
箱根町元箱根の1号沿いにある石仏群。
横目に池が見えたのでその池を眺めて休憩のつもりで寄った未舗装の駐車場が、その石仏石塔群への遊歩道散策用の観光駐車場だった。地図もあって、その遊歩道に沿っていくつかの石仏石塔が点在してるらしい。
まずその地図に「2023年9月30日閉館」と貼紙があったのは、駐車場の前にあった「保存整備記念館」だそうで、すっかり更地になってた。
正直言えば石仏とかあんまし興味なかったけど、その遊歩道は池に沿った道みたいなので池が良く見えるところとかあるかもとも思えたし、まぁ休憩の散歩がてら石仏も一つくらいは見て行こうかなと歩いてみた。
道は駐車場から少し下る細めの茂みの未舗装路、ぬかるんではおらず左程あやし気な雰囲気もなく歩きやすかった。
少し歩くと道標があって右に曲がると「六道地蔵」とあって、右には国道の下をくぐるトンネルがあった。

トンネルは古臭くもなく歩行者用にしては大きく広め、岩彫りのような雰囲気でしっかり照明もあって観光向けだったので不安もなく通り抜けた。
そして抜けると少し上りになっててその先に背の高いお堂が見えた。
そのお堂は扉が開かれて、なんだろう休憩所かな?とか思って覗いてみたら、なんと大きな仏像があった!
これが「六道地蔵」といわれる磨崖仏、巨大な石に掘られた3.2mの菩薩坐像。正安2年(1300)の完成だそうで国指定重要文化財。覆屋は室町時代の復元物だそうだ。へええすごい。歩いてきてよかった。
その覆屋は新しめでしっかりしてて、横を見るとしっかり岩にフィットしてた。岩は大きく苔がキレイだった。

そしてその横には小さな地蔵や割れた石碑が並べられていた。これは近隣のものを集めた感じかな。赤い前掛けされて大切にされてそうだった。一瞬パッと見、これが六つの地蔵で六道地蔵かな?とか思ったけど、数えたら十以上あった。
ここは袋小路で先に行く道もなく前の国道にも出られないので、すこしのんびりしてトンネルを戻った。
さて、元の池の前の茂みの遊歩道に戻った。んーこれで折り返して戻ってもいいけどなぁ、、とも思いつつ、まぁせっかくだからもう少し進んでみた。
したら少し先には「宝篋印塔残欠(俗称八百比丘尼の墓)」というのがあった。これだけ重要文化財じゃなかった。
これは観応元年(1350)に造られたものだそうで、八百比丘尼の由来は謎だそうだ。墓と言っといた方が粗末に扱われなそうだからそう呼んでただけなのかもね。

その横には「磨崖仏(俗称応長地蔵)」という三角の石仏があった。こっちは応長元年(1311)のもので重要文化財。よくみると右脇にも小さな仏が二体掘られてた。
そしてその先で少し池が覗けた。手前の水が引いた畔が白く見えたのは霜柱かな。
よくみると水面も池の中央は凍ってそうに見えたし、対岸に見えた白い部分は水面の氷が押し寄せた部分かなと思えた。冬だねぇ。
さらに進むとカッコイイ宝塔があった。
これは「宝篋印塔(俗称多田満仲の墓)」。永仁4年(1296)造の国重文。これもよく見るとちゃんと仏像が彫られてた。そしてその手前の石の苔が威勢良くてきれいだった。

もう池の端を過ぎたかなって位置なので、ここまで来たら最後までと進むと石段の上り坂になった。ここが端かなと上ってみたらその段の途中にこれぞという石仏群の掘られた大岩があった。
これは「磨崖仏(俗称二十五菩薩)」、永仁元年(1293)から順次掘られたものだそうで、国重文。
大昔のものなのに結構形がしっかりしてて割れたり削れたりしてないからずっと埋まってたものなのかもね。「国道の西側に23体、東側に3体」と案内にあったので位置は移動して纏めたものかもしれない。(と、思ってたけどそうではなくて東側の3体というのはまるで気づかなかっただけだったようだ)
石段の上で国道に出れるのかと思いきや、またトンネルがあって国道をくぐった。こっちのトンネルは斜めにくぐるから少し長かった。出た所は駐車場にするには小さいくらいの広場になっててここから国道渡れそうだったけど横断歩道もないし、案内には少し先にまだ石塔があるみたいなのでそこまではと進んでみた。
したら次の石塔は意外と先で、細い道はさっきより暗かったけど茂みのすぐ先に国道があるのは分かってたのでまぁ不安はなく進んだ。

「五輪塔(俗称曽我兄弟・虎御前の墓)」永仁3年(1295)造の国重文。
曾我兄弟は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも出てきた仇討ちで捕らえられ刎ねられた兄弟。虎御前はその愛人だそうだ。まぁ墓というより相模国所縁の人の記念碑ってとこかな。これにも仏像が彫られてた。
石仏石塔群はこれで全部かな。この先の遊歩道は芦の湯まで続いてるそうだけどそこまで歩いてもしょうがないので(横断歩道はないけど)国道を跨いで対向車線側にある歩道に移って折り返した。
ああ、この五輪塔は国道から見えてたのかぁ。今まで全然気づかなかったなぁ。この区間はわりとスイスイ走れる直線の間の区間だからなぁ。
そしてその先で池に出ると、下で見てたのより高くから俯瞰で見れた。この池はさすがに国道を走ってて前から気にはなってたんだけどね。
さっき霜柱が見えてた岸の先には小動物のものっぽい足跡が水際まで幾つか続いてるのもよく見えた。水でも飲みに行った跡かな。冬でも動き回る動物もいるのかな。

池の半ばまで歩くと対向車側にさっきの「六道地蔵」の覆屋が見えた。
こんな堂々としてるけど今まで全然知らなかった。いや、逆方向からこの道を通るのは箱根新道が無料化されてから殆どなくなったから無理もないか。普通に通ってた頃には再現されてなかったんだろうな。
最後に箱根駒ケ岳をバックに池を眺めて駐車場に戻った。
なんだ、池は駐車場や遊歩道より国道からの方がよく見えてたんじゃん。
そういえば池の案内はなかったよなぁ、、と思って案内地図をもう一度見てみた。やっぱり池については「精進池」という名前だけだった。
帰ってから調べると、大昔からある天然の池ではあるけど、昔は硫黄泉が流れ込む池で、周りも大涌谷のような噴気が上がる地獄の風景だったそうだ。それで石仏石塔が多く造られたらしい。
何気なく寄ってみた所だったけど、思いのほか楽しく歩けて国重文を見てまわれるいい散策になった。いやぁ1号のすぐ脇にこんな所があったとは知らなかったのでいい発見。
っていうか年明け一発目の寄り道が石仏になるとは思わなかった。やっぱドライブは楽しいね。
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