旧時報鐘楼

伊勢崎市曲輪町にある大正時代の建築物。

伊勢崎市は昔から何度も通ってたけど、こういう歴史的な建造物が市内のしかも駅近くにあると知ったのは割と最近で、行こうと思いつつ忘れてて来たのは初めて。今日は駅前で折り返して帰ろうかと思ってたトコで見かけたのでちょっと寄ってみた。
横の駐車場は一番奥だけ空いてて入口からバックで入ってきて停められた。っていうか停まってる車は前の施設に用事の車かな?歩いてる人なんかいないもんな。この駐車場は停めてよかったのかな?とか思ったけど、ダメとも書いてないのでいいだろうと降りて歩いた。

その駐車場前に立ってた柱に案内板があって、読むとこれは昔の小学校の門柱だそうだった。
明治4年に開校した学校が15年にここに移ったそうだ。

今でも奥の方は小学校になってるみたいだけど、この手前側は文化施設か何かになってるのかな。「赤石楽舎」とあった。(開校当時の学校名は「赤石学校」と言ってたそうだ)そんな施設を横に鐘楼に進んだ。

赤レンガのカッコイイ鐘楼。こういうシンボリックなものが残ってる町って羨ましいとは思うけど、あまり有名ではないよね。先に寄った明治館と共にレトロ好きの人にはたまらない町だろうね。

この鐘楼は大正4年(1915)着工で翌年竣工したもので商人の寄付で造られたものだそうだ。江戸時代から親しまれた寺の鐘を吊って時報を鳴らしてたそうだけど、戦時中に金属供出で失って塔屋部も戦災で焼失し、寄棟造り(和風屋根)で復旧してたそうだ。それを市制施行50周年(平成2年(1990))の時に創建当時のドーム状に復元して市の重要文化財、景観重要建築物として保存されてるそうだ。当然だけど残念ながら中は覗けなかった。
まわりを何周か回ってゆっくり眺めた。

さて、その奥はてっきり廃校になった小学校跡だとばかり思って写真撮ってたけど、現役の小学校だったようだ。。校庭とかずかずか立ち入らなくてよかった。

ここは伊勢崎藩の陣屋があった場所だそうだけど、そういう記述は現地にはなかった。ちゃんと堀も土塁も巡らせてて城のていだったようで、この小学校が本丸にあたる中心の陣屋敷だったようだ。駅の近くの寺には旧藩主屋敷の門だった武家門があるそうなので、明治大正だけでなくそっちにも誘導する案内があればいいのにねと思った。

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