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道の駅 上矢作ラ·フォーレ福寿の里

ファイル 3799-1.jpg恵那市上矢作町の257号沿いにある道の駅。

初めての立ち寄り。見た目的には洋館のようなかわいい感じだけど、山中の川沿いの小さめな道の駅で、他でもあったような紀伊あたりで見たような感じの道の駅だった。
ちょうど昼だから混んでるかなー、でもなんか食べられたらいいなーと店の奥に進んだ。

ファイル 3799-2.jpgしたら食堂はどうやら席もあいててメニューも壁いっぱいに並んでいい感じ、「どて煮丼」とか気になったけど、朝ちゃんと食べたからそんなに空腹でもなく軽いものにしようと焼きそばにした。明智町の土田金商店さんのそば使用だそうだ。

食券買って席に着いてゆっくり待った。

ゆっくり待った。

ゆっくり待った。

あれ?

自分の番号ってまだ随分先だなぁ、、と、ふと気づくと周りの客も食べてる人は殆どなく待っていた。
呼ばれた番号の人もなかなか取りに来ず、どうしたのかと思えば、外のテラス席で、そっちまで声が届いてないようだ。っていうか、店内だけじゃなくてそんなに待ってる客いるの?
まぁ別に急いでるわけでもないからと気長に待ってたけど、中にはキャンセルすると言い出す客もいた。いや、むしろ辛抱強い客の方が多くて不思議に思えた。

で、食券買ってから45分でやっと番号呼ばれた。

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っていうか量すくなっ。数分でぺろりと食べ終えちゃった。
まぁおいしい焼きそばではあるけど、45分待ってまで食べたい料理ではなく、この時間かけるなら手前の岩村城跡でも歩けばよかったと思った。

で、全然腹ふくれずむしろ足りなくて空腹に思えてきちゃったくらいで、店内見てまわって大きな団子とお茶買ってテラスに出てみた。
ら、テラス席の客は100%待ちでやっぱり食べてる客がいなくて吹き出しそうになっちゃった。。

そのテラス席の手前のベンチで、川を見ながら団子を食べた。団子ならすぐ食べられますよーと見せつけるのも性格悪すぎなのでテラス席には背を向けて食べたw

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岐阜というと団子がうまいという勝手な印象をもってたけど、そこまでうまい団子でもなく、でも量が多くて腹の足しになったので満足。

いやー長居した。

この日の日誌

タグ:餐:や 餐:菓 楽<待 景:川 道の駅

信玄堂 手賀野店

ファイル 3798-1.jpg中津川市手賀野にある和菓子店。

もう秋の岐阜県と言ったら中津川の栗きんとん!大好物になってしまった。っていうかここんとこの岐阜の点景はほとんど栗きんとんになってしまっている。。
今回はやっと涼しくはなって来たもののつい先日まで猛暑だったためまだ夏のつもりだったけど、暦では9月も中旬で一応秋、っていうか、中津川の栗きんとんは9月1日からの販売開始だそうだ!
ってわけで、今日も岐阜はやっぱり中津川の栗きんとん。今回はこの信玄堂に来てみた。

去年寄った川上屋の国道店の前の道を少し入ったトコで、店の案内は見えていて気になっていたのだ。

店は小さく新しそうで洒落てて気軽に寄れそうないい感じ。
店に入るといろんな商品が並んでてどれも気になって困った。取り敢えず栗きんとんはバラで二日分。それとー「しぶ栗」という栗丸ごと入ったふわっとしたやつを購入。
そしてーソフトクリームもあったので買って店の前のベンチで食べた。

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食べたのは「極みソフト」という栗ソフト。うん、普通においしい。
でもやっぱ栗きんとんの方が楽しみなので、まぁオマケみたいな感じ。っていうかやっぱ季節限定の「栗粉ソフト」にするべきだったかな。いや、ソフトはソフトで取り敢えずなのでこれでいい。

ふと見ると、入口のオブジェのように置かれたいが栗がやたらデカくて驚いた。写真撮りまくってたら他の人も覗いて「わぁ大きい」と驚いてた。地元の人が驚くくらいだからやっぱり大きいんだ。

そして車に戻って、一つ食べてニヤケながら今夜の宿を検索して出発した。

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一つ食べたらあとはしばらく楽しみに取っといてゆーっくり食べた。
なので「しぶ栗」も食べてみたのは午後遅め。栗丸ごとでおいしいけどでもやっぱ栗きんとんにはかなわないなぁ、、と思った。

この日の日誌

タグ:餐:菓 餐:冷 植:実

田村食堂

ファイル 3797-1.jpg伊那市伊那西町下春日町の県道沿いにある食堂。

前に一度来たことがあって、町の中心からは少々歩いた先にあった店。
今回止まった宿がこの店の真正面のホテルで、ああ、ここから賑やかな方に歩くのはヤだなぁ、、と思い、他に店もないのでまぁいいかと入ってみた。

せっかくの伊那での宿泊で、兼ねてから飲み歩いてみたいと思ってた町だけに、一度入った店というのも勿体ないような気もした。

ファイル 3797-2.jpgけど、カウンター席について見たメニューには「馬肉煮込」や「おたぐり」といった食べてみたかった伊那のおつまみメニューがちゃんとあって歓喜。
いやでもどっちがいいだろうと違いを店の人に聞いたら、どちらも馬だけど肉の醤油煮込とホルモンの味噌煮込で全然違うものという事なので、両方たのんで「氷結無糖レモンサワー」で軽く飲んだ。

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おお、なるほど、これはなるほど見た目近くてもまるで違う二品。それぞれいい味でおいしかった。
どちらも日本酒向きなつまみだと思え、二杯目は「井の頭」という銘柄の地元の酒、、とも思ったけど、今夜はまだこれから作業したいから軽く飲むくらいのつもりなので同じサワーでおかわり。

で、二杯の二品で程よく満足。好みでいえばホルモンの「おたぐり」の方がおいしかったかな。

さて、あとは食事して締めよう。
ホントは前回この店来た時に伊那名物の「ローメン」を食べたので、次来ることがあったら店の名物の「ソースかつ丼」を食べようと思ってたんだけどねぇ、昼にカツ丼食べちゃったしねぇ、、そこまで腹も減ってないしねぇ、、ってことで、今回も「ローメン」。まぁ伊那に来たなら食べたい麵でもあるからいいかな。

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たしか直近で食べたローメンは萬里彩園だったかな。(高遠城で焼そばの方が後だった)そこのが甘口でサラッとしてたからか、ここのはそれよりはしっかりした味に思えておいしかった。惜しむらくは豚肉なところ。やーっぱくさいくらいのマトンが恋しい。いや、飲んだ時はこのくらいでいいかな。

考えてみれば駅の近くの飲み屋街みたいなトコが宿から近くても、何軒も飲み歩くわけではなくて、多分一軒で料理と酒に満足したらそれだけで満足してたんだろうから、むしろ店を迷う必要もなく宿まん前の店でおいしく食事できたのでナイスだった。
それに、少しは早めの時間に来れたのでスンナリ店も入れたけど、後から後から客は来てて帰る時には外で待ってる客が沢山いたりしてナイスと思えた。
伊那の宵はいい夜だった。

ちなみに前回の点景 この日の日誌

タグ:餐:飲 餐:煮 餐:肉 餐:麺 楽:宴

道の駅 ほっとぱ~く浅科

ファイル 3796-1.jpg佐久市甲の142号(254号重複)沿いにある道の駅。

ここは割と古くからある道の駅で、CR-Xに乗ってた頃から何度も寄ってた所で夜も寝たりしてた。けど、ここ最近は通過ばかりで、そういえば点景にもしてなかったっけ?点景は今回が初。(と、思いきや、初期に食事した店の名前の方で一回上げてた)んーまぁそういえばいつもトイレか寝るだけだったかぁ。脇腹痛くて唸りながらねたこともあったっけなぁ。。

今回もトイレ。おなかは全然空いてなかったし、そもそも食堂はもう終わってて、ソフトクリームもそっちでの販売のようで終わってた。

でかい熊の毛皮を見つつ、外の浅間山を眺めたりしてしばし休憩。でも人が多くて落ち着かなかった。

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また今回も点景にならないねー、とか思いつつ店内を見まわしてたら
、レジ横の「小ブナの甘露煮」のパックが「毎年大好評!秋の郷土食!」とあって気になった。
店の人に「名物なんですか」とか聞いてみたら。
「ご高齢の名物おばあちゃんの手作りなんですよ」だそうだ。これはいつまでも食べれるものではなさそうだなと思って一つ買ってみた。

出発して食べてみると、おおこれはうまいとパクパク進んだ。
けど割と早く飽きて手が止まった。一度止まるとパタリだった。正月の酒のつまみにはいいんだけどねぇ。ドライブで食べるにはちょこっとでよかった。

リンゴジュースは一気に飲めた。裏見たら松本のリンゴだった。佐久じゃないのか。

ちなみに前回の点景 この日の日誌

タグ:餐:魚 餐:煮 餐:飲 景:山 道の駅

新潟 かつ一白根店

ファイル 3765-1.jpg新潟市南区茨曽根の8号沿いにあるトンカツ料理店。

咄嗟に寄ってみたものの、ちゃんとした店っぽくてちょっと怯んだ。
けど、ままよと入店してみたら、ややファミレスっぽい雰囲気で少し安心。カウンター席に通されて席についた。

メニューを見ると創業昭和48年不動の人気という「ふわぁとろとんかつ」というのが気になった。(どのメニューも値段はちゃんとしたトンカツ店くらいだった)

ファイル 3765-2.jpgそして店のこだわりの肉は「阿賀北ポーク」米は「新潟産コシヒカリ」油は「純度100%植物油」塩は「笹川流れの天然塩」キャベツは「指定農家の厳選キャベツ」だそうで新潟尽くし。これはどのメニューもそうらしく、やっぱり目的だった「たれかつ重」にしようかーと思ってたけど、最初に見た「ふわぁとろとんかつ」が気になってたのでそっちにした。

まぁ昭和48年頃だったらこういうトンカツは珍しかっただろうけど、最近ではミルフィーユ的な重ね柔らかトンカツは割と見かけるようになってて割と普通だから、やっぱりどっしりしたローストンカツにすればよかったかなぁ、、とか思いつつ少し待った。

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ら、意外なことに間にチーズやシソが挟まってて小手技きいてて面白いおいしいトンカツだった。うん、これはいいね。食感も味も満足。
そしてご飯は白飯と生姜炊込みと選べて炊き込みにしちゃってあとから「あ、いけね、新潟産コシヒカリだったっけ!」と後悔してたけどおいしくて往来、そしておかわりは白飯でたのめて寧ろ往恵。満足満足。

ファイル 3765-4.jpg何気にキャベツ用のドレッシングに「津南産雪下人参ドレッシング」とかあっておいしかった。
もう前面的な新潟アピールがよそものにはうれしくおいしさアップ。いい店だった。

この日の日誌

タグ:餐:揚 餐:肉 餐:飯

中条グランドホテル

ファイル 3764-1.jpg胎内市東本町にあるホテル。

去年の夏の「米粉フェスタ」の時に宿泊したホテル。だけど、今回は予約がとれずイベントの会場として来訪。オタ仲間はキャンセルをまめにチェックしてたら取れたそうだ。キャンセルギリまで取り敢えず押さえとくだけの予約者が多いのは困ったもんだ。できれば宿泊付きのチケットとかほしかったなぁ。

会場は結婚式場になるようなホールで、前方の平らな席が自由席、指定席は段になってて後方だけど前の人の頭で見えないという事はないので劇を見るならそっちなんだろうけど、僕はできれば推しは近くで見たいので自由席で券とってた。
その自由席は会場の一時間前に整理券を配り、その番号順に会場に入って席を取る方式だった。

ファイル 3764-2.jpg一日目の29日はオタ仲間三人で列に並んでたので、ほぼそのまま並んで席取って行動してたけど、二日目の今日はバラバラになってたので、整理券を受け取った後ウロウロしてた。ら、指定席勢も今日は早めに来てて集まってたので、一緒に食事したりして開場を待った。

ってことで、前置きが長ーーーくなっちゃったけど、点景としてはここからが本題。イベントは日誌の方に釦枠で感想を書いたけど、写真撮ってたホテルの食事は点景枠。
なんと辛いの苦手なくせにカレー(米粉カレーライス 600円)が妙に気になってたのんでしまった。みんな食べてたし。カレー自体は嫌いじゃないのよね。


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うん 辛い

でも新潟のバスセンターのカレーよりは全然優しく、泣かずに食べれて味がわかるくらいだった。(ので一般的には全然辛くないレベルだろう)けど、米粉入りというのはちょっとよくわからなかった。久々にカレーが食べれたのは嬉しかった。
なんとこの値段で唐揚げ付きなのが嬉しかったし、この衣も米粉入りかな?カリッとしておいしかった。
そして胎内高原の水がおいしかった。(どっこん水派だけどw)

そして二日目の公演を楽しんで大満足。

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終わってからもオタ仲間と胎内の物販コーナー前でわいわいと騒いでたら、推しのぽんちゃんもやってきて「胎内のお土産買ってってー」と売り場のアピール。こういうサービスが嬉しいよね。
でも胎内の物は毎回買ってるしぽんちゃんの手売りってわけじゃないので今回はいいかなと思ってた。

のんびりしてたところにホテルの営業企画兼今回のイベントの脚本演出の池田さんが「○○○○さんいますかー」と僕の本名呼んでたので何かと思ったら「客席の下に落ちてたお財布にお客様の名のカードなどが入っておりました」そうで、えーーー。全然気づかなかった。退席する時に落ちてたのか。池田さんありがとう。

ぽんちゃんも出てきて「これは私に貢ぐお金でしょー失くさないでね」と手渡しで返却w「ははぁー」と授与されるように受け取ったw

それではこれで胎内の物を買わせていただきますと心改めて購買。ポークジャーキーとポークサラミと米粉パンと胎内の星(クッキー)などを購入、帰ってから食べたらこのジャーキーは味濃すぎだけどおいしく、サラミはものすごくおいしかった!いい買い物できた。また胎内に来たら買おうと思った。(そしてこれを忘れずにぽんちゃんに貢ぐべく推し活でイベントに駆け付けようとかも思ったw)

この日の日誌

タグ:餐x辛x 餐:飯 餐:揚 楽:推 楽:演 楽:催 楽:集 楽:話 楽:買 楽<困

山六水産

ファイル 3763-1.jpg長岡市寺泊下荒町の408号沿いの市場通りにある水産物店の食堂。

長岡で食事しようとは思ったのは嘘じゃないけど、朝出発する時は海へ出て魚を食べようと思ってて漠然と寺泊辺りでと思ってたので、予定通りって感じ。
実はここ、立ち寄ったのは初めて(だと思うけど忘れてるだけかも)408号では何度も通っているけど、いつも人が多くでごみごみしてて敬遠してた。特別なここでしか食べられないものがあるというわけでもないだろうし、一人客は相手にされなさそうだしね。なので、たまにはいいかなと思ってた。

ファイル 3763-2.jpgやっぱり10時頃では食事という客も多くないのかな、たくさん並んだ店の多くが二階を食堂にしているみたいだったけど、やってるのかやってないのか分からなかった。
で、ひと通り見てまわって、ちゃんと看板立てててやってそうだったこの山六水産の二階の「やまろく苑」で食事にした。

メニューはイクラとかサーモンとかウニとかがおススメになってたけど、北海道じゃないんだからとパスして、全然季節じゃないだろうけど「カニめし定食」にしてみた。

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うーん朝食にしては豪華。刺身も煮つけも小鉢もおいしかった。だけどよく考えたら礼文でもカニ食べてたっけ。。カニめしはイマイチ感激薄かった。カニは汁がニヤケる旨さだった。

まぁここまで空腹でもうコンビニでもいいかぁとは何度か思ったけど(そもそもコンビニが少なかったのも幸いして)ちゃんと食事できていい食事になって満足。

この日の日誌

タグ:食:定 餐:甲 餐:魚 観:道 観:市

良寛堂

ファイル 3762-1.jpg出雲崎町石井町の402号沿いにある偉人ゆかりの地。

良寛さまは僕が小学校低学年の子供の頃に読んだ伝記の本の一人であり、最近も書道の仕事などで度々関わったりして勝手ながら親近感を覚える尊敬すべき詩人であり書家であり僧侶の偉人である。

なので記念館とか行きたいんだけどね。いつもタイミング合わず、今日も通過して来てしまった。。と、思ってたトコで目にしたのがこの「良寛堂」。何かなと思ったら生誕地だった。こんな海まん前なんだ。ここらの海岸線は江戸時代とまったく一緒なのかね。

もちろんもう家屋はなく良寛様の像とお堂があるだけ。なので良寛堂。
駐車場の海側は裏で、像を経て、お堂の正面に回って、その先の裏の道が昔の街道なのかな。こっちが家屋の正面でこのスポットの正面のようだ。
お堂の中は良寛の石地蔵をはめ込んだ石塔が覗けた。

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正面には石碑と案内板があった。
良寛はこの地にあった出雲崎の名主山本家の長男として宝暦8年(1758)に誕生したそうだ。出家して僧侶になるまでは山本栄蔵さんが本名だったのね。

前の道にはバス停があって屋根付きの待合所には「出雲崎よもやま話ー純粋な良寛さんー」と題して幼少期の良寛の逸話が書かれていた。
名家の長男で頭はいいけどぼんやりしてて、そしてあまりにも純粋だったために出家したんだね。

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そしてまた駐車場のある海側に抜けた。後ろから見る良寛像は細い体で海を眺めてて、なんか寂しそうに見えた。
良寛さんてあまり海のイメージがないんだけど、この故郷に戻ることはあったのかねぇ。(とか思ったけど、上のバス停に書かれた詩は「古へに変わらぬものは荒磯海と 向かいに見ゆる佐渡の島なり」だった)

この日の日誌

タグ:観:像 観:寺 観:石 観:伝 景:海

村松城跡公園

ファイル 3761-1.jpg五泉市村松乙にある公園。

村松の城はどこにあったんだ?と探して来てみた公園。
駐車場は裏の方で南西側の奥から入ったので、表の道に面したこの正面口の写真は順番あとだけどアシカラズ。

なんか「村松郷土博物館」の入り口とあるだけで公園の名前の表記がなく、ここが城跡でいいんだよな?と思ったけど(一応下に小さく「城跡公園内」とはあった)、駐車場の方は堀になってて土塁もあって城跡公園っぽくなっていた。

その堀の跡を渡って公園に入った。
土塁にはスズメが集まって戯れてた。天気悪いけど朝って感じ。
その土塁の上から園内を見ると、広く舗装された道の歩きやすい林の公園だった。

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まずその郷土博物館があった。もちろん朝から開いてるわけはなく空振り。(村松城の立派なジオラマ模型があったらしい。。)

館の前には「村松藩の紋入り手洗い鉢」というのがあった。城関連のアイテムが見れてホッとした。
これは江戸時代に藩主が上野寛永寺に寄進したものを寄贈されたものだそうで、素材はこの村松城の外堀に使ってた大沢石だそうだ。

園内を歩くと、中央部がこんもり盛り上がってて東屋があった。まさか天守台跡じゃないだろうなと登ってみたけど何の説明もなかった。

けど、降りて北側にまわると村松城の案内解説版があった。こんな隠すようなトコに立てずに公園の入り口近くに立てればいいのに。。
案内によると、この地は元々地方豪族の館跡だった所に村上藩の分家の堀氏が陣屋を構え、町を整備し、9代藩主の時に城主格となったので嘉永3年(1850)に大改修をして城にしたそうだ。
でも慶応4年(1868)の戊辰戦争で落城焼失して廃城。その後は堀と土塁しか残っていなかったものを昭和63年に整備して公園にしたそうだ。

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歴史短く小さな城であってもしっかり戦役によって没した城とあれば、お飾りの城なんかよりずっと立派でもっと堂々と城跡公園と名乗ってほしいなぁ、と思いつつ北東奥に進むと、東側も堀跡が囲っててしっかり城跡だった。

さてさて、城跡メインで立ち寄ったので城の部分からまわったけど、おそらくこの公園のメインは入口に静態保存されたレトロな列車じゃないかな。一番目立ってた。

これは五泉から加茂の間を大正12年から昭和60年まで走ってた蒲原鉄道の車両だそうで、公園の一角が線路だったのでここに展示してるとのこと。ああ、公園できたの廃線後か。

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それと、園内はあちこちにやたらと黄色い実が落ちまくってた。
これは梅の実のようで、木に小学三年生のお願いで「授業で使うので梅の実を分けてください」と貼紙があった。逆に地域の人も遠慮の伝播で取りずらくなっちゃって全然取られまいまま落ちて転がってるんじゃないのかなぁ、、とか邪推。

南側の中央にあった小屋は屋台庫で「式三番城町屋台」という江戸後期の天明8年(1788)に造られたもので現役の祭礼で使われてる文化財が覗けた。けど、写真は映り込みでまたもや残念。

最後にたくさん咲いててきれいだったシモツケソウの花を眺めつつ車に戻った。

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タグ:観:城 観:園 観:具 観:鉄 観:飾 植:花

新発田市東公園

ファイル 3760-1.jpg新発田市諏訪町にある公園。

JR新発田駅のすぐ近くにある公園で、大きな二階のお屋敷が気になって(トイレがてら)寄ってみた。
駅前近くだけあって公園の駐車場は無く、公園案内図に近隣の駐車場の案内もあった。(けど、朝は車や人の通りがなかったので裏に路駐した)

で、きれいなトイレですっきりして公園を抜けて表に出た。
道向かいの神社が気になったので、先ずはお屋敷の前にそっちに行ってみた。

向かいの神社は諏訪神社。
慶長3年(1598)に入封した溝口氏が諏訪より城内に遷座した神社で、その後、職人町、泉町と移って宝暦6年(1768)にこの地で社殿を造営したそうだ。

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祭神は建御名方命、八阪刀売命と初代新発田藩主溝口秀勝。
丁度今日6/30が夏越大祓なので社殿内は開かれて灯りが点いてて白装束の神官が御祈祷していた。

境内の神輿庫には立派な神輿が二基覗けた。けど映り込み激しくて写真は失敗。神輿の間の社殿模型だけ写せた。

神社の外の道の、欄干の付いた側溝でなんか泳いでたのが見えた。小魚か?とか思って覗くとオタマジャクシだった。駅前近くの整った公園がカエルだらけになったら面白いなぁーとか思いながら道路を渡って戻った。

さて、そして最初に気になってたお屋敷の「蔵春閣」。
これは新発田出身の実業家大倉喜八郎が東京向島の別邸の一部として明治45年(1912)に建てたものを寄贈し移築したものだそうで、そもそもこの東公園が大倉氏の寄付で大正初期に造られた公園なんだそうだ。
大倉喜八郎という人は、幕末に江戸に出て銃砲店を開業し官軍御用達で巨利を得て財閥をなしたそうで、ああ、新発田藩が官軍に付いたのもそういう後ろがあったからなのかな、、とか思った。

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館内見学は9時からだそうで入れなかったけど、まぁ周りからどっしりとした風貌を見てまわってOK。大倉喜八郎という歴史を知れてよかった。

そして最初に横切った公園の広場へ戻る。
後でゆっくり眺めようと思ってた蒸気機関車を眺めた。

これは静態保存されたD-51の512号車、昭和15年の製造で同47年まで新津機関区の羽越線、信越線で地球51周分の距離を走り続けたそうだ。

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まさかホテルを出てすぐの目の前に見どころ多い公園があるとは思ってもなかったし、出かけてすぐに寄り道するとも思っておらず、初っ端からの寄り道でドライブ気分あがっていい朝だった。

この日の日誌

タグ:観:園 観:建 観:宮 観:模 観:鉄 動:虫