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道の駅 清流の里ひじかわ

ファイル 2516-1.jpg大洲市肱川町宇和川の197号沿いにある道の駅。

初めて寄った。
まぁこんな早朝だからトイレだけのつもりの休憩。
点景にあげるような内容ではないんだけど、、

ファイル 2516-2.jpgで、構内にコンビニがあったから何か食べるもの買えるかなと(あわよくば地域の食べ物とか置いてないかなと)思ったけど、近寄ってみると開いてるのはコンビニじゃなくて隣のコインランドリーだった。。

裏にまわると折れ曲がる肱川がよくみえた。

ファイル 2516-3.jpg

あれ?ホントにこれだけか?書き残しておこうと思ったなにかがあったから項目としてたような気もしてたけど、、

まぁこのくらいの簡単な内容のものが記事としては理想かなw

タグ:景:川 楽<残 道の駅

三嶋神社

ファイル 2515-1.jpg梼原町川西路の440号向かいの梼原川沿いにある神社。

ここ数年GWのドライブで毎回来てる高知だけど今回のドライブではいかない予定だったし周りにも行かないと言ってたのに、道を間違えたついでにちょこっと進入w
それもちょっと素通りってつもりだったけどついつい川にかかる橋がカッコよくて思わず停車。まるでドライブの神様に「そんなこと言わずに高知も寄ってけ」と導かれた気がしたw

で、その橋が三嶋神社へ架かる「御幸橋」
案内板によると平成14年(2002)に築設された地元の木材を多用した屋根付橋だそうだ。それ以前にかかってた橋には屋根はなかったのかな。それとも前は橋自体なかったのかなぁ。

橋の前には「維新の道 坂本龍馬脱藩の道」とあったり、猿田彦の神楽像が立ってたりした。(この神楽像は梼原の街から何体も並んで置かれてるそうだ)夜も明ける前の早朝から観光客気分だw

橋は新しいだけあってしっかりしてて、木の感じも良く川も見ながら渡った。

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渡った先が三嶋神社。
平安時代中期の延喜19年(919)に津野氏がここに築城した時にできた神社だそうで、千年以上の歴史ある神社。

境内に上がるとまず横に、樹齢400余年、樹高37mの「ハリモミ」が立っていた。
案内板にはこれは秀吉の朝鮮出兵の際に長曾我部軍として出兵した津野氏等が朝鮮から持ち帰り植栽した「朝鮮松」だとも伝えられていたとあった。(でも朝鮮松と針樅は別種でこの針樅は日本固有の樹だそうだ。あくまで伝わってた説ってだけってことね)

そしてお参り。
主祭神は大山祇命。
拝殿は明治23年(1890)の改築だけど龍などの彫刻が見事だった。奥の本殿は享和3年(1803)の改築。これは閉じて仕舞われた形だった。

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土俵や「一千百年碑」を見つつ境内を出て、「維新の道 坂本龍馬脱藩の道」の指す森の道へ歩いてみた。

注連縄を巻いた太い杉が気になりつつ森を進むと、すぐに登り坂。
んーこの坂の先に何があるのだろうか?気になりつつも散策コースという気もしてて案内図はないので進まずに引き返した。

龍馬は脱藩翌日に梼原に到着して地元の志士宅に一泊。その案内で翌日未明にここを通って韮ヶ峠から伊予に抜けたそうだ。 ってことはここを通ったのは深夜だね。
まだ暗さの残るような時間に来てしまったけど、逆に脱藩の道としてはそのくらいの方が雰囲気あっていいね。明るくなる前に番所をぬけちゃわないと、、って気になるよね。
まだ27歳の勝海舟と出会う前の若い龍馬である。ギラギラしてたんだろうなぁ。まさか新婚旅行したり武器商人になったりするなんて思ってもいなかったろうな。

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そして最後にじっくり「御幸橋」を眺めてから渡って戻った。
どうやら一応昔から橋はあって龍馬が通っていたらしい。
橋の形としては観光的な歴史のないものではあるけど、そのおかげで気になって寄れたので有り難い。

そして天気悪い早朝から寄道できて遠出を実感。気分乗ってきた。

タグ:観:橋 観:宮 観:像 観:飾 観:道 植:樹 景:川

がんば亭 三島店

ファイル 2514-1.jpg四国中央市寒川町の11号沿いにあるうどん店。
朝昼続けてうどん食べてたから、もーうどん以外で何か食べたいと思ってたのに、結局うどん屋しか目に留まらずに寄っちゃった。
まぁうどん県だからいいか、、とか思ったけど、そういえばもう香川は抜けて愛媛だったw

この「がんば亭」は愛媛のうどんチェーンだそうで、市井の気軽な店という感じかな。
この先の11号沿いでも何軒か見かけて一般的な感じだった。
(ネットで見てみたらこの三島店が1号店だったそうだ)

店に入るとセルフ型式のうどん店。すっかり慣れたもんで「かけうどん」を注文。そそられたおでんや竜田揚げを取ってお会計。

ファイル 2514-2.jpg席はボックスと曲がりくねった大きなテーブルとあり、空いてたからボックスでもよかったけど、大テーブルについて食べた。

壁には麺とだしのこだわりの説明書きが貼られてて、香川産の醤油とか小麦とか(利尻と道南の昆布や瀬戸内いりこ等)でちゃんと足踏みした讃岐うどんだそうだ。
っていうか愛媛でも麦畑はよく見かけるので小麦は愛媛でもいいと思うけど、、愛媛のものは名水100選の西条「うちぬき水」だけみたいだった。 けど、その水は興味あるなぁ。明るい時間なら水汲み場とか寄ってみたいトコだけど、まぁそれはまたいずれ。

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うどんはおいしかった。朝食べたのほどではないけど、全国で見かける某チェーンよりはうまいと感じた。
昨日のラーメン屋といいこうした普通な感じのトコで食べれる余裕が楽しかった。(っていうか、昨日から麺類ばっか食べてるような、、)

本日三食目のうどんだけど、まぁ四国でうどんは米のご飯みたいなもんだろうから、三食ご飯食べるのと同じで普通のことだよね、きっと。

(ちなみに、ひょっとしたら新居浜に出張で来てた時にたべたうどんも「がんば亭」だったのかも?とか思って調べてみた。 けど、違った。「うどん圀」という店と「源水うどん」という店で共に閉店しちゃったらしい)

タグ:餐:麺 餐:煮 観:本

ボートレースまるがめ

ファイル 2513-1.jpg丸亀市富士見町にある競艇場。
正式には「丸亀競艇場」というみたいだけどそういう表記は見かけなかった。

今回のドライブで唯一予定としてた場所だけど、目的は競艇ではなくて場内ステージでのイベント。
競艇場には子供の頃に(多分平和島)親に連れてってもらった記憶はあるけど自分で足を運んだことはなく実質初めて。そういえば競輪も競馬もオートも一度やってみたいなとは思ったこともあるけど一切やったことなかった。(前の職場なんかオートレース場の先にあったから毎日歩いて通り過ぎてたのにね)

さて、建物内に入ったらすぐに「あーQちるさん!」と仲間と遭遇。まだ時間に余裕あるからみんなで食事して待とうというトコだった。
僕はうどん食べたばかりなので何も食べなかったけど、飲物一口貰って乾杯したり揚げ物貰ったりとさっそく楽しんだ。

ファイル 2513-2.jpgでイベントは11時から外のステージで一部が定刻通り始まった。(下道で来てても間に合ったかもだけど、早めに来ててよかった)

妹グループの「虹色★STAR」のライブから始まって、マットプロレスの「UDONプロレス」とのコラボ。最後にゆるキャラも並んだステージでの「Re:ReKOCHI」ライブを楽しんだ。

マットプロレスというのは初めて見たけど、目の前で始まって観客もアイドルもゆるキャラも巻き込んでのエンターテイメントで盛り上がって面白かった。(りりこちも普段からステージから降りて客と一緒になる事が多くプロレスとの共通点を感じた)

ライブ後の物販は、香川県観光協会の「さぬき市」というテントも出てて「さぬきワイナリーのぶどうアイス」というのがあった。
暑くて丁度いいので買って食べた。かなりうまかった!

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1時過ぎに物販終了。あとは2時半からの二部の開演までしばしの休憩。
他の人は各々舟券を買いに行ったりと散り散り。
僕はやっと腹減ってきたのでフードコートに行って食事。

前から話によく聞いてて一度食べてみたかった香川の骨付き鶏
これは並んだ三店それぞれにあって値段違ってたので、よく来てて詳しい香川の人に聞いて店を選んだ。
それと、、丼はちょっと多いから麺類かなんか付けようかと思ったけど、やっぱラーメンや焼きそばは違うかな、、と、またうどん。今度は釜玉うどんにした。

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で、さっそく骨付き鶏。かぶりついた。
   ん。 。 。 。 。。。からい

うわー失敗。辛い料理だったのかこれ、、全然知らなかった。
とりあえず何とか食べたけど、おいしいんだかまずいんだか、からかった。うどんを先に食べればよかった。。

ファイル 2513-5.jpg食べ終わってフラフラと競艇場内を見てまわった。

ここでのレースはナイターなのかな。この時間は場外のレースをモニターで中継してるだけだったけど、券買ってる人は真剣でその客席の様子などを見、一応ボートも練習で走ってたのでそれも見たりして暫しゆっくりした。

そして2時半から二部の開演。
今回のプロレスは悪役が応援されるという逆の展開(一部でも悪役の方が人気だったけど)で悪役軍が勝利という流れ。特に魔苦・怒鳴門が大人気だった。

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そしてライブも二部の方が盛り上がった。(まさか僕が担ぎ上げられるとは思わなかった!)

また物販も楽しんで、(大人げないレスラーの腕相撲ちびっ子チャレンジとかも盛り上がってた)30分オーバーの5時に終了。
オタ仲間の皆さんとも分かれて駐車場に戻った。

日数のない連休だったら一部だけとか二部からとかでドライブを優先してもいいトコだけど、長い連休で余裕なのでたっぷり半日楽しんだ。

っていうか、
十日間も休みあるんだから別の日にも顔出したいトコだけど、この後四月中はイベントがなく、連休真ん中の五月頭は大阪というスケジュール。それはちょっとねぇ。。(ドライブ途中でキツくなって早く帰ることにしたら2日の大阪っていうのアリだけど、、)
帰りにも寄れそうになくて(5日の岡山はやっぱ残り一日の帰りがキツイよな。。)今回のGWは今日だけ。そういうこともあって今日はしっかり楽しめて良かった。

どらいぶ点景としては食べたものだけアップしようかな、、と思ってたんだけど、結局ひととおり上げちゃった。

タグ:観:船 楽:催 楽:推 楽:競 楽:演 観:キ 餐:冷 餐:麺 餐:肉 餐x辛x

元匠 湊店

ファイル 2512-1.jpg東かがわ市湊の11号沿いにあるうどん店。
そんなにお腹すいてもなかったし時間も気になってて急いでたのに、やっぱり香川ではうどんが食べたいとは思っていたのでついつい寄ってしまった。。
予定の時間があるとはいえ一応きままなドライブがメインなので、気になった寄道は優先しなきゃね。

店は結構にぎわっててセルフの列で少し並んだ。
最近はセルフのうどん屋チェーンが一般化して全国にあるおかげで、メッカの香川に来てもセルフ型式で戸惑うことはなくアリガタイ。
その分、特別な地域に来たんだという実感や面白みは薄れちゃったけどね。

で、普通にかけの小。トッピングなし。

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うんやっぱりおいしいね。
ダシがいいわ。コシはそんなでもないけどいい感じで小麦を感じる。寄ってよかった。
そんなに腹減ってないから汁は残そうと思ってたけど、ついつい飲み干しちゃった。いたしかたない。

香川に入ってすぐにうどん食べちゃった。これで後はイベントに集中だw

タグ:餐:麺

道の駅 福良

ファイル 2511-1.jpg南あわじ市福良の28号の先にある道の駅。
県道を曲がり損ねて進んでしまった福良の町にあったのでちょこっと寄ってみた。

駐車場は混んでてもう朝から警備員の誘導で外に出されて臨時の第二駐車場に案内された。。そんなトコに停めてまで寄りたいわけではなかったけれど、逆にこんな朝から店とかやってるのかと思って一応寄ってみるかと駐車。臨時の第二と云ってもすぐ先で、渋る程ではなかったし舗装されてた。(こっちでまだ寝てる車も何台もいた)

さて、道の駅は港の真ん前でドックのクレーンが何基も見えた。
道の駅に入り口には小さな藤棚のトンネルがあったけど、藤の花はもう盛りを過ぎてあまり咲いてなかった。
それを抜けると、淡路花祭シンボルオブジェという「渦潮と大鳴門橋」というのがあった。

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で、店はまだやって無く閉まってて、沢山の人はみんなここから出てる鳴門海峡の渦潮を間近に見れる遊覧船の券を買う列に並んでいた。そういうことか。。

列を横目に裏の船着き場に行ってみると、帆船型の遊覧船が停泊してた。「咸臨丸」という名なので幕末の咸臨丸をモチーフにした船だろうけど、鳴門海峡と咸臨丸は何か縁あるのかな?
そしてもう一隻「日本丸」と名のあった白い船。いや渦潮を見るのに船の形は何でもいいと思うけど、観光旅行なら乗ってみたいと思うような船の方がいいんだろうね。

表に戻って店をのぞくと入口は閉まってて明かりさえついてなかった。
ちりめんソフトだの渦潮ソフトだの、淡路島牛乳に藻塩にタマネギにビワといろんなソフトの看板が覗けてそそられたけど何時から開店かも書かれてなかった。(まぁどうせ無理)

その横のエレベーターだけは開いてて動いて最上階まで上がれた。
けど、展望台は閉まってて出れなかった。。(9時からだそうで)
諦めて1階に下りて店内側のドアが開いたのでそっちに下りたら店も出口も階段も閉まってて閉じ込められちゃった。
一瞬焦ったけど、エレベーターに戻って外側のボタン押したら出られた。なんなんだ。

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という収穫ゼロのまるで実のない寄り道。
日数多い長い連休ならではの無駄な寄り道でのんびり感を味わったので一応点景にした。
津波防災ステーションや淡路人形座や道の駅の丸かったりくねったりの建物を眺めつつ駐車場に戻った。

時間を見たらもう8時。あれ?こんなにのんびりしてちゃまずくない?と慌てて出発した。

タグ:観:装 観:船 植:花 楽<残 道の駅

洲本城跡

ファイル 2510-1.jpg洲本市小路谷の山の上にある城跡。国史跡。

ここは模擬天守のある城。
模擬天守は展望台としての城っぽいだけのナンチャッテな物とか前は莫迦にしていたけど最近は寛容になってきて、展望して見渡す贅沢は殿様の気分なので城の形にしたくなるのは自然に思えるし、展望よさそうな山の上とかにそういう物があると見つけやすくていいし、車で登れればなおいいし、それが一応城跡だったりすれば更にいい。

そんな模擬天守のはしりがこの洲本城。一度来てみたいと思ってたけど、最近淡路島は夜に通過しかしてなかったので、朝に余裕ある今日はまずここに寄ろうと出発前に思い出せた。

さて、車を停めたこの曲輪は馬屋(月見台)という国史跡の標柱が立ってって眺めよさそうな広場になってたので、まず先にここで展望。

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ちょっと雲が広がって月みたいな太陽の空で、月見台って名前の雰囲気まんま。いい眺めで南西の海と町がよく見えた。
海に浮かんだ島は和歌山の島かな。すぐ近くに見えた。いい見張台だ。

そして振り返って大手門跡からの石垣に沿って本丸へ歩いた。
まず先に見やすい案内地図があるのが嬉しい。少々の上り坂も先が分かっていればゆっくりながら一気に登れて、南の丸隅櫓跡の石垣を見つつ折り返してすぐに本丸大石段から本丸に上がった。

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本丸で例の模擬天守が見えた。なるほど天守台に建ってはいるけどこれは模擬だわ。

本丸には元気そうな地元の年配の方もちらほらいて賑やかだった。毎朝町から登ってきてるのかな。

そして隅にあった祠を見ると「芝右衛門大明神」とあって狸を祀ってた。へー。

芝右衛門という有名なタヌキだそうで、その伝説が案内板に書かれてた。
いたずらもするけど人には好かれるいいタヌキだったそうだ。
物語は人に化けて大阪に遊びに行って芝居にはまって入りびたった結果バレて犬に噛み殺されちゃうという身も蓋もないような話(マンガ日本昔話にもなってたらしい)だけど、いなくなって寂しくなった洲本の人たちがこの山の上に祠を立てたってくらいだからよっぽど好かれてたんだろうね。
ん?
っていうかいつの時代のタヌキだ?城が先かタヌキが先か。それとも別の山頂にあったものをここに移したのかな?
一般市民が城内本丸に祠なんか建てられないだろうし、城主がそれを許してたとしたらすごくいい殿様だよね。
 
そして芝右衛門は「日本三名狸」に数えられるひとつだそうで、他もめぐってみようかな、、とか思った。(けど、ひとつは新潟の佐渡とかなのでヤメた)
一瞬「平成ぽんぽこ狸合戦」に出てきたタヌキかな?とも思ったけど、それは四国のタヌキだった。。

そしてその模擬天守。石垣に上って外側をまわるように天守台に進んで目の前で見た。
んー確かにしょぼい。下の町から見上げた時はもっと立派に見えたけど、足元が吹き抜けで公園のオブジェって感じ。
でもそれでいいのかもしれない、下から見て立派な目印になり存在を示せれば模擬天守として充分と思えた。これがあるからこそ来てみようと思ったんだもんね。(立派な城なら同じ兵庫県に姫路城があるしね)
なんといっても昭和3年の一番最初の最古の模擬天守。展望台として上ることは出来なくなっていたけど最上階も小窓くらいという(観音様の喉元に展望室があるような淡路島にしては半端な)造りなので惜しくはないかな。天守台からでも充分目の前の洲本の町がよく見渡せた。

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そして展望は天守台から戻った手前側からの眺めが一番良かった。「洲本八景」の①だそうだ。ここで眺められるから模擬天守は上れないままで充分と思えた。町から海から南側の山まで見まわせた。
ここに洲本城の歴史の案内板もあってゆっくり読んだ。この城は秀吉の時代に重宝されつつ家康の時代には廃城、後に麓に城を造って管理はしてたそうだけど、現在残る遺構は秀吉四国攻め時代のものらしい。天守はあったのかな?(秀吉の時代には在ったらしい)
朝からいい眺望で満足、ゆっくり眺めつつ本丸に下りた。

本丸からは搦手虎口で出た。こっちの一段下も少し広くなってて眺望でき町の奥の方がよく見え、天守台の石垣も見上げられた。その上の天守を隠すように木が生えてたけど、これはわざと切らずに残してるんだろうねw
海が見下ろせる山城の急峻な石垣はちょっと沖縄の城を思い出させた。

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搦手口石段を下ると西の丸に続く道が分かれてた。ちょっと離れてるみたいなのでそっちには進まずに正面の南の丸に戻った。
南の丸は一段高くなった曲輪。上らずに横から見るだけで通り過ぎ、本丸大石段に戻って東の丸に進んでみた。
東の丸は広場になっておらず曲輪という感じがしなかったけど、実は脇の森になってた茂みの中の石垣の上に二段の曲輪が埋もれていたようだ。

通過して東二の門跡の石垣を出た先が広くなってたのでこっちが東の丸かな?とか思ったけど門の外が「丸」なわけなく、こっちは武者溜まりという曲輪。半分手前は林になってたけど奥の方は芝生の広場になっていた。山の上にしては広々したいい城だと思った。
東一の門跡まで歩いて折り返した。

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東の丸(の下)まで戻り、横に見えていた池に下ってみた。
この池は公園的に作ったものなのか往時からあったものを整備したのかわからなかったけど日月の池と名前がついていた。
その上の段に日月井戸というのもあった。覗くと水が溜まってた。(往時から作られていた池だそうでこの井戸の水を溜めていた池らしい)
そして大手門跡に下って月見台の駐車場に戻った。

石垣カッコよく眺めも良く広く歩けて見どころの多い城跡だった。これは来れてよかった。
そして最古の模擬天守、肯定的に考えられるのは年取ったからかなw
こだわりも楽しみ方の一つだけど、こだわらずに楽しく思えるのも幸せなことだと思う。

タグ:観:城 観:石 観:閣 観:池 観:宮 観:像 観:伝 景:町 景:海 景:島 楽:眺

淡路SA

ファイル 2509-1.jpg淡路市岩屋仮田の神淡鳴道上にあるサービスエリア。

最近は四国からの急ぎの帰りで毎回寄って寝てる気がする定宿候補のSAだけど、今回は珍しく行きの下り線側。
上り線側より丘の低いところにあるから眺めは向こう側のほうがいいのかもね。

今回は10時過ぎに寝て4時半過ぎに起きた。寒かったけど6時間も寝れた。
寝る前は少し混んで騒がしいかなってくらいだったけど、起きた夜明け前はもうびっしり車停まってて混雑してて普通に騒がしかった。、さすが大型連休。早く来て寝ててよかった。

さて、せっかくのサービスエリアなので朝食食べちゃおうかなと食堂に行った。
券売機の上のメニューを見るとラーメンが充実してた。寒かったから温かいものをと思ってたのでラーメンは丁度いいけど、そういえば昨夜もラーメンだったっけ、、さすがに連続はなぁ、、とは思いつつも、これから香川に向かうのにここでうどんも無いかなー、かといって蕎麦もなんか違うし、、と迷ってやっぱラーメンにした。

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「淡路玉葱平天ラーメン」
メニューの写真どおりの丼を覆うような大きな平たい玉葱天で「淡路島(玉葱マーク)」と焼き印があった。
うんうんおいしい。やっぱりここでは玉葱天も食べたかったのでちょうどよかった。けど油はすごくてけっこうギトギト。それもまぁ醤油の汁には程よいくらいで、麺も普通ながらおいしく味わえた。

温まって腹ごしらえしたとこで外の展望台に出てみた。
したら夜明け前の明るくなった東の空と海と橋が広く眺められていい景色だった。

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ライトアップのない静かな明石海峡大橋も青さに馴染んでいい感じ、そんな青い景色とは裏腹に手前にはマゼンタのツツジの花が咲いていた。

このまま朝日が昇るまで眺めてようかなーと思ったけど、やっぱ寒かったのでやめて店に戻った。
土産とか見てまわって玉葱せんべいとか買った。

そしてこの淡路SAとICのジオラマ模型も大きく細かくできてて少々見入った。

こんなとこかなそろそろ出かけるかな、、なんて思いつつもう一目展望して行こうかなと思って外に出たら、さっきよりもぜんぜん人が増えてて驚いた。正に丁度日が昇るとこだったのでサモアリナン。

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別にこれが新年でも新元号の初でもなんでもなくても、やっぱり日の出をきれいに拝めるのは神々しくいいもんだ。(逆に初日の出とか令和初の日の出とかを見に行く人は、初以外の普通の日の出も見に行ったりするのだろうか?)
のんびりしててよかった。

ゆっくりと昇る太陽を眺めて写真撮りまくった。

ファイル 2509-5.jpg

タグ:餐:ら 餐:揚 楽:眺 景:海 景:陽 植:花 観:模 観:橋 観:P

第一旭 綾部店

ファイル 2508-1.jpg綾部市宮代町土代の県道沿いにあるラーメン店。
チェーン店で本店でもないけど、このあたりでしか見かけない店なので点景にしておこう。

第一旭はやっぱり京都駅近くの「たかばし本家 第一旭」からの暖簾分けみたいな感じなのかな?
そっちの本家は行ったことがあって点景にもしてたけど、如何せんもう8年も前なのでどんな味だったか憶えてないなぁ。。

ファイル 2508-2.jpgまぁ遠出の旅行っぽく名物や面白いものを食べるのもいいけど、気負いなく普通に近所と変わらないような食事で済ますっていうのもフラフラ適当なドライブならではだよね。

カウンター席についてメニューを見た。
「秘伝の特製醤油スペシャル」というのが基本のラーメンかな、、
それの並にした。

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背脂浮いてるけど醤油の味がしっかりしてて食べやすいラーメン。来来や魁力のように唐辛子は入ってないので安心して食べられた。
チャーシューのバラ肉もおいしかったから肉の多い「デラックス」でもよかったかも。

  
ちなみに本家の京都の第一旭の点景 

タグ:餐:ら

松原神社

敦賀市松原町にある神社。

来てみたら神社には駐車場がない袋小路でちょこっとバックして転回。
すく後ろにある「武田耕雲斎等の墓」の方に停めてそっちを先に歩いた。

ファイル 2507-1.jpg武田耕雲斎は幕末の水戸藩で尊王攘夷で立ち上がった「天狗党」が攘夷の魁となるべく京の慶喜に嘆願するために軍を率いて登って来た時に首領を担っていた人物。

幕末と言えば薩長が主役な流れだけど本来は水戸こそ主役張るべき藩だった筈で、序盤飛ばしてたけど内部の分裂ですっかり脇役以下になってしまって、、と歴史素人ながら残念に思っていた。
さてそんな内部分裂ではじき出された天狗党が京を目指して進軍して、辿り着くことなく途中で幕府に捕縛されて処刑されたのがこの敦賀。
この墓の裏の寺で352名が斬首されたそうだ。

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まぁ、そんな場所なので興味あって来てみたもののあまりいい感じのするところではなく、、武田耕雲斎の立派な立像も立ってはいたけど、なんというか戸惑った。

ファイル 2507-3.jpgそして神社。
折り返して松原神社に歩いた。

この松原神社は処刑された人を含む411柱の天狗党党士を祀った神社だそうな。
境内はまるで気比の松原の一部かと思うような松林。(明治時代頃はここまで松原だったそうだ)
西日の木漏れ日で明るく雰囲気いい神社だった。

そしてお参り。ん?手前のが拝殿?その裏の本殿前の門に賽銭箱があった。

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そして松林の隅にあった倉庫のような建物が「ニシン蔵」
捕縛された天狗党が処刑されるまでの冬の間に幕府に監禁されていた十六棟の蔵のうちの一つで、この境内に移築された実物だそうだけど、キレイに整ってるからほぼ復元改築に近い修繕をされたのだろう。
実際は寒くて臭くて劣悪なボロ蔵で一棟に50~60人、ろくな食料も衣服も与えられずにつめこまれたそうだ。
現在は「水戸烈士記念館」ということだけど錠がかかって閉まってた。
ガラス越しに覗くと簡単な資料展示と俳句の札が並んでいた。

ドライブで茨城を廻ることは多く、その筑波山で挙兵した天狗党には一時期興味持って調べたりしたけど、やっぱり略奪の暴徒の悪印象に始まり、反対派(諸生党)との内乱で血みどろの逆襲合戦、そんな経歴の中で唯一規律が保たれて立派だった武田耕雲斎が指揮した武装上洛は、失敗して半数が斬首半数が遠島という結果。
暴徒の過激派という印象も強いから肩入れする気はないけれど、暴発せずに捕縛され処刑というこの結果には武士としての矜持を感じた。そしてそんな最後の地に来てみたわけだけど、やっぱりあまりいい気分の所ではないよね。

ファイル 2507-5.jpgさて、少々気持ち沈みつつ出発。
あとはせっかくだからとすぐ近くの「気比の松原」に向かってみた。
車で松林を通り抜けるだけのつもりだったけど広い駐車場があるみたいなので休憩した。
(ここは別項目にするべきかと思ってたけどあまり内容無い軽い寄道なので一緒にしちゃった)

少し松林を歩いてみようかと車を下りたけど、松林の案内図みても石碑が数ヶ所あるだけで何もないっぽかった。
取り敢えず林の道を歩いてみたけど、その先に何があるわけではないので面白味もなく、横に折れて海に出てみた。

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松林のすぐ前が海だった。
敦賀湾の一番奥でちょっと湖のような感じもする浜辺の景色。波の断面の水はキレイに見えた。
軽くひとまわりして車に戻った。

ちなみにこの気比の松原は昔は氣比神社の神苑だったらしい。ってことは氣比神社までずっと続いてたのか。もっともっと深い松林だったんだなぁ。

タグ:観:史 観:宮 観:建 景:森 景:海