下野市薬師寺にある史跡のガイダンス施設。
前から近くはよく通るのでなんとなく気になってたものの、国分寺や尼寺との違いがよくわかってなかったし、そもそもお寺はあまり興味なく、下野だったら国府跡は随分前から何度か行ってたので別にいいかなとも思ってて寄ったことなかった。
今日はこの下野で風呂入って帰ろうと思って進んでて、案内見かけて寄ってみようかなって気になって来てみた。
駐車場からは少し上って館内に入った。
入館は無料で写真OK。小さな館だけど入ってさっそくジオラマ模型とかちゃんと作られてて新しく照明も落とし気味の雰囲気ある展示館だった。
で、パネルとか見て読んでひと回り、下野薬師寺は七世紀末に建立され、八世紀前半に国の寺となって戒壇がおかれて東国の中心寺院として栄華を極めたそうだ。戒壇というのは戒律を受持する場ということで、奈良時代の当時は全国に三カ所しかなく、つまり東国においてはここで受戒しないと僧として認められないということらしい。天下の三戒壇と呼ばれたそうだ。 ってことであってるのかな。すごいトコだったんだ。ピンときてないけど。
展示をひとまわり見て、当時の服装とかパネルとかある部屋も見て、エレベーターで上に上がると屋上は展望台だった。
そんなにいい眺めでもないけど、まずは駐車場を見た。一瞬自分の車がない!と思ったけど、そっか代車だったっけ。
そして反対側が下野薬師寺跡。そりゃそうだけどすぐ近く。そっちに行くつもりはなかったんだけど、すぐ先だから行ってみようかなと思えた。っていうか、そう思わすための展望台って感じだった。
で、裏口から出て下野薬師寺跡に歩いてみた。
案内板が多く二次元コードで動画が見れるらしいけど試すほどではなかった。所々解説されてて丁寧ではあるけど、広かったり雑多に物が置かれたりして国の史跡の割にはパッとしない印象だった。
真ん中あたりに戒壇堂という六角堂があった。江戸中期にあった戒壇院を偲んで建てたものだそうだ。史跡としてはちぐはぐな感じだけど仏教仏教してて面白かった。天井が派手だった。
創建塔台という五重の塔が立ってた台跡もあった。これを再建してほしいものだ。
そして写真撮影用スマホスタンドなんていう洒落たものが立つ先にあるのが復元された回廊の一部。一部すぎてなんともはやだけど、シロートとしてはこういう再現物があるのとないのとでは全然違うのよ。
周りの畑ではヒバリがピ-チクパーチク囀りながら飛んでいた。春だねぇ、暑いけど。
史跡内のすっかり緑の梅林では沢山のスズメが戯れて飛んで跳ねていた。
現在は長閑な農園の中の遺跡だけど、ここが栄えた奈良時代はどんな感じだったんだろうね。
っていうか、、梅の季節に来るべきだったかねぇw
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