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箕輪城跡

榛名山の裾、渋川、前橋、高崎、安中のちょうど中心辺りにある城跡。
戦国時代には北関東随一の要所の城だったらしい。
江戸時代初期に高崎城に引っ越して廃城になったそうだ。

ファイル 280-5.jpg二の丸でちょっと梅を見てから歩く。
二の丸は出撃の拠点だったそうだ。

観光施設的なものは東屋と昭和っぽい案内図くらいしかなかったけど、プレハブ小屋の前にいた普段着のおじさんが案内のプリントをくれた。
ボランティアで案内してる地域の人って感じかな?
結構来てる人多いんだから高崎市でちゃんとすればいいのに。

ファイル 280-1.jpg二の丸から堀の虎口を歩くとすぐに広い本丸に出る。
野球が出来そうな広い原っぱ。
一回り縁を歩き回ってみた。
東側は土塁で盛り上がっていて、上から見下ろすと急峻な崖。
いやいや城郭なんだろうけど、土塁の城郭にしては立派過ぎて人造の地形とは思えなかった。杉林になってるしね。

原っぱには青くて小さな花(オオイヌノフグリ)が沢山咲いてた。
道のない西側に横断したけど、花を踏まないように踊るように歩いたww

本丸の奥は土堀で分けられた御前曲輪になってた。
ここに櫓や持仏堂があったらしい。
っていうか、これが本丸じゃん。。
井戸跡もあり奥の三辺はやっぱり急峻な谷の堀になってた。

此処で引き返す人が多かったけど、案内プリントをみながら奥の谷を下った。

ファイル 280-2.jpg谷の先の山の脇を抜けると丸馬出に新曲輪、稲荷曲輪と続いてた。
泥道でぬかるんでたので足元注意しながら歩いた。
きっとこれ朝に霜柱で浮いてるんだろうなって感じの泥道。
かえって道じゃないトコの方が歩きやすく、此処でも曲輪の原っぱを歩き回った。

稲荷曲輪の手間の塚は櫓台跡だそうで、頂上に稲荷神社があった。
曲輪の正面は水堀の跡。
堀の外は梅林になってた。
二の丸の梅はあまり咲いてなかったけど、此方は満開!
蜜蜂と一緒に甘い梅花の香りを楽しめた。

少し来た道を戻って本丸下の堀を歩いた。
川があればそのまま渓谷って感じ。これ全部掘って割ったのか、、

御前曲輪櫓の裏の石垣を見ながらしばらく進んで三の丸に出た。
その北の奥は段々になってて奥屋敷の曲輪になってた。往時はここから本丸に深い堀を渡る橋が架ってたんだそうだ。
三の丸の西側の虎口にも石垣が残ってた。平積みの簡単な石垣だけど、やっぱり城跡なんだと思い出させてくれた。
三の丸の南側はこれまた深い堀割。巨大な土堀。これ谷だよ。スゲー。

ファイル 280-3.jpg

そして二の丸に戻った。
二の丸からは土橋で大堀切を渡り南の外曲輪へも歩いた。

郭馬出の細い口を通って城門跡を抜けて木股に歩く。
オオイヌノフグリの野原が続き、東側は木もない草むらで、赤城山がよく見えた。
二の丸からも見えるけど木が邪魔なので、ここが一番眺めイイ。

ファイル 280-4.jpg

その先は道が細く荒れ気味。
西や南側の眺めは見れないかなとか思いつつ、崩れ気味の竹藪を抜けて坂を下ってたら大手尾根口に出ちゃった。。
ちょっと歩き過ぎたな。大手尾根を引き返した。

大手尾根はしっかり山道。登りはまっすぐの急勾配でいい汗かいた。

そして二の丸の駐車場に戻った。
これだけたっぷり歩くんだったら麓の駐車場でもよかったなぁ。

いやしかしピンとこないくらいの大きな城郭だった。っていうか山だよ。
城を造るのに都合よすぎる深い谷を持つ山って感じだった。まぁつまり、あまり整備はされてなく雑木林や草叢が生茂って埋もれちゃってる感じだった。キレイに整えたらスゴい城郭だろうな。
場所的にも前橋と高崎の間で、越後方面と信濃方面両側に睨み聞かせられるし。
こんな立派な城捨てて高崎に引越しって勿体ないね。

タグ:楽:歩 観:城 植:花 観:史 景:山 楽:眺

道の駅 よしおか温泉

ファイル 260-1.jpgいつのまにか繋がってた17号の前橋渋川バイパス。
その高架脇にある新しい道の駅「よしおか温泉」(2010年3月オープンしたそうな)に来てみた。
バイパスからだとちゃんと案内出てるのかな?
吉岡町の市街側からだと、県道から利根川に沿った町道に出て初めてポツンと案内を発見したので、なんかお宝的な気分で惹かれて来た。
「モヤモヤさまぁ〜ずみたいなノリでいいね」と友達。
そうそう。僕のドライブってそういうノリですwww

さて温泉は入浴二時間¥300!週末だし夕方だし道の駅だし。
さすがに混んでた。そりゃそうだ。むべなるかな。
でも風が出て来て寒かったからか、広い露天風呂は思いのほか空いてて悠々入浴。
黄色い湯の温泉。
露天の奥が浅めの寝湯コーナーになってて、肩まで浸かれる形で横になれた。気持ちよくのーんびりゆーっくり湯に浸かった。ら、浸かり過ぎて湯あたり。。
湯から出たとき立ちくらみグラグラで貧血っぽく、なんとかぶっ倒れずに木のベンチに辿り着き、そのまま暫く仰向けで膝立てて横になった。。いやーサウナの後の水風呂とかでこんな感じに成ること有るけど、座ってられ無いようなブッ倒れ状態は初めてで焦った。。
まぁ四五分横になってて復活したからいいけど、血圧かな?心臓かな?節食の弊害かな?ちょっと気をつけよう。

さてさて、珍しく風呂の話で長くなったけど、点景のネタは食事。
入浴後、同施設内の食堂で食事した。
温泉風の広いお座敷でもレストランのテーブル席でも食べられるので、がらがらだったテーブル席で静かに食べた。

ファイル 260-2.jpg食べたのは「上州麦豚の生姜焼き定食」
上州麦豚というのに惹かれて食べたけど、豚肉は薄目でフツーだった。
それよりご飯がふっくら甘くておいしかった。(すくねーけど。。)
豚肉一枚減らしてもいいから丼で食べたい白米だった。
女性向きの分量って事かな?高齢者向け分量かな。

量が少なくて物足りなかったので、帰り道でおかわりにラーメン食べちゃった。

タグ:食:定 餐:肉 楽:湯 楽<困 道の駅

茂林寺

ファイル 237-1.jpg館林のお寺。
号は「青龍山」
童話の「分福茶釜」が伝説として残る寺。
先月行った「證誠寺」
と共に狸話で有名な寺ってことで、同じような感じかな?とか思って来てみたら、アニハカランヤ。
こちらの寺は、広い駐車場と(+臨時駐車場?と)門前には土産屋が並ぶ立派な観光地だった。

そして門をくぐるとズラリとタヌキ。
羅漢か何かのように山門前に勢揃い。
見回せばこれ以外にも広い境内の彼方此方にタヌキの置物が散らばっていた。
かと思えば、山門は立派な茅葺屋根。1694年建立の歴史ある重文化財。
更に大きな本堂も茅葺屋根。1468年建立(1727年改築)。すごい。
一見派手に観光地化しながら茅葺きで文化財を残す立派な寺。

ファイル 237-2.jpg

更に¥300払うと本殿内の宝物や「茶釜」が見れる。
したたか〜。
ケチな僕にしては珍しく乗り気で見てきた。

ファイル 237-3.jpg本堂内の撮影は「茶釜だけ」OKだそうだ。
ってわけで写してみたけど、
茶釜前のガラスの映り込みで自分が映っちゃって、まるで自分が茶釜から顔出してるタヌキの様。。

茶釜の部屋には説明の音声がエンドレスで流れてた。

寺に現れた僧が持っていた茶釜から際限無く水が涌いた不思議と、
その僧が160年も住職を務めた上に狸だとばれて行方をくらませた不思議。(なんかSFチックだねぇ)
それが伝説として残って、子供向けの童話に作り替えられたんだそうな。
っていうか童話の「ぶんぶくちゃがま」ってどんな話だったっけ?

この寺が喜劇ドラマになった時の写真やあの裸の大将の山下清(の本物の方)の絵なども飾られてた。
古くはは大名から近代では皇族の方々も来られたらしい。
不思議な茶釜ひとつで様々な人が訪れて凄いね。


さて寺の周りも少し歩いてみた。
寺の裏は沼と湿地になってて遊歩道になってるらしい。
けど、、
なんか荒れ朽ちた感じ。。
沼を見る台に続く木道は完全に荒廃。沼に突き出た橋台も半分沼に落ち、揺れて危険な状態。
立入り禁止になってない放ったらかしなのが珍しくて面白い。(一応、県の天然記念物)
何故かすぐ近くのカモも眠そうで逃げないし。。

ファイル 237-4.jpg

この沼の名前は茂林寺沼。
その先に進んでみたけど、高い蘆の枯れ穂で沼がよく見える場所は無かった。
ずっと進むと茂林寺川に出て、その先にまたまた荒れた木道の入口があった。

ファイル 237-5.jpg

ああ、、また季節外れの湿原を歩いてるwww
でも逆に枯れ穂だらけの湿原は、継ぎはぎの木道とマッチして寂しい冬の風景としてなかなかよかった。
天気いいからいい散歩。曇ってたら気が滅入りそうだから歩きたくない道だね。

ファイル 237-6.jpg

ずっと進むと奥に「ホタルの里」と言うのがあった。
こんな道を暗くなってから歩いたら危険だよな、、とか思って見たら、そのすぐ先は公園で駐車場もあった。住宅地も近かった。

道は木道のまま茂林寺の裏の林に続いてた。
裏の林も自然一杯でいつタヌキが出てもいい感じ。程よく歩いて寺に戻った。

いやぁ、観光地化されててながら、古刹の良さもあり、タヌキの像も境内の樹木も面白く、本殿も山門も立派でお宝もあり、湿原や沼や川まで歩けるけど遊歩道は寂れてて、チグハグな感じが混ざった面白い所で、思いのほかのんびり歩けてよかった。

タグ:観:寺 観:重 観:像 観:具 観:伝 観:道 景:湖 景:原 観:然 動:鳥 楽:歩

つつじが岡第二公園

ファイル 236-1.jpg館林市内中央にある群馬県立の公園。
名前の通りツツジの名勝らしいので季節違いも甚だしい時期に来たのかもしれないけど、目的は沼。
冬の日差しに輝く沼と鴨でも眺めてのんびりしようと思って来てみた。

でも案内板見たら、あ。この公園て館林城址なんだ。。
(っていうか「城沼」って名前で気付けよ。。)
ここ最近、城跡ばかり歩いてるから今日はヤメとこうって思ってたトコなんだけどなぁ(^ ^;Δ

そっか城跡か、、来た以上はやっぱ歩きたいよね。
ってわけで沼から城跡コーナーへ歩いた。
因にツツジ園は城跡とは逆の対岸で有料らしい。っていうか実はそっちがメインの公園で、こっち側は後から整備された第二公園なんだそうな。

ファイル 236-2.jpg
↑尾曵橋からみた城沼。

ファイル 236-3.jpg園内には冬桜が咲き残ってた。
こうして見ると散った部分とまだつぼみとあるから長い期間咲くのかもね。

その冬桜並木を抜けると「旧秋元別邸」という屋敷があった。
旧藩主が明治にここに建てた別荘だそうだ。

ファイル 236-4.jpg

屋敷の庭先には褌一丁で投網を打つ姿の旧藩主の像。。ハイレグブリーフみたいな褌だった。

ファイル 236-5.jpgその屋敷の奥が本丸跡。
こんもり盛り上がった上に八幡神社があった。
説明には「ここに城の中心の本丸があった」とある。この八幡神社は元はもっと沼よりの八幡曲輪にあったらしい。(今は旧秋元別邸があるあたりじゃないか?)

不親切な案内だけど、ここはつまり本丸の郭の東南の隅の櫓台で、櫓を再現するつもりも無いから神社を持ってきちゃたってトコかな。

その先は「こども科学館」の裏庭で、本丸南側の土塁跡が残る。
つまり本丸の大部分は「こども科学館」になってる。

「館林城溝状遺構」という水路が移設復元。池から水を流してた。
土塁は整って無いけど、冬なのにヤケに青々と草生えてた。

そして南西の隅だけ石垣があった。石垣の説明は無い。
んーこれは多分、、土塁が駐車場側に崩れないように保全の為に作っちゃったものじゃないかな?
井戸跡の位置から考えて土塁はもっと先まであった筈だ。

ファイル 236-6.jpg

「こども科学館」はあの向井千秋さんの記念館。
館林の出身だったんだ。
子供は無料で大人は¥310。大人一人で入ってもしょうがないよね。パス。

その道路向かいに「館林市第二資料館」というのがあった。
こっちは無料なので入ってみたw

けど、県指定重文の明治後期建築洋館「旧上毛モスリン事務所」というのは補修工事中だった。

奥にあった「田山花袋旧居」は見れた。
うん。洋館より日本家屋の方が興味あるもんね。
茅葺屋根の平屋の4DK。いいな。
懐かしい感じがしちゃうけど江戸時代の武家屋敷だったらしい。

ファイル 236-7.jpg

なんか沼を眺めるだけのつもりで寄ったのに、盛り沢山になってしまった。。

駐車場に戻ると、この駐車場も曲輪に見えてきた。(そうだったらしい)
形が残ってない城は勝手に想像できるから面白いね。

タグ:楽:歩 観:園 観:城 観:宮 観:屋 景:海 植:花

一升や

ファイル 235-1.jpg館林のうどん・そばの店。
館林だから饂飩がメインだろうと思って来たけど、実はここ、蕎麦がメインだったのかもしれない。
メニューを見たら「もりそば[うどん]」って言う具合に蕎麦メインで書かれてた。
店内の他の客の雰囲気では蕎麦・饂飩半々くらいかな。。
僕は迷わずうどんを頼んだんだけど、他の人のを見てたら蕎麦がとても旨そうだった。。
ていうか後から来た人が「合い盛り」で頼んでた。!!!その手があったのか。。

ところで店内一杯に飾り釣られた昭和のにおいの玩具の数々に驚いた。
なつかしいものも多く感慨深かった。
そしてそれらと一緒に落書きのような店主の一言の紙がまた面白く、料理が出てくる間にずっと見てて、全然飽きなかった。

さてうどん。大盛りで頼んだらこんな感じ。

ファイル 235-2.jpg

まさしく大盛りの名の如く盛られてる。
ざるからこぼれそうだ(^ ^;Δ
いただきまーす。
真っ白の饂飩は思ったよりもコシがあって、小麦粉の感じも瑞々しさもしっかりしてておいしかった。
館林うどんてこういう感じ?
特別個性的ではなく正統派なおいしいうどんだった。
こんなに量があっても最後まで瑞々しく美味しく食べられた。
ういーまんぷく。

ファイル 235-3.jpg食べ終わって気が付くと待ってるお客が列になってた。。
少しでも昼前に来てすぐ席に着けてよかった。
店を出ると、店に入り切らないお客と、店に入り切らない玩具が並んでたwww

ところで「お年賀」というポチ袋をいただいた。
うわー有難いな。と思って開けてみたら。。

ファイル 235-4.jpg

七味。。あらら。

まそれはともかく次はそば食べに来よう!

タグ:餐:麺 観:具 楽:懐

武正米店

ファイル 188-2.jpg桐生市街の「ポテト入り焼そば」の店。
以前、ソースカツ丼を食べたくて桐生市街をウロウロしてた時に見掛けて気になってた店で、米屋で焼そばって、、とネットで調べたら割と評判の店だった。
行こう行こうとは思っててなかなか来れず、今日になってやっと来店。

店はクリーニング屋までもミックスの不思議な雰囲気で、そういえばちゃんと米もあって、焼そばの部は小さなテーブルひとつだけで持ち帰りメインって感じ。

出来上がってから「ここで食べていきます」って言ったら持ち帰りパックからお皿に入れ替えてくれた。。先に言えばよかったんだ。。申し訳ないです。

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ファイル 188-3.jpg全部入りのミックスを食べようと思ったけど、、あまり腹減ってなかっので少し遠慮してコーン入りポテト¥380

桐生で焼そば食べるの初めてだったけど、んまかった!
正直、ジャガイモ入りだから栃木の焼そばと変わらないだろうと思ってたんだけど、ここだけの話、栃木市のより全然うまかった。
好みもあるのかな、ソースの味と、麺の弾力感が程よく、そしてイモの柔らかさも丁度いい。崩れないくらいがいい。
(栃木は芋がくずれ気味であまり好みじゃなかった)

そして店のご主人の親爺さんがまた感じのいい人で、色々と話が聞けてゆっくり楽しめた。

以前は純粋な米屋だったと言うこの店の話。
そして桐生の料理の話。
「桐生って焼そばもうどんもカツ丼も評判な上にコロリン〜や子供洋食まで凄い町ですよね」
って言ったら、実はまだまだどの店も出してないけど、昔よく食べられてた独特な料理があるそうだ!
この主人も子供の頃の記憶をたよりに復活させようとチャレンジしてみたけど、どうも違う。。という料理。
聞けば確かに他で見た事無い料理。
これは是非復活して貰いたい食べてみたい。応援します。

それと、子供洋食。
この店のこだわりでこれは完全に昔の味を再現しているそうな。
あ〜失敗。もっと空腹で来て子供洋食も食べればよかった。。
いや、また来よう!つぎは子供洋食とミックスだ!
(ああ、、でもカツ丼も食べたいし、、ひもかわうどんも、、)

焼そば食べ終わってから、お茶を啜りながら一時間くらいゆっくりしちゃった。。
店出たら外は真っ暗。いやはや美味しく楽しかった。

タグ:餐:や 楽:話

コロリンシュウマイ

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ファイル 187-2.jpg桐生市相生町のB級グルメ。
僕的には日本一のB級グルメだと思う一品「コロリンシュウマイ」を売る専売店(っていうかオリジナル店)。
今日は移動販売用の車が戻ってきてた。(初めて見たかも)

最近、B級グルメが流行ってるけど、
いやいやこれはちゃんとした郷土料理でしょ?っていう物から、
工夫して作ったけど地元の人はまったく知らず珍し物好きの旅行客しか食べない名物料理ってアリですか?っていう物や、
殆ど駄菓子に近いような地域に馴染み過ぎてるナンダコリャ?っていう物まである。

ファイル 187-3.jpgその何だこりゃ?の王様がこの「コロリンシュウマイ」
何度食べても面白美味しく、これで四度目の来店。
やっぱり美味しかった。

ほんと地域地域で色んなものがあって面白いよね。

この移動販売車、ウチの方にも来て欲しいな、、

タグ:餐:餅 観:車

えびす食堂

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ファイル 186-2.jpg渋川市街北の17号沿いにある食堂。
ニコニコ亭以外の店でソースカツ丼を食べようと携帯で検索してたんだけど、渋川でカツ丼てニコニコ以外なかなか見つからない、、
そんな中で見つけた店。
よくこんな店が検索できたたなぁ。。と思うような、ふつーの食堂。

ソースカツ丼を食べた。
カリッと揚がってて美味しいソースカツ。
特筆するのは値段かな。これで¥500。
ニコニコ亭みたいな独特な凄さなんかないけど、普通に安く美味しく食べれる地域に根付いたソースカツ丼。
思い切りかっ込めておいしい丼メシ。


で、なんとプラス¥200でラーメンとセットにできる。
ってわけでラーメンセット。
ラーメンは小ラーメンじゃなく普通のラーメン。
味も胡椒がきいた普通の食堂のラーメン。

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いや〜喰った喰った。満腹満腹。

ラーメンは単品だと¥350。
定食も¥400から¥600くらいで財布に優しくお腹いっぱい。
定食ものもうまそうだった。
昼だから客足も絶えず老若男女いろんな客が来てた。

タグ:食:丼 餐:揚 餐:ら

棚下不動の滝

渋川市の北の利根川の峡谷にある滝。
「日本の滝100選」だそうで寄ってみた。歩いてみた。登ってみた。

駐車場にあった案内図通り坂道をぐんぐん登ると、その棚下不動があった。
ここから滝へ行く案内が無い。。。

棚下不動の境内に入ると石段の手前に滝と奥之院の道標があった。
それと「落石の危険がありますので、ここから先への立ち入りはご遠慮ねがいます。ー渋川市ー」というのがあった。

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ご遠慮願われちゃった。。こんな観光地初めてだ。
っていうかこんなの下の駐車場にも出しとくべきだろ?
そんなん無視して石段を登った。
ああ、また朝飯食べる前に石段登ってる。。
まあまあ急で長い石段だったけど、羽黒の経験からの自信でわけなく登れた。
石段辺りでは落石「注意」になってた。

そして滝。どーん。

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ファイル 185-3.jpgすんごい岩の割れ目から溢れ落ちる滝だった。

その滝壷へ下る道も「台風8号の影響で〜」滝壺には近寄るなと赤城村の警告。
っていうかいつの台風8号だよ。。
っていうか赤城村ってもう合併して無いだろ。。
渋川市放置かよ。。

滝壺付近は飛沫が舞ってて爽やかだった。
滝壺の脇には更衣室があった。
更衣室?滝に打たれたりするのかな?(そうらしいです)

後ろの空洞に奥之院があって裏からも滝が見れた。
その先まで行けて反対側からも滝観賞。

イヤ〜凄い景色だ。
落石注意やら通行遠慮などの警告もイイ味付けかな。
ほんとに崩れそうだ。

ファイル 185-6.jpg


ところで、滝ってエロいね。
って感じるのはオヤジな発想?
まぁそう言う年なんで勘弁して下さい。。
この滝は「雄滝」というそうで、近くに「雌滝」があるんだけど、これは女性だと思う。

ファイル 185-4.jpg

ファイル 185-5.jpgゆっくり滝を見て石段を下る。

石段を下り切って棚下不動から先の坂道は、途中に脇道があって、急な石段を登ったら「雌滝」がよく見えた。

僕が名前つけるとするなら雄滝・雌滝じゃなくて母滝・娘滝にするかな。。

もう一つの祠のある石段の上からは利根川がよく見えた。
ん〜いい眺め。

タグ:楽:登 景:滝 景:崖 景:川 観:選 楽:眺

大同赤城神社

ファイル 184-1.jpg赤城山を神体として祀る神社。(いろんなの合祀してるみたいだけど。。)
赤城神社というのは関東ではメジャーな神社で千葉県のウチの近くにもある。
そんな赤城山信仰の本社山頂部ってとこかな?
中腹にも大きな本社が在る。(登ってきた三夜沢町)
それぞれが本社を主張してて仲が悪いらしい(笑)

まずは駐車場から真っ赤な桟橋を小鳥ヶ島に渡る。

ファイル 184-2.jpg入口の説明書を読むと、最初は地蔵岳の中腹にあって、大同年間に大沼の湖畔南岸に移築。
それを昭和に入ってこの小鳥ヶ島に移築したらしい。
(大同赤城神社とかいいつつ正確には昭和赤城神社だよね)

大同の移築は、建物を大きくして多くの信者を集めるため、昭和の移築は山のレジャー開発で観光客を集めるためだろうね。

島は公園の池のように大沼の湖面と差がない。
水位の変わらない湖なのかな?

ファイル 184-3.jpg

本殿も真っ赤だった。
元々は「赤き山」から赤城山になったそうな。
トコトン赤にこだわって然り。
そういえば、何年か前に来たときは赤城山の道路標識の案内標示も赤かったけど、それはさすがにおかしかったのか今では青に戻ってる。

ファイル 184-4.jpg神社の脇には多宝塔があった。
最初、建物だと思って、探しちゃったけど、このかわいい石の塔だった。
元々はこの島の中央にあって600年以上の歴史のあるものだけど、神社の移転で隅に追いやられた感のある県重文。


さてさて
赤城山といえば、昔、男体山と戦場ヶ原で闘って負けて血だらけでこの地に落ち延びたという群馬県の人なら誰でも知ってる神話がある。
負けて血だらけで帰って来た神様って、、

100%勝手な根拠の無い想像だけど
昔、赤城山が噴火した時、吹き出したマグマを見てそういう神話が生まれたんじゃないかな?
自然の神秘と災害の恐怖と、それでも雄大な山の姿を見て生まれた神話。なんてね。
男体山に負けた神様なんて言うより、山岳信仰っぽい想像でしょ?だめ?

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