伊勢崎市曲輪町にある木造洋風建築物。
駅近くの街中のスポットでありながら脇に八台分の駐車場があったので思わず寄ってみた。
入口に「開館中」とあって安心して中に入ってみると、洋館ながらロビーは畳で靴を脱いで上がった。

すぐに奥から館の人が出て来て軽く説明してくれて「ごゆっくり」と。この洋館は明治の末期に建てられた群馬県内で一番古い木造洋風医院建築物で、伊勢崎市の重要文化財だそうだ。(県じゃないんだ)
そして「新緑の輝き」という企画展で館内には着物などが飾られてた。これは華やかで雰囲気あってイイね。
まず右側の部屋に入ってみたら「治療室」とあった。それらしいベッドがあったけど畳敷なのが面白い。こういう和洋折衷の洋館は初めて入った。
左側は板の間で「受付・薬局」とあってそれらしい机と小窓があった。窓の布のヒラヒラも医院っぽくていいね。
その隣りには二階への階段があったけど、「二階へは新館の階段からお上がりください」とあった。螺旋状でおもしろそうだったけど急で怖そうだ。
その隣りのくもりガラスの小部屋はトイレかと思いきや上部のガラスに「電話」という文字が見えた。電話室だったのね、586とあるのがここの番号だったのかな。

電話室の横が「診療室」。ん、診療室のほうが治療室より奧なんだ。上の角に隣りの螺旋の階段のでっぱりが出てて、洒落た飾りになってたし着物が並んでて華やかだった。
そして一階の中央は畳敷きだけど「応接間」イスとテーブル置くなら畳じゃなくてもいいのに、、と思えたけど、往時は座布団の待合室だったんじゃないかな。
縁側の廊下を進むとその先にも階段があって、その奥が便所になってた。便器はなかった。
そしてその先が新館と繋がってて、登りやすい新しい階段で二階に上がった。
上がった所に機織り機が展示されてて「伊勢崎銘仙」の資料案内展示コーナーになってた。銘仙というのは大正時代に流行したモダンな女学生の通学着だそうだ。はいからさんだね。
そして旧館に進むとさっきの階段の上にはこの洋館と時報鐘楼の模型があって吊るし雛に飾られてた。いいね。
廊下の窓ガラスも広くて明るくて眺め良くていい感じだった。

その二階は中心に十畳二間通しの広間になっててそれぞれ「客室」とあった。病室じゃないんだ。
南の駐車場側には小さなバルコニーがあった。
バルコニーの横が電話室を巻いた階段で、その隣りにも六畳間の客室があった。モニターが置かれてたけど点いてなかった。それよりそこの窓からちょうど駐車場の自分の車が見えてた。

窓を見て廊下を進むと「外がゆがんで見えるものは建築当初に作られた手ふきガラスです」とあったので探しちゃった。結構多かった。すごいな明治末期のガラスなのにきれいだなあと感心。一番奥では目の前に洒落た外灯が見えてレトロとろとろだった。
思った以上にあちこち楽しく見て廻れて寄ってよかった。こういうの好きな人にはたまらないだろうねぇ。
ゆっくり戻ると新館の階段や外に出た所にも「黒羽根内科医院旧館」との案内板があった。最初は明治45年(1912)に「今村医院」として建てられ、昭和19年には「伊勢崎保健所」か開設され、戦後に「黒羽根内科医院」となって昭和59年(1984)まで使用されてたそうだ。元は本町通りに北面してたものを平成14年に市に寄贈され、現在位置に100m曳家移転して復元修理して公募で「いせさき明治館」となったそうだ。北面というから90度向きも変わったんだね。
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