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深谷城址公園

ファイル 3591-1.jpg深谷市本住町にある公園。

ナビ地図見ながら深谷市街を通ってたら、なんか城っぽい感じの公園があって「深谷城址公園」という名だった。へええ深谷に城とかあったんだ。あ、渋沢の大河で出て来た悪代官のトコかな?
表通りには駐車場がなかったけど裏にまわればあるかな?と思って公園に沿って横道に折れてみた。で、裏の裏にまわると駐車場、公園のではなくて園内にある保健センターの駐車場だったけど、空いてるからいいよねと停めて歩いた。

ていねいに案内板あるじゃん、と思って見たのは公園の案内で城の話じゃなかった。。公園の入口の方にあるかなと南側の入口の方に歩いた。
カッチリした水堀のある公園の入り口にはバッチリ城の説明があった。

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この深谷城は室町中期の康正2年(1456)に古河公方の侵攻に備えて築城した上杉の城で、天正18年(1590)の秀吉の関東攻めで落城。江戸初期の寛永11年(1634)に廃城だそうだ。。幕末の渋沢関係ないじゃんw(それは岡部にあった岡部藩陣屋だそうだ)
城の図も見て本丸が四角いから、この公園がそのまま本丸かな?だとしたらかなりでかい城だなぁ。。とか思った。(実は全然違ってもう形も残ってないそうで、公園の辺りは東曲輪のあたりだそうだ。どちらにいいしても公園10個分くらいの大きな城ではあったらしい)

ファイル 3591-3.jpg他に城に関する解説はないかなと、とりあえず公園を歩いてみたけど、他には何もなかった。
公園としては、女性の裸体像がなかなか良かったのと、ムーみたいな三角柱のモニュメントがちょこっと印象的だった。
それでも夕暮れギリギリで気まぐれで寄って、馴染み深くはない町の歴史にふれて楽しめた気になれた。


最近全然寄道とかしてなかったから、少し調子取り戻したような、、やっぱり溜まりすぎた作業をまた増やしてしまったような、、ちょっと複雑な気分ではあった。
 
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鷲子山上神社

ファイル 3590-1.jpg那珂川町矢又と常陸大宮市鷲子に跨った山頂にある神社。

全然知らなかったけど妹が検索して、最初夕方になりそうだから嫌だったけどフクロウの神社という事で興味持ってきてみた。ら、栃木の神社だと思ってたのに茨城から山登ってアレ?と思ったし、道も険しくこんな道の先の山の上でちゃんと駐車場あるのかと不安になったけど、ちゃんと駐車場あってホッとした。

そして歩くと鳥居の前の道の上から県境の標示があった。あーそういう事ね。ここは栃木県と茨城県の県境の標高470mの鷲子山(とりのこさん)にある神社で、古くからも常陸と下野の国境だったそうだ。

社務所はまだ開いてたけどもう4時半だから「先に御朱印いっとけば」と妹を待ってから鳥居をくぐった。

鳥居の石段の先が拝殿かと思いきや、楼門だった。
御手水の手前には「水掛け不苦労」という水をかけて撫ぜる梟像があった。へーおもしろい。

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そして大化12年(1815)再建という楼門をくぐると長い石段。。「フクロウの石段」という名で96段あるそうだ。うへぇ。
この石段も右側が茨城県、左が栃木県。僕は茨城側から登った。
96段の上に山門がありその先で折れてたので、まだ続くのか?と思ったけど、もうそこが拝殿だった。脇から大きな杉の木「千年杉」が見えてたけど先にお参り。(そういえば結局見ずじまいだった。。)
ここは裏の本殿が半分栃木県だそうなので拝殿は茨城のようだ。その茨城の木々の合間から西日が差して神々しかった。

この鷲子山上神社は大同2年(807)の創建で、最初は来る途中の「本宮」の位置にあったそうで、天文21年(1552)にこの場所に移ったそうだ。社殿は天明8年(1788)の大改修のものだそうで、こんな山の上なのにすごい歴史だわ。

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やっぱりここにも梟の像があり裏の本殿の脇にも小さいのが並んでた。凝ってるね。本殿は赤くその彫刻にはフクロウはなかった。フクロウだらけになったのはいつからなのだろうか。

そしてぐるりと回ると裏の奥の方にも何やら社殿、奥の院とかそういうのかなと坂を下って行ってみたら末社の稲荷神社だった。
なぁんだ、、坂下らなきゃよかったと思ったけど、その脇に「福ふくろう園」というルートの口の柱でが立ってた!そして「入園無料」「社務所まで行けます」と丁寧に書かれてたのでありがたく進んだ。
ら、フクロウの並ぶ長ーい下り坂はどうやらアジサイに囲まれた道。アジサイの咲く時期に来てればよかったねぇ。

坂を下りきると「十干十二支ふくろう」というのが並んでた。「なでてあげましょう」だそうだ。
そしてそこからの高低差のない道沿いには名のついた梟像が並んでて、なんとも飽きさせない濃い道だった。
写真に撮ったのだけでも「運気上昇ふくろう」「感謝元気ふくろう」「学業ふくろう」「方除けふくろう」

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「家内安全ふくろう」「自然保護ふくろう」「大ふくろう」「家族ふくろう」「見ざる聞かざる言わざるふくろう」「団欒ふくろう」「職場円満ふくろう」「恋人ふくろう」「友達ふくろう」「何でも叶うふくろう」は屋根付きで木彫りだった。

「大願成就ふくろう」「お願いふくろう」も屋根付き木彫り。「音楽芸術ふくろう」「平和ふくろう」「かぼちゃふくろう」は何なんだか。。

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一旦途切れたけど最後に集団で「見守りふくろう」「九星ふくろう」が社務所寸前の鳥居手前に並んでた。
谷の下を覗くと「笑顔ふくろう」が草でかたどられてた。そして「亀井戸」があるようだ。もう坂の上り下りしたくなかったけど、妹が乗り気で「行くべ」言うのでしぶしぶ下った。

その「亀井戸」はちょっと懐かしい手漕ぎのポンプ井戸で甕に石のカメが浸かってた。
やっぱ漕ぎたくなっちゃうね。出た水はカメのおしりに掛ってちょっとエッチwって言うかよく考えたらこんな山の上で手漕ぎ井戸ってなかなか珍しいね。なんでも「御神意により井戸を掘り底にカメの形をした石を沈めたら」清水が湧き出たという伝説の井戸だそうだ。
そこに「水占ふくろうみくじ」というのがあった。妹が飛びついた。すきだよねこういうの。水に浸すと文字が出てくるおみくじ。

えっちら来た道登って鳥居の前に戻ると、石段に鳥がおりてきた。お!フクロウか?と思いきや、そんなわけはなくハトだった。まぁね。
社務所はやっぱもう閉まってた。先行っといてよかったね。

閉まった飲食店を店頭のメニュー見ながら通り過ぎて、最初に気になってた本宮の鳥居の石段を上がってみた。
けっこう急な石段を一気に上がると、その上には金色の大きなフクロウがあった。

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「金運 不苦労御柱」だそうだ。真ん中の御柱を棒で三回たたいて両手押しあてるとイイらしい。いろいろ楽しませてくれますね。
拝殿の脇には「福運びフクロウ」御白石を籠に移して幸福を願いましょうだそうだ。

ファイル 3590-7.jpgお参りして石段を下った。脇に椎茸みたいなキノコ生えてた。
石段を下りると正面に樹齢200年の「朝やけもみじ」夕日は逆光で陰になってたけど、まだ紅葉してないのに夕日で少し赤くも見えてこれはこれでいい感じ。

ほんといろいろあって濃い神社だった。
そしてこんなギリギリ日が暮れる前の夕方に来てもたっぷり楽しめるスポットだった。
妹よくみつけたねGJ!


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田舎や

ファイル 3589-1.jpg下野市笹原の4号沿いにあるうどん店。

前に寄ったモツ煮込みの店の向かいにある店で、滅多に通る区間でもなかったけど全然気が付いてなかった。
今日は看板を見つけた妹の「ここでいいじゃん」で咄嗟ながら広い駐車場に入れて入店。「田舎や」という名前から熊谷の「田舎っぺ」が浮かんで武蔵野うどんかな?と察し着いた。

店に入ると何か概視感というか似た感じの店を知ってるなと思い、席に着いてメニュ-見て思い出した、前に野田の県道沿いにあったうどんの店と同じ感じだった。系列店なのかな。あーあそこも武蔵野うどんだったのかぁ。。とか今更ながら気が付いて、初めて食べた武蔵野うどんは印旛じゃなくて野田だったか。。とか思った。
その野田の店には「武蔵野うどん」という表記はなかったので意識してなかったけど、この店もメニューや看板に表記はなく同じ。。と思いきやメニューに重ねたペラに武蔵野うどんの解説があったりした。武蔵野うどんの認知度が上がったからさりげなくって感じかな。

さて自分は普通に肉汁うどん、妹はみそ煮込みうどんをたのんだ。

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うんおいしい武蔵野うどん。
どっしりもちもちいい感じ。啜りずらくて麺類という認識は薄いけどゆっくりしっかり食べれて満足。

ファイル 3589-3.jpg少し後になって妹のみそ煮込みうどんもぐつぐつと出て来た。
ちょこっともらったけど武蔵野うどんでの味噌煮込みもいい感じだね。そういえば武蔵野で味噌煮込みがあるのって珍しいかも。妹もすっかり武蔵野うどんが好きになってたからこれはイイと喜んで食べてた。ナイス。

それはそうと、カウンタ―食べてた客が1キロなんていう凄い盛りをぺろりと平らげてて驚いた。食べる人は食べるんだねぇ。武蔵野うどんは食べた後にお腹はるからこわいよなぁ。
自分は(こんな体格ながら)全然ふつう盛りで充分。ごちそうさま。
 
 
ちなみに帰ってから調べたら、やっぱり以前野田にあった店「ゆでたて家」は系列店だったようだ。
この店は池袋にある「うちたて家」の系列店(じゃなくてこの店ら池袋に進出したのかな)だそうで、野田の店はその暖簾分けだったようだ。閉店して久しく今更ながら惜しいなぁと思えた。(今では店の跡地はペット用品の店になって繁盛してるみたい)

っていうか、ギリギリ点景にしてた野田の店 武蔵野うどんだと思ってなくて草。。
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皇居東御苑

ファイル 3588-1.jpg千代田区千代田にある皇居の庭園。
言わずと知れた江戸城跡。無料で一般開放されている城址公園。城歩きの最後の最後までには来たいと思ってはいたけど、北の丸公園にある科学技術館でのイベントに来てて、昼の部と夕方の部の空き時間があったので歩いてみようと思った。
まぁ直接車で来たわけじゃないので点景にしないつもりだったけど、逆に今後まずドライブ中に立ち寄るという事はないだろうなと思って纏めておこうかと思った。

ってわけで、北の丸公園からなので北桔橋門からの入園。
警備する警官の前をおとなしく抜けて北桔橋、平川濠と乾濠を見下ろしながら橋を渡り高麗門だけの北桔橋門をくぐった。(往時は橋を跳ね上げて閉じていた門だったそうだ)

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入ると本丸の北の奧で早速目の前に大きくどっしりと天守台が見えた。でかいね。
これは江戸時代初期から16年毎に建てられた三つ目の天守が大火で焼失した後に再建した天守台の現存物で、それまでは少し南にあったそうだ。
結局天守は不要と決まってここに天守が立つことはなかったんだけど、天守台だけはずっと残したのは何故でしょう?そういえば天守台だけあって天守を建てなかった城って結構あるよね。はやりだったのかな。

天守台の上はちょっとした展望台。外人客が寛いでた。眺めは本丸跡の広場だけだったけど、大手町のビル街が城壁のように守って見えた。

蒸し暑いし風邪気味だからこれだけでもう引き返そうかなと思ってたけど、時間はまだあるのでやっぱり歩いた。
天守台を下りると大奥跡の芝生広場。でも日向は暑いしトイレに行きたかったので広場へは進まずに脇の林に進んだ。

トイレの先に石室の案内があった。林ではやたらと蚊に刺されてかゆかったけどもっと露出の多い外人さんも平気で歩き回ってたので、負けてられないと進んでみると、カッチリした石の室があった。これも現存物。火事の時などに大奥の調度品を避難させた所だそうだ。

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暑いからそのまま日陰の森を進むと富士見多聞、江戸城で唯一現存する多門長屋だそうで内部も公開されてて撮影OKだった。おお。
けどなんか内部は全然雰囲気なくほんとに現存物??って感じだった。まぁ1659年築らしいからそのままって事はないだろうけど。
格子の窓からは蓮池濠が覗けてホントにハスだらけだった。西の丸の皇居の門長屋も見下ろせた。(見下ろしていいものかどうか。。)

後はそのまま南の端に進んで富士見櫓!と思ってたけど道がよく分からなかった。。すぐ背から見れる筈なんだけど、過ぎちゃって石垣の出口(中雀門跡)の下り坂に進んじゃった。
まぁいいや、櫓は裏からより下から見上げた方がカッコイイよなーと思って下った。
坂の下には大番所というのがあった。

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そして坂の下の中之門跡の先の広い道は南方向は閉鎖されてて富士見櫓の方へは行けなかった。。皇居一般参観の時間しか入れないようだ。そうだったんだっけ。あら残念。本丸内に残る唯一の現存櫓にして天守のない期間は天守代わりの象徴とされてた三重櫓。だけどまぁ仕方ない。ドライブ中に若干遠目だけど内堀通りからも見えるしいいかなとあっさり諦めた。

広い道の前には長い百人番所があり、大手三之門跡の前には短い同心番所。この三つの番所は現存物だそうで、なんで番所だけこんなに残ってるんだろうね。明治後も番で使われたのかな?

大手三之門跡の先に三の丸尚蔵館があったけど、これは建て替え中で取り壊してた。。あら残念。(二の丸と三ノ丸の境がピンとこなかったけど大手三之門跡の先は元は堀で尚蔵館などは埋め立てた堀の上だったようだ)

もう歩き疲れたのでこのまま大手門を出て地下鉄で戻ろうかな、、とか思ったけど、売店で休憩して地図見てたら地下鉄こそ大回りで園内抜けて戻っても歩く距離は変わらなそうなので、ちょっと戻って白鳥濠と高い石垣に沿った二の丸の太い道に進んだ。

この太い道と右手の雑木林が二の丸御殿があった場所だそうで、すっきりと長い道は気分的に疲れるので脇の林に入ってみた。こっちの林は蚊がおらず心地よかった。
その雑木林から覗けた二の丸庭園はなんか見憶えがあったので遠回りだと思いつつも進んでみた。
諏訪の茶屋や池のある庭園。ああ、そうだ、上野に住んでた昔に父親が上京した伯父の都内観光に「行く行く」と着いてきたっけ。すぐ飽きてブーブーだったっけ。そういえば天守台も見てたっけ。思い出した。昔は玉砂利の道で歩きづらかったよなぁ。東御苑はそれ以来かな。(小学校の社会科見学でも来た気がするけど、、多分友達とふざけながら歩いてたんだろうな、、記憶ないや。楽しくない方が記憶には残るのかもしれないw)
庭園の端には都道府県の木がそれぞれ植わってた。高知はやなせ杉だそうだ。赤い毒々しい花が目立ってたのは鹿児島のカイコウズ。いまだ薩摩の主張が江戸で咲くってとこか。

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最後は梅林坂を上って北桔橋門に戻った。この梅林坂は案内に「太田道灌がこのあたりに天神社を祀り、数百株の梅を植えた」と徳川以前の戦国時代の江戸城からの名残の場所が初めて登場。江戸時代にも梅林があったのか分からないけど、平川門に出るトコにあるのが梅林門と言ったそうだから多少はあったんだろうと思う。

北桔橋門は昔は門櫓と多聞で桝形に囲われ、番所があり両脇に櫓が睨む厳重な裏口。いまはすっきり。一応警備の番所はあるけどね。門を出て来た道を戻った。

代官町通りの歩道橋から振り返ったら、乾濠の石垣がカッコよかった。江戸城跡はこの堀の石垣が一番の見どころかもね。
城歩きならホントは西の丸の外周の内堀も半蔵門や桜田門など見つつまわってひとまわりしてこその江戸城なのかもしれない。けど一時間のひとまわりでもうじゅうぶん、夏は無理。運動不足にも無理。
5時の開場にもまだ早くその更に45分後の開演には余裕ありすぎだけど、あとは北の丸公園に戻って陰でTシャツ着替えてグデーとして時間潰した。


ちなみに帰ってから知ったけど、てっきり改装中の三の丸尚蔵館にあると思いこんでいた江戸城天守復元模型は、そうではなくて本丸の広場東の展望所手前の休憩所にあったんだそうだ。そっか、本丸の東側は歩いてないもんな。。ちょっと悔しいけどまぁ仕方ない。江戸城の広さと石垣の高さはそのまま残された巨大な城というのが実感できたので充分。
そしてドライブの立ち寄りでは無くちょっと反則ではあるけど点景にも纏められたので満足。


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まこちゃんラーメン道楽

ファイル 3587-1.jpg野田市目吹の県道沿いにあるラーメン店。

三回目の来店で三回目の点景。
確か前回は醤油ラーメン食べておいしかったし、テレビでも醤油ラーメンのおいしい店と紹介されてたし、また今回も普通にそれ食べて点景は無しでもいいかなと思ってた。

けど、
ホワイトボードに週替わりメニュー「えび塩ラーメン」とあり、「本日のこり3食」とあった。うわーこれは絶対こっちだなぁとそれをたのんだので点景になりました。

そして着丼、すっきりした塩にエビ乗せたのをイメーしてたけど違って、とろみの餡のかかった「えび塩ラーメン」だった。

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こーれはおいしーい。
野菜も豊富ながらタンメンほどは主張せずにエビに華をもたせてほどよくサポート。とろみの餡は最後まで絡みつつベースの塩が元々おいしいのを邪魔はせずにプラスになってた。えっと、他のタンメンの店をディスるつもりはないけど、野菜の量も味の調和もこのくらいの方がおいしく味わえてベスト。最後までおいしかった。

ふえー限定なのこれ。ずっとあるなら次回もこれだなぁ。
醤油ラーメンのおいしい店の印象がブレちゃったなぁw
っていうか次回も限定があったらそれにするんだろうなぁ。

ちなみに前回の点景  前々回の点景  この日の日誌

タグ:餐:ら 餐:甲

とみた家

ファイル 3586-1.jpg美浦村馬掛にある川魚加工食品製造販売店。

表の県道に立ってる「うな重バーガー」の幟は前から何度か見てて気になってたので、たまには寄ってみるかと初めての来店。
店が表通りに面してればねぇ気軽に寄れたんだろううけどね。ちょっと不安な細い横道の先に案内が差してたので今までは通過してた。

店は、モロに普通の家だったけど、一応車は停められたのでよかった。

新しそうなプレハブっぽい小屋がイートインコーナーになってのを横目に見て、なんだ食事的にも寄れたのか。。とか思った。まぁ今日は腹減ってないので持ち帰り。

そしてその奥には養殖水槽があったので、どんな魚がいるのかなとのぞいてみたら、、金魚が泳いでた。かわいかった。

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店を覗くと、その「うな重バーガー」は冷凍で販売してた。作り置きかと思った。。けど、すぐに食べるつもりはないのでその方が好都合かな。一つ購入してみた。

もう目的はそれだけだったので他の商品はほとんど見ずに店を出ちゃった。まぁ佃煮とかがメインな感じだったけど、嫌いではないので少しは見て来ればよかったとは後から思った。(先月よそでワカサギ買って失敗してたから今日は興味持てなかった。。)

で、
わりと楽しみにして帰って早速レンチンして食べた。
まだしっかりカチンコチンに凍ってたけど二分半でしっかり熱々。
開けるとシンプルなライスバーガー。っていうか熱々でしばらく食べれなかった。。

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焦らずにしっかり味わえるように五、六分待ってから食べた。
うんおいしい。しっかりウナギとたれのしみたライスバーガー、ボリュームはないけどおにぎりくらいの感覚でぺろりと食べられた。
っていうかあっという間に食べちゃって、もう一つ買って来ればよかったと思った。「しそ入り」を買ってたので無しのも買ってみればよかった。
なんかぶっちゃけおにぎりでいいんじゃない?とか思ったけど、まぁそれじゃ面白味薄いか。

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タグ:餐:ば 餐:魚 餐:飯 動:魚

陸平貝塚公園

ファイル 3585-1.jpg美浦村馬見山貝売にある縄文時代の貝塚遺跡。

国史跡だそうで、県道で案内見かけて気になってた。
とはいえなかなか辺鄙そうな場所で駐車場あるのか不安だし、遺跡とか詳しいわけでもないしと及び腰で、まぁいづれと通過してた場所。なぜか今日は気が向いて来てみた。

ら、ちょっと不安な細い道の先に広い駐車場があって一安心、悠々停めて歩いた。

案内板を見ると貝塚の遺跡公園は「文化財センター」からさらに奥に少し進ん先のようで、もう4時過ぎてたので先に現地だなと、丘の上の文化財センターへの坂には進まずに横の「里山ゾーン」へ進んだ。

ら、この里山ゾ-ンがなかなかの里山で、寂し過ぎるくらい何もない里山。
案内にあった「里山交流館」というのはどう見ても破棄された納屋って感じで「炭窯」というのもドラム缶で塞がれてた。
「ぶくぶく水」と案内にあった池は干上がってて水が無くて憐れ。でも緑いっぱいで静かなピクニックとしてはいいかなと思えた。

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けど、やがて道の舗装もなくなり、雑草生い茂って道っぽくなくなって、あまり人が来ない所という怪しさが増してきた。。

そして丘の斜面の森に入ったところで案内には「観察木道」とあった階段があった。なんか登るのも不安だなぁと思いつつ、引き返す気にもならず進んだ。
丘斜面の階段には植物や動物の案内とか立ってて親切だった。

そんな大した高さではないけど、むし暑いとキツいね。で、汗だらだらで登りきると広い台地。
やっぱり道も何も見えず低めに雑草茂ってて、夏前に除草してからほとんど人が来てない所って感じに思えた。

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まぁやっぱり引き返す気にもならず進んでみた。そしたら右手奥の方に竪穴式住居、左手少し先に東屋と案内板がみえた。
低い木の幹にはツクツクボウシ。すごい間近で啼いていた。
低いケヤキには実がなってた。こんな目の前くらいの高さでなるもんだっけ。

東屋の案内板のトコに来てやっとまともな道に出た。「国指定史跡 陸平貝塚」の石碑もあった。文化財センターからこっちにまっすぐ来るのが本来の順路なのね。駐車場の案内板の地図がよくない。誰が見たって里山ゾーンの方が面白そうだ。。

そこから奥の竪穴式住居に歩いた。まともな道で落ち着いたけど、途中で「ぶくぶく水」との分岐があった。さっきの里山ゾーンにあったのとまたは別のもので、日陰の森への下り坂だから躊躇してたけど、道はしっかりしてそうだから折れてみた。
ら、進んだ先は茂みに埋もれていた。。草に隠れながらも「ぶくぶく水」の案内が立ってたのは不幸中の幸いか、なければわけわかんなかった。覗き込んだけど、ここも水が枯れてるのか、単に茂みで底が見えてないのか水辺は見えなかった。
もっと進んで角度変えてみてみたかったけど、イノシシの罠を仕掛けてあるとかで「立ち入り禁止」になってたので引き返した。

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分岐に戻ってやっと素直に竪穴式住居。唯一の遺跡らしいアイテム。入口は閉まってたけど中は覗けた。
これはさっきの東屋の案内板のトコらへんで発掘された縄文中期の住居跡を元に、場所を移して再現したものだそうだ。石斧で材木を伐採したりして作ったそうな。平成31年に作ったそうだから築四年かぁ。当時の家は何年くらいで建て替えたんだろうね。きっと実物より立派なんだろうな。

道は続いてたので進んでみると、後は広場の脇の林の先に神社があるだけっぽかった。林の木々の合間からは裏のゴルフ場が覗けた。神社まで行くことないなと思って引き返した。

東屋の案内板のトコから先もそっちのコースはずっとちゃんとした道で園内は砂利の道。すぐ先で舗装路に出た。
こっちはまぁ歩きやすいけど、ずっと森の中で日陰でつまらない道。道端のキノコでも眺めつつのんびり進んだ。まぁ、里山コースで正解だったのかもね。

そして「美浦村文化財センター」に出た。もう4時半を大きく回ってたから閉まってるだろうなと思いつつ、覗いてみたらまだ開いてた。。5時までだそうだ。だので、まるっきり順番逆になっちゃったけど入館してみた。

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そんなに大きくもなく展示も一室だけだったけど、陸平貝塚の解説や発掘された遺跡など展示されててわかりやすかった。
なんでもこの陸平貝塚は明治12年(1879)に日本人によって初めて発掘調査が行われた遺跡だそうで「日本考古学の原点」と呼ばれてるそうだ。へー。やっぱ先にこっちに来るべきだったね。
貝塚の断層の貝もここで始めて見れた。ん?そういえばどこら辺が貝塚だったのかと思えば、広場の周りがそうだったようで、里山ゾーンの奥の木道階段あたりが貝塚エリアだったそうだ。(実は斜面に貝殻が露出してたんだそうだ。もっとも今日は雑草に覆われちゃってたけどね。冬だったら見れたのかも?)

最後に美浦のキャラ「みほーす」のパネルを見て館を出た。これ125号に立ってる子だね。馬だったんだね。

後は下り坂で駐車場に降りた。45分ほどの散歩休憩。パッとはしなかったけど運動不足にはちょうどいいくらいのひと歩き。蒸し暑くなければ気分いいトコだったんだろうけどね。夕方には少しは気温下がったりするにしても湿気があるので汗だくだく。こんな草茂ったとこだけど刺す虫がいなかったのだけは良かった。汗拭きシートで顔体拭きまわして出発した。


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あたりや食堂

ファイル 3584-1.jpg美浦村大谷の125号沿いにある食堂。

二度目の来店で二度目の点景。(んーなんかもう一回くらい来てる気がするんだけど。。)
なんか妹夫婦も寄ったことあったらしく「ナマズとかある店あったよ知ってた?あんた好きでしょそういうの」とか言われて吹き出した。「もう行って食べてたわ」「やっぱり」

さて、ナマズならやっぱ群馬だなと思って、それでこっち方面なら「美よし食堂」でドジョウだなとか思ってそっちばかり行ってるような気がする。なので、今日は普通の丼物かなんか食べようかなと思っての立寄り、、だったんだけど、入り口に「霞ケ浦北浦のわかさぎ」という幟が出てて、ああ、ここで霞ケ浦のワカサギ食べれたんじゃんと思い出した。

ファイル 3584-2.jpg地場産のものを食べられるいい店だよなぁ、、と思いつつ店に入ると目の前の水槽には熱帯魚。。そこは霞ケ浦の魚であってほしかったw
この魚はフラワートーマンというインドネシアの雷魚。まぁ観賞魚はキレイな方がいいか。

席はテーブル席と小上がりだけだけど、たくさんあるし空いてたので悠々座って、もうワカサギと決めてたけど一応メニューを見た。
あ、天ぷらとフライとあった。。どっちがいいだろう。少し迷って天ぷら定食にした。

で、「わかさぎの天ぷら定食」

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ワカサギの天ぷらはカリッとしたタイプで小さくクチボソくらいの大きさだった。そうこの時季の夏のワカサギはこのサイズだよね。大きいのが出てきたらガッカリするトコだよね。まさに今年の霞ケ浦で獲れたワカサギ!と思えておいしく味わえた。
ごはんも美浦村産コシヒカリとあった。思い込みかもしれないけどおいしかった。

つぎは冬に来たら大きくなったワカサギが食べれるかな。
やっぱり霞ケ浦を見て行こうと思ってちょうど店前の交差点の県道方向に出発した。


ちなみに前回の点景  この日の日誌

タグ:食:定 餐:魚 動:魚

津かだ食堂

ファイル 3583-1.jpg桐生市東久方町にある食堂。

桐生でソースカツ丼を食べようとずっと手前の道の駅で検索して来てみた店。
ちょっと裏のモロ宅地にある店で、当てずっぽうで入った近くの空き地が店の駐車場だった。停めて入店。
ちょっと地味な構えで暖簾かかってなかったらまずわからなさそうな小さそうな店。入ってみたら驚いた。

なんか、普通の家だった! っていうか入口の前でマット敷いておばあさんが寝てた。。アングリ。
「あ、まちがえました」とすぐ出るべきだったけど妙に興味もあって躊躇してたら「おばあちゃん、ほら、お客さんだから起きて」とおこされたので「食事できますか?」とあがってしまった。

ファイル 3583-2.jpgまだマットの上で座ったままのおばあさんをよけて、二卓のテーブルのひとつに着いた。テレビもあって全く普通の家。でもちゃんとメニューが出た。

カレ-やチャーハンにオムライスもあったけど迷わずにソースカツ丼を注文して待った。

おばあさんもテレビも見ずに何枚も貼ってあるカレンダーも気になりつつスマホに視線を逃がした。居心地の悪さがシュールに感じ新鮮に思えた。

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で、ソースカツ丼。素直にうまかった。
妙にカツの四角さが怪しくも思えたけど、(実はそれが古くからの桐生のスタイルだったそうだ)食べたらしっかりおいしい豚肉とソースもいい味。衣もしっかり一体感あるカツで逆に食べやすくて良かった。

最後まで落ち着かなかったけど、食事は満足だった。


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タグ:食:丼 餐:肉

丸山駐車場

ファイル 3582-1.jpg日光市中宮祠の120号沿いにある県営の無料駐車場。

両生類と魚で満足で折り返してあとは帰るだけ、、と思ったけど、この天然の涼しさからは離れがたく、まだ4時だから少し湖畔を散歩してもいいかなーって思って寄ってみた。

平日だけの駐車所はガラガラ。いちばーん奥に停めたら、丁度奥に国道に出る小道があった。

国道を渡るとまた森だったけど、その先の湖面が見えてて、ちゃんとした道はなかったけど荒れてない歩きやすい森を抜けて湖に出た。

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湖は丁度正面の西日に照らされて輝いててまさに日光の湖。やや雲がかかって眩しさも程よく和らげてくれていた。

っていうかそういえば中禅寺湖って釣りを趣味としてた小学生の頃から名前は知ってて憧れてはいたものの、結局一度も釣りに来る事はなく、ドライブでは何度も通ってて見てはいたものの、こうして湖畔に出てのんびりと眺めたのは初めてだったかも。

ゆるやかな風も心地よく、水もキレイで思わず足ポチャ。
水は冷たくはなく、浸ってなくても涼しいので軽くぽちゃぽちゃ歩いて水を覗き込む程度で岸に戻った。小魚とか見かけられなかったけど、いやいや魚は充分見てきた後だからいいだろうさ。

そして岩に腰かけて足を日光に晒して乾かし休憩。
のんびりカメラのズームで遊覧船見たり、周りを飛ぶトンボを追ったりした。足はすぐ乾いたけどサンダルは乾かず少しゆっくり。

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で、10分くらいゆっくりしてまだ名残惜しいけど湖を後にした。
森に入ってもやっぱりこの涼しさが名残惜しく、少しフラフラ。湖岸近くの遊歩道っぽいトコに湖の(鳥とか魚とかの)案内板が立ってたので、それを2,3読みつつゆっくり戻った。


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