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門倉岬

ファイル 67-1.jpg門倉岬は種子島南端の鉄砲伝来の岬。
1543年、この岬から見下ろした海岸に明の船が漂流した。その船に乗り合わせていたポルトガル人より鉄砲が伝来したんだそうな。

ってわけで入口から早速火縄銃を撃つ像があった。
鳥居をくぐり、南国の植物を集めたような参道を歩くと眺めのいい広場に出た。

ファイル 67-2.jpgここには鉄砲伝来紀功碑とか、ポルトガルの記念碑とかの色んな石碑があり、一番高い所に船の形の展望台があった。
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悠々と展望。この下の海岸が鉄砲が来た所だそうな。
岬に来て岬の先の眺めより、手前の海岸の眺めがメインになる岬も珍しいかも。

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岬の西の眺め。日暮れで夕焼けっぽくなってた。

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そうそう、そういえば展望で満足して神社に行くのを忘れてた。
この先に神社があって南の海が見れたらしい。。

タグ:楽:眺 景:海 景:岬 観:発 観:像

千座の岩屋

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千座の岩屋は浜田海浜の南に連なる海蝕で空いた洞穴群。
長く広い砂浜の先にあるらしい。まずは砂浜を歩いた。
何やら砂に埋もれた鳥居があった。って事はこの砂って比較的新しい?

で、やっぱりせっかくの砂浜だから
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ズボンの裾をまくって足だけ海水浴。
水もきれいだし気持ちイイ〜

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さてさて、岩屋岩屋。
まずは岩の先の割れ穴をのぞいてみた。
そしたらその先に千座の岩屋の海からの入口が見えた。
(click→)

シーカヤックの人達が上陸するところだった。

こちらも少し脇の入口から岩屋の中に入ってみた。

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千人座れる広さとはなかなかいい表現。中はかなり広かった。
そして幾つもの出入り口があって面白かった。
馬立の岩屋がゴツゴツして荒々しくて男性的なのに対し、
千座の岩屋は丸みがあって奥深く女性的な感じがした。

タグ:楽:歩 景:海 景:浜 景:洞 楽:浸

馬立の岩屋

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犬城海岸にある岩屋。
岩屋とは海水や風に浸食され出来た海蝕岩の洞穴。
磯っぽいきれいな海岸の脇にポっかりあいていた。
磯で遊ぶ人、シーカヤックする人、凧あげる人などなど割と賑わってた。

ファイル 65-2.jpg洞穴は立ち入るなって感じで正面には紐が張ってあったけど、
横に回り込んだら裏から入り込めた。
ちょっと前まではこの洞穴の中に馬立神社の祠があったそうだけど、台風の度に壊れてたそうで移動してたそうな。(来る途中の道沿いにあった)

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中から外を見たトコ。
そういえば気が付かなかったけど、この洞穴ってずっと奥まで行ける穴とかあったのかな?
昔、島主がこの洞穴の中で行方不明になったとあった。
で、ずっと南の「宝満の池」に繋がっているっていう伝説があるらしい。

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岩屋の前の犬城海岸の海蝕岩の海蝕岩の景色も面白かった。
ちょっと岩場を歩き回った。
サンダルに履き替えちゃえばよかったな。。

タグ:楽:眺 景:海 景:洞 景:磯 景:崖

城山展望台

鹿児島市街にある標高107mの山「城山」西南戦争での最後の劇戦地。こんな鹿児島城のすぐ裏の山だとは思わなかった。。
元々は山の上も城になってて文字通りの城山だったそうな。

駐車場から少し歩くとあまり広くはない展望広場に出た。

ファイル 64-1.jpgけど、たくさんの人が集まって桜島を前にラジオ体操をやってた。


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もう終わるかな?と思ったら第二までやって、、(ラジオ体操の第二って初めて見たかも)

ファイル 64-3.jpgラジオ体操が終わったら、シコ踏み出した。

「ドスコイドスコイ」

うわぁ鹿児島の人は元気だなぁ。
上半身裸のおっちゃんもいたぞ。

体操が終わって、やっとゆっくり展望出来た。

真正面の桜島と眩しい朝日。
鹿児島の朝のパワーを味わえた気がした。

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タグ:楽:眺 観:園 楽:催 景:海 景:町 景:山 景:陽

蒲生のクス

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ファイル 63-2.jpg日本一の巨樹と言われる大楠。
国指定特別天然記念物。
蒲生八幡の境内に形もそんなに崩れず凛凛しく立ってた。
これは凄いね。惚れ惚れする。
(ちるくす と おおくす→)


ファイル 63-3.jpg樹齢1500年、幹周24m、根周33m、樹高30m、樹根空洞直径4.5mとある。

でも、千五百年って凄いなあ。
人の一生なんて欠伸する間に終わっちゃうよな。

樹根空洞には扉がはまってた。
直径4.5mもあるなら入ってみたくなっちゃうもんな。

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葉も青々して新芽もつけてた。
まだまだこの先もいつまでも長生きして、何百年後の人々も楽しませてほしい。

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ぐるっと回って見てみたけどどの角度もいいね。
さすが日本一。早起きして来てよかった。

タグ:植:樹 観:然 観:一 観:宮

通潤橋

山都町にある1854年架設の国内最大級の石造りの水道橋。
国指定重要文化財。

まずは上の方から。

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ファイル 62-2.jpgっていうか、でかい!ふとい!たかい!!
石橋としては日本一の20.2mの高さ。幅は6.3m、全長は75.6m。
通水量1日15,000m2で、いまだ全然現役。
架設当時は「吹上台目鑑橋」と称していたと案内板にあった。

そして建築や力学などのすごい技術で山からの水を運んだ橋。
難しいことは解らないけど全部凄いなぁ。

ファイル 62-3.jpg人が渡るためじゃなくて水を通すための橋なので欄干がない。
真ん中まで歩いて、下を覗いてみた。

おお、、引っ張られる引っ張られる。
落ちたら死ぬかな?いや間違いないでしょ。

放水するトコも見てみたかったな。。

ファイル 62-4.jpgちょっと歩いて裏の五老ヶ滝をチラと見て車に戻る。
橋の放水が見られなかった代わりの滝ってわけじゃないけど、
遠目にも立派な滝だった。
(でもなんかもう歩き疲れた。。)

そして下の道の駅に行った。下から見るならこっちがバッチリ。

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袂まで歩いてみようかとも思ったけど、時間が気になったし疲れてたからヤメた。
道の駅で手作り肉まん¥80とか売ってたので買って食べた。
売ってた女の子にちょっと橋について聞いてみた。
放水は定刻が12時と2時だそうで、それ以外に予約してお金払うと流してくれるとか。
んじゃ次ぎにくる事あったらその時間に来よう。

ゆっくりしてたら日が暮れちゃうって心配で、余り落ち着けなかったけど、図らずも興味有る橋を見れて良かった。

タグ:観:橋 観:重 観:一 景:川 景:滝 餐:饅

大黒ラーメン

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ファイル 61-2.jpg熊本ラーメンの人気店。
ここは今回初めての来店。

駐車場がちゃんとあって嬉しいね。

店内は芸能人のサインがいっぱいあった。

で、ラーメンを食べた。

うん。。おいしい。  けど、
なんか思ったほどではなかった。

熊本は熊本なんだけど、、ん~なんていうか
もっと濃くて堅くて極端な熊本ラーメンが食べたい。

タグ:餐:ら

島原武家屋敷

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島原城の西に残る旧武家屋敷の通り。
湧き水が流れる水路が真ん中にある涼しげな未舗装路。
いい雰囲気だ。

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ファイル 60-3.jpg通りには普通の家に混ざって数件の武家屋敷が残ってる。
観光用に解放されていて、靴を脱いで上がることが出来るようだ。
ちょっと覗いてみた。

ファイル 60-4.jpgところで、
島原の乱で島原城の城下町は一揆軍の農民達に略奪され焼討ちされたとあるけど、ここはどうだったんだろう?
ということについては一切触れてなかった。

っていうか暑くて腹減ってたので軽く雰囲気だけ見て歩いた。

そしてずっと歩いて戻るのは表の通りに出た。
さっき車で通った時に、途中に食事できる店を見かけてたのだ。

ってわけでその「食事処 菜かの」という店で昼食。
ファイル 60-5.jpg島原名物の具雑煮を食べた。(暑いのに)
普賢岳噴火の写真集を見ながら料理を待った。島原づくし。

この具雑煮とは、天草四郎率いる一揆軍農民が原城で籠城した際に食べてたものだとか。
へーうますぎ。
どこに感情移入して何を見て喜ぶか、、難しい町だね。

タグ:楽:歩 観:街 観:屋 食:鍋 餐:餅 餐:汁

島原城

島原藩主の居城。
キリシタン弾圧、過酷な年貢と重税、そしてこの火山近くの悪地盤の上に建てた分不相応すぎる立派な城の労役が島原の乱の元になったといわれる。悪名高き庶民の敵の城。。
の筈だけど、
昭和の戦後には天守や櫓をいち早く鉄筋再現。
ってことは後年はそんなに忌み嫌われてたわけじゃないのかな?
(いやいやその後も重税は続いたらしい)

来てみたら。。観光地!って感じの城だった。
(いやいやGWだったらドコの城もこうじゃないかな?)

入城料¥520の復興天守は、(展望用に)最上階まわりが違うくらいで外見は殆ど昔の形の侭らしい。
破風の無い五重五層の四角い城。立派だけど変化が無いデザイン。外見だけ見て中には入らずに城内を歩いた。


ファイル 59-1.jpg三重櫓の西櫓は無料で入れた。
一階は神社になってた。



この三階から見る天守閣が一番いいアングル。ファイル 59-2.jpg

巽櫓は有料。天守とセットらしい。
西望記念館という彫刻家の記念館。パス。

ファイル 59-3.jpg丑寅櫓は無料。
民具資料館。昭和のビルに古道具屋が入った雰囲気。。
三階も展望には不向きな格子窓。歴史的にはこれでいい。



隙間から正面の海が見えた。ファイル 59-4.jpg

以上。
三重櫓×3と五重の天守の城。
(昔は櫓が四十九棟もあったとか。。。wiki)
江戸時代最大の内乱と言われる島原の乱でもビクともしなかった強固な守り。
歴史はこんなに酷いけど平和な今見りゃ立派な城じゃん。
と、そのあたりで納得。何だかんだ言っても僕も観光だしね。

タグ:観:城 観:閣 観:櫓 景:町 楽:眺

土石流被災家屋保存公園

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島原の道の駅「みずなし本陣ふかえ」に併設されていた。
入場無料。

平成に入っての記憶に新しい(と言ってもそろそろ20年にもなるけど)雲仙・普賢岳の噴火による火砕流に埋もれた家屋を保存している。

屋寝付きの建物内に埋もれた建物が入ってるんだけど、ふと気が付くと外にも何軒も埋もれた屋根が見えた。

ファイル 58-2.jpg館内の埋もれた家屋は災害当時の雰囲気を生々しく感じさせてくれる。

けど、この館内の物はこの近くから移築された物なんだそうな。
わざわざ掘り起こされて移築されて又埋められた家屋って。。
ガラスも割れてたけど、割れたまんま移築したのかな?移してから割ったのかな、、と余計なことばかり考えてしまった。

ファイル 58-3.jpg逆に、外の埋もれた家屋はこの場所で埋もれたまんまの物なんだそうだ。
爽やかに雑草とか生えちゃって自然な感じで埋もれて、悲壮感はまるでなかった。


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二十年近くたつとこんな感じになるのか。
なるほど、、保存公園としてはやっぱり屋根が要るわな。
ちょっと不思議な感じだった。


そのあと道の駅内で島原名物「かんざらし」 を食べた。
シンブルな白玉のデザート。おいしかった。

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タグ:観:館 景:噴 餐:菓 道の駅