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高遠城址公園

ファイル 3607-1.jpg伊那市高遠町西高遠にある城跡の公園。

昼前で、たまには高遠そばっていうのを食べてみようかと思ってたけどいざ高遠に来てみたらどこらへんの店がいいかわからず、それよりもたまには高遠城に行ってみようか。。と来てみた。
ちょっと逃げではあるけど、こちらも毎度毎度次こそはと通過してたスポットなので、昼前で時間に余裕あって天気のイイ今日みたいな日に足が向いてよかった。
ましてや丁度「もみじ祭り」の期間のようでタイムリー。いや逆に混んでるかも、、と思いつつ、進むと駐車場は広く悠々停められた。

駐車場から城址への階段の前にはゲートと料金所があったけど「無料」だった。以前は有料だったのかな、、(桜の時季だけ有料になるらしい)

そして脇には「信州そば発祥の地」という幟が立っていたので、ひょっとしたら此処で高遠そば食べられるかも!と気分沸いて階段を上れた。
で、階段を登りきると「もみじ祭り」の幟の間に「高遠そば」の幟もあって確信した。やっぱ紅葉より蕎麦だよねー(いやそれより城だろ)

その上がった所はニノ丸跡。完全に葉が落ちた桜の木の合間にモミジがある感じで集中した感じではなかったけど、いい感じに色づいてた。

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そしてその二の丸の奥にある建物に進んでみたら、入り口に「高遠そばまつり会場」とか出てた。え、そば祭りだったっけ!ラッキーと入ってみた。

建物は「高遠閣」という昭和11年(1936)築の文化会館。下足してあがってすぐに受付、蕎麦の券を購入。この券を買うのは並ばなかったけど、そのあと番号呼ばれるまで待機なのでロビーは人だらけで、しばらく時間かかった。
高遠城の鳥観図イラストを眺めたりして待った。建物の奥の廊下を覗くと横の部屋で四五人体制で蕎麦を打ってるのが見えた。正に打ち立てだ。

17分ほどで番号呼ばれて蕎麦受け取って(いつぞやの関東でのそば祭りに比べたら全然早かった)、階段上がって二階の広間が食べる所。テーブルはびっしりではないけど意外と満席ではなくて窓際のおひとり様用っぽい席とか好きに選べて悠々と食べられた。

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食べた高遠そばは、特別な個性とかあるわけではない素直なそばで、しっかりしてツルツル啜れて蕎麦の風味満点のおいしい蕎麦。薬味の大根おろし入れたら辛かったけど美味しく食べれた。(この辛み大根を入れるのが「辛つゆそば」という高遠のスタイルだったそうだ)
ホントいつもそば食べると思うことだけど、やっぱり大盛りにしとけばよかった。。ぺろりと食べて秒で食べ終わってしまった。

さて、おいしい蕎麦で満足したとこで、じゃあついでに城も見て歩くかなと、、いやいや逆逆、それが目的だってばよ。

テント四つの特産品売り場を抜けて、その裏の菊花まつりコーナーも見て抜けて、「桜雲橋」で掘割を渡ると「問屋門」という門があった。これは城下の問屋役所にあった門だそうだ。

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門の先が「本丸跡」。ここにあった大きなモミジが一番赤くて鮮やかだった。じっくり紅葉を感じて真赤な枝葉の下をくぐった。

崖側の端には「太鼓櫓」があった。これは明治の廃城後に対面の山に造られた鼓楼を、公園化してすぐの明治10年(1877)に現在地に移設して昭和初期まで時の太鼓を打ってたものそうだ。形は廃城前の城内にあったという鼓楼と同じなのかな?シンプルな形だしね。
あれ?そういえば国道の交差点にも同じような太鼓櫓があったよな。あれはなんだ。(これの3分の2の縮尺レプリカで平成22年に商店街入口のモニュメントとして建てたものだそうだ)

この本丸からの眺めは良く、中央アルプスの木曽山脈がよく見えた。けど手前の城下の高遠市街は枝に隠れてよく見えてなかった。
北方向に見ると覗けたのはすぐ下の広い駐車場だった。

さて、また掘割を覗きながら土橋を渡ると「南曲輪」、ここもやっぱり葉の落ちた木の中に赤いモミジが立ってて、人も少ないので陽光と紅葉を見上げながらゆっくり歩けた。往時は庭園があって中央に池があった曲輪だそうだ。

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そして次の掘割は「白兎橋」。この橋にかかるモミジの日蔭の感じがとても良くて、個人的に一番綺麗に感じた場所。紅葉はまだ少し早いくらいのやや緑まじりの色づきだけに赤い葉が引き立ってたし、緑黄橙赤のグラデーションな感じも良かった。

橋を渡ると「法幢院曲輪」。戦国時代にはお寺があったという曲輪で江戸時代になると一般に人もお参りできるようにと城外に移ったとか。
ここに南口ゲートがあって折り返し。ゲートからは美術館が見えた。眺めは本丸よりも市街が近く建物も少し見えた。

南曲輪に戻って途中で東に折れてみた。二の丸に渡る土橋からは堀にある池が覗けた。この池は桜の咲く頃には見上げる桜や池に映る桜、また散った桜でいっぱいの水面とか最高の映えスポットらしいけど、秋はひっそりとしてて日が陰ったタイミングだったのもあってパッとせず下りる気にはならなかった。

そして裏からの二の丸は、桜の木だらけでモミジは小さく、日が陰っててこともあってさびしい感じだった。やっぱり基本的には桜の季節がメインの城址公園なんだね。桜の時にも来てみたいよなぁ。
「高遠閣」の前の販売テントに来ると賑やかでほっとした。

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そして最初に気になってたローメンのテントで「焼きそば風ローメン」を買って、あいてるベンチ探して食べた。
ああローメンだわ。本物のローメンの麺で、食べやすくおいしかった。肉がブタなのが残念だけど(くさいくらいのマトンが好きなのに)伊那の名物まで味わえて大満足。

さて、これで城跡公園内はひとまわり。でも駐車場のゲートには戻らずに北口ゲートから前の道に出た。
この空堀の前の道の右手は三の丸跡なんだそうだ。坂を下ると途中に「進徳館」というのがあった。石段を上って門をくぐった。

この「進徳館」は高遠藩の藩校で万延元年(1860)の創設。建物や門は当時の現存物で、城内で唯一そのまま残った建築物。茅葺屋根で堂々としていた。
上には上がれなかったっけど、裏のエンガワまでふすまが開かれててよく見えた。ボタン式の音声ガイドとか押して一人でゆっくり聞いて歩き回った。

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また前の坂道を下ると三の丸跡の先の方にある広場に「伝、高遠城大手門」というのがあった。
「伝」って、そう言われてるけど怪しいってこと?見た目ボロボロで傾いてた。。説明には高遠高校の正門として使われてたとあった。往時は門櫓だった筈の大手門は、切り詰められて普通の門として使用されていたようだ。とはいえ、城址公園の外のこんなところに修繕もされずに放置されているのはどうかと思うが、、
(それはそうとこの門についてる丸いの。イイヨネ)

そして駐車場に戻った。
この広い駐車場は奥の半分が「勘助曲輪」で中央部に堀があり、入口側は武家屋敷だったそうだ。
「勘助曲輪」は築城当時には無く大手門を東から西に移した時に造成したとあった。
んー。ファンタジー要素の強い山本勘助の名を冠した曲輪。なんか怪しいなぁ。と、邪推のタネを土産に出発した。

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