馬陵公園 中村城跡

相馬市中村北町の115号沿いにある城跡公園。

車を停めた広い駐車場は「東三の丸」とあった。重臣の屋敷だったのが馬場に変更され大手門の番所も建てられてたそうだ。説明がちゃんとしてて好感。
一旦表の国道沿いの外堀(中堀でしたに出てすぐ前の大手門からまた入城してみた。ここには小さな門があったけど石柱には「相馬神社」と「中村神社」としかなく、あれ?と思ったけど、中側には「外大手一の門」と案内あって「川越城の城門を模して慶安2年(1649)完成」とちゃんと案内があった。っていうか、新しい門に見えたけど現存物?(らしい)江戸時代初期の?(らしい)

そして虎口型に折れて入りこんだ外堀(泣面堀とあった)の前に城内図と案内板もあった。っていうか道の脇の奧で雑草茂ってて近づきずらかったし、裏では猫が寝てた。堀は結構ワイルドな池って感じで少々荒れた感じに見えた。

でもその先は内堀の東側も残ってたし、枡形に「中ノ門跡」があって石垣が残ってた。

中ノ門の先は中村神社の石鳥居と参道で右に折れたら相馬神社の石柱、、少しづつ味わえてた城跡っぽい雰囲気がリセットされちゃった感じ。。本丸へは相馬神社の側から進んだ。その本丸の台地の城壁は雑草に覆われてたし下方の石の部分は穴が掘られてた。

少し坂を上った先で折れて石段を登ると「丸土張」という馬場跡、そこから東二ノ丸のあった野球場が覗けた。
でその「丸土張」には二宮尊徳の銅像があった。江戸時代後期の凶作の時に相馬では二宮の「仕法」を全面的に取り入れて理想的に行われてたそうだ。尊徳さん小田原の出身なのに東関東や東北で強いね。

そして神社っぽい赤い橋を渡り、あと少し緩く上ると「本丸」。ここには「馬陵城跡」という石柱があった。それが本当の名前なのかな。

「本丸は」区分けのない広い台地で、濃そうな藤棚があった。その季節だったらキレイだったんだろうな。で、ここにもパンフが置かれてた。全体の地図が見たかったのでパンフを取って見た。

その正面からの眺めは主に城内の南二ノ丸跡のグランドがメインで相馬の市街はその外で少し遠く、あまりいい眺めではなかった。

そして本丸の半分は相馬神社。なるほど、城跡というより神社として残して親しまれた公園って感じなのね。それで公園化は弱目でやや自然に荒れ気味で水堀とかそのまま残った感じなのかな。
その相馬神社にお参り。明治13年創建の相馬氏の始祖を祀った神社。裏にまわると本殿は質素でその裏に崩れかけたゲージが見えた。何か飼ってたのかな?とか思って覗いたら井戸跡だった。祠はあったけど説明はなかった。

その本丸の西端は宮司の家かな。なんか入っちゃまずい感じなので遠慮したけど、この南西端が天守のあった所だそうで、江戸初期の改修時に三層の天守を立ててたそうで、六十年後に落雷で焼失して後は再建しなかったらしい。覗いて見た感じでは天守台などなく、多分眺めは良くなかっただろうし、城下からも目立って見えたか疑問。でもちょっと立派な天守を夢想してみたりした。
っていうかそれよりも紫陽花が綺麗に咲いていた。七月後半でもまだ咲いてるのはやっぱり東北だなぁと感じた。

そして正面口に見える搦手の後門跡から天守を出て坂の橋を下った。
グングン下った下は「西二ノ丸」だけど、雑草茂って歩く気にはならなかった(以前はここに厩舎があって飼ってた馬がいたそうだけど。そして、本丸の脇の堀は完全に密林でマンダロリアン&グローグで出て来た惑星ナル・ハッタのような感じになってた。っていうか、城の図で見るとここの堀は空堀ってある。。でもハグロトンボがいたので雰囲気は良かった。

折れて表に下るとその下は中村神社の入口だった「相馬野馬追」と幟が立ってた。(この神社から出陣するらしい)せっかくだからこっちの神社も見ていくかなと参道を進んだ。小川に石橋が架かってて渡る時に川を見下ろすと石にカエルがいて沸いた。タゴガエルかなダルマガエルかなと期待したけどズームで撮ってみたらウシガエルっぽくてガッカリ。

神社はまず鳥居の横に天然記念物(市指定の親子杉というのがあった。遠目で見つつ玉砂利の広場をまわって折れると次の鳥居の先にやや高い石段。まぁ一息で登れるくらい。石段の前に「妙見曲輪と相馬中村神社」という案内があった。寛永20年(1643)相馬の氏神の妙見を祀る神社として城内に建てたそうで、相馬神社より古い城の郭としてあった神社だった。
石段を上ると端の手摺の横に嘶く馬の顔が並んでた。

社殿は江戸初期築で国重文だそうだ。賽銭箱の上に馬があった。
裏にまわると何とも豪華な装飾の本殿だった。眺めて廻りつつ本殿の右隣りの絵馬殿との間からは、西二ノ丸との間の空堀が覗けた。何気にちゃんと城跡の一部を感じられたので来てよかった。

さて、また鳥居で親子杉を見上げつつ境内を出て真っすぐ伸びる参道へ進んだ。なんか馬が駆けるのに丁度よさそうな長い直線の参道、流鏑馬にピッタリだと思えた(完全に野馬追いを流鏑馬と勘違いしててお恥ずかしい)。この参道は南二ノ丸の北端で左側は水堀だったそうで、城の頃から桜の木を植えてたそうだ。

そしてその南二ノ丸前だけはの水堀が埋められて芝生の広場になってた。ここにトイレがあってすぐ行きたかったんだけど、柵の入口が先で廻らされて少々イラついたw

ここから見る本丸の切岸の斜面の崖は鉢巻石垣というのが一周してるそうだけど、完全に雑草で埋まって一片たりとも見えなかった。。冬なら見えたのかな。こっちの常磐方面で石垣があったのはこの中村城と磐城の平城だけだったそうだ。

そして真っすぐ東三の丸の駐車場にもどった。
やっぱり雰囲気は城跡の公園というより神社の公園って感じで、城っぽさは薄く感じたけど、案内板は要所要所ちゃんとあったし、堀とか曲輪とか城の形はわりと往時のままで変に公園化されていない珍しい城跡公園だった。
城好きなら表の中堀を追って北側の北三の丸まで歩いて、しっかり残ってるらしい外堀や蓮池の門跡まで見てまわるべきなんだろうけど、僕はドライブメインで触りだけの俄なのでこれで満足。汗拭いて出発した。

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