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郡ダム

ファイル 1900-1.jpg君津市郡の県道沿いにある土堰堤ダム。
傾いた西日で黄色く照らされた木に囲まれた真っ青な水面がキレイに見えて思わず寄り道。

広い駐車場から遊歩道を歩いてみた。
ら、広々と青いダム湖に西日が反射して輝いていた。

富津まで来て海じゃなくて貯水池を眺めるとは思わなかったけど、そういう気まぐれ感が楽しいよね。

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ファイル 1900-3.jpg少し先に管理事務所があるので、ダムカードとかないかな?なーんて思って歩いてみたけど、完全に閉まってて人の気配もなくカードのカの字もなかった。ここにはないらしい。
(まぁ、あれば欲しいくらいで、無いなら寄らないとかそういうつもりはない)

その先がダムの上のようなのでもう少し歩いた。
湖面にはオオバンが泳いでいて、見てると活発に潜水を繰り返していた。ヒョコヒョコとかわいかった。

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ダムは緩やかで長そうなアースフィル。
眺めよく谷の先の君津市街が覗けた。

遊歩道にはだれーもおらず、のんびり歩けたけど、やっぱり風が冷たくて体冷えそうだったので早めに車に戻った。

タグ:楽:眺 景:湖 景:町 観:堰 動:鳥

公園食堂 志のざき

ファイル 1899-1.jpg富津市富津の富津公園内にある飲食店。
この時期やってる「生のリフェア」で富津に来てみて、富津公園で車を停めてスマホで店を検索してたら一番近いのが目の前の公園内のこの店だった。(「生のリフェア」の幟が出てなかったから気づかなかった。。)
この店はテレビでも見たことあるし、富津岬に来ればいつも通って知ってたけど、場所がいいから観光客向けの値段設定じゃないかな?とか思って入ったことなかった。まぁ丁度正面に車も停めたからここにしようかと入ってみた。

で、この店の「生のリフェア」メニューは「生のり三杯酢」
これこれ、前に他で食べて気に入った一品。
さっそく食べてみた。

ファイル 1899-2.jpgん、 あれ、、 
なんかそんなでもなかった、、
期待しすぎたかな?店によって違うかな?
海苔の風味があまりピンとこなくて、これならもずくの方がいいかも、、とか思えた。

そしてメインには煮穴子丼。
ここらへんでは「はかりめ丼」と呼ばれている御当地丼だけど、ここでは「煮あなご丼」と言う名になってた。一般向けなのかな?何か違うのかな?

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いやいやぷりっとした穴子が優しい白身で、味付けも軽く穴子の味を堪能。おいしかった。
前に食べたトコはしっかり濃いめのタレがきいた穴子の丼だったけど、店によって違うんだね。(それが「はかりめ」なのかな?)
しっかり富津を味わえて満足した。


ファイル 1899-4.jpgそして公園を出た先の「生のリフェア」の幟が立つ海苔製品の小さな店に寄ってみた。
前に生のりを買った店(しばーらく毎朝生海苔の味噌汁を作った)
その時はちょっと冷凍で手こずったし、やっぱ一人暮らしでは多くてなかなか減らないので、今回は無難に佃煮を買って帰った。

タグ:食:丼 餐:魚 餐:菜 楽:買

中の島大橋

ファイル 1898-1.jpg木更津市中の島の木更津港に架かる歩道橋。
歩道橋としては高さ27mで日本一の高さだそうだ。
なので、今日なんかは海と富士山がよく見えそうだなと思って寄ってみた。

この橋は子供の頃に来た記憶がある。
今の僕以上に無計画な父親の「潮干狩りでも行ってみるか」という気まぐれな休日のお出掛けで、都内から電車に揺られて午後の到着。帰り始めた人の波を逆行して駅から歩いて来てみたら、、潮が満ち始めてこの日の潮干狩りはもう終わりって時間。で、この橋だけ登って眺めただけで、「つかれたー」といってぶーたれて帰った思い出。。
あまり面白い記憶でもないけど、今となっては懐かしい。

で、それ以来の四十年ぶりくらいの来訪。大人になって見てもやっぱり大きい橋だった。
風があたってオーケストラのチューニングのような不思議な音がなっていた。

階段ではなく斜面の坂を折り返して登るのは昔と同じで懐かしい。
上まで登ると鳴ってた音は演奏してるかのように大きくなって、ウルトラセブンで不思議な現象が起きそうなBGMに聴こえて、頻繁に頭上を通る飛行機の音も掻き消されそうな程だった。

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音も煩いし風も強くてくそ寒いけど、橋の真ん中まで進んで眺望。
まずは東側の木更津の港と市街。

うーさみー。

そして西側の東京湾。
青い海が広く見渡せた。
富士山は薄っすら。アクアラインは少し隠れ気味。対岸の東京湾岸のビルも見えたけどどこがどこかまではわからなかった。

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橋の北側には「中の島」
起伏のない埋立地のような島で、公園広場があるだけだった。(人工の島では無いよね?)
その先の自衛隊基地には白い小型機が見えたのでデジカメでズームして見たらグライダーだった。

寒いしまた登るのヤだから島には下りずに橋の端で折り返した。

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ファイル 1898-5.jpg帰りは追い風で少し楽。
煌く海と遠くの富士山を見ながら(寒そうに登ってきた人達とすれ違いながら)渡った。

そして橋の下の駐車場の自分の車も確認。
前は上から自分の車を見るとホッとして喜んで写真撮ってたもんだけど、この車ではそういう感覚が薄れたな、、と思ったので、たまには写してみた。

タグ:観:橋 観:一 観:機 景:海 景:山 景:島 景:町 楽:眺 楽:登 楽:音

史跡上総国分尼寺跡展示館

ファイル 1897-1.jpg市原市国分寺台中央にある国分尼寺跡の資料館。
そういえば確か、随分前に上総国府を探しつつ来てみた時は年末年始で休館してて(11/12/30)いつかまた来ようと思ってて忘れてたトコ。

っていうか正直言えば興味あるのは「国府」で国分寺や国分尼寺の寺は興味なかったんだけど、当時のこれらの寺は今の寺とは違って国定研究機関のようなもので、さしずめ現代の国立大学みたいなものと解説されたことがあって、だったら国府と同じように巡ってみるのも悪くかなとか思えてきてはいた。

さて、この展示館。無料と大きく書かれていて気兼ねなく入ってみたら、館の人が案内してくれて、そのまま細かくガイドしてくれた。(ホントに無料だよねと一瞬焦った)
大きくしっかり作られたジオラマが中心の館内は写真もOK。国分寺と国分尼寺、当時の上総の国の話などを丁寧に解説していただけた。

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ここ上総の国分尼寺は全国でも最大面積の大きさで建設に20年かかったことや、全国各国分寺に七重の塔が建てられていたとか、興味深く楽しめた。

けど、
纏めて考えると、、現代でいう国立大学という解釈はまるで間違いで、この寺での修行は帝のために国の安定を祈願するだけの隔離されてて閉鎖された施設。
国府のある所には必ず置かれたというだけで行政や地域にはまるで関係なく、もちろん民間との接触もない。それだけの施設に莫大な建築費維持費を使って全国に造ってたのかと思うと朝廷の威厳も凄いもんだと思うけど、ますます興味なくなった。。

さて、解説映画までみて昼過ぎに館内のガイド終了。
あとは自由に外を歩いた。

館の裏の国分尼寺跡の広場には主要部の回廊が復元されているので、それを中心に見て歩いた。

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この展示館が出来た平成5年(1993)に合わせて復元。
柱の赤い色は復元当初は塗料も昔の物で塗ってたそうだけど、すぐに落ちて今では科学の力で触っても付かない物になってるそうだ。

南側には閉じられた中門もあった。

グルッと正面にまわると復元されてない金堂の部分から中に入れた。(西側にも入口の階段があるけど人がいたので避けてまわった)

この部分は普段は誰も立ち入らない場所だったそうだ、砂敷きの中庭の中心に銅灯篭が立っていた。

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なんか興味薄れつつも天気ポカポカで気分良かった。
芝生では鳥が地面をつつき歩いて飛びまわっていた。近所にも沢山いるムクドリかと思ったら、そうはなくて凛とした姿勢がかわいい渡り鳥のツグミだった。


車に戻って出発。
ちょっとついでにこの近隣にある「上総国分寺跡」にも行ってみた。
ここは前に歩いたことある。(点景にはしてなかったか)

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寺の入口に西門の礎石跡があるけど、寺は史跡とは別で立派な仁王門と更に立派な茅葺きの薬師堂がある江戸時代からの物。
んーやっぱりお寺って雰囲気が好きじゃないんだよな。。

その境内を出ると、周りの広場が国指定史跡の「上総国分寺跡」
見どころは、さっき尼寺跡展示館で説明を聞いた七重塔跡の礎石。1250年前の物。鋸山から船で運んだんだそうだ。
ここに推定60mの赤い七重の塔がたってたそうだ。ふーん。

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今までは国分寺跡に国府跡の情報があるかなーと思って寄ったことあったけど完全な見当違いだったんだね。。
今日はのんびり楽しめたけど、国分寺、国分尼寺は今回で完全に興味薄れたので、もうドライブ先で見かけても寄ることはないと思う。

タグ:観:館 観:寺 観:模 観:庭 観:石 動:鳥