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タンメンしょうや

ファイル 2966-1.jpg佐倉市生谷の県道沿いにあるタンメンの店。

この前の県道は房総方面からの帰り道の定番コース。なので、前々から何度も見掛けてて、看板にある「佐倉No.1のタンメン」とか「15万食突破!」とかいうのが気にはなってたものの、帰りだと対向車側なのと、ここまで来たなら一気に帰っちゃいたいくらいの場所なのとでついついいつも通過し続けていた。

今日も房総の方で何かおいしいもの食べてきてたら通過してたとこだろうけど、食事処はどこも寄れずに帰って来てしまい、ならばと思い出してやっと寄れた。

ファイル 2966-2.jpg半端な時間だけに店は空いてて客は自分だけで悠々テーブル席。
メニューを見るとタンメンは三種類。「野菜たっぷりタンメン」と「佐倉タンメン」と「佐辛タンメン」。
ちょっと値段高めだけど(そして税別の表記だった)人気No.1とあった「佐倉タンメン」にしてみた。やっぱねー地名を冠してるメニューってひかれるのよ。

他にサイドメニューも沢山あって「どぶづけ餃子」とか「冷たい手羽」とか「岩塩たまご」とか気にはなったけど、食べすぎはよくないのでヤメといた。

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で、「佐倉タンメン」。器は上からの写真だと小さく見えるけど深さがあるかわった器だった。レンゲに乗ってるのはタマネギだそうで、甘味のアクセント。
汁はちゃんぽんのような感じでいい味。ギトギト感ある最近のはやりのタンメンとは違ってていいし、なるほどタマネギまぜるとまたいい感じ。
おいしくぺろりと食べられた。

そういえば実は子供の頃から割と最近まで、タンメンとか野菜の盛られたラーメンとかあまり好きではなく、味噌ラーメンのモヤシでさえ煩わしく思ってた。
野菜が嫌いというわけではなくて、麺を思い切り食べたいのにそれよりも主張してると邪魔でしかなく、CMだらけのTV番組のような鬱陶しさを感じてた。
それが、最近は年のせいか野菜がうまく感じてきてて、以前ほど煩わしくは感じなくなってきたと思う。
でもさすがに、だから次回は「野菜たっぷりタンメン」を食べてみよう、、とは思えないのは正直な所。「あっさり」というのが気にはなるけどね。

タグ:餐:ら

いすみ環境と文化のさとセンター

ファイル 2965-1.jpgいすみ市(旧夷隅町)万木にある地域ネイチャーセンター。

実はここはわりと前からWebで知って気になってた所。たしか千葉県内で「ミヤコタナゴ」が観れる所だった筈。
でもその記事はもう古く、後から見たらタナゴがいるのかどうかいまいちハッキリしてなかったりして、それとだいたい外房にドライブに来る時はもっと先に進んでしまってここらでは寄道を考えないことが多く、ずーっと来れないままだった。

で、今日も別にここらで寄道するつもりもなかったんだけど、渋滞のおかげで海沿いに進む気もせず内陸に折れたおかげで、案内を見かけて、あ、そういえばと思い出せてやっと来れた。

建物の案内図は近隣の「いすみ環境と文化のさと」区画の自然スポット地図で、その案内をするのがこのセンターという意味なのかな。
「小動物の広場」「ホタルの里」「トンボの沼」「昆虫の広場」とか、以外とそれぞれ離れて散っていた。軽い気分で歩いてまわる距離じゃなさそうだった。。

さて、扉がしっかり閉じててやってるか不安に思えたけど開くと普通に開館中で、入ると脇に早速珍しいっぽい昆虫の標本、「イスミナガゴミムシ」という1997年に発見された新種の虫。氷河期の生き残りだそうで、このいすみ市にしかいないそうだ。へー。

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表の駐車場に車は何台か停まっていたけど、館内にお客は無く、職員が数名いるだけだったので、気兼ねなくゆっくり見れた。

まず散策コースのジオラマがあり、子供向けの学習コーナーがありつつ(竹とんぼとかの昔の遊具もあった)、この地域で確認されてる動物の分布の表とか面白かった。イタチやアナグマよりもハクビシンとアライグマが目立った。。

そしてそして、学習コーナーを折り返すと裏の壁側に水槽が並んでいた。
一番手前は「トウキョウサンショウウオ」。なんとドーナツ型の卵塊があった。
卵はともかく本体はどこだと探したら、木の割れ目から顔を出してこっちを見上げていた。うわ、かわいい。なにこの子、カエルよりかわいいかも。暫らく眺めた。

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その隣りのウナギの稚魚もかわいかったけど、これは光の方向でうまく写真撮れなかった。。
そしてモツゴやウグイの川魚、タウナギと続いて角はゲンゴロウだった。元気だけど水草に隠れがちだった。

ん?これで終わりかな?とか思ったけど曲がった奥にも水槽が並んでいた。猪の剥製とかも気になったけどそれより水槽。
こっちの一番大きなメインの水槽が目的のミヤコタナゴだった。ちゃんといた。よかった。

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この季節だからかオスの色が濃紺でキレイだった。尾びれのオレンジも鮮やかで目立ってたし背びれの白い部分と口先にも白い部分があって目立っていた。いやぁキレイな魚だよね。下手な熱帯魚なんかより全然イイ。
そして、個人的には栃木県大田原市や埼玉県滑川町や所沢で見たのよりもキレイで凛々しくてそして元気で良かった。ゆっくり眺めた。

あとはメダカ(ミナミメダカ)の水槽と、土を入れてて横からカブトムシの幼虫が覗ける水槽が並んでた。以上の展示で建物の裏から外に出た。
とりあえず目的のミヤコタナゴは見れたし、トウキョウサンショウウオがかわいかったので大満足。まぁ本来は、こういうのが住んでる所だと思いながら池などに歩けばいいんだろうけどね。

ファイル 2965-5.jpgとりあえず建物の裏から外に出て脇の畔の水路とか覗いたりフラフラしてみたけど、この季節じゃ何も見れないし 「生態園」と書かれてた水路の対岸は電気の柵で閉鎖されていた。。
ちょっと裏の奥の方にも歩いてみたけどこっちも電気柵で閉鎖。奥の方に大きめの池があるみたいなのでそこまで歩けるかと思ったけど、こっちの奥も電気柵で閉鎖。まぁいいかと戻った。

最後にまた腹ユルでトイレ借りて、入口のアンケート書いて、車に戻った。

タグ:観:館 観:具 動:虫 動:魚

万木城跡公園

ファイル 2964-1.jpgいすみ市万木にある山の上の城跡公園。

細い坂道の途中にトイレのある駐車場があったので、そこから歩きで登るのかと思ったけど、坂道には相互通行用の信号があって赤の間に対向車が下りてきたので、上にも駐車場があるのを確信して進めた。

で、山の上にちゃんと舗装された駐車場。
まだここから天守風(櫓風)な展望台までは少し登るけど、これならわけなく躊躇ない程度で有り難い。

登り口の脇の東屋の方にも舗装路が続いていたけど、これはロープで閉鎖されていた。
並んでた案内は「万木の丘」の自然散策路と野鳥や自然の案内で「万木城址」の解説は閉鎖されたロープの先で少々見づらかった、、

この万木城(万喜城)は「まんぎじょう」と読み、上総武田氏が15世紀に築き、後に土岐氏が奪い入って整備し、この城を拠点に支城を堅めて勢力を保ったそうだ。
戦国末期には北条の配下になって武田や里見と争うも、秀吉の小田原攻めで北条と共に滅んだそうだ。
そして本田忠勝が入場するも大多喜に移って行ったのでこの城は廃城となったそうな。ふむふむ。うちの地元の城(小金城)も北条方で同じような末期なので親近感沸いた。

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さて、解説読み終えて展望台への坂を上った。
木々に囲まれた細い階段の坂道だったけど、段はしっかりしてて不安なく登りやすかったし、トンネルのような道で楽しかった。

そして上に出ると、思った以上に普通の展望台で、その階段は閉鎖されてなくてホッとした。(下で閉鎖された道を見てたもんだから嫌な予感してたんだけど、当たらず安堵した)
すぐに登ってみた。坂道で四階、展望台で五階といった高さかな。運動不足なデブでも一気に登れるくらい。
でも一番上はうれしいくらいの高さで眺めよかった。

まずは正面の西方向。
こっち側に敵の里見の城があったんだろうけど、案内版には何も書かれておらず、見えていない「富士山」と「広域農道」と書かなくてもわかる「田圃」とか書かれてるだけだった。。
足元の駐車場も自分の車もよく見えてた。

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そして北側、長南武田の方向。こっちの案内も「小又井観音」と「日の子坂」というのがあるだけでピンとこなかった。(けどこの日の子坂というのは大きな戦闘のあった古戦場だったらしい。。そういう解説が欲しかった)

東の方向に町と海が見えた。それがどこら辺の町と海かという案内が欲しいんだけどなぁ。でも双眼鏡が無料で覗けたのは親切だった。(ケーズデンキが見えたので岬町のようだ)

南側には舗装された広い駐車場のような広場があった。さっきの閉鎖された道の先がここらしい。そして南側には案内が無かった。落ちたのか案内するものが無かったのか、、

眺めはよく天気も良かったけど、風が怖いくらいに強くてのんびりはしてられなかった。階段も風がやむタイミングを待ってくだった。
そして、気になってた南側の広場への下り坂もあって、閉鎖されてなかったのでそっちにおりてみた。
ら、広場に出たトコが梅が満開でキレイだったし、閉鎖もされてなくて普通に広場に出れた。

のんびり梅を見てたんだけど、小野派一刀流開祖 小野忠明(神子上典膳)の案内板が梅の花以上に興味深く読み入って楽しめた。こっちに下ってきて良かった! 

神子上家は里見方の家臣だったけど、何故か典膳は土岐方で仕官してて、里見との合戦で活躍して豪傑と名高い敵将正木時茂との一騎打ちなどで名を上げたそうだ。
その典膳の腕を聞きつけてやってきた伊藤一刀斎とこの万喜城で試合して完敗、弟子入りし諸国漫遊の後、一刀斎に代わって徳川将軍家剣術指南役になったそうだ。へー。
特に興味深かったのが後継者を決める決闘で、兄弟子との真剣勝負をしたのがウチの地元地域近隣の下総小金原だそうで、そこで打ち勝って後継者になったというから、勝負の地どうしとしての親近感も沸いた。

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広場を進んでみると、中央のブルーシートは風でめくれて、中に土が盛ってあるのが見えた。土俵かな??相撲大会とかあるのかな。(お祭りの日にやるらしい)

広場の奥は「小鳥の森」を経て寝釈迦像のある寺までの自然散策路がのびているんだけど、この道はしっかり閉鎖されて立入禁止とあった。まぁいかないけどね。崩落とか工事とか説明は欲しかったな。

そしてその奥側から見返すと、やっぱり展望台は上部だけ城風に飾っただけの展望台でヤレヤレな姿。それもわるくないw
っていうかこの広場が本丸かな?山の上のなのに広すぎるよなぁ。(ここは細い堀切と空堀で二の曲輪と一の曲輪に分けられていたらしい。実は奥側が一の曲輪で、杉林に隠れた土塁の端に見晴台もあったらしい)っていうかここまで整備するなら途中の細い坂道もなんとかするべきだと思うが、、

さて、駐車場へは東側の裏側から戻ってみた。
こっちも上から見えてたけど曲輪のような感じで遊具のある公園があった。
その遊具もロープで閉鎖されてて、これはコロナ対策かな?と思ったらそうではなくて「ペンキぬりたて」とされていた。。いつ塗ったペンキじゃいww

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駐車場の前にもちょっと小高い曲輪のようなものが躑躅で隠されるようにあって、階段上って中を見てみたら、祠があるだけの広場。
小さいけど桜が植わってるので花見にはもってこいのスペースかな。あ、でもトイレ無いじゃんw
(花見の季節には簡易トイレくらいつくのかもしれない、けど、簡易トイレを乗せたトラックがあの細い急勾配の坂を上り下りするのか、、と想像するとコワイ)

駐車場に戻ると、そこからの西の眺めも悪くなかった。こっち側だけ眺めるならここで充分かも。
あーでもここも曲輪っぽいから昔は土塁で囲ってたのかもね。(ここは三の曲輪だったそうで、土塁は無かったっぽい)

展望台だけの興味で来てみたけど、意外と地域の拠点の城で歴史もあり、興味深い話もあって楽しく歩けた。信号のあるハラハラの急坂も含めて面白い所だった。

タグ:観:城 観:園 観:楼 楽:眺 景:町 景:海 観:具 観:伝 植:花

釣ヶ崎海岸広場

ファイル 2963-1.jpg一宮町東浪見にある九十九里浜南端の海岸。

ちょうど渋滞でトロトロだったトコに入口のあった海岸で「3月1日より工事で立入禁止」ともあったので閉鎖される前に立ち入ってみようかなと思って寄ってみた。

駐車場は海からあがってきたサーファーで賑わっており、満車かな?とか思ったけど奥の方はけっこう空いてて悠々停められた。

この海岸は駐車場の横に石の鳥居があり、気になってて浜に歩くより先にそっちに歩き、その鳥居の先の工事の概要の説明をまず先に見てみた。
てっきり防潮堤工事とか九十九里道路延長工事とかそういうのかと思ってたらそうではなく、オリンピックパラリンピックの開場設営のための工事だった。
へーここが何かの競技の会場になるのかぁ。(サーフィンの会場だそうだ)っていうか、、やるのかね、、オリンピック、、

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そして気になってた鳥居。
とくにどこの神社の鳥居とも書かれておらず、見える所にも神社は無かった。。
石碑を読むと、1200年前からこの浜で毎年行われている「十二社まつり(裸まつり)」の聖地として十二社郷中により昭和56年に再建された石鳥居だという事だ。なるほど、特定の神社の鳥居というわけではないってことね。神事の祭りで神様を招く口ってことね。

さてさて、軽く浜に歩いた。ちょっと風強くて砂があたってくるけど、流れる砂が縦にうねって模様を描いてて面白かった。
そして海にはまだまだたくさんのサーファーが出ていた。

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ファイル 2963-4.jpg南に見えるのは大東崎。九十九里浜が終わって外房の海になる。
北の方にもや―っと見える建物は白子温泉あたりかなぁ。もっと寒く乾いた日ならずーっと先までの長い九十九里浜が見えるのかな?

そして海の先にはでかいタンカーが何隻も浮いていた。
手前にはサーファーが幾人も浮かんでいた。こっちはうまく写せなかった。

風強くてあんましのんびりしてられなかった。。

タグ:景:海 景:浜 景:岬 観:宮