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境台場公園

境港市花町の境水道前にある公園。
ちょっと気まぐれで寄ってみたんだけど、昔の海岸線に面した部分の土塁だけでなく内側の敷地一帯が広場となって公園になっていた。

まず、チラホラ咲き始めてたツツジを見ながら土塁を登ってみた。

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台場は幕末に鳥取藩が黒船来襲に備えて築いたもので、国の史跡になっている。
往時は土塁上に十八斤砲二門、六斤砲一門、五寸径砲五門を配備してたそうだ。っていうか、ここが海岸線だったのか。。

その土塁上を歩くと林の先に旧式灯台が見えた。おお。
なんか山形で見たような灯台だぁ!とか思ったらその通りで、酒田のその木道洋式六角灯台を模して復元したものだそうだ。なので、これは展望台にもなってて休日は10時から無料開放してたそうだ、、
明治28年(1985)に作られて昭和9年(1934)に消灯、40年に解体だそうだ。

ファイル 1965-2.jpg

グルッと見て裏(海からは表)にまわると、境水道大橋が見えた。
実はこの橋がよく見えるかなーって思って寄ってみた公園だったりして。
元有料道路ながら何度も通ってる橋で、けっこう勾配あったと思うので、何かと話題の壁のような坂の橋ってこれのことかと思ってたんだけど、それは別の橋で通ったことない道だと最近気付いた。

さて、更に林のような土塁上を歩くと、木々の合間にまたなにやら塔のような物があった。
これは「慰霊塔」で、昭和2年(1927)目の前の美保湾沖で海軍連合艦隊が夜間大演習を行ってた最中、艦艇の多重衝突事故をおこし大破や沈没した艦の殉職者慰霊のための塔だそうだ。

ファイル 1965-3.jpg

巡洋艦「神通」が衝突した駆逐艦「蕨」が沈没、巡洋艦「那珂」が 衝突した駆逐艦「葦」は大破、殉職者と自決した艦長で120名が亡くなったそうだ。(神通さん、、、那珂ちゃん、、、)

慰霊塔は森に隠れるようにあるし、海も見えないし、少し木は減らしてもいいんじゃないかな?と思った。

ファイル 1965-4.jpgそして南の端まで歩いて広場に出た。
(南端には「境航路標識地」という基準点みたいな石柱があった)

南と西側の土塁は低くこんもりしたくらいで、南の土塁には大きな黒松の樹があった。
この樹は「連理の松」と呼ばれてるそうで文久3年(1863)の台場構築当時に植えられたものだそうだ。
他にも「皇太子行啓記念植樹の松」が並んでいた。

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ふりかえって正面の橋の手前の林の中の、高い樹の裏に少し見える松は灯台が出来たときに植えられたものだそうだ。

なんかいろいろあって、朝から歴史にも触れられて、ちょこっとの散歩も楽しめた。

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