在したそうだ。戦後も森繁久彌や三船敏郎、梅宮辰夫に坂本九も来てたそうだ。へー。 そして、ちる蔵さんも来店w

そして先に「ワカサギの塩焼き」が出てきた。銀の肌も崩さず焼いててきれいだね。

ファイル 2824-3.jpg

まず一つ、頭から食べてみると、、ん?シシャモと変わらない?って感じだったけど、身の方は全然おいしく風味あっていい魚だった。(なんかカジカと同じような感想でもうしわけない)フライや天ぷらより塩焼きの方が個性出るね。素直においしい魚だった。
塩焼きだと頭は少し食べずらいのが難点かな。それに崩れずに焼くのは難しそうだから出す店も少ないんだろうね。頭だけフライで身は塩焼きとかできないかなーw

ワカサギ食べ終わって余韻にひたってたところで鰻重(梅)登場。

ファイル 2824-4.jpg

あ、鰻食べるならやっぱり老舗がいいんだね。これはうまかった!
この夏は安食で鰻重を食べただけでなくスーパーでも鰻弁当買ったりして何度か鰻を口にしてたけど、なんかまるで今年初めて食べる気分で「ああ、やっぱりウナギはうまいなぁ」と感嘆した。
ふっくらの身と程良い皮と流石のタレ。にやけちゃう。肝吸いもしっかりおいしくごちそうさま。
来年夏のボーナス入ったならまずここに来ようと思った。(あ、冬でもいいか)

いかんいかんワカサギを食べに来たんだけど、やっぱりウナギにもってかれたね。先に出てきてなかったら感想もなかったかもしれない。いやいやでもワカサギもおいしかったのは間違いない。

食事の後はデザートに柚子ゼリーと番茶のサービスまであって、心地よく食事の余韻を楽しんだ。

食べ終わって会計に立ったけどお会計場所が無くて慌てた。席で済ませばよかったらしい。ロビーで「ナツワカ(霞ヶ浦名物の夏のワカサギ)」のチラシを見ておつりを待った。

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おつりを受け取って店の人とワカサギの話をしつつ、店を出る前に「そういえば天狗党事件の銃撃跡の柱ってどこにあるんですか?」と聞くと、「あ、これです」と店内に移動されてあった。気付かなかった、、
店の人が「おはずかしながら歴史に疎くてよくわからないんですよ」というので「説明文によるとこういうことらしいですよ」とか調子に乗って解説して、更にずうずうしく天狗党の乱の顛末まで語り「福井の処刑地も行ってきました」などとつらつらと話した。
これもひとえに店の人の話の聞きだし方がうまく、喋らせて気分良くさせてもらってるんだろうなぁと思えた。老舗の料理店のおもてなしだろうね。こんなラフな格好の客にも丁寧に接してくれてて有難く思った。

っていうか、昨日の水族館といいついつい話し込んでしまいがちで、人との会話に飢えてたんかな。。
そういう面でも満たされたいい食事になった。ぜひまた来たい。

タグ:食:丼 餐:魚 餐:菓 観:史 楽:話

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