栃木市惣社町にある神社。
下野国の総社だそうだけど、県道から少し入ったトコにあるからか、今までは何度もその県道を通ってたし近くの下野国府跡も何度か来てたけどここは知らなかった。
今日は、妹が「ここらへんの大きな神社」を調べてここ行ってみようとのリクエストで来てみた。
横の駐車場は広く悠々停められたけど、そこから入ると鳥居をくぐらないからイマイチどういう向きでどういう造りの神社か把握しにくかったので、まず案内図を見て進んだ。(後から気付いたけど、水路で境域を囲まれた神社だったんだね)
案内によると千八百年前に大和の大三輪神社の分霊を奉祀して建立、祭神は大物主命だそうだ。
具体的な事はあまり書かれていなかったけど、元禄2年(1689)に松尾芭蕉が来て句を残したそうだ。
境内の図では「室の八嶋」という池に一番惹かれたけど、それはお参りしてからということで、回り込んで正面から社殿に進んだ。
参拝前にその社殿の前の御神木の二股になった杉の木を見上げた。
案内には徳川三代将軍家光が復興してくれて杉苗一万を寄進したという事が書かれてるだけで、この樹の大きさや樹齢などは書かれてなかった。。
その向かいにある四つ股の樹が「日本最大の広葉杉」というもの。
こちらも案内には「広葉杉」の樹種の説明があるだけで大きさや樹齢などは書かれてなかった。。
そして社殿に、、、進むと鳥居の下あたりの足元で小さなカエルちゃんがぴょこぴょこ跳ねていた。
おお、これはダルマガエルかツチガエルか。オタマからカエルになりたてくらいのサイズでそこいらじゅうにいた。
妹は「うわぁ」とさけてたけど、僕はゆっくり眺めてから進んだ。
で、おまいり。
拝殿には幕と提灯が並んでて祭礼が近いのかなと思えた。
裏の本殿は塀があって覗けないタイプ。っていうか、奈良の三輪様って山が御本尊なんじゃなかったっけ?ここは山はないけどいいのかな。
さて、御朱印を集めている妹は社務所へ直行。それが目的。
でも今は祈祷中のため書けないから終わるまで30分くらいお待ちくださいとのこと。
妹はとりあえずおみくじだけしてた。
30分くらい境内を見てまわってればすぐなんじゃすぐなんじゃなかろうかとフラフラ。
「室の八嶋」に行ってみた。
この「室の八嶋」は「平安時代以来東国の歌枕として都まで聞こえた名所」だそうで「幾多の歌人によって多くの歌が残されている」そうだ。
とはいえ、そんな古代からの池がそのままの形で残っているわけはなく、林の中のその池はしっかり整備されて、池の中にある八つの島も普通に歩いて渡って廻れた。
池は錦鯉だらけで、水はさほどきれいではなく特にどうということもなかった。
その八つの島にはそれぞれ末社のような祠があり、筑波神社、太宰府天満宮、鹿島神宮、雷電神社、富士浅間神社、熊野神社、二荒山神社と香取神社というラインナップ。まさに総社。うまいことならべたものだ。
池は島の間の隙間と少しの周りであまり広い水面はなく庭園としてもパッとしなかった。とりあえず、蚊がいなかったのはよかった。
あんまり時間はかせげなかった。。
妹に御朱印待つのか聞くと「別にいい」とのことで後はトイレ行って出発した。トイレの周りも沢山の子ガエルがいた。
妹的にはイマイチだったようだけど、自分的にはカエルが沢山いたのでいいスポットだと思えたw
で、帰ってから調べると、平安時代の「室の八嶋」はそれこそ枕詞になった「けぶり(煙)」のように霧の立つ湧水の池、もしくは広い湿原だったようで、神社は大きく平将門が攻めて来ても残り、関東一の観光名所だったようだ。
それがいつしか湧水が涸れて池は消え、戦国時代には一帯が荒らされて神社も焼失、江戸時代になってそれを嘆いた徳川家光が復興して今の形の神社となり、その庭園としてかつてこの地にあった「室の八嶋」を模した池を造ったということらしい。
そういう解説を素直に案内として書いててくれてたら、国府跡と同じように夢想できてもっと興味持てたかもしれないなぁ。