会津若松市一箕町八幡滝沢にある古民家。
延宝6年(1678)に郷頭の住居として建築された物で国重文。江戸時代前期かぁ、江戸幕府は四代家綱。ってことは、幕末の戊辰戦争の頃(慶応4年1868)にはもうかなりの古民家だったわけだ。
その戊辰戦争の時に本陣とした建物、城の近くでも本陣は別なんだね。
いつもなのかわからいけど中は無人で、入館料の400円は自主的に投函する形。妹は「わかりゃしないって」なんて言ってたけど勿論投函。ほかにも見学してるお客さんがチラホラいたけど、きっと皆さん払ってらっしゃることでしょう。(後から来た二人は払ってなかったようにみえたけど)

中は堅苦しさもなく、資料館的に古道具も並べられた古民家スポット。土間に竈を見てから下足して囲炉裏の広い板の間(御前)に上がった。
奥の畳敷きの座敷に進むと筆書で「弾痕」とかあちこちにあり柱には「刀傷」もあった。完全に乗り込まれて制圧されたのか。

戊辰戦争以前は歴代藩主の参勤交代の時の休憩所に使われたそうで、北の縁側の庭園は落ち着く感じだった。
っていうか、藩主の休憩所にしては小ぢんまりとしてたんだなぁ。
いや、それよか戦で本陣としてた時はどういう風に使われてたんだろうか、、白虎隊もここで命を受けて出陣していったそうだし、土方歳三だって斎藤一だってここから出陣したわけだろう。
もっと隊員揃って並んで訓示受けるような場所がありそうなもんだけど、そういうもんじゃないのかな。
妹は全然興味なさそうなので、ほどほどに見てまわって外に出た。
来た時は屋敷の土間側の駐車場からだったのでイマイチピンと来てなかったけど、このままサザエ堂に歩いて来ようと出た側が正門の入り口だった。前の道の先から振り返ったら、おお、お屋敷だとかっこよく見えた。
この日の日誌→
郡山市逢瀬町多田野上山田原の県道沿いにある蕎麦店。
食べきれないから食べてということで大葉のおにぎりは僕が、天ぷらのほとんどは妹がいただいた。ごちごうさま。
天栄村大里天房の294号沿いにある道の駅。
遊佐町菅里菅野の7号沿いにある道の駅。

さて、満足気分で一応店見てまわって、気になって買ったのが遊佐町野沢産庄内柿の「んめちゃ柿」という乾燥柿。
由利本荘市西目町沼田新道下の7号沿いにある道の駅。
さて、出発して車でその「なんばこ」を食べた。
北秋田市綴子大堤道下の7号沿いにある道の駅。
っていうか、コンビニにもバター餅があったのでこっちも追加で購入。
青森市浪岡女鹿沢野尻の「道の駅なみおか」構内にある蕎麦店。
日誌を振り返ると二回しか来てなかった。
少し待って登場。揚げ餃子だった。
三戸町川守田正浄寺の4号沿いにあるラーメン店。
店に入るとまず券売機。色々あって迷った。
湯川村佐野目の49号沿いにある道の駅。
まぁ、一応店は見てまわって休憩としようとは思ってた。
郡山市湖南町福良中町の294号沿いにあるラーメン食堂。
入ると民家風の店内は満席に近い感じだったけど、家族客が多いみたいで端の小さなカウンター席は空いてて古時計の前の席にすんなり着けた。
で、せっかくなので出発前にちょっと寄ってみた。