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佐倉城址

ファイル 110-1.jpg千葉県は群雄割拠の戦国時代までは、あちこちに城があったらしいけど、天下統一され江戸時代に至までに廃城になる物が多く、明治まで残った城は上総の久留里城と大多喜城、下総は関宿城とこの佐倉城。
藩の石高から見ても実質江戸時代の千葉では一番の城といって過言はないでしょう。江戸の東を守る役割だったようだ。

そんな佐倉城だけど、建物は明治に陸軍に撤去されて何も残ってない。
残るのは地形と土堀と土塁だけ。
っていうか石垣のない土堀の城って戦国時代の城みたい。。
でもこの城は江戸時代になってから建てられた城で、戦国時代の「本佐倉城跡」というのが別にある。
まあね、千葉は山が無いから石がなかったんでしょうよ。

そんな概要で関心はあるものの、あまり足が向かず今まで来てなかった。

ファイル 110-2.jpgで、来てみたら、見事に山の自然公園だった。
が!
その林に埋もれた谷のような土堀の深さに感激。
これ、きれいに整備したらさぞかし立派な城郭だろうな。

案内板も丁寧で、明治初期の古写真と地図で説明されてた。

ファイル 110-3.jpg

で、本丸は広い芝生の広場になってて周りの土塁の上を一周出来た。1500×400:click↑
一ノ門、台所門、銅櫓、隅櫓の跡はちゃんとしてたけど、天守代わりの御三階櫓の跡だけ説明もなく、囲いはあるけど段になってるし、半端な気がした。(台まで陸軍に破壊された?)

ファイル 110-4.jpg

その御三階櫓跡と銅櫓の間に「夫婦モッコク」という天然記念物の樹がある。

ファイル 110-5.jpg樹齢400年だとかで城と共に生きた樹と思える。
パッとしない樹だけど、モッコクは江戸時代に流行った造園木だそうで、種々の庭木が植わった風流な本丸だったらしい。
この樹は裏に陸軍兵士の(とされている)落書きが掘られてる。
「十八年十月砲隊」と読めた。 、、戦中の日本兵にしては軽卒な行動と思え、嘘っぽく感じた。


思いのほか楽しめた城跡だった。
佐倉市では以前、城の再建計画とかもあったそうだけど、財政難で消えたそうだ。
(城どころか四街道市に吸収合併されて佐倉市自体がなくなりそうだったらしい)
凄く惜しいような気もするけど、折角の林の樹々を刈って整備するくらいなら、このまま樹々に埋もれた形で、勝手に想像しながら歩ける自然公園っていうくらいで充分な気もする。

今回は本丸中心に軽く歩いただけ。
次回はぜひ、陸軍時代の遺構が残る部分とかも歩きに来たいと思う。

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