川俣町寺久保の349号沿いにある公園。
気まぐれで寄ってみた。まず先にトイレに行ったけどすごく行きたかったという訳でもなく「小手姫像」というのも気にはなったけど、だからというよりはやっぱり気まぐれで寄ってた感じ。

縁もなく毎回通過するだけの町のシンボル的な公園にふらっと寄って休憩という余裕で自由なドライブっていいじゃん。
まずは園内マップを見た。何故かスペイン語の表記が添えられてたのは姉妹都市とかそういうのかな?
出丸の様な東屋のある展望広場の先に歩いた。山の公園だからひょっとしたら城跡かもーとか思ったけどアニハカランヤ、向かいに見える山が「川俣城跡」だそうで案内板があった。
伊達政宗が南征の前哨として配下に整備させて陣を張った城だそうだ。秀吉の奥州仕置で上杉のものになり、関ヶ原の時に囮で攻めて白石城の方を奪ったそうだ。その後上杉は退いて伊達になったけど移封で伊予に去って廃城だそうだ。今日は佐竹、上杉、伊達と目まぐるしかった歴史の東北を掻い摘めて面白く感じた。
っていうか城跡の方を公園にしないで向いの山を公園にしてその山を展望させるというのも珍しいかも。手前の梅もキレイでぽかぽかで気分良かった。
そして福島だけに放射能の測定機もあった。もう数値見ても高いか低いか分からないねぇ。

さて、やっぱり「小手姫像」は山の頂上のようで、じゃあいいかな、、とも思ったけど、そんなに高くも無さそうだったので登ってみた。
道は太い舗装路が緩い傾斜で大きく廻って登る形。折り返しは一度だけなのでそんなに苦も無くゆっくり登れた。そして道から俯瞰で見た公園もいい感じで少し上ると町も見えてきて登った分開けるような展望が嬉しい。(けど写真で見るとそんなに変わらないね)
そして登り切った上の広場に「小手姫像」。思ったより大きくて堂々としてたけど、広場の中央の方だから下の町からは見えないんじゃないかな。いいのかなそれで。
この小手姫は都から下った高貴な女性だそうでこの地に養蚕と機織りを教え広めたそうだ。でも年老いてから池に身を投げてしまったそうな。なんだろ、もう少し脚色した伝説でもいいのに、、とか思った。(調べたら崇峻天皇の妃だったそうで天皇が崩御された後、甥の聖徳太子の計らいで東北に落ちのびた息子を追ってこの地に来たとか)

頂上からは南東側も見れた。「」とあったのはちょっとくすぐったすぎたけど。
そして北側にも平らに伸びてて東屋があった。そっちでも展望が?と行ってみたけど葉の落ちた木々の合間から見える程度だった。
なんかさっきから周りを飛びまわる構ってちゃんなタテハチョウがいたけど、地べたに留まった時は羽根を開いた写真を撮らせてくれなかった。意地悪なやつだ。
少し登って来た道を戻って手前にあった神社に寄ってみた。何の説明も無かったけど、やけに地蔵が多く、あちこちに散らばってて賑やかに感じた。

そして下りは来た道ではなく真っ直ぐ下る傾斜の急な道を下った。
その途中くらいが一番広く見えていい感じだったかも。
梅もまばらに咲いてて春っぽく、いい山歩き休憩になった。
この日の日誌



コメント