秋田市寺内にある出羽国の政庁跡。
ホントは久保田城に行こうって思ってたんだけど、勘違いして立ち寄った場所。
来て歩いてやっと、なんか違うなと気付いた。
再現されたような古代国家風な塀と門があって、脇には国府の変遷模型があった。
そうか!出羽国の国府としての代城柵、秋田城の跡だったか。
いや寧ろこっちの方が興味あったし来てみようと思ってたので間違えてて丁度よかった。
再現された門の中は建物の柱跡が整ってた。
門の前の大通り跡では、地元の高校の運動部らしき学生達が走り込みの練習に使ってた。
何でこんな所でとも思ったけど、普通の公園としても悪くない場所だった。

うん、なかなか悪くなかった。模型もあって満足。
と、駐車場に戻ろうと思ってフト気付くと前の通りを挟んだ先にも何か見えた。
行ってみたら外郭東門と城壁の築地塀も再現されていた。
おお。おお。
こっちには城柵全体の地形模型と案内があって、それを眺めてたら地元のおじさんに声かけられて、いろいろと深い歴史話から地元話までを聞けた。(聞かされた、、)

おじさんの話をほどほどで躱して門から外郭の外に進むと、大通りがのびてて、鵜ノ木地区という池のある丘の公園のような広場には建物の柱跡があちこちにあった。

柱跡の木柱にきのこが生えてて美味しそうだったww
ここら辺は寺や迎賓の客室などがあった場所だそうで、井戸の跡もあった。
そんな建物群の端には「古代水洗厠舎」というのが再現されてた。
そんな8世紀の奈良時代の昔に水洗のトイレなんて、、と思ったけど、あったらしい。
主に来賓客用に使われたもので不安と不快のない様に個室にわけ、水を流して背面の溝で下水される造り。
でも残念ながら閉まってて中は見れなかった。。(九時から見れたらしい、、)

トイレの裏は沼地になってて、木道が続いてたので歩いてみたら、古代米の水田なんかもあった。
へー。散歩にも面白いトコだな。
そのまま進んで森の中を廻りながら門に戻った。
これはとても面白いトコだったと満足で駐車場に戻ると、その手前にあった「秋田城跡出土品収蔵庫」という資料館がちょうど9時で開いたトコだったので、覗いてみた。
1フロアーの小さな資料館なので、ホントに軽くパーっと覗くだけのつもりだったんだけど、、
館内案内のおばさんの話が分かりやすく面白く、ついつい丁寧に細かくひとつひとつ説明されながら見てまわっちゃった。
秋田の歴史、なかなか興味深く想像の余地も多く面白かった。
気が付けばもう10時。。
うへぇ。この資料館だけで1時間もいちゃった。
でもすごく楽しめた。秋田県内の古代史跡は図らずも割と巡ってるのでとても興味深く面白かった。
行こうと思ってた久保田城は、、、昨日行った津軽城に続いて、東北列藩同盟を早々に裏切った城シリーズだなーなんてマイナスな事思ってたので、間違えたお陰でいい印象で秋田を楽しめた。良かった良かった。

秋田市土崎港西の湾岸にある道の駅。

男鹿市船川港本山門にある神社。社殿は国重文。
まず鳥居くぐって少し登ると塔(宝篋印塔)とか池とか有った。




男鹿市北浦入道崎昆布浦、男鹿半島北西端の岬。


ぐるっと草の中を歩きまわって駐車場に戻った。






つがる市(旧柏村)柏桑野木田にあるリンゴの木。
と、及び腰で進むと、その先は誰もいなかったけどネコが寝ころんだ裏庭の駐車場。
樹齢127年(案内の表記)。
深浦町関栃沢の101号沿いにある「いこいの駐車帯」の横にあるスナック売店。

深浦町風合瀬の101号沿いにある道の駅。
早速イカ焼き、、、というわけではなく(列になってたし)ちゃんと食事したいので先に食堂を覗いた。

んー。うめー。
西目屋村鬼川辺、白神山地の津軽峠近くにあるブナの巨木。
車を停めた津軽峠からは270mの森の斜面の道を歩く。

来た道を戻ると「マザーツリー」が裏から見れた。
弘前市上白銀町にある大正時代に作られた日本庭園。
まずは入ってすぐの洋館に足を運ぶ。

「エアー書道」というのはスクリーンにかざした手を筆にしてセンサー越しに書くもの。結果はプリントアウトしてくれる。