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ごはん処 一歩

ファイル 4057-1.jpg七尾市小島町大開地の県道沿いにある料理店。

夜でも(酒なしで)食事出来そうな店を検索して定食屋という事で来てみた。
けど、真っ暗な中、しっかり居酒屋風な構えに見える店で、待ってる人もちらほらいたのでちょっと怯んでやっぱやめようかと思ったけど、見てみたら女性のおひとり様待ち客とかもいたので、逆にこれは飲みじゃなくていい感じっぽいと思えてやめるのやめた。

記名して車でスマホいじりながら待つと、30分ほどで呼ばれた。もっとかかるかと思ってたけど全然すぐだった。

カウンター席に着いた。先に並んでたおひとりさま女性もカウンターだったので心強かった(へたれ)

献立を見るといろいろあって、やっぱ鮮魚系がイイよなぁと思いつつも目移りしたので迷う前に「一歩おまかせ定食」に即決した。

したらなんかすごい色々乗った何でもあり定食が出てきた。うおぉーすげー。

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一番うまかったのは焼き魚。焼きがいいねぇ。刺身も鰹鮪蝦は二つづつで、カツは牛勝だった。味噌汁は海苔が入っててうまいしモズクや茶碗蒸しもうまく全部おいしくいただけた。(ご飯だけはさすがに朝のご飯が印象強すぎて普通に感じちゃったけどご愛敬)

もう今日は食事うまいのばっかで満腹なりがちで至福の一日。
夜もいい店に入れてよかった。


この日の日誌

タグ:食:定 餐:魚 餐:肉 餐:甲 楽<待

金沢城公園

ファイル 4056-1.jpg金沢市丸の内にある城跡公園。

言わずと知れた加賀百万石の前田利家の城。
築城時にはあったらしい天守は江戸時代初期から無く今は現存櫓のある城跡。
今まで何度か来て周りをフラフラ廻ったことはあるけど、何故か寄ろうと思ったことは無く、石川県で行きたいトコあったかなぁ、、と考えても浮かばなかった城。何故だ?今日もホントは金沢スルーで能登半島を少しまわるつもりだったんだけどね。

そういえばさっき福井で福井城に行ったら車も停められず工事中でもあったので諦めて、空振りだったのもあって、じゃあ金沢城とかどうだろうかと考えた。(ふつう逆だろねw)

さて、大きな有料立体駐車場から兼六園を避けて櫓の見える方に歩くと前田利家像とか立派な黒松とかあったけど、こっちに城の入口は無く、兼六園の方から上がって橋を渡らなきゃいけないらしかった。えー、まじぇ?ヤメて帰ろうかな。。とか思ったけど、せっかく来たからそっちにまわった。

兼六園に進む紺屋坂は土産屋の並ぶ側を歩かなければスイスイで登れた。
連休の翌週にもかかわらず初詣のような混雑の兼六園の入口を横目に石川橋を渡った。

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そして「石川門」から入城。この門は天明8年(1788)に再建された現存物。表門と櫓門、続櫓に隅櫓と一体となった枡形の搦手門で、まるまる国重要文化財。四角い海鼠と四角い櫓にツルっと直立した石垣が妙な外見で独特。

入城すると三の丸の広場手前に入口休憩所があってトイレに入ってみたら城のジオラマ模型がドンとあった。
そしてボランティアガイドの人が集まてったので「たのめますか」というと「他の人とご一緒でよければ」という話だったけど、現存櫓のこと聞いたら「現存櫓は3時半で閉まるからご自分で廻られた方が間違いないですよ」と言われたので諦めた。っていうか中入れたんだ。知らなかった。

という事でまずはその国重文の現存物「石川門」を裏からまわって入ってみた。

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おおいいね。カッチリしててキレイだね。これホントに現存物かと思うくらいしっかり綺麗に整ってた。二重櫓の二階には上がれなかったけど続櫓から門櫓までずっと歩いて廻ってみれた。門櫓は思った以上に中が広くて驚いた。そして戻ってくるとき続櫓からは目の前の兼六園方向がよく眺められた。

外に出て、三の丸広場から五十間長屋を眺めつつ、本来の順路である橋爪門には進まず内堀を横目に鶴の丸広場に進み、休憩所に入って城案内の3D上映とか見た。そして本丸の石垣を少し進んで登り口に折れた。

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で、半分のぼると「鶴丸倉庫」弘化5年(1848)にに再建された現存の土蔵。国重文。
藩政の江戸時代には武具庫、維新後の軍政の時には被服庫、戦後の大学で使用してた時には文学部の校舎として使用。現在は能登半島地震の影響で非公開。正面から眺めて通過。

そして本丸跡に上がると、ここは完全な森林公園。モリアオガエルがいるらしい。
どっかに天守台が埋もれているんですかね。天守は慶長7年(1602)の落雷で焼失。その後は三階櫓が建っていたが宝暦9年(1759)の宝暦の大火で他の建物もろとも焼失。そこから放棄されて森になったそうだ。そんなこと言わないで本丸になんか建てといてよと言いたい所だけど、二ノ丸三の丸の門や御殿を再建するだけでも大変だったんだろう。なんせ大火は城を含めた金沢の町の九割を焼き尽くしたほどなのだから。

そんな本丸跡は東側(東の丸)の端にある辰巳櫓跡や丑寅櫓跡にも行きたい所だけど、行かずに西側の端に進んだ。

鉄門跡の石垣を抜けると西側の端には三十間長屋。安政5年(1858)に再建された現存の土蔵。国重文。
長屋とあるけど武器庫として使用されたいわゆる多門櫓。軍政時には兵舎、大学時には書庫として使用してたそうだ。
3時過ぎに来たので急がなくても見れるくらいの余裕かな。目の前の楓の紅葉が綺麗で写真撮ってる人が多かったけど、一先ず先に中に入った。

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中はやっぱりカッチリしっかり綺麗に整ってた。ここは二階にも上がれて天井の端の木の組方も面白かった。
そして格子窓から西側の市街が見えた。高いビルは北國新聞、その裏が武家屋敷で、手前が尾山神社。意外と距離あった。

外に出て楓を眺め、極楽橋を渡ったら、横に見る堀の先の紅葉も綺麗だった。そっちに行きたいトコだけど、時間を考えて、先に二の丸広場の御殿復元工事現場の壁に沿って進んだ。

そして金沢城の新シンボル、菱櫓から五十間長屋に橋爪門続櫓の連郭、平成13年(2001)に木造復元された建物でここだけは有料観覧だけど320円払って入った。っていうかこっちは4時半までだからそんなに急がなくても良かったんだ。

っていうかさすが新築、と言っても24年はたってるのか。これで一本の釘も使ってないというんだから驚きの歴史的木造建設。すごいよね。実物も新築の頃にはこんなだったんかね。

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そしてさすが五十間は長いね。っていうか此処もやっぱりすごく広く感じた。普通の城の多門櫓ってこんな広いんかな。二倍くらいの太さがありそうな感じするけど気のせい?
で、あちこちに城の解説や工法の解説などあって、モニターでさっきの休憩所の映像もやってたし、ジオラマ模型もあったし骨組み模型もあった。じっくり見てたらすごい時間くいそうだからサーッと見つつ進んだ。

一番面白かったのは菱櫓。ホントに菱形の建物で、横は普通だけど縦は細く床も天井も菱形で階段の口も菱形だった。へんなのー。此処からは三の丸広場と正門の河北門がよく見えた。

さーっとまわって20分で出た。橋爪門をくぐりたい所だけどやめて、少し二の丸を戻ってさっきの紅葉が綺麗だった西端に進んでみた。

こっちは松坂門跡の石垣の外の斜面に紅葉の木々が集まってて、いやいやまさかここまでの紅葉に包まれるとは思ってなかったので驚いた。周りの人も「これは大正解」「兼六園いかなくても充分」とか言ってたり外国人観光客も大はしゃぎだった。兼六園だったらこんな紅葉ポイントは大混雑で大変だろうね。

すぐ前の横道を折れて坂を下った先が「玉泉院丸庭園」。なんと金沢城は東隣に兼六園とかありながら城内西にも庭園があるのか。これは平成27年(2015)に復元された庭園だそうだ。けど、道は途中で通行止め。地震の石垣被災を復旧作業中だそうだ。「色紙短冊積石垣」までは行けて観賞できた。

そしてゆっくり引き返して二の丸まで戻ったら、次は人気の少ない北側に進んでみた。

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その先には「旧第六旅団司令部」というのがあった。軍政時代の名残の建築物、明治31年(1898)建築の陸軍の司令部庁舎。城的には煉瓦のように並ぶ刻印の石垣とか変なのがあったけど、ここはほーんとだーれもいなかった。
っていうか、いままでみてきた城跡で、その後の軍政時代の遺構とか建物が残ってる城ってあったかな?(佐倉城の木の落書きくらいしか浮かばない)どんな歴史でも現存する建物は貴重だしそういう歴史も含めて史跡を歩けるのはいい城跡だと思う。大学時代の建物も何か一つくらいは残しておいてもかったんじゃないかな。

そして「切手門」をくぐって(意外とこの門も現存物だそうな)広ーい新丸広場を見下ろしつつ内堀に沿って東に歩いた。

そしてその角がさっき中を歩いた「菱櫓」。北側から見ると細くて変な櫓。
三の丸広場の表に出て振り返ると、立派な五十間長屋の手前にちゃんとした形の「菱櫓」。やっぱ変な櫓で面白い。

最後の最後で「橋爪門」をくぐってみた。平成27年(2015)に復元された門で、この外側が二の門、中に一の門があり石垣と二重堀で囲われた枡形で二の丸の正門だそうだ。あ、ここから鶴の丸には出れないのね。

これでもう帰るかと、そういえばくぐってない三の丸正門の河北門は遠めに写真撮るだけで石川門に戻った。後から思えばなんで河北門をくぐらなかったのか訳ワカメ。実はここも門櫓の中に入れたそうだし、二重の枡形門で外から見るとニラミ櫓台という変なのがあったらしい。。

って感じで、見どころ多過ぎの非常に濃い城跡公園。こんなすごい城だとは思わなかった。そりゃ加賀百万石だもんね。特異で不思議で面白い城。寄る気になって良かった。

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タグ:観:城 観:櫓 観:門 観:石 観:庭 観:軍 観:模 観:重 景:季 楽:眺

弘法池

ファイル 4055-1.jpg白山市釜清水町にある湧水地。

360号で見かけた案内が何となく気になってて、折り返して来た時にも忘れてなかったので、ちょっとそれて寄道してみた。(名水100選だったらしい)

多分それ用の駐車スペースだろうと思えた路側帯に停めて、案内の横道に歩くと、その先にちゃんと駐車場があった。こっちまで入ってきて良かったんか。まぁいいけど。

さて、弘法池とあるけど、池という池は無く、水汲み場の蛇口があった。空きPETとか持ち歩いてないので手だけ浸した。

そして「弘法池」の案内には、「地下水が湧きだす甌穴」とあった。昔はここが手取川の川底で、石の窪みにハマった小石が水流でグルグル回って削って出来た穴だそうだ。それをまた弘法大師が杖で突いて作った穴だという伝説になっているらしい。いや弘法大師はともかく、ここが川底だったというよりは、穴の空いた石を誰かがもってきて湧水の口にしたっていう方が信憑性あるような、、、

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で、それがその石の穴。水は静かに鏡のように上を映していて全然覗き込めなかった。水は途中で抜けてるのかな、増減は見えず溢れだす気配もなかった。
これは「池」じゃなくて「石」といった方いいんじゃないかな。いや、周りが池になるくらい水があふれる時もあるのかな。

そして弘法大師像。みんな感謝だね。

水が流れ出してる口もあった。これは湧水?いや暗渠でつながった水路の口かな。これでも池というには足りなかった。

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その水はそのまま水路に流れてた。水路の周りの苔がいい感じだった。
ちょっと変な邪推とか否定的な文で申し訳なかったけどきれいな水の流れる瑞々しい場所だった。
蛇口の水もちゃんと穴から繋がってたしね。
汲みに来る人がいたので長居せずに車に戻った。

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タグ:観:池 観:石 観:水 観:像 観:地 楽:浸

お食事処 手取川

ファイル 4054-1.jpg白山市木滑出の157号沿いにある食堂。

二度目の来店、二度目の点景。今年夏にも来てたんだけど時間遅くて閉まってた。。のでリベンジ。やーっとこれた。

全開こちらで食べた熊丼がうまくて、ことあるごとにあちこちで「熊はうまい」「熊はうまい」言いまわるようになっちゃって、ぜひまた来たかった。
熊食べたの初めてじゃないんだけどねぇ。前に富山でも食べてるし、ヒグマは北海道でも食べてるし。

ってわけで、今日はさすがに昼過ぎで店やってて一安心。
店に入って席に着いて、一応メニュー見つつ迷わずにくま丼とくま串を注文。

で、先にまずくま丼。

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んーやっぱうまい。
よかった自分の頭の中でうまい方向に過剰に盛りすぎてたかもと疑いたくなってたけど、そんなことなかった。まごうことなくうまかった。
やっぱ食べようよクマ。町までわざわざ出てきてるんだからさぁ。

そしてくま串。
これは前回、隣りの席で食べてて、あーそれもたのめばよかったと悔やんだメニュー。もうそのまんまクマ。

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うわうめー。肉もいいし脂は更にいい。味噌との相性もいいし言うことない。
もう二本なんて秒よ。ペロリよ。食べ終えるのを惜しむのを忘れてたくらいよ。

他でもやってる店あるのかなぁ。
やっぱ店によって食べやすい食べずらいあるのかなぁ。
鹿も猪も基本的においしいけど、ハズレの店だとマッッズイからねぇ。
でもまたここで食べれてよかった。リベンジ成功。

ちなみに前回の点景 この日の日誌

タグ:食:丼 食:串 餐:肉

道の駅 こまつ木場潟

ファイル 4053-1.jpg小松市蓮代寺町の8号沿いにある道の駅。

ここは何回か来たことがあった。夜寝に寄ったこともあった。で、店が開いてた時間には来た事がなかったけど飾ってたものが面白くて一度だけ点景にしてた、、、、と思い込んでいたけど、してなかった。全然別のところと勘違いして憶えてたようだ。どこだ??
ってわけで点景は初。
来てみたら店の感じも全然違ってた。なーんかもう自信なくなるねぇ。間違えて記憶してることが他にも幾つもあるような気がして、道なんかもなんか似てる感じの所を混合して記憶してたりするしねぇ。まぁいいか。

さてさて、主目的のトイレの後に店を見てみたら小松のソウルフード「ホワイトサンド」というパンが気になったので買ってみた。すぐ食べなくていいしね。

そして入口前では練物の店が「味見してって」と試食を食べたらおいしかったのでバラで「イカ」と「エビ」を買ってみた。イカは能登のイカだそうで「エビは?」と富山の白エビみたいなのが石川にいるのかと期待して聞いたけど「エビは養殖」と素直に答えられた。
このおじさんが話し好きで「千葉から」というと「あら驚いた、千葉の人今日4人目だよ」と「千葉はなんで熊いないのかね」というのから「ここらへんも出ないけど猪は多いらしい、見たことないけどね」と。店は市内で親の代からずっとやってるそうで「全部ウチで朝早くから揚げたもんだよ」だそうだ。

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さて、道の駅の裏には「ショライ山」という展望台があるそうで「ちょっと数歩いかがですか」なんてあるので行ってみようかと進んでみた。
ら、「クマ出没注意」とかあった。ここらは出たことないって聞いたばっかだけどw

まぁさすがに数歩で登れるわけないけど、ほんの2分程度で登れた。人なつこいトンボが途中から先導してくれた。

で、その展望台は、草木に埋もれて見えて、あれ登ったとたんに展望開けたらすごいよなと上ってみたら、展望ゼロ。おいおい。詐欺じゃんw
ひっかかったと笑うようにトンボが集まってて周りトンボだらけ。っていうか12月直前のこんな時季までトンボって飛んでるもんだっけ?とか思ってたら大きなカマキリもいた。まぁ日当たり良くて今はポカポカだけどね。

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引き返すと、登って来た方向は木が薄く、足元のクヌギの実を見つつ、頭上のクヌギと青空を見つつ、折り返す所まで下ると北側のイオンモールの方向の景色が開けた。けど、さっき見た案内には木場潟が見えそうな風に出てたんだよなぁ。(木場潟は南方向)

車に戻って出発。
「ホワイトサンド」はもちろん食べるきないけど、練物はいいにおいで気になって仕方なかった。

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で、ひとつだけと食べてみたらやっぱりおいしく、ペロリと食べてしまい、ついつい止まらず二つとも続けて食べちゃった。あーいかん、すぐ先で食事の予定なのに腹にためてしまった。だいじょうぶかな。


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タグ:餐:揚 楽:買 楽:話 楽:登 動:虫 植:実 道の駅

三六サラダ焼 総本店

ファイル 4052-1.jpg福井市上北野にある鉄板焼菓子店。

サラダ焼は、以前に「タインバーガー」という名の鯖江の店で買って食べた事があり、久しぶりに食べてみようかと調べたらもうその鯖江の店はなくなってた。
で、移転して(というよりは自宅でやるようになった?)、福井市のこちらで販売してるとあったのでナビにナビさせて来てみた次第。

っていうか、またしても普通ーーーの住宅街。ホントに店があって窓口があって驚いた。

ファイル 4052-2.jpg駐車場が見当たらないので取り合えず路駐してコンコンと窓叩いて聞いてみたら、駐車場は無くて皆さん道に停めて買われていきますとのこと、えー大丈夫なの。すぐ裏に集会所みたいなのがあって通る車も割とあったけど。まぁ自分が心配する事でもないな。

ってわけで久々のサラダ焼、二個購入。
たった二個でもちゃんとした持ちやすい紙袋に入れてくれて嬉しかった。(っていうか、車では必要ないので申しわけなく思った)

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で、出発して走りながら食べたわけだけど、やっぱうまい。
パクパク食べて8号にすら戻る前に食べ終えちゃった。。
ケチらないで五個くらい買っとけばよかったかも。

いいねサラダ焼。いいね福井の住宅街。
匠な味からB級な味まで宅地に隠れてて面白いと思った。

この日の日誌

タグ:楽:買 餐:粉 餐:菓

さしすせそ

ファイル 4051-1.jpg敦賀市萩野町にある料理店。

ナビで来てみたけどもう完全に細い宅地内ので店がある雰囲気じゃなかったけど、「さしすせそ」というのを玄関に置いた家は見かけて、そういえば店っぽくはなってるか、、と、場所は分かった。
けど車停められないだろうと一旦通り抜けて、駐車場は裏だと調べて引き返してみた。

ファイル 4051-2.jpgら、対向車が来てそれも客かなと思ってついて行ったら裏の駐車場に停めたので安心して隣りに停められた。正直、ここがその駐車場だろうと思えても店の名前も無ければ停めていいか不安全開だよね。

で、コッソリついてったってわけじゃないけど、その先の客に少し間置く形で店に入った。暖簾かかってないし不安だよね。

店内はカウンターのみで、おでんも始めました的な貼紙はあったけどメニューは無かった。そしてお茶は出たけど、注文も聞かれなかったからそのまま待った。

内心これであってるのか不安になりつつ、何も聞かれないから聞くのもどうかと黙ってた。けど、先のお客さんは地域の常連さんのようで、世間話のような会話をしてたので、話してて忘れられたかもとか、ひょっとしたらワンオペで一人づつ前の人のを出してから聞くのかもとか、コミュ障全開で考えめぐらせてたけど、先の人の料理が出ても何も聞かれず、続けて調理しててあまり間を置かずこちらの料理も出たのでホッとした。

簡単な料理の説明と「おだしでお茶漬け風にも」とすすめられて食事した。

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っていうか、これはすごい。
どの品もそれぞれ美味しく、味の滲みる絶品朝食。写真であらためて見るとおかず少なく見えるけど、玉子焼きは大きいし、それぞれしっかりした風味で充二分。
特にへしこ。鯖を塩漬けして糠漬けした福井の郷土料理。これ、はじめて本物のへしこを食べたのかもと思える美味しさでご飯すすみまくって、オススメされた「おだしで~」を忘れそうになってた。っていうか、そもそもご飯じたい炊き方ばっちりでおいしく、おかずいらないくらいでご飯は御飯で味わいたいほどだったので、お茶漬け風にしてしまうのが惜しく思えた。でーもでも、意図を汲んでお出汁かけてみたらそれはそれでめくるめく世界、食べ終えるのが惜しかった。
いやはやこんな朝食にありつけるドライブになるとは。

といいつつ、これいくらだ。高くても驚かないぞ、、と最後のびくびくを残して「ごちそうさまでした」
ら、
千円チョイの全然普通の食事価格で逆に驚いた。
いろいろ言いたかったけど「おいしかったです」とだけ告げて店を出た。
怯まずに入ってよかった。冒険してよかった。

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タグ:食:定 餐:魚 餐:卵 餐:菜 餐:飯 餐:汁

敦賀赤レンガ倉庫

ファイル 4050-1.jpg敦賀市金ケ崎町にあるレトロ観光地。

いや、本当は金ケ崎城跡に来たんだけど、駐車場から山登りみたいなのでヤメて、あーたしか近くに何本もの線路が並んだ列車の停車場跡があって「ブラタモリ」で見たっけ、、と思ってフラフラしたら、もう線路も何もなくなってて、あらら、、と思った先でこのレンガ倉庫の脇に静態保存された車両を見かけたので寄ってみたって感じ。

その車両は「キハ28 3019」
キハ28は昔少年の頃にNゲージで買って持ってたお気に入りの国鉄気動車(58だったかも?)。けどこれは「全面窓が側面まで回り込むパノラミックウインドウ」の111両のみ製造の特別型で現存してるのはこれのみという希少車両だそうだ。

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この車両は1968年製造で福知山に配属、豊岡に転属しつつ2000年に廃車、和歌山で屋内保存されて大阪に移り、2018年に敦賀に来たそうだ。現役時代は山陰線だけど小浜線で同型車両が走ってたこともあったそうで市民の声が後押ししたとか。なるほど。

ゆっくり見てまわって、表に進むと、レンガ倉庫前にはベンチがあって白衣を着た恐竜が立っていた。
手を広げてるのはカップルの両肩を抱いて写真撮るスポットというわけだろう。早朝で助かった。

案内を読むと明治38年(1905)にアメリカの石油会社が石油貯蔵庫として建造、戦時中は軍の被服倉庫、戦後は昆布貯蔵庫として使用されたそうな。

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っていうか、館内は「レストラン館」と「ジオラマ館」となっていた。あーーそれか、その「ジオラマ館」に来てみたかったんだっけ。何か確か此処等辺で行きたいトコあったよなぁ、、と思ってたのは金ケ崎城跡でも金ヶ崎停車場跡でもなくてこのジオラマだったー。。
9時半からか。。二時間早い。残念。

恨めしく覗きながら庭をまわって車に戻った。


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タグ:観:建 観:鉄 観:像